貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第86話 浄化

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「ク、クロー!?」

「ほら、ボサッとしてんじゃないよ。とどめを刺すよ」

 クローと呼ばれた女性が手にした槌のようなものをポンポンと叩きながら怪物を睨んで言う。

「お、お前、いつここに?」

「つべこべ言ってないで手を動かせ!」

 尾を砕かれた怪物が怒りの叫びを上げてクローに襲い掛かる。クローは攻撃を避けながら手にした槌を振り上げ、思い切り怪物の頭に叩きつけた。

「ぐわああっ!!」

 怪物が叫びを上げて倒れこむ。もう一体が上空から急降下するようにして襲い掛かるが、気を取り直したファングが槍を投げつけ、怪物の目を串刺しにした。

「ぎゅああっ!」

 目を押さえ苦しむ怪物にネムムがと飛び掛かり、その首に剣を突き立てた。鮮血が飛び散り、怪物が地面に倒れ伏す。

「一丁上がりか」

 ふう、と息を吐くネムムの傍でフルルがハンスへの攻撃を続ける。しかし糸を避けるハンスの動きは速く、捉えきれない。

「ネムム殿、あやつを路地に追い込めますか?」

 剣を構えたミッドレイがネムムに近づき囁く。

「あの細い路地か?うやってみよう」

「俺も手助けするぜ。騎士たちで奴を取り囲んでくれ。ネムム、糸をあいつ以外に当てるなよ」

 オルトがそう言って走り出す。ミッドレイが部下に指示を出し、ハンスを囲むように動かす。

「雑魚が何人来ようと」

 ハンスがあざ笑うようにフルルの糸を払い落とし、オルトの剣を避ける。しかし騎士の動きと糸の誘導で狙い通りハンスを路地に誘いこむことに成功した。それを見計らってミッドレイが剣を鞘に納め、目を閉じて精神を集中する。

「散開!」

 それに気付いた部下が叫び、騎士たちが路地から離れる。オルトも騎士に続いて横に跳ぶ。

「ぬっ!?」

 前方から発せられるただならぬ気にハンスが身構え、路地から飛び出そうとする。しかしそれより早くミッドレイの手が目にも止まらぬ速さで動く。

「神速剣、鳴神ナルカミ『飛龍咬』!」

 音速を超えた居合が衝撃波を生み出し、路地へと突進する。屋外のため多少威力は分散されるが、それを踏まえた上で限界を超える集中力をもって放つ究極の一撃だ。

「ぐうっ!」

 襲いかかる衝撃波にさしものハンスも弾き飛ばされダメージを負う。その隙を見逃さず、ファングとクローが同時に槍と槌を投げる。

「ぐおっ!」

 槌が当たると同時に稲妻のような光が放たれ、ハンスの動きが止まる。同時に槍がハンスの右足を貫いた。

「さすがにこれで動けねえだろ」

ファングがにやりと笑い、手を差し伸べる。するとハンスの足に刺さった槍がひとりでに抜け、宙を飛んでその手の中に戻る。クローの槌も同じく、意思を持つようにその手へと帰った。

「お、おのれ」

 ハンスが憎悪のこもった目でファングたちを睨みつける。

「ファングさん、その槍でお嬢様の加勢をしてくれませんか?」

 ハンスが動けなくなったと見たパンナが空を指差してファングに頼む。上空ではアンセリーナが複数の怪物と戦っており、苦戦しているように見えた。

「あれをか?怪物同士で潰し合ってくれるならいいじゃねえか」

「あれは私がお世話をしていたお嬢様です。元に戻せるなら戻してあげたいの」

「あれを元に?出来るのかそんなこと」

「……やってみる価値はある」

「うおっ!」

 いきなり足元で声がして、ファングが驚いて飛び上がる。いつの間にかミラージュがそこに立っていた。

「お、驚かすな。いつの間に……」

「カサンドラって女の人の能力で母様のところに行って一緒にここに来た」

「なんだいなんだい。疲れてるのを無理して来てみればえらい騒ぎになってるじゃないか」

 パンナたちの方へ歩いて来たカサンドラが周囲を見渡してぼやく。

「ありがとうカサンドラ。クローさんたちを連れてきてくれて」

 パンナが上空を気にしながらカサンドラに礼を言う。

「協力するって約束したからね。それにしてもどうなってんだいこりゃ?」

「後でみんなと一緒に説明するわ。また転移をお願いするかもしれないから体力を温存しておいて」

「本当に人遣いが荒いねえ」

「それでミラージュちゃん。お嬢様を元に戻せる?」

天使の羽根フェザーはおそらく彼女にとって異物。なら私の能力で取り除くことも可能かもしれない」

「ファングさん、何とか殺さないようにお嬢様を落としてもらえませんか?」

「簡単に言ってくれる。ま、グングニルこいつは狙った的は外さないというのが売りらしいからな。可愛い娘の頼みだ。やってみるか」

「いまさらそんなこと言っても遅いですよ」

「やっぱ可愛くねえな」

 ファングが苦笑しながら投擲姿勢を取る。狙いを定めて息を吐き、一気に槍を投げると狙い通りアンセリーナの背中の羽根を貫いた。

「ぎあっ!」

 片翼を失ったアンセリーナがくるくると回転しながら落下し、パンナがそこへ向かって走り出す。

「ミラージュちゃん、私が嬢様を引き付けるから天使の羽根フェザーを排除して!」

「待て待て。まだ怪物がいる!」

 落ちたアンセリーナを追って怪物たちが地上に降りてくる。ファングは手に戻ったグングニルを構え、パンナを追う。

「鬱陶しいね。さっさと片づけるとするかい!」

 クローが槌を持って怪物たちに向かって走り出す。ミッドレイは先ほどの神速剣に神経を集中しすぎてまともには動けないようだった。代わりにフルルとネムムがクローの後に続く。その一方でボナーはミッドレイの部下たちにハンスの捕縛を命じていた。

