貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第71話 裁かれる者

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「ギルバート、あなたがロベルタ様を殺した真犯人よ」

 パンナに指を指され、ギルバートが真っ青な顔でのけ反る。

「バ、バカを言うな!な、なぜ僕が母上を殺さなければ……」

「私もそこが不思議でした。でもおそらく突発的な犯行だったのでしょう。計画的な殺人ならこんなタイミングの悪い時に起こすはずがないですもんね」

 パンナはボボルの言葉を思い出し、それを自分の口で繰り返す。

「で、出鱈目だ!しょ、証拠はあるのか!証拠は!?」

「物的証拠はないわ。でもこの裁判はあなたを殺人罪で裁く場じゃないもの。これはクリムト卿がボナーを訴えた裁判よ。だから私はボナーの無実を証明しただけ。裁判官の皆さん、私の証言は以上です。これを踏まえて正しい判決を下されることを望みます」

 パンナはそう言って証人席へと戻る。ギルバートとクリムト侯爵は歯ぎしりをしながら拳を震わせていたが、三人の裁判官はしばし沈黙して顔を見合わせ、お互いを見ながら小さく頷いた。

「ではこれで双方の証言は終了とする。これより我々三人の協議により、被告への判決を下す」

 ローヤーが宣言し、三人の裁判官が集まって話をする。

「ま、待たれよ!先ほどのアンセリーナの言葉はギルバート殿に対する侮辱だ!ふ、不敬罪を課すべきではないのか!?」

 クリムト侯爵が泡を飛ばして怒鳴る。

「それは本件とは無関係である。アンセリーナ殿を訴えたければ新たに訴状を提出するのですな。あなたにそれが出来るのであれば」

 ローヤーが冷たく言い放ち、クリムト侯爵は絶句する。そして話し合いはほんの数分で終わり、裁判官たちは元の席に着く。

「では当裁判の判決を申し渡す。アンセリーナ殿の証言は理路整然としており、提出された証拠品も信用に値するものと判断する。一方、ギルバート殿の証言には客観的に見て論理に破綻があり、信用に値しないと判断する」

「お、お待ちください!そのような一方的な……」

「静粛に」

 クリムト侯爵の言葉を遮り、左側に座る裁判官が木槌で机を叩く。

「調査官の検死報告書の内容も鑑み、物的証拠、状況証拠ともにボナー・ウィル・サンクリストを犯人と断ずるには無理があると言わざるを得ない。よって当法廷は被告を無罪と裁定する!」

 ローヤーの力強い言葉にパンナが微笑みながら涙を浮かべる。隣のユーシュも満面の笑みを湛え、パンナと握手をした。

「ふ、ふざけるな!こんなことが認められるか!き、貴様らグルなんだろう!ぼ、僕に家を継がせたくないからって!ボ、ボナーより僕の方がサンクリスト公にふさわしいんだ!そうだ!そうなんだ!」

 ギルバートが錯乱したように暴れ出す。裁判官がそれを制止しようと立ち上がり、机上のベルを鳴らす。と、ドアが開いて警備に就いていた騎士が二人法廷に入って来た。騎士たちはそのままギルバートを羽交い絞めにして動きを封じる。

「おとなしくしてください!」

「は、離せ!ぼ、僕が、僕がサンクリスト家を継ぐんだ!僕が!」

「ギルバート、残念だけど仮にボナーが有罪になったとしてもあなたがサンクリスト家を継ぐことはないわ」

 少し憐みの表情を浮かべながらパンナが言う。挙式の夜、パンナはその理由をベッドの中でボナーから聞かされていた。

「な、何だと!?」

「あなたはサンクリスト家の血を引いていない。お父様の子供ではないのです」

「で、出鱈目を言うな!言うに事欠いてそんな……」

「アンセリーナの言ったことは本当だ、ギルバート。お前は父上の子ではない」

 ボナーが少し悲し気な目でギルバートを見ながら言う。

「嘘を吐くなあああっ!!ぼ、僕は、僕は!!」

 ギルアートが暴れまわり、騎士が必死にそれを抑えようとする。

「そ、そうだ!バカなことを言うな!殺しただけでは飽き足らず、我が娘を愚弄する気か!こ、この人でなしが!」

 クリムト侯爵が机を叩いて怒鳴る。

「私の言葉では信じられませんか?ではこの方の証言ならどうでしょう?」

 パンナがそう言ってユーシュに目配せをする。ユーシュは黙って頷くと席を立ち、後ろのドアを静かに開けた。すると扉の向こうに人影が見え、それがゆっくりと法廷内に入って来る。

