貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第75話 天使の記憶 ①

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「ベストレームに怪物が!?」

 思わず騎士に詰め寄るボナーの肩をユーシュが押さえる。

「落ち着け、ボナー。それで状況は?」

「く、詳しいことはまだ。ですが怪物はソシュートからベストレームの検問所を突破してきたらしく、おそらくはソシュートにも何らかの被害が出ているかと」

「何ということだ!」

「もしかしてさっきヘルナンデスが言っていた真の六芒星ヘキサグラムとやらが関係しているのか?」

「可能性はあるな。時期が一致しすぎている。とにかく僕はベストレームに戻る」

「私も行きます、あなた」

 パンナがボナーを見つめて言う。

「しかし君は……」

「ファンタムちゃんのお陰で体力は回復しました。ベストレームを守るため、あなたのお役に立ちたいのです」

「お姉ちゃん、立派」

 ファンタムがぼそりと呟く。

「ファング殿、あなたにも協力していただきたい」

 ユーシュが真剣な顔でファングに詰め寄る。

「あ?どうして俺が」

「ファング、お姉ちゃんたちを放っておいた償いをするべき」

 ファンタムが言い、隣でミラージュが頷く。

「ちっ、しゃあないな。怪物とやらにも興味はあるし、手を貸してやるよ」

「ありがとうございます。でも私たちはあなたを許したわけではありませんから」

 パンナが厳しい顔で言い、イリノアが大きく頷く。

「構わねえよ。今更許してくれなんて虫のいいことは言わんさ。まあ今まで何もしてやれなかった分、娘の役に立ってやるのもいいだろうさ」

「珍しく殊勝な心掛け」

 ファンタムが呟き、またミラージュが頷く。

「うるせえよ!ならさっさと行くぞ」

「ユーシュ、色々大変だとは思うが、後を頼む」

「ああ。父上にも報告しておく。お前も気をつけてな。やっと昔のように話してくれるようになったな」

「ああ、そう言えばそうだな。後はお願いします、ユーシュ様」

「だからやめろって。お前に様なんて呼ばれたらこそばゆくて仕方ないぜ」

 子供のように笑うユーシュにボナーは頭を下げる。それから不安そうな顔のリーシェの肩を抱いて、優しい口調で語り掛けた。

「大丈夫だ。ベストレームは必ず守る。お前はここでしばらく父上の面倒を見ててくれ」

「はい。お兄様もお姉さまもお気をつけて」

「イリノア、お前はどうする?ここにいたければ置いてやるぞ」

 ユーシュの言葉にイリノアはしばし考え込み、それからファングの顔を見つめる。

「私もベストレームに行くわ。怪物ってのが教団が造ったもんなのか気になるし」

「そうか。ボナー、君のところの騎士たちはまだノーラン城にいるはずだ。一緒に連れて行くといい」

「分かった。世話を掛けたなユーシュ」

 「ローヤー殿。あなた方には今回の件の証言者となってもらいたい。ボナーの無実が確定したことと、真の六芒星ヘキサグラムなる脅威が王国に迫っていることを御前会議で証言してください。クリムト卿が奴らの手先であった以上、他の八源家オリジンエイトにも疑惑があると言わざるを得ません。慎重に調査を進める必要があります」

「承知しました」

 ローヤーが他の二人の裁判官と共に頭を下げる。

「すぐに大型の馬車を用意させる。急いでベストレームへ行け、ボナー」

「感謝する。ファング殿、話は馬車の中で聞かせてもらえますか?」

「ああ、どうせやることもないしな」

 ファングがつまらなさそうに答え、ファンタムにまた脛を蹴られた。



「そもそも俺やクローホーンといった英雄なんて呼ばれてる連中は普通の半端者とは違う」

 大公家が用意した六人掛けのキャビンでファングが話し始める。ファングとミラージュ、ファンタムが隣り合って座り、その向かい側にボナー、パンナ、イリノアが腰かけていた。

「どう違うのです?」

「普通の半端者は人間と獣人族ワービースト、あるいは異郷人エトランゼとの混血だ。だが俺たちの父親、といっていいんだろうな。そいつはちっとばかり異質な存在なのさ。乱暴に言っちまえば天使の末裔ってことになるのかな」

「天使ですって!?」

 イリノアが思わず叫ぶ。パンナもその言葉に眉根を寄せた。

「天使降臨の神話はお前らも知ってるだろ?あれはある意味真実なのさ。この大陸が各地の豪族の争いで混乱した時、あいつらが国という形を作って秩序を与えたんだ。特に力を持った人間を二人選んで王国と帝国を創らせたって話だ」

「そんな……信じられない」

「普通はそうだよな。俺だってお前らと同じ立場なら鼻で笑ってるところさ。ところが俺はこの目で見ちまってるからな。

「創った?」

「そう、文字通り創ったのさ。神話に出てくる天使ってのは、こことは違う大陸にいた原初の存在。女神オーディアルとイシュナルと同じ創世神によって生み出された存在なのさ」

