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第74話 恨みと出会い
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「ファ、ファング?」
男の名乗りにパンナとイリノアが目を丸くする。一方ファングと名乗った男は瓦礫に刺さった槍を力任せに引き抜くと、穂先をヘルナンデスに向け、不敵な笑みを浮かべる。
「しかし臭えなあ。こんな臭いは初めてだぜ。そうか!てめえ、原初の闇とやらを崇拝してるイカレた連中か!」
「貴様!何故それを知っている!?」
ヘルナンデスが驚愕の表情を浮かべる。
「はっはあ!図星か?ならてめえをぶっ飛ばすのに遠慮はいらねえってこったなあ!」
「図に乗るな、野蛮人が!」
ヘルナンデスが右手にぶら下げていたクリムト侯爵を放り投げ、両手を体の前に伸ばす。螺旋状の風をまた作るつもりだ。
「風使いか。面白え」
「死ね!」
ヘルナンデスの手が動き、ドリルのように回転しながら鋭い旋風がファングを襲う。しかしファングが手にした槍を思い切り横に薙ぎ払うと、その風が霧散して消え去る。
「何!?」
「はっ!さすがにすげえな。こいつじゃなかったら防げなかったぜ」
ファングが手にした槍を振りながら楽しそうに笑う。
「な、何なんだあの男は……」
ユーシュが呆れたように呟く。あまりにも規格外の攻防に理解が追い付かない。
「しっかりしてお父様!お兄様、それより早く医者を!」
リーシェが泣きながら叫ぶ。オールヴァートの呼吸はさらに弱弱しくなり、今にも止まりそうになっていた。
「だがこの混乱の中では」
「……どいて」
いきなり声がして、一同が驚いて振り向く。いつの間にかすぐそばに一人の少女が立っていた。歳はイリノアと同じくらいだろう。僅かに青みがかった銀髪が腰まで伸び、雪のように白い肌をしている。顔立ちは可愛いが切れ長の目が細く開かれ、どこか冷たい印象を与える。
「だ、誰!?」
リーシェが警戒して叫ぶが、少女は構わずオールヴァートの近くに歩み寄ると、屈んでその体に手を翳す。
「ちょっと!」
「静かにして」
少女が静かに、しかし有無を言わせぬ様子で言う。と、オールヴァートの傷口にかざした掌が青白く光り、ゆっくりと刺さった短剣が押し出されるように傷口から抜けていく。
「え?」
「『完全治癒』」
少女がそう呟くと、オールヴァートの傷口がみるみる塞がっていき、流血も止まる。そして真っ青だった顔に赤みが戻ってきた。
「これは……」
ボナーが驚きのあまり息を呑む。
「これでいい。後は清潔な場所で安静にさせて」
少女が淡々と言い、立ち上がる。
「あ、あの、あ、ありがとう。あなたは……」
リーシェが困惑しながら尋ねる。
「ミラージュ。ファングの娘」
「え!?」
その言葉にパンナとイリノアが反応する。そのファングは手にした槍を目にも止まらぬ速さで突き出し、ヘルナンデスを攻撃していた。風を使って槍を捌こうとするヘルナンデスだが、逆に槍に風を貫かれ、あちこちに切り傷を負う。
「貴様!まさかそれは神装具か!?」
「ああ、なんかそんなこと言ってたな。まあ俺が知ってるのはこいつの名前、グングニルだけだがな」
「なぜ貴様のような者がそれを!」
「なぜなぜってうるせえなあ。こいつは俺の相棒なんだよ。そんでもっててめえをぶち殺す武器だ」
「くっ、原初の力を持つ者が複数現れるとは……計画の見直しが必要か」
ヘルナンデスは歯がみし、両手を上げる。その体の周りにまた竜巻が起こり、ヘルナンデスの姿が高速回転する風の中にぼやける。
「てめえ!逃げる気か!」
「いずれ貴様を含め全ての邪魔者は始末してやる。それまで首を洗って待っているがいい」
ヘルナンデスが捨て台詞を残し、風の中に消える。風が治まるとそこには気絶したクリムト侯爵だけが残されていた。
「けっ、腰抜けが」
唾を吐き捨て、ファングが忌々しそうに言う。それからクリムト侯爵を無視して、瓦礫の上から跳躍するとパンナたちの近くに着地した。
「おう、ミラージュ。着いたか」
「ファング、先走り過ぎ。追いつくのが大変」
ミラージュが淡々と、しかし責めるように言う。
「悪い悪い。とんでもなく嫌な臭いを感じたもんでよ。じっとしてらんなかったんだよ」
そう言って頭を掻くファングの前にふらつきながらパンナが立つ。
「あなた、本当にファングなのですか?」
「おう!俺様が英雄と言われたファングさ……」
パチン!