「今アンセリーナが言ったことは本当だ。残念ながらな」

「なっ!?」

 法廷に入って来たその人物を見て、パンナとユーシュ以外の者が全員驚きのあまり硬直する。特にボナーとギルバートの驚きようは想像を絶するものだった。

「ち、父上!」

「バカな!死んだはずでは!?」

 そう、入って来たのは二人の父にして先代サンクリスト公爵のオールヴァートだった。隣にはリーシェがいて、その体を支えている。

「サ、サンクリスト公……ほ、本当にご本人なのですか?」

 ローヤーが目を丸くしてオールヴァートを見つめる。

「ああ。久しいな、ローヤー殿。こうしてまたお目にかかれるとは思っていなかった」

「そ、そんなバカな。ど、どうして……」

 クリムト卿もわなわなと震えながら呟く。

「ここにいる娘、アンセリーナの機転によるものだ。アンセリーナはロベルタが殺され、ボナーに嫌疑が掛けられたと聞いてすぐギルバートの犯行だと思ったそうだ。そしてギルバートの目的が我が家の相続にあると考えた彼女は、ロベルタに続いて儂も殺される恐れがあると思い、儂が死んだということにしたのだ。儂は確かにボナーが拘束されたと聞いてショックを受け、さらに弱っていた。襲撃を受けていたらひとたまりもなかったろう。ギルバートであれば手の者を城に入れ毒を盛らせることも出来たろうしな」

 オールヴァートの言葉にギルバートが歯ぎしりをする。実際、オールヴァートが彼の相続を認めなければ毒を盛るつもりだったのだ。

「私はリーシェに頼んでお父様を別邸の一つに密かに移していただきました。そして今の私の言葉を、つまりギルバートがお父様の血を引いていないことを書面に記していただこうと思ったのです。でもまさかお父様ご本人がここに来られるとは思いませんでした」

「私も昨日リーシェ殿が見えられた時は驚きましたよ。亡くなったと聞かされていたサンクリスト公、失礼、先代サンクリスト公が目の前に現れたんですから」

 ユーシュが苦笑しながら言う。

「息子を助けるためだ。書面だけでは信じてもらえぬかもしれぬと思ったのでな」

「ボナー、あなたまで騙す形となってしまい申し訳ありません。でもお父様を守るには仕方がなかったの」

「何を。君のお陰で父上は助かったんだ。礼を言うよアンセリーナ。君に留守を託して、いや、君を妻に迎えられて僕は本当に幸せだ」

 本当はパンナと呼びたいのを堪えてボナーが感謝の意を示す。

「ボナーの言う通りだ。お前は素晴らしい娘だ。儂はそなたを誇りに思うぞ」

「勿体ないお言葉です、お父様」

「それではサンクリスト公、今はそう呼ばせていただきます。ギルバート殿が公の子でないというのは……」

 ローヤーの言葉にオールヴァートが頷く。

「うむ。家の恥を晒すようでみっともないが、儂はロベルタと床を共にしたことがないのだ。あれにはすまない事をしたと思っている。しかし我が家に来て一年もしない時にロベルタはギルバートを出産した。おそらく嫁いできたときにはすでに妊娠しておったのであろう」

「ではなぜそのことを糾弾なさらなかったのです?」

「ボナーにも言ったが、まずあれの相手をまともにしなかったことへの負い目じゃ。儂は正室のモンテーニュを愛しておった。だからこう言っては申し訳ないが両親に無理やり当てがわれたロベルタにどうしても情が湧かなかったのだ。当主としての務めを果たさなかったことへの負い目じゃな。そしてもう一つはロベルタが儂の子を産んだと心の底から信じていたことじゃ。あの喜びようはとても演技ではなかった。儂はあれがそこまで追い詰められ精神を病んだのかと心苦しくなった。だが今考えれば疑問は残る。ロベルタは最初からどこかおかしかった。クリムト卿、そなたはロベルタがすでに子を宿していると知っていて儂の元に嫁がせたのではないか?」

「な、何を!何を根拠にそのような!」

「そなたは流石に儂が一度もロベルタを抱かぬなどとは思わなかったであろう。子が生まれれば当然それは儂の子ということになると思っていたのだろうな」

「バ、バカバカしい。こんな茶番には付き合っていられませんな。私は失礼させていただく」

 動揺を隠せない様子でクリムト侯爵が立ち上がる。

「お待ちくださいクリムト卿。あなたとギルバート殿には捕縛命令が出ております。このままおとなしくしていただきましょう」

 ローヤーがクリムト侯爵を睨み、言い放つ。

「ほ、捕縛だと!?バカな。あなたもギルバートがロベルタを殺したとでも言うつもりか!?これはボナーを裁く裁判だろう!」

「ボナー殿は無実と裁定されました。それにあなた方の捕縛理由はロベルタ殿の殺害容疑ではありません。神聖オーディアル教団の幹部として非合法な行為を行ったことに対してです」

「な、何!?」

「ギルバート、あなたをこの場でロベルタ様殺害の犯人として提訴するのは難しいかもしれません。でもあなたが六芒星ヘキサグラムとして様々な悪事を働いたことに関しては言い逃れは出来ませんよ?」

 パンナが厳しい目でギルバートを睨む。

「ふ、ふざけるな!何を証拠に僕が教団の幹部だと……」

「証拠ならここにいるわ。入ってきて」

 パンナが振り返って声をかける。と、開いたままの扉からまた一人の人物が法廷内に入って来た。

「なっ!?」

 その人物を見てギルバートとクリムト侯爵は今日何度目か分からない衝撃を受けて絶句した。

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