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第66話 動き出す悪意
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大陸北東部。コットナーの東にあるフェルマー男爵家の領地ブルムのさらに東には商業特別自治区と呼ばれる場所がある。メキアの森の東端に当たり、東部商業連合との国境になっているその場所は王国北部にありながらサンクリスト家ではなく、南部を統括するイグニアス家が管理を行っていた。「四公」筆頭であるイグニアス家はこのようないわゆる「飛び地」を王国の各地に所有しており、商業特別自治区もその一つであった。
「ほぼ完成と言っていいね。いや~我ながらいい出来だと思うよ」
一糸まとわぬ姿で腕を組み仁王立ちしたロリエルがにやにやと笑う。その眼前には巨大な円筒型の水槽があり、異形の物体が薄黄色の水の中に浮いている。ロリエルの後ろに置かれたソファにやはり全裸姿で座り、ぐったりしているコスイナがそれを見ながら顔をしかめた。
「それはいいがいい加減何か着たらどうだ?他の者の目もある」
そう言いながらコスイナはのろのろとソファの背もたれに掛けてあったガウンを羽織る。
「何言ってるんだい。さっきまで僕のこの姿に興奮してたくせに」
「精子が必要だというんだから仕方ないだろう」
「本当に変態だよねぇ。僕がこの大陸の人間で見た目通りの年齢だったら完全に犯罪だよ。ふふ」
「よお、スポンサーが進捗状況を気にしてるぜ」
そこにマルノーがやって来た。ここは商業特別自治区にある巨大な研究施設の中。元々は家畜や魚を飼育し巨大化する実験が行われていた場所だ。コスイナたちはニケの仲立ちでイグニアス公の代理人と接触し、ここをロリエルの研究場所として借り受けていた。
「やあマルノー。ほぼ完成したよ。後は実戦で確認するだけだ」
「おいおい、何か着ろよ。こっちが恥ずかしくなるだろうが」
「ふふ、君も精子の提供に協力してくれるかい?」
「俺にそういう趣味はないんだよ。だらしない子供を叱る親の気分だぜ」
「これでも君より年上なんだけどね」
「実年齢は関係ない。お前は天才だが、常識ってもんが無さすぎる」
「天才に常識を求めるのがそもそも間違いなのさ。まあいい、それでスポンサー様が来てるのかい?」
「ああ。お前がそういう格好でいるかもしれないと思って表で待ってもらってる」
「気が利くな。さすがこいつと長い付き合いなだけはある」
コスイナがソファから立ち上がって言う。まだ息が荒い。
「あんたも年甲斐もなく頑張ったようだな。幼女趣味はいただけないが、あんたとロリエルはこの研究においてはいい関係だな」
「全くだよ。君のようにまともな性癖だったら、精子を集めるのに別の女を用意しなければならなかったしね」
「それなら素体に相手させりゃよかったじゃねえか」
「それもそうだね」
「いいから早く服着ろ。スポンサーをこれ以上待たす気か?」
「はいはい」
そう言ってロリエルは白衣に袖を通す。
「ちゃんと下も着ろよ」
「面倒だなあ。そうだ!もしスポンサーがコスイナと同じ趣味だったら却