ファングの言葉が終わらぬうちに、パンナの平手打ちが彼の頬を引っぱたく。
「痛ってえ!何しやがるこのアマ!」
「私とこの子はあなたの娘です」
パンナは隣でファングを睨みつけるイリノアを指して言う。
「俺の娘?」
「エレノアという女に心当たりはない?」
イリノアが怒りを込めた目で尋ねる。
「エレノア?……ああ!ありゃいい女だったな。お前、エレノアの娘か?それにしちゃ髪が……」
イリノアは涙を溜めた目で思い切りファングの脛を蹴る。
「痛ってええ!!」
「あなたたち、気持ちは分かるけど、やめてあげてほしい」
ミラージュがすまなそうに言う。
「あんたが無責任に私を産ませたせいでどんなに苦労したと思ってるの!!」
イリノアが泣きながら叫ぶ。パンナの目からも涙が零れていた。
「ファング殿、危ない所を助けてもらったことには礼を言う。それに父を助けてくれたミラージュ殿には感謝の言葉もない。だがあなたがしてきたことは正直許せないと私も思っている」
ボナーが厳しい顔でファングの前に立って言う。
「ああ、そうだな。俺を目の前にすりゃこうなるわな。ところであんたの母親は?俺は貴族の女と寝た記憶は無いんだがな?」
「これはウィッグよ。私は生まれてすぐ捨てられたから母親は知らないわ。聞いた話じゃ娼婦だったらしいけど」
パンナが涙を拭きながら答える。
「娼婦か。娼婦は随分抱いたからな。誰か特定するのは難しいな」
「あんたって人は!」
イリノアがまた怒鳴る。
「どうでもいいわ。今更母親が誰かなんて。でもどうして私やイリノアの母を捨てたの?他にもそう言う女性がいっぱいいるんでしょう?」
「まあそうだな。悪いとは思ってる。だが俺の性欲はどうにも抑えが効かなくてな。好みの女を見ると抱かずにはいられなくなる。だが俺は一か所に腰を落ち着けることは出来ねえのさ。周りの者に迷惑をかけちまうからな」
「そんな言い訳が……」
「通りゃしないよな。だからお前らに恨まれるのは仕方ねえ。殴られても蹴られても甘んじてそれを受け入れるさ。殺したかったらやってみてもいいぜ?俺もそう簡単には死なねえがな」
「あなたを殺しても私たちの今までの苦労が無くなるわけじゃないわ。それより情報が欲しい。あのヘルナンデスってのは一体何者?あなた何か知ってるんでしょ?」
「詳しいことは俺も知らねえよ。だが『原初の闇』とかいうのを崇拝して暗躍してる連中がいるって聞いただけだ」
「誰に?」
「お前、半端者か?詳しく説明すると長くなるんだがな」
「ならうちの別邸で話を伺いましょう。皆さんお疲れでしょうし、ここの職員の救助もしなければなりません」
ユーシュが言う。当然ながら王都には御前会議の時なとに滞在する大公家の別邸があった。
「そうですね。騒ぎに気付いて騎士団もやってきたようです。彼らに事情を説明して後を任せましょう」
ボナーの言葉通り、あちこちから騎士が集まって来ている。瓦礫の山と化した特別司法局を前に混乱している様子だった。
「こうして生き別れの娘に会えたのも何かの縁か。どうやらこれから面倒くさいことになりそうだし、あんたらに事情を知っておいてもらうのもいいかもしれんな。……ところでミラージュ、何か忘れてる気がするんだが」
「ファング、素で言ってるの?」
ミラージュが呆れたように言う。と同時にファングの脛が思い切り蹴り上げられた。
「痛ってえええっ!!!」
「いくらミラージュちゃんの方が可愛いからってその扱いは私もグレるよ?ファング」
「ふえっ!?何時の間に?」
イリノアが驚いて飛び上がる。いつの間にかルージュと同年代の少女が自分の隣にいて、ファングを蹴り上げていたのだ。
「わ、忘れてたわけじゃないぞ、ファンタム。ちょ~っとバトルに夢中になっちまっただけで」
脛をさすりながらファングが言い訳をする。ファンタムと呼ばれた少女は頬を膨らませぷいっと横を向く。ピンク色の前髪で目が隠れている、ミラージュと同じく白い肌の少女だった。
