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第80話 分断された世界 ①
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「パンナ、無事だったか」
怪物を仕留め、死骸の処理についてゼノーバたちが話し合っている中、ボナーがパンナとファングたちの元に駆け寄ってくる。ミラージュとファンタムは傷ついた騎士や領民の治療を行っていた。
「ええ。ちょっと疲れたけど大丈夫」
「こいつ、人工天使だな。おそらく異能が通じないよう造られてる」
ファングが動かなくなった怪物を見つめながら呟く。
「どうして分かります?」
「グングニルであの程度のダメージしか与えられなかったんだ。普通の武器じゃ傷一つつかねえだろう。あいつらが戦力として造ったなら異能対策くらいしていておかしかねえ」
「異能が効かない、ということはあれを創ったのは異能を与えた上位霊種ということですか?」
ボナーの質問にファングが口をへの字に曲げて黙り込む。
「いい加減教えてもらえませんか。六芒星の正体、そしてあなたを雇っている組織のことを」
「この人を雇っている?」
パンナが怪訝そうな顔をする。
「ここじゃ何だ。どっかゆっくり座って話してえな。あいつらも疲れただろうし」
ファングの言う通り、ミラージュとファンタムは負傷した人々の間を慌ただしく動き回っていた。
「この人、状態がひどい。一回じゃ治せないかも」
ミラージュが瓦礫の間に横たわる女性を見て顔をしかめる。
「完全治癒!!」
ミラージュの手が青白く光り、女性の傷が癒えていく。しかし腹部の傷が深く、力を出し続けるミラージュの体がぐらりと揺れる。
「ミラージュ!大丈夫か?」
ファングが慌てて駆け寄る。パンナもそれに続き、倒れかけたミラージュの体を受け止めた。
「だ、大丈夫。傷は塞いだから運んで……」
荒い息をしながらそう言うミラージュをファングが抱き抱える。
「まずはお前を運ばにゃならんな」
「わ、私は大丈夫。この人はかなり生命力を失ってる。安静にして栄養を取らせないと」
「分かったわ。この人は私が……え?」
女性を抱き抱えようとしたパンナがその顔を見て絶句する。
「どうしたパンナ?」
ボナーがパンナの様子がおかしいことに気付き、声を掛ける。
「カサンドラ……」
「何?」
「教団の異能者狩りよ。あなたを助けるのに仲間の協力を得て一時操っていたの」
「教団の?操っていたって……」
「詳しい話は後でするわ。とにかく安全なところに運ばないと」
「分かった。僕が運ぼう」
「いえ、私が」
「サンクリスト公にそんな真似をさせるわけにはいきません。おい!こっちに一人来い!」
いつの間にか近くに来ていたゼノーバが騎士を呼ぶ。
「それじゃベスター城へ戻ろう。話はそこで」
ボナーはそう言って馬車を呼び寄せた。
「六芒星ってのは人類解放機構(HLO)から分かれた組織だ」
ベスター城の応接間でファングが口を開く。
「HLO?」
「元々は上位霊種が他の人種と交わっていった人間たちの集まりでな。天使の末裔からも上位霊種からも独立して人間と言う種が世界を掌握すべきだと考えている連中だ。だから神への信仰もない。人間至上主義者の組織だな」
「王国の純血派に似ていますね」
「奴らは狂信的なイシュナル信徒だがな」
「それでそのHLOというのはどういう活動をしているんだ?」
「天使の末裔と上位霊種の抹殺。人間種による全世界の管理。それが最終目的だな」
「上位の存在である天使や上位霊種に勝てるのか?」
「そのために奴らの技術を使うことも躊躇わない。俺が持ってるグングニルなんかその典型さ」
「その槍が特別なのは感じていたが、実際どういうものなんだ?」
「神の創りたもうた武器、神装部具だ。元々は天使が装備する武装だった。だが天使同士の争いになるとそれこそ世界を滅ぼしかねんからな。上位霊種が反乱を起こすとは考えていなかった天使たちは宝物庫と呼ばれる異空間の収納庫に全ての神装部具を入れて封印した」
「異空間?」
「俺たちがいる世界とは別の空間らしいが、俺も詳しいことは知らん。だが普通の人間には行くことも見ることも出来ない場所ということだ」
「天使同士の争いにならないように隠したってことは、天使は一枚岩ではないということですか?」
「正確に言えばイシュナルが創造した天使とオーディアルが創造した天使、イシュナル側は闇天使と呼んでるが、そいつらの争いに備えてだな」