「創世神アーシア?まさかそれが実在していると?」

「本物の神様なのかどうかは分からんがな。この世界に人間というものを創り出した存在がいるのは確かだ。そいつはまず自分の配下としての天使を創り、その天使に人間を創造させた。金眼、手長、鉄脚、この大陸の人間はその一種に過ぎん。獣人族ワービースト妖蟲族インセクターは人間を創る過程で生まれたイレギュラーらしい。この世界には元々魔獣や魔蟲はいたみたいでな」

「その言い方だとアーシアはこの世界そのものを創ったわけではないように聞こえますが」

「そうだ。少なくとも俺を創った連中はそう言っていた。アーシアは原初の闇と言われる異世界だか異空間だかである存在と交わり女神二人を設けた。そしてこの世界にその娘たる女神と降り立ったとな」

「そんな御伽噺みたいなことが……」

「あったんだよ。そして天使が作った中でも最も彼らに近い存在として生まれたのが上位霊種スピリチュアーだ。奴らはアーシアが最初に降臨した大陸で文明を築き、初めて天使の手を離れて独立した国を構築した」

「それはどこなんです?」

「知らん。海の向こうのことなんぞ知りようがないだろう。俺は奴らから聞かされた話をしているだけだ。だから本当のことかと言われても断言は出来ん」

「ちょっと頭が混乱してきたわ。あんたを創ったっていうのがその上位霊種スピリチュアーとやらなの?」

 イリノアが頭を抱えて尋ねる。

「違う。俺を創ったのは天使の末裔と言ったろう。今から説明する。上位霊種スピリチュアーは自分たちが創った国でその数を増やし、独自の進化を続けた。そして奴らは自らの創造主である天使たちに反旗を翻した」

「天使に?どうして?」

「詳しくは分からん。だが上位霊種スピリチュアーの技術力は天使の力を凌駕するほどになっていた。天使は徐々に上位霊種スピリチュアーの造った兵器によって駆逐され、その数を減らしていった。劣勢になった天使たちはやむを得ず他の大陸へ移動することにしたが、ここで問題が起きた。最初に降臨したその大陸以外は天使が生息するのに必要な空気の純度がなかった。天使は非常に清廉な空気の中でしか生きられなかったんだ」

「創世神アーシアはどうしたんです?自分が創った天使が危機に陥ったのなら、助けの手を差し伸べそうなものでしょう」

「アーシアはこの世界に降り立った後、その管理を二人の娘に任せてまた違う世界へ去っていったらしい。この大陸の信仰の対象が創世神のアーシアではなくイシュナルなのはそれが原因だ。一部はオーディアルの方を信仰してるがな」

「じゃあイシュナルはどうして天使を助けなかったんです?」

「興味がなかったんだろう。自分を信仰してくれるのは人間であって、自分と同じくアーシアに創られた天使たちは却って邪魔だったのかもしれん」

「そんな……」

「神様の考えることなんて分からねえよ。それで話を戻すと、天使たちは他の大陸に移動するため苦渋の決断をした。自分たちが創った人間と交わって、よそでも生きていける子供たちを産ませたんだ。自分自身は最後まで上位霊種スピリチュアーと戦い、人間との間に出来た子孫を他に逃がすことにしたのさ」

「それじゃ純粋な天使はもう……」

「いないだろう。俺を創ったっていうのはその時生まれた天使と人間のハーフの子孫。つまりは天使の末裔ってわけだ」

「俄かには信じられない話ですね」

「まあそうだろうな。だがその時大陸を脱出した天使の子供たちは上位霊種スピリチュアーへの復讐を誓い、様々な地へ散っていった。この大陸もその一つだ。奴らは自分たちを助けなかった女神たちをも憎んだ。上位霊種スピリチュアーは天使には反抗したが、女神は信仰していたしな」

「それでどうなったんです?」

「天使が創った人間たちは上位霊種スピリチュアーの反乱以前にもう全世界の大陸に生息していた。各地に散った天使の子供はそれらの人間を自分たちの尖兵とするため支配しようとした。さっき話した王国と帝国を創ったってのも天使の子孫だ。ところがそこにも上位霊種スピリチュアーの手が伸びてきた。奴らは最初の大陸から逃げた天使の子孫を追って同じように世界中に進出していった。そして天使の子孫に代わって現地の人間を支配しようとした。その時に使ったのが女神イシュナルだ」

「それじゃイシュナル教は……」

上位霊種スピリチュアーが広めたのさ。数の上ではすでに上位霊種スピリチュアーが天使の子孫を圧倒していたからな。王国も帝国もあっという間にイシュナル教の信徒で一杯になった。天使の子孫の目論見はここでも潰されることになったわけだ」

「それで天使の子孫は?」

「大多数は人間との交配を繰り返して徐々に原初の力を失っていった。だが一部の狂信的な者は同じ天使の血を引く者とのみ子を為し、その力を維持しようとした。それでも限界はある。近い血の者同士が交配を繰り返すと生まれる子にエラーが出やすくなるからな。それで奴らが考えたのが自分たちに流れる天使の力、奴らは原初の力ジ・オリジンと呼んでいたが、そいつを人工的に抽出して人間の子供に植え付けるということだった」

「そんな。それじゃまるで……」

 イリノアが呆然と呟く。それはまさに教団が行ってきた実験と重なるものだった。

原初の力ジ・オリジン……」

 パンナもその言葉に反応して呟く。それは確かにヘルナンデスが口にした言葉だった。



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