「邪魔なんだよ、でかぶつ!」

 クローが思い切り槌を振り回し、怪物の頭に叩きつける。衝撃で怪物は一発で昏倒し、二撃目で頭を潰され動かなくなった。

「すげえな。さすがは『粉砕するものミョルニル』」

 ファングが半ば呆れたように言う。

「あんたの頭もこうなりたくなかったらきりきり働きな!」

「まったく、母娘揃っておっかねえぜ」

 文句を言いながらもファングはグングニルで残る怪物を攻撃する。その間にパンナはアンセリーナの元に駆け寄っていた。

「お嬢様私です!パンナです!正気に戻ってください!」

 しかしアンセリーナはパンナの言葉に耳を貸すことなく、彼女に向かって腕を振り上げる。パンナは自分の腕周りだけに最小限の壁を展開し、その鋭い爪を受け止める。だが面積が小さすぎて爪の一本がパンナの頬をかすめ、傷をつける。

「お嬢様!」

「バカ野郎!もっと壁を広く展開しろ!」

 ファングが槍をアンセリーナの足元に投げながら叫ぶ。足首を貫かれたアンセリーナが悲鳴を上げてよろけ、そこへミラージュが走りこんで能力を解放する。

完全治癒ロッド・オブ・アスクレピオス!!」

 ミラージュの手から光が放たれ、アンセリーナを包む。それに反応するように彼女の体の光が明滅し、その輝きを失っていく。

「ああああっ!!」

 アンセリーナが体を反らし絶叫する。パンナは能力を解除し、その体を強く抱き締めた。

「お嬢様!気をしっかり持ってください!」

 だが苦しむアンセリーナは髪を振り乱し、抱きつくパンナの背中に腕を回して爪を突き立てた。パンナの背中から鮮血が流れ出す。

「バカ野郎!離れろ!」

 ファングが叫ぶ。しかしパンナはきつくアンセリーナを抱きしめたまま動こうとしない。その間もミラージュは能力を使い続けていた。

「があああっ!」

 アンセリーナの体から光が形になって上空へ抜けていく。それは羽根の形をしていた。それが空の上で光の粒となって霧散すると、アンセリーナは人間の姿に戻ってがっくりと力尽きた。

「や、やった」

 ミラージュが荒い息をして笑う。その体がぐらりと揺れ、倒れそうになるのをファングが受け止めた。

「ご苦労さん、よくやったな」

「は、初めて父親らしい事してもらった……気がする」

「おいおい、初めてはないだろう」

「お嬢様!お嬢様!」

 パンナががっくりと力なくもたれかかるアンセリーナに声を掛ける。

「だ、大丈夫。気を失ってるだけ」

 ミラージュがそう言って、パンナに近づこうとする。

「お姉ちゃん凄い怪我。治さないと」

「無理するな。お前もへとへとはねえか」

「私が回復する」

 ファンタムが駆け寄ってミラージュに手を翳す。

完全回復ボウル・オブ・ヒュギエイア!!」

 ファンタムの手が光り、ミラージュの体を包む。

「助かった。これでお姉ちゃんを治せる」

「私はいいわ。他に傷ついている人がいたら先にそっちを……」

「バカ!いいからさっさと治してもらえ!」

 ファングが怒鳴る。

「さっきからバカバカってあなたにそんなこと言われる謂れはないわ」

「何だい、さっきからやけにそのを気に掛けるじゃないか。また悪い病気が出たのかい?」

 クローがファングをじろりと睨む。

「バカ言うな!こいつは俺の娘なんだよ。それも母親はスパ……」

 思わず勢いで言いかけて、ファングが慌てて口を噤む。

「スパ?おい、まさかスパインじゃないだろうね?」

「母様、正解」

 ミラージュがぽつりと呟く。

「バッ!」

 黙ってろ、と言おうとしたファングの顔が真っ青になる。傍にいるだけでそれと分かる強烈な殺気がクローから放たれていた。

「あんた、スパインとも寝たのかい?」

「ち、違っ……いや、違っちゃいねえが、昔酔った勢いで一度だけ、な。あいつの性格は一番お前が知ってるだろう?」

「姉と寝た後あたしを口説いたわけだね?」

 クローがポキポキと指を鳴らす。

「ま、待て。話せばわかる」

 そう言いながらファングは既に逃走の姿勢を取っていた。

「やれやれ。犬も食わない喧嘩は放っておいて、お姉ちゃんの治療をする」

 ミラージュが淡々と言い、パンナに手を翳した。

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