「イシュナルとオーディアルは姉妹ですけど、仲が悪いんでしょうか?」
「さてな。神様に家族という概念があるのかは知らんが、光と生を司る女神と、闇と死を司る女神だからな。反りが合うとは思えねえよな、人間の感覚じゃよ。少なくとも天使と闇天使は反目していたようだな」
「だが世界を滅ぼすのは双方本意ではない。だから宝物庫に神装部具を封印することに納得したと」
「そうだ。お互いが勝手に封印を解かないよう、天使には宝物庫を開けることが出来ないという制約まで設けた。これが天使たちには大誤算だった」
「というと?」
「天使たちの争いが無くても、想定外の危機が起こることはあり得る。原初の闇でとんでもない化け物が生まれてこの世界を滅ぼしに来るとかな。イシュナルとオーディアルは直接この世界には干渉できない。だから万一の際は天使が神装部具を使うことになる。それなのに誰も宝物庫を開けなくては意味がない。そこで天使と闇天使はそれぞれが選んだ人間を宝物庫の鍵にすることにした」
「人間を鍵に?」
「そうだ。人間そのものが鍵らしい。天使側と闇天使側の鍵両名が揃わないと宝物庫が開けないように設定したそうだ」
「双方が危機的状況と認めた場合のみ宝物庫を開くということですね?」
「ああ。ところが上位霊種の反乱で状況が一変した。元々反目していた天使と闇天使がうまく連携を取れるわけがなく、双方が選んだ鍵となった人間が上位霊種に奪われてしまった」
「それじゃ天使は宝物庫を開けなくなったと?」
「そういうことだ。上位霊種は当然確保した鍵の人間を使って宝物庫から神装具を取り出して天使を攻撃しようとした。だが天使用に創られた神装具は上位霊種では完全にその能力を引き出すことが出来なかった」
「原初の力が関係してるんですか?」
「ああ。上位霊種はあくまで天使が創った人間の一種だからな。原初の力は持っていない。神装具の力を引き出すにはどうしても原初の力が必要になるんだ」
「ファングさんは天使が創った原初の力を宿す存在。だから神装具が扱えるわけですね?」
「そうだ。本物の天使には及ばんがな」
「でもどうして天使が対上位霊種用に創ったあなたが上位霊種が管理しているはずの神装具を持ってるんです?」
「それがまた面倒は話なのさ。さっき言ったHLOが関係してくるんでな」
ファングはそう言ってメイドが入れてくれた紅茶を口にした。
怪物を仕留め、死骸の処理についてゼノーバたちが話し合っている中、ボナーがパンナとファングたちの元に駆け寄ってくる。ミラージュとファンタムは傷ついた騎士や領民の治療を行っていた。
「ええ。ちょっと疲れたけど大丈夫」
「こいつ、人工天使だな。おそらく異能が通じないよう造られてる」
ファングが動かなくなった怪物を見つめながら呟く。
「どうして分かります?」
「グングニルであの程度のダメージしか与えられなかったんだ。普通の武器じゃ傷一つつかねえだろう。あいつらが戦力として造ったなら異能対策くらいしていておかしかねえ」
「異能が効かない、ということはあれを創ったのは異能を与えた上位霊種ということですか?」
ボナーの質問にファングが口をへの字に曲げて黙り込む。
「いい加減教えてもらえませんか。六芒星の正体、そしてあなたを雇っている組織のことを」
「この人を雇っている?」
パンナが怪訝そうな顔をする。
「ここじゃ何だ。どっかゆっくり座って話してえな。あいつらも疲れただろうし」
ファングの言う通り、ミラージュとファンタムは負傷した人々の間を慌ただしく動き回っていた。
「この人、状態がひどい。一回じゃ治せないかも」
ミラージュが瓦礫の間に横たわる女性を見て顔をしかめる。
「完全治癒!!」
ミラージュの手が青白く光り、女性の傷が癒えていく。しかし腹部の傷が深く、力を出し続けるミラージュの体がぐらりと揺れる。
「ミラージュ!大丈夫か?」
ファングが慌てて駆け寄る。パンナもそれに続き、倒れかけたミラージュの体を受け止めた。
「だ、大丈夫。傷は塞いだから運んで……」
荒い息をしながらそう言うミラージュをファングが抱き抱える。
「まずはお前を運ばにゃならんな」
「わ、私は大丈夫。この人はかなり生命力を失ってる。安静にして栄養を取らせないと」
「分かったわ。この人は私が……え?」
女性を抱き抱えようとしたパンナがその顔を見て絶句する。
「どうしたパンナ?」
ボナーがパンナの様子がおかしいことに気付き、声を掛ける。
「カサンドラ……」
