貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第73話 惨劇

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「くっ!」

 法廷内に暴風が吹き荒れる。パンナたちは証人席や机に身を屈め飛んでくる物を避けようとする。外に逃げようとしても暴風による気圧のためかドアが開かない。

「ボナーが危ない。まだ手首を縛られたままじゃ」

 オールヴァートが被告席で屈むボナーに目をやりながら言う。パンナは頷き、異能ギフトを自分の身の回りに展開させながら走り出す。倒れて息絶えたギルバートの元に駆け寄ると、その胸に刺さった短剣を抜く。普通の姿に戻ったギルバートの死に顔はどこか安らかな表情にも見え、パンナはちくりと胸が痛む。

「ボナー!」

 しかしすぐに気を取り直し、ボナーの元へ駆け寄ると手にした短剣でボナーの手首の縄を斬る。

「お父様たちのところへ!」

 パンナはボナーの手を取ってオールヴァートのところに戻ろうとまた走り出す。皆を守るにはこの法廷は広すぎる。仮に異能ギフトを展開できたとしても防御力は著しく落ちるだろう。

「皆さん!可能ならば私たちのところへ来てください!」

 パンナが裁判官席の方に向かって叫ぶ。クリムト卿もやって来たら一緒に守るつもりだが、全員をカバーできるかは分からない。すでに体力は大分削られていた。

「ふん、防御系の異能ギフトか。無駄なことを」

 セルバンテスが呟き、暴風が一度治まる。その隙にローヤーたちはオールヴァートたちの方へ駆け出した。ギルバートを押さえていた騎士二人は風が止んだことで開くようになった手近のドアから外へ逃げ出す。しかし呆然とした表情でへたり込んだクリムト侯爵は動こうとしない。

「クリムト卿!動いてください!」

 パンナが再度叫ぶ。ヘルナンデスの正体が何なのか。彼は重要は証人だ。ここで殺されてはまずい。

他人ひとの心配をしている余裕はないと思うがな」

 ヘルナンデスがあざ笑いながら、両手を体の前に伸ばす。すると風がその周りに急激な勢いで集まり、セルバンテスの腕が回転するのに合わせてドリルのように渦を巻いていく。

「急いで!」

 パンナの叫びにユーシュがドアを蹴り飛ばし、オールヴァートとリーシェを連れて外へ出る。三人の裁判官が少し遅れてパンナたちのところへ駆け込んできた。パンナは自分とボナー、裁判官たちの周りに壁を展開させ、ドアの方へ向かって走る。

「無駄だと言ったろう」

 ヘルナンデスが投擲のように腕を振り上げ、それを振り下ろす。鋭い螺旋状となった風が勢いよく飛び出し、パンナたちを襲う。

 ガキッ!

「何だと!?」

 当然見えない壁を突き破ると思っていた突風が阻まれて四散し、ヘルナンデスが初めて驚きの表情を見せる。

「バカな。我らに異能ギフトは無効のはず。あの娘、まさか『原初の力ジ・オリジン』を……」

 ヘルナンデスが動揺している間にパンナたちも法廷の外へ出る。パンナは足元がふらつきながら必死に建物の外を目指してボナーたちと走る。これ以上異能ギフトを発動していたら本当に倒れそうだ。

「遊んでいる余裕はないようだな。『暴風のヘルナンデス』の力、思い知るがいい」

 クリムト侯爵以外誰もいなくなった法廷でヘルナンデスが苦々しい顔で呟く。

飛竜の羽ばたきワイバーン・フラップ!!」

 ヘルナンデスが叫んで両手を上げる。と、彼の体を中心に風が集まり、あっという間に竜巻を形成する。それは徐々に大きさを増し、法廷を飲み込んでさらに建物全体へと広がっていった。

「きゃああっ!」

 廊下を走っていたリーシェが突然の暴風に悲鳴を上げる。窓が割れ、壁板が剥がれ、特別司法局の建物が崩壊していく。

「こ、こんな……これが真の六芒星ヘキサグラムとやらの力なのか」

 逃げながらユーシュがあまりの光景に目を疑う。

「はあ、はあ」

 足がもつれ、パンナが倒れそうになる。しかしここで自分が意識を失えば異能ギフトが消え、凶器と化した板やガラス片がボナーたちに襲いかかる。なんとしても外に出るまではもたせなければならない。しかしローヤーたち裁判官を含め九人もの人間をカバーする空間に壁を展開し続けることはかなりの困難だった。

