貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

文字の大きさ
上 下
80 / 119

第80話 分断された世界 ①

しおりを挟む
「パンナ、無事だったか」

 怪物を仕留め、死骸の処理についてゼノーバたちが話し合っている中、ボナーがパンナとファングたちの元に駆け寄ってくる。ミラージュとファンタムは傷ついた騎士や領民の治療を行っていた。

「ええ。ちょっと疲れたけど大丈夫」

「こいつ、人工天使だな。おそらく異能ギフトが通じないよう造られてる」

 ファングが動かなくなった怪物を見つめながら呟く。

「どうして分かります?」

「グングニルであの程度のダメージしか与えられなかったんだ。普通の武器じゃ傷一つつかねえだろう。あいつらが戦力として造ったなら異能ギフト対策くらいしていておかしかねえ」

異能ギフトが効かない、ということはあれを創ったのは異能ギフトを与えた上位霊種スピリチュアーということですか?」

 ボナーの質問にファングが口をへの字に曲げて黙り込む。

「いい加減教えてもらえませんか。六芒星ヘキサグラムの正体、そしてあなたを雇っている組織のことを」

「この人を雇っている?」

 パンナが怪訝そうな顔をする。

「ここじゃ何だ。どっかゆっくり座って話してえな。あいつらも疲れただろうし」

 ファングの言う通り、ミラージュとファンタムは負傷した人々の間を慌ただしく動き回っていた。

「この人、状態がひどい。一回じゃ治せないかも」

 ミラージュが瓦礫の間に横たわる女性を見て顔をしかめる。

完全治癒ロッド・オブ・アスクレピオス!!」

 ミラージュの手が青白く光り、女性の傷が癒えていく。しかし腹部の傷が深く、力を出し続けるミラージュの体がぐらりと揺れる。

「ミラージュ!大丈夫か?」

 ファングが慌てて駆け寄る。パンナもそれに続き、倒れかけたミラージュの体を受け止めた。

「だ、大丈夫。傷は塞いだから運んで……」

 荒い息をしながらそう言うミラージュをファングが抱き抱える。

「まずはお前を運ばにゃならんな」

「わ、私は大丈夫。この人はかなり生命力を失ってる。安静にして栄養を取らせないと」

「分かったわ。この人は私が……え?」

 女性を抱き抱えようとしたパンナがその顔を見て絶句する。

「どうしたパンナ?」

 ボナーがパンナの様子がおかしいことに気付き、声を掛ける。

「カサンドラ……」

「何?」

「教団の異能者狩りポーチャーよ。あなたを助けるのに仲間の協力を得て一時操っていたの」

「教団の?操っていたって……」

「詳しい話は後でするわ。とにかく安全なところに運ばないと」

「分かった。僕が運ぼう」

「いえ、私が」

「サンクリスト公にそんな真似をさせるわけにはいきません。おい!こっちに一人来い!」

 いつの間にか近くに来ていたゼノーバが騎士を呼ぶ。

「それじゃベスター城へ戻ろう。話はそこで」

 ボナーはそう言って馬車を呼び寄せた。



六芒星ヘキサグラムってのは人類解放機構(HLO)から分かれた組織だ」

 ベスター城の応接間でファングが口を開く。

「HLO?」

「元々は上位霊種スピリチュアーが他の人種と交わっていった人間たちの集まりでな。天使の末裔からも上位霊種スピリチュアーからも独立して人間と言う種が世界を掌握すべきだと考えている連中だ。だから神への信仰もない。人間至上主義者の組織だな」