「あ、あなたもファングの娘なの?」
パンナが尋ねる。
「ええ。ミラージュちゃんとは双子。初めまして。お姉ちゃんになるのよね?」
「ええ、そうね。イリノアとはどっちが上か分からないけど」
「私たちは十歳だけど」
「じゃあ同い年ね。こいつ、同時期に別の女を孕ませたわけ?つくづくろくでなしね」
イリノアが汚物でも見るような目でファングを睨む。
「お姉ちゃん、随分疲弊しているわね。力の使い過ぎ?」
「分かるの?」
「ええ。ちょっと待ってね」
そう言ってファンタムはパンナに手を翳す。と、さっきミラージュがオールヴァートに手を翳した時と同様、青白い光が手から放たれる。
「『完全回復』」
ファンタムがそう唱えると、パンナの体力がみるみる回復してく。
「こ、これは……」
「ファングが迷惑をかけたお詫び、にはならないだろうけど、せめてもの償い」
「ファンタムちゃんが気にすることは無いのよ。でもありがとう」
「それじゃ屋敷に移動しましょう。おい、馬車を手配してくれないか?ローヤー殿たちも一緒にお越しください」
ユーシュが集まってきた野次馬の中に見知った商人を見つけて声を掛ける。大公家の馬車は何とか無事だったが、一台ではこの人数は乗り切れない。
「かしこまりました」
商人がすぐに馬車を調達してくれ、パンナたちは大公家の別邸へ向かった。道中パンナとイリノアはミラージュとファンタムと一緒の馬車になったが、お互い何を話せばいいか分からず、無言の時間が続いた。
「さて、それじゃ一息ついたら大広間でファング殿の話を……」
別邸の玄関ホールに一同を案内したユーシュがそう言いかけた時、屋敷の護衛を務める騎士が慌てて駆け寄ってきた。
「ユーシュ様、お戻りですか!大変です!」
「どうした!?」
「さ、先ほどノーラン城より知らせがあり、北部のベストレームに正体不明の怪物が現れ暴れているとのこと!」
「何ですって!?」
ボナーが叫ぶ。パンナも驚いて息を呑んだ。
男の名乗りにパンナとイリノアが目を丸くする。一方ファングと名乗った男は瓦礫に刺さった槍を力任せに引き抜くと、穂先をヘルナンデスに向け、不敵な笑みを浮かべる。
「しかし臭えなあ。こんな臭いは初めてだぜ。そうか!てめえ、原初の闇とやらを崇拝してるイカレた連中か!」
「貴様!何故それを知っている!?」
ヘルナンデスが驚愕の表情を浮かべる。
「はっはあ!図星か?ならてめえをぶっ飛ばすのに遠慮はいらねえってこったなあ!」
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ヘルナンデスが右手にぶら下げていたクリムト侯爵を放り投げ、両手を体の前に伸ばす。螺旋状の風をまた作るつもりだ。
「風使いか。面白え」
「死ね!」
ヘルナンデスの手が動き、ドリルのように回転しながら鋭い旋風がファングを襲う。しかしファングが手にした槍を思い切り横に薙ぎ払うと、その風が霧散して消え去る。
「何!?」
「はっ!さすがにすげえな。こいつじゃなかったら防げなかったぜ」
ファングが手にした槍を振りながら楽しそうに笑う。
「な、何なんだあの男は……」
ユーシュが呆れたように呟く。あまりにも規格外の攻防に理解が追い付かない。
「しっかりしてお父様!お兄様、それより早く医者を!」
リーシェが泣きながら叫ぶ。オールヴァートの呼吸はさらに弱弱しくなり、今にも止まりそうになっていた。
「だがこの混乱の中では」
「……どいて」
いきなり声がして、一同が驚いて振り向く。いつの間にかすぐそばに一人の少女が立っていた。歳はイリノアと同じくらいだろう。僅かに青みがかった銀髪が腰まで伸び、雪のように白い肌をしている。顔立ちは可愛いが切れ長の目が細く開かれ、どこか冷たい印象を与える。
「だ、誰!?」
リーシェが警戒して叫ぶが、少女は構わずオールヴァートの近くに歩み寄ると、屈んでその体に手を翳す。
