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第69話 王国裁判

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「調査官が帰還しました。すぐ検死報告書の写しを作成します」

 ノーラン城のパンナが泊っている部屋にユーシュがやって来て報告する。

「ソシュートの検問所の出入記録は?」

「それも携えています」

「ありがとうございます」

「それから調査官と共にギルバート殿が王都へ来たそうです」

「やはり証人として……」

「おそらくは」

「ロットン子爵の方はいかがでしたか?」

「それが騎士団が踏み込んだのですが見つからなかったようです。それどころか屋敷にいた異能者ギフテッドによって多数の犠牲者が出たと」

「そんな……」

「ロットン卿の行方は今も捜索中とのことですが、騎士に欠員が多く出たので再編に苦慮しているようです」

「そうですか。何と申し上げればよいか……」

「アンセリーナさんが気に病むことはありません。騎士は自らの務めを果たしたのです。我々も自分のすべきことをしましょう」

「そうですね」

「調査書類と証人が揃ったことで、早ければ明日にでも王国裁判が開かれるでしょう。今日中に報告書の写しは持ってまいります」

「お願いいたします。何から何までお世話になり、本当にありがとうございます」

「何の。ボナーは良き友人ですし、助けるのは当然のことです。あなたのお力になれることも僕にとっては嬉しい……」

「え?」

「あ、いや、こちらの話です。それでは調査官の元に行きますので」

 ユーシュは顔を赤くし、慌てたようにその場を後にした。



「ふん、予想通りだね。こんなあからさまな矛盾があってよく裁判を開こうと思ったもんだ。クリムト卿がそれほど愚かとも思えないが、犯人共々よほど焦っているのかな」

 約束通りユーシュは夕方に検死報告書とソシュートの検問所の出入記録の写しをパンナのところに持ってきた。早速それに目を通したボボルが呆れたようにそう言う。

「犯人の目星も付いているんですか?」

「そりゃね。アンセリーナ殿も分かってるんじゃないかい?」

「ええ。まあ。でもどうしてとは思いますが」

「突発的な犯行に論理的な動機を求めても無駄なこともあるよ」

「そうかもしれませんが……」

「まあこれでボナー殿を弁護する材料はそろったね。後はこの子がいればおそらく裁判は問題なく勝てると思うよ。もしかしたら問題は買った後かもしれないね」

 ボボルがイリノアに目を向けながら言う。

「勝った後?」

「アンセリーナ殿。あなたの力が必要になるかもしれないということだよ」

 パンナはその意味を悟り、身を固くした。



 その二日後、ついに王国裁判が開廷となった。パンナはユーシュに付き添われ、裁判が行われる特別司法局の大法廷へ向かい、証人席に付く。さすがにボボルが主席するわけにはいかないので、彼からボナーを弁護する内容を教えられていた。

「ボナー!」

 別の入り口からボナーが入廷してくるのを見てパンナが思わず声を上げる。ボナーは両手首を縄で縛られており、疲れているように見えた。

「くそっ。ちゃんとした扱いを受けてるのか?」

 隣でユーシュが怒りを露にする。それから三人の裁判官と原告のクリムト侯爵が入廷し、最後にパンナと反対側の証人席にギルバートと執事のヘルナンデスが姿を現した。王国裁判は貴族などを裁く場であるため、基本的に傍聴人はいない。

「それではこれより王国裁判を開廷します。原告側、被告側双方は誓いの言葉を」

 裁判官席の中央に座る白髪の男が重々しい声で言う。今回の裁判長であり、王国裁判の最高責任者を務める大判事、ローヤー・バルドルである。

「私は王国の正義と法の名のもとに真実のみを述べることを神イシュナルに誓います」

 ボナー、クリム公爵、パンナ、ギルバートが順に宣誓し、ついに裁判が始まった。まず右側に座る裁判官が訴状を読み上げる。

「クリムト公爵。訴えによればギルバート・ソシュート・サンクリスト男爵領のソシュートの屋敷にてギルバート男爵の母、ロベルタ・ヤンナ・サンクリストをここにいるボナー・ウィル・サンクリスト公爵が殺害したとあるが、確かですか?」