「パンナ、大丈夫か?」

 ボナーが真っ青な顔で走るパンナを気遣い、腰を落とす。おぶされ、と言っているのだ。

「で、でも」

「君が倒れたら僕たちはお終いだ。頑張ってくれ」

 パンナは頷き、ボナーの背に乗る。走らなくていいだけで大分楽になった。

「出口だ!」

 ユーシュが叫ぶ。目の前に外に通じるドアが見える。一同は荒れ狂う竜巻の中を転がるようにして外へ飛び出す。

ドガアアアッ!!

 凄まじい破裂音がして特別司法局の入口の柱が折れ、建物が崩壊する。同時に竜巻がいきなり消え去った。それを見たパンナが異能ギフトを解除する。もう流石に限界だった。

「な、中にはどれくらい人が……」

 青い顔でリーシェが呟く。大法廷以外にも当然特法の職員や裁判関係者がいたはずだ。この惨状では彼らの生存は難しいと思えた。

「とにかくここを離れるんだ。奴が自分の能力で死ぬはずがない。騎士団を……」

 パンナをおぶったままのボナーがそう言ったとき、オールヴァートが何かに気付いたようにはっと視線を上げ、リーシェの手を振りほどいてボナーの前に立った。

「ぐうっ!」

「お父様!」 「父上!」

パンナとボナーの叫ぶが重なる。オールヴァートの胸にはロベルタを刺したあの短剣が深々と突き刺さっていた。

「ちっ、あの娘を狙ったのに余計な真似をしおって」

 一同がその声に見上げると、崩れた建物の瓦礫の上にヘルナンデスが立っていた。右手にはぐったりとしたクリムト卿をぶら下げるようにして持っている。

「ヘルナンデス!」

「お父様!しっかりして!お父様!」

 リーシェが倒れたオールヴァートに駆け寄り、泣きながら声を掛ける。

「まあ順番が変わっただけだ。すぐ全員その爺と同じところに送ってやる」

「この外道め!」

 ユーシュが怒りの目を向けるが、ヘルナンデスは彼らを見下ろしながらあざ笑い、両手を上に上げる。

「まずいわ。またあの風が!」

 イリノアが叫ぶ。しかしパンナにはもう異能ギフトを発動させる力は残っていない。

「まとめて死ね!」

 ヘルナンデスが叫び。、手を振り下ろそうとしたその時、

「はっはああっ!!」

 場違いに陽気な叫び声が聞こえ、突如上空から何かが舞い降りてきた。それが人間だと一同が認識した次の瞬間、その人間が手にした細長い物体がヘルナンデスの目の前に突き刺さり、凄まじい炸裂音と共に瓦礫と煙を巻き上げる。

「な、何だ!?」

 何が起きたのか分からず動揺する一同。やがてもうもうとした煙が薄くなってくると、そこに一人の男が立っているのが見えた。ボサボサの髪に無精ひげを生やした中年の男だ。だが袖のない薄汚れたシャツから伸びる腕は太く、筋肉の塊であることが一目でわかるほどだった。

「くっ、こんな近くに来ておきながら我が感知出来ぬとは。それにこの感じは……」

 少し離れた瓦礫の上に立つヘルナンデスが忌々しそうに言う。男が手にしていたのは槍のようなものらしく、それが突き刺さる瞬間、ヘルナンデスは跳躍してそれを避けたようだった。

「ふははは!臭う!臭うぞ!外道の臭いだ!どうやら貴様は俺様の敵らしいな」

 男が黄色い歯を見せて笑う。

「ええい、何なのだ、貴様は!?」

「俺か?はっはははぁ!よくぞ訊いてくれた!よく聞けぃ!俺様はファング!『まつろわぬ一族』にその人ありと呼ばれた英雄、ファング様よ!」

 男は楽しそうにそう言って高笑いをした。

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