「ちょっと!」
「静かにして」
少女が静かに、しかし有無を言わせぬ様子で言う。と、オールヴァートの傷口にかざした掌が青白く光り、ゆっくりと刺さった短剣が押し出されるように傷口から抜けていく。
「え?」
「『完全治癒』」
少女がそう呟くと、オールヴァートの傷口がみるみる塞がっていき、流血も止まる。そして真っ青だった顔に赤みが戻ってきた。
「これは……」
ボナーが驚きのあまり息を呑む。
「これでいい。後は清潔な場所で安静にさせて」
少女が淡々と言い、立ち上がる。
「あ、あの、あ、ありがとう。あなたは……」
リーシェが困惑しながら尋ねる。
「ミラージュ。ファングの娘」
「え!?」
その言葉にパンナとイリノアが反応する。そのファングは手にした槍を目にも止まらぬ速さで突き出し、ヘルナンデスを攻撃していた。風を使って槍を捌こうとするヘルナンデスだが、逆に槍に風を貫かれ、あちこちに切り傷を負う。
「貴様!まさかそれは神装具か!?」
「ああ、なんかそんなこと言ってたな。まあ俺が知ってるのはこいつの名前、グングニルだけだがな」
「なぜ貴様のような者がそれを!」
「なぜなぜってうるせえなあ。こいつは俺の相棒なんだよ。そんでもっててめえをぶち殺す武器だ」
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「てめえ!逃げる気か!」
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ヘルナンデスが捨て台詞を残し、風の中に消える。風が治まるとそこには気絶したクリムト侯爵だけが残されていた。
「けっ、腰抜けが」
唾を吐き捨て、ファングが忌々しそうに言う。それからクリムト侯爵を無視して、瓦礫の上から跳躍するとパンナたちの近くに着地した。
「おう、ミラージュ。着いたか」
「ファング、先走り過ぎ。追いつくのが大変」
ミラージュが淡々と、しかし責めるように言う。
「悪い悪い。とんでもなく嫌な臭いを感じたもんでよ。じっとしてらんなかったんだよ」
そう言って頭を掻くファングの前にふらつきながらパンナが立つ。
「あなた、本当にファングなのですか?」
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ファングの言葉が終わらぬうちに、パンナの平手打ちが彼の頬を引っぱたく。
「痛ってえ!何しやがるこのアマ!」
「私とこの子はあなたの娘です」
パンナは隣でファングを睨みつけるイリノアを指して言う。
「俺の娘?」
「エレノアという女に心当たりはない?」
イリノアが怒りを込めた目で尋ねる。
「エレノア?……ああ!ありゃいい女だったな。お前、エレノアの娘か?それにしちゃ髪が……」
イリノアは涙を溜めた目で思い切りファングの脛を蹴る。
「痛ってええ!!」
「あなたたち、気持ちは分かるけど、やめてあげてほしい」
ミラージュがすまなそうに言う。
「あんたが無責任に私を産ませたせいでどんなに苦労したと思ってるの!!」
イリノアが泣きながら叫ぶ。パンナの目からも涙が零れていた。
「ファング殿、危ない所を助けてもらったことには礼を言う。それに父を助けてくれたミラージュ殿には感謝の言葉もない。だがあなたがしてきたことは正直許せないと私も思っている」
ボナーが厳しい顔でファングの前に立って言う。
「ああ、そうだな。俺を目の前にすりゃこうなるわな。ところであんたの母親は?俺は貴族の女と寝た記憶は無いんだがな?」
「これはウィッグよ。私は生まれてすぐ捨てられたから母親は知らないわ。聞いた話じゃ娼婦だったらしいけど」
パンナが涙を拭きながら答える。
「娼婦か。娼婦は随分抱いたからな。誰か特定するのは難しいな」
「あんたって人は!」
イリノアがまた怒鳴る。
「どうでもいいわ。今更母親が誰かなんて。でもどうして私やイリノアの母を捨てたの?他にもそう言う女性がいっぱいいるんでしょう?」
