貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第91話 作戦処理

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 帝国撃退作戦が決行される前日。捕らえられたハンスはモースキンの騎士団駐屯所に拘留されていた。木の椅子に鎖で拘束され、後ろ手にされた両手の親指は細いロープで縛ってあり、両足にはご丁寧に鉄球のついた鎖が繋がっていた。ここまでしないと逃げられる恐れがあると判断したためだった。

「同じ家に仕えていながらあなたの正体に気付けなかったのは痛恨のミスですな」

 執事としての口調に戻ったハンスが目の前に立つミッドレイを見ながら自嘲気味に言う。

「俺とあんたはあまり接点が無かったからな。あんたが皇国の手先だと知ってたらさらに避けていたろうが」

 ミッドレイは穏やかな口調で答えるが、いつでも剣が抜けるよう集中していた。ここまで拘束してもこの男は油断が出来ないと分かっていた。

「そうですな。騎士団の仕事は主に屋外。私の場合はほとんどが屋敷の中での執務でしたからな」

「エルモンド家の執事長がまさか皇国の人間とは驚いたよ。あんたが送り込まれてるってことは皇国はこの大陸を攻めるつもりなのか?」

「素直にお話しするとでも?」

「いや、あんたほどの男だ。力づくで口を割らせるなんてのは無理だろうよ。だがあんたがここにいるって事実だけでほぼ答えになってると思うがな」

「あなたこそ。まさかこの大陸でサムライを見るとは思いませんでしたよ。鎖国をしている扶桑国ふそうこくがまさか他の大陸に興味があるとも思えませんが、あなたも幕府の命でここへ?ああ、失礼。今は九頭竜国くずりゅうこくと名乗っておられましたな」

「情報通だな。どっちでもいい。俺は国を出奔した身だ。この大陸に流れ着いたのは偶然さ」

「出奔ですか。九頭竜家に反抗されたのですかな?」

「どうでもいいだろう。俺は国を捨てた。主君もな」

「王都で傭兵をやっていたのはそういうわけですか」

「ああ。見知らぬ土地で生きていくのにこの腕意外に頼るもんがなかったからな」

「ご苦労なさったようですな」

「心にもない同情はよせ。あんた、噂に聞いた百人隊長ケントゥリオか?それともその上の……なんだったかな」

「ほう、それを知っていますか。私は確かに百人隊長ケントゥリオです」

百人隊長ケントゥリオを送り込んでる時点で皇国がこの大陸を狙ってるのは間違いないな。……思い出したよ。筆頭百人隊長プリムス・ピルスだったか。そいつらまで来てるのか?」

「さて、どうでしょうな」

「どうやら本当に帝国と小競り合いをしてる場合じゃないようだ。向こうにもあんたの仲間が入り込んでるだろうしな」

「サムライがこの大陸の覇権争いに口を挟むおつもりですか?」

「俺は国を捨てたと言ったろう。今の俺はエルモンド家の騎士団長だ」

「その言い訳が陛下に通用すればいいですがな」

「皇国の魔女か。どちらにせよいずれは扶桑にも攻め込むつもりなんだろう。そのきっかけにされるのは面白くないがな」

「そうですな。しかし我が国もサムライにはトラウマがありますので。暫くはこのまま模様見だと思いますがね」

「それでもこの国が危ないことに変わりはなかろう。俺は義理堅いんでな。世話になったこの国が皇国に蹂躙されるのは見ておれん」

「抵抗したければお好きに。どの道任務に失敗した私はもう長くは生きておられんでしょうからな」

「あんたを殺しに来ると?やはり筆頭百人隊長プリムス・ピルスが来てるということか」

「おっと、口が滑りましたかな」

「白々しいな。どうして教える気になった?」

「あなたほどではありませんが、私にも恩を感じる気持ちくらいはあるのですよ。旦那様には良くしてもらいましたし、正直アンセリーナお嬢様にも愛着は湧いていたのです。私は娘を小さいときに亡くしましてね。この大陸に潜入する任務も娘のことを忘れたくて志願しました。ですが生まれた時から面倒を見てきたお嬢様が段々娘とダブってきましてね。お恥ずかしい話です」

「あんた……エルモンド卿がお嬢様を天使として利用するのが我慢できなかったのか。だからこんな中途半端な暴れ方をさせて、誰かにお嬢様を止めてもらいたかったのか」

「買いかぶりですよ。私は任務を果たそうとしただけです」

「そういうことにしておくさ」

「ところでミッドレイというのはこの国に来て付けた名前でしょう?冥途の土産にあなたの本当の名を教えていただけませんかな?」

 ミッドレイは暫し逡巡した後、無言で頷く。

「俺の名は中浦……中浦 宗二朗 光矩なかうらそうじろうみつかねだ」



 2万の大軍が瓦解し、パニックになりながら敗走するのを見ながらイリノアはため息を吐く。帝国軍のオーディアル信徒を説得するよう頼まれてはいるが、こんな状態ではまともに言葉が届くとは思えなかった。