「何?」
「教団の異能者狩りよ。あなたを助けるのに仲間の協力を得て一時操っていたの」
「教団の?操っていたって……」
「詳しい話は後でするわ。とにかく安全なところに運ばないと」
「分かった。僕が運ぼう」
「いえ、私が」
「サンクリスト公にそんな真似をさせるわけにはいきません。おい!こっちに一人来い!」
いつの間にか近くに来ていたゼノーバが騎士を呼ぶ。
「それじゃベスター城へ戻ろう。話はそこで」
ボナーはそう言って馬車を呼び寄せた。
「六芒星ってのは人類解放機構(HLO)から分かれた組織だ」
ベスター城の応接間でファングが口を開く。
「HLO?」
「元々は上位霊種が他の人種と交わっていった人間たちの集まりでな。天使の末裔からも上位霊種からも独立して人間と言う種が世界を掌握すべきだと考えている連中だ。だから神への信仰もない。人間至上主義者の組織だな」
「王国の純血派に似ていますね」
「奴らは狂信的なイシュナル信徒だがな」
「それでそのHLOというのはどういう活動をしているんだ?」
「天使の末裔と上位霊種の抹殺。人間種による全世界の管理。それが最終目的だな」
「上位の存在である天使や上位霊種に勝てるのか?」
「そのために奴らの技術を使うことも躊躇わない。俺が持ってるグングニルなんかその典型さ」
「その槍が特別なのは感じていたが、実際どういうものなんだ?」
「神の創りたもうた武器、神装部具だ。元々は天使が装備する武装だった。だが天使同士の争いになるとそれこそ世界を滅ぼしかねんからな。上位霊種が反乱を起こすとは考えていなかった天使たちは宝物庫と呼ばれる異空間の収納庫に全ての神装部具を入れて封印した」
「異空間?」
「俺たちがいる世界とは別の空間らしいが、俺も詳しいことは知らん。だが普通の人間には行くことも見ることも出来ない場所ということだ」
「天使同士の争いにならないように隠したってことは、天使は一枚岩ではないということですか?」
「正確に言えばイシュナルが創造した天使とオーディアルが創造した天使、イシュナル側は闇天使と呼んでるが、そいつらの争いに備えてだな」
「イシュナルとオーディアルは姉妹ですけど、仲が悪いんでしょうか?」
「さてな。神様に家族という概念があるのかは知らんが、光と生を司る女神と、闇と死を司る女神だからな。反りが合うとは思えねえよな、人間の感覚じゃよ。少なくとも天使と闇天使は反目していたようだな」
「だが世界を滅ぼすのは双方本意ではない。だから宝物庫に神装部具を封印することに納得したと」
「そうだ。お互いが勝手に封印を解かないよう、天使には宝物庫を開けることが出来ないという制約まで設けた。これが天使たちには大誤算だった」
「というと?」
「天使たちの争いが無くても、想定外の危機が起こることはあり得る。原初の闇でとんでもない化け物が生まれてこの世界を滅ぼしに来るとかな。イシュナルとオーディアルは直接この世界には干渉できない。だから万一の際は天使が神装部具を使うことになる。それなのに誰も宝物庫を開けなくては意味がない。そこで天使と闇天使はそれぞれが選んだ人間を宝物庫の鍵にすることにした」
「人間を鍵に?」
「そうだ。人間そのものが鍵らしい。天使側と闇天使側の鍵両名が揃わないと宝物庫が開けないように設定したそうだ」
「双方が危機的状況と認めた場合のみ宝物庫を開くということですね?」
「ああ。ところが上位霊種の反乱で状況が一変した。元々反目していた天使と闇天使がうまく連携を取れるわけがなく、双方が選んだ鍵となった人間が上位霊種に奪われてしまった」
「それじゃ天使は宝物庫を開けなくなったと?」
「そういうことだ。上位霊種は当然確保した鍵の人間を使って宝物庫から神装具を取り出して天使を攻撃しようとした。だが天使用に創られた神装具は上位霊種では完全にその能力を引き出すことが出来なかった」
「原初の力が関係してるんですか?」
「ああ。上位霊種はあくまで天使が創った人間の一種だからな。原初の力は持っていない。神装具の力を引き出すにはどうしても原初の力が必要になるんだ」
「ファングさんは天使が創った原初の力を宿す存在。だから神装具が扱えるわけですね?」
「そうだ。本物の天使には及ばんがな」
「でもどうして天使が対上位霊種用に創ったあなたが上位霊種が管理しているはずの神装具を持ってるんです?」
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