「まあそうだな。悪いとは思ってる。だが俺の性欲はどうにも抑えが効かなくてな。好みの女を見ると抱かずにはいられなくなる。だが俺は一か所に腰を落ち着けることは出来ねえのさ。周りの者に迷惑をかけちまうからな」
「そんな言い訳が……」
「通りゃしないよな。だからお前らに恨まれるのは仕方ねえ。殴られても蹴られても甘んじてそれを受け入れるさ。殺したかったらやってみてもいいぜ?俺もそう簡単には死なねえがな」
「あなたを殺しても私たちの今までの苦労が無くなるわけじゃないわ。それより情報が欲しい。あのヘルナンデスってのは一体何者?あなた何か知ってるんでしょ?」
「詳しいことは俺も知らねえよ。だが『原初の闇』とかいうのを崇拝して暗躍してる連中がいるって聞いただけだ」
「誰に?」
「お前、半端者か?詳しく説明すると長くなるんだがな」
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ユーシュが言う。当然ながら王都には御前会議の時なとに滞在する大公家の別邸があった。
「そうですね。騒ぎに気付いて騎士団もやってきたようです。彼らに事情を説明して後を任せましょう」
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「こうして生き別れの娘に会えたのも何かの縁か。どうやらこれから面倒くさいことになりそうだし、あんたらに事情を知っておいてもらうのもいいかもしれんな。……ところでミラージュ、何か忘れてる気がするんだが」
「ファング、素で言ってるの?」
ミラージュが呆れたように言う。と同時にファングの脛が思い切り蹴り上げられた。
「痛ってえええっ!!!」
「いくらミラージュちゃんの方が可愛いからってその扱いは私もグレるよ?ファング」
「ふえっ!?何時の間に?」
イリノアが驚いて飛び上がる。いつの間にかルージュと同年代の少女が自分の隣にいて、ファングを蹴り上げていたのだ。
「わ、忘れてたわけじゃないぞ、ファンタム。ちょ~っとバトルに夢中になっちまっただけで」
脛をさすりながらファングが言い訳をする。ファンタムと呼ばれた少女は頬を膨らませぷいっと横を向く。ピンク色の前髪で目が隠れている、ミラージュと同じく白い肌の少女だった。
「あ、あなたもファングの娘なの?」
パンナが尋ねる。
「ええ。ミラージュちゃんとは双子。初めまして。お姉ちゃんになるのよね?」
「ええ、そうね。イリノアとはどっちが上か分からないけど」
「私たちは十歳だけど」
「じゃあ同い年ね。こいつ、同時期に別の女を孕ませたわけ?つくづくろくでなしね」
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「ええ。ちょっと待ってね」
そう言ってファンタムはパンナに手を翳す。と、さっきミラージュがオールヴァートに手を翳した時と同様、青白い光が手から放たれる。
「『完全回復』」
ファンタムがそう唱えると、パンナの体力がみるみる回復してく。
「こ、これは……」
「ファングが迷惑をかけたお詫び、にはならないだろうけど、せめてもの償い」
「ファンタムちゃんが気にすることは無いのよ。でもありがとう」
「それじゃ屋敷に移動しましょう。おい、馬車を手配してくれないか?ローヤー殿たちも一緒にお越しください」
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「どうした!?」
「さ、先ほどノーラン城より知らせがあり、北部のベストレームに正体不明の怪物が現れ暴れているとのこと!」
「何ですって!?」
ボナーが叫ぶ。パンナも驚いて息を呑んだ。
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