「はい。ロベルタは我が娘。先代サンクリスト公のオールヴァート様に側室として嫁がせた愛娘です。それをこのボナーが」

「出鱈目だ」

 ユーシュがいらいらした様子で呟く。

「その根拠は?」

「ロベルタの娘、つまりは儂の孫にあたるギルバート殿の証言があったからです。兄ボナーがソシュートの屋敷を訪ねてきて、自分が席を外している間にロベルタを刺殺したと」

「呆れるわ。本当にそう主張するなんて」

 パンナが思わず声を漏らす。どう考えても無理がある話にしか聞こえない。ボボルの言葉ではないが、ギルバートもクリムト侯爵もここまで愚かだとは思えないのだが。

「では被告、ボナー・ウィル・サンクリスト公爵。今の提訴について認めますか?」

「いいえ。私は義母ははロベルタを殺害などしていません。そもそもソシュートにも行っておりません」

 しっかりとした口調でボナーが否認する。

「見苦しいですよ兄上。その場にいた私が証言しているのです。素直に罪をお認めになって下さい」

 ギルバートが薄ら笑いを浮かべて言う。

「お前こそなぜこんなあからさまな嘘を吐いた?自分が恥を掻くだけだと分からないのか?」

「随分強気ですね。ご自分の立場が分かっておられんようだ」

「両名とも勝手な発言は慎むように」

 左側に座る裁判官が注意をし、続いてローヤーが改めてギルバートに証言を求める。

「はい。兄は昔から母ロベルタを恨んでおりました。その原因は兄の実母モンテーニュをロベルタが不当に酷い扱いをして早死にさせたという思い込みであり、逆恨みと言っていいものでした」

 何が逆恨みか。パンナは怒りで体を震わせた。ボナーのあの日の告白を思い出し、自分のことのように悔しさが湧き上がる。しかしボナーは静かにギルバートの言葉を聞いていた。

「あの日、兄上はサンクリスト家の家督相続を報告に我が屋敷にやってきました。正直母は兄上の家督相続について納得をしていませんでした。父の決定に異を唱えることはよくないと私も母を諌めていたのですが、その辺りは我が母ながら聞き分けのない所があって困っておりました」

 存外考えているわ、とパンナは思った。殺されたロベルタ側にも非があるような言い方をして、証言に真実味を持たせようとしている。

「ですから二人を合わせることに私は正直不安を感じていました。しかしサンクリスト家の当主となった兄を追い返すわけにもいきません。私は応接間に兄を通し、それから急ぎの用事があったのでそれを済ませてから母を呼びに行くつもりでした。ですが用を済ませて応接間に行ってみると兄の姿がなく、母の部屋から兄の怒鳴り声が聞こえてきたのです。私が慌てて母の部屋に行くと、そこには胸を刺された母が倒れていました。そして窓が開いており、兄の姿はもうそこにはありませんでした」

 前言撤回だわ、とパンナは心の中で呟く。ボボルの知恵を借りるまでもなく、今の証言だけで新しい矛盾が生まれているのが分かる。ギルバートはこの場で新たな墓穴を掘っているのだ。

「以上が原告側の証言という事でよろしいですね?クリムト侯爵」

 右側の裁判官の言葉にクリムト卿が頷く。

「続いて本件を担当した調査官の報告書による検証を行います。原告側の証人から提出された証拠品を」

 裁判官の言葉に答えるように法廷のドアが開き、職員がトレイに載った短剣を持って入ってくる。短剣にはサンクリスト家の家紋が柄に刻まれており、刃には血が付いたままになっていた。

「これは殺害現場に落ちていたものですね?」

「はい」

 ギルバートが答える。

「ご覧のとおりサンクリスト家の家紋が入っており、一般の人間が手に出来るものではありません。また調査官の検死により、形状からしてこれが殺害に使用された凶器であることは疑いようがありません」

 裁判官が淡々と述べる。どうやら右側に座るこの裁判官が通常の裁判で言う原告側、つまり検事の役割をしているようだ。ならば左側が弁護人ということか。

「証人の証言とこの凶器の存在を持って、原告は被告ボナーのロベルタ殺害を提訴するものであります」

 右側の裁判官が朗々と言い、原告側の主張が終わった。

「それでは続いて被告側の証人、証言をしてください」

 ローヤーが鋭い目つきでパンナに言う。

「はい」

 いよいよだわ。パンナは気力を振り絞り、証人席から立ち上がった。


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