「王国の純血派に似ていますね」

「奴らは狂信的なイシュナル信徒だがな」

「それでそのHLOというのはどういう活動をしているんだ?」

「天使の末裔と上位霊種スピリチュアーの抹殺。人間種による全世界の管理。それが最終目的だな」

「上位の存在である天使や上位霊種スピリチュアーに勝てるのか?」

「そのために奴らの技術を使うことも躊躇わない。俺が持ってるグングニルなんかその典型さ」

「その槍が特別なのは感じていたが、実際どういうものなんだ?」

「神の創りたもうた武器、神装部具プライマルアームドだ。元々は天使が装備する武装だった。だが天使同士の争いになるとそれこそ世界を滅ぼしかねんからな。上位霊種スピリチュアーが反乱を起こすとは考えていなかった天使たちは宝物庫キャスケットと呼ばれる異空間の収納庫に全ての神装部具プライマルアームドを入れて封印した」

「異空間?」

「俺たちがいる世界とは別の空間らしいが、俺も詳しいことは知らん。だが普通の人間には行くことも見ることも出来ない場所ということだ」

「天使同士の争いにならないように隠したってことは、天使は一枚岩ではないということですか?」

「正確に言えばイシュナルが創造した天使とオーディアルが創造した天使、イシュナル側は闇天使ダークエンジェルと呼んでるが、そいつらの争いに備えてだな」

「イシュナルとオーディアルは姉妹ですけど、仲が悪いんでしょうか?」

「さてな。神様に家族という概念があるのかは知らんが、光と生を司る女神と、闇と死を司る女神だからな。反りが合うとは思えねえよな、人間の感覚じゃよ。少なくとも天使と闇天使ダークエンジェルは反目していたようだな」

「だが世界を滅ぼすのは双方本意ではない。だから宝物庫キャスケット神装部具プライマルアームドを封印することに納得したと」

「そうだ。お互いが勝手に封印を解かないよう、天使には宝物庫キャスケットを開けることが出来ないという制約まで設けた。これが天使たちには大誤算だった」

「というと?」

「天使たちの争いが無くても、想定外の危機が起こることはあり得る。原初の闇でとんでもない化け物が生まれてこの世界を滅ぼしに来るとかな。イシュナルとオーディアルは直接この世界には干渉できない。だから万一の際は天使が神装部具プライマルアームドを使うことになる。それなのに誰も宝物庫キャスケットを開けなくては意味がない。そこで天使と闇天使ダークエンジェルはそれぞれが選んだ人間を宝物庫キャスケットの鍵にすることにした」

「人間を鍵に?」

「そうだ。人間そのものが鍵らしい。天使側と闇天使ダークエンジェル側の鍵両名が揃わないと宝物庫キャスケットが開けないように設定したそうだ」

「双方が危機的状況と認めた場合のみ宝物庫キャスケットを開くということですね?」

「ああ。ところが上位霊種スピリチュアーの反乱で状況が一変した。元々反目していた天使と闇天使ダークエンジェルがうまく連携を取れるわけがなく、双方が選んだ鍵となった人間が上位霊種スピリチュアーに奪われてしまった」

「それじゃ天使は宝物庫キャスケットを開けなくなったと?」

「そういうことだ。上位霊種スピリチュアーは当然確保した鍵の人間を使って宝物庫キャスケットから神装具プライマルアームドを取り出して天使を攻撃しようとした。だが天使用に創られた神装具プライマルアームド上位霊種スピリチュアーでは完全にその能力を引き出すことが出来なかった」

原初の力ジ・オリジンが関係してるんですか?」

「ああ。上位霊種スピリチュアーはあくまで天使が創った人間の一種だからな。原初の力ジ・オリジンは持っていない。神装具プライマルアームドの力を引き出すにはどうしても原初の力ジ・オリジンが必要になるんだ」

「ファングさんは天使が創った原初の力ジ・オリジンを宿す存在。だから神装具プライマルアームドが扱えるわけですね?」

「そうだ。本物の天使には及ばんがな」

「でもどうして天使が対上位霊種スピリチュアー用に創ったあなたが上位霊種スピリチュアーが管理しているはずの神装具プライマルアームドを持ってるんです?」

「それがまた面倒は話なのさ。さっき言ったHLOが関係してくるんでな」

 ファングはそう言ってメイドが入れてくれた紅茶を口にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...