「一度落ち着かせる必要がありますね。オネーバーに書簡を送りましょう。確か領主はマードック辺境伯でしたね」

 ボナーがミリアと逃げる帝国軍の兵を見下ろしながら言う。

「そうね。あのオカマ、教団の信徒みたいよ」

「本当ですか!?」

 イリノアの言葉にミリアが驚く。

「ええ。おっさんのくせに厚化粧の臭いがキツくて辟易したわ」

「なら君の説得にも耳を傾けるかもしれんな。国境の町の領主が話し合いに応じてくれれば、中枢まで話を持っていくのもやりやすい」

 ボナーが考え込みながら呟く。と、いきなり人の気配がしてボナーたちが振り向く。そこにはカサンドラとファング、クローの姿があった。反対側の城塞からカサンドラの転移で現れたようだ。

「よう、上手くいったようだな」

 ファングが軽く手を挙げて言う。

「ええ、お陰様で。そちらはどうでした?」

「ボボルの予想通り襲ってきやがった。しかも二人目の六芒星ヘキサグラムまで現れやがってな」

「え!?大丈夫だったんですか?」

「帝国軍が逃げてったお陰で退いていったがな。まともにやりあってたらちっとヤバかったかな」

「強がってんじゃないよ。今の状態で戦ってたらこっちは全滅だったろうさ」

 クローが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

「それほどの相手ですか」

「ああ。ヘルナンデスもやべえが、アイアコスとかいうあいつはマジで洒落にならんな」

「jヘルナンデスでさえミョルニルを弾き返したからね。こっちも底上げをしないと対抗できないだろうね」

「問題は山積ですか……せめて帝国との争いは収めたいですね」

「ここまでやったのが逆効果にならなければいいのですが……」

 ミリアが眼下の帝国兵の死体を見下ろしながら言う。

「交戦派の頭に冷や水を掛けたのはよかったですが、恨みを買ったと考えると複雑なところですね」

「参謀本部がどこかの……もしくは複数の勢力の影響下にあるなら、どう動くか予測がつきづらいですね」

「とりあえずマードック辺境伯がこちらの話に耳を傾けてくれることを願いましょう」

 ボナーの言葉にミリアが頷き、作戦の後処理に向けて動き出した。



「潰走!?2万の部隊が敗けたっていうの!?」

 報告を聞いたギルティスが口をあんぐり開けてへなへなと壁にもたれかかる。

「ふん、やはり罠だったか。参謀本部は焦りすぎたな。いや、その焦りを上手く利用されたというべきか」

 ピピルが面白くなさそうに呟く。

「指揮を執っておられたグランツ大佐は戦死。他部隊の隊長クラスの半数も同じく戦死したとのこと」

 部下の騎士の報告にギルティスはため息をついて頭を抱える。

「何てこと。只でさえもう後がない状況なのに」

「潰走、ということは兵は全滅したわけではないのだな?」

 ピピルの言葉に騎士は頷く。

「はっ。戦死者は合計6千名ほどと聞いております」

「手ぬるいな。半数以上をみすみす逃がしたか。向こうは本気でこちらとやり合う気はないと見える」

「どういうことよ!?」

「交渉の余地があるということだ。食糧の供給も含めてな」

 ピピルはそう言って、次善の策を考え始めた。



「壊滅だと!?バカな!」

 報告を聞いたコーゼン少将がテーブルを叩いて叫ぶ。大規模侵攻から三日が経ったこの日、帝国軍参謀本部は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「正確には潰走だな。戦死者は6千名ほどだそうだからな。自滅と言ってもいいかもしれん」

 エライン中将がテーブルをトントンと指で叩きながら額に反対側の手を当てる。考え事をしているときの彼の癖だ。

「三分の二の兵が残っているなら、再度の侵攻を……」

「すぐには無理でしょう。報告ではかなり手ひどい目に遭わされたようですからな。兵たちはトラウマになっておるでしょう」

 モーリス准将がテーブルの上で両手を組みながら言う。

「何を軟弱な!帝国兵ともあろうものが!」

「落ち着けよコーゼン。誰もが君みたいに猪突猛進、いや単純、じゃない勇猛なわけじゃないんだよ」

 マーベル少将がのんびりした調子でコーゼンをなだめる。

「バカにしてるのか!マーベル!」

「落ち着けコーゼン。兵が全滅しなかったのは良かったが、すぐの作戦再開は難しかろう。兵站の問題もある」

 ウルベルト大将が有無を言わさぬ迫力でコーゼンを黙らせる。

「し、失礼いたします!」

 その時ドアがノックされ、下士官が転げるように会議室に入って来る。

「何事だ!?」

「は!お、王国のサンクリスト公爵より参謀本部あてに書簡が届いております!」

「サンクリスト公だと!?あの爺、たまたま勝ったのを嵩に着て降伏でも勧告する気か!?」

 コーゼンが憤然とした様子で叫ぶ。

「いや、確かオールヴァートは隠居して、息子のボナーとやらが爵位を継いだはずだ」

「どちらでもいい!ふざけた真似をしおって!」

「落ち着け少将。降伏勧告と決まったわけでもあるまい。見せろ」

 ウルベルトが葉巻を燻らせながら手を差し伸べ、下士官が緊張した様子で書簡を手渡す。ペーパーナイフで封を切ったウルベルトは中の手紙に目を通し、思わず「ほお」と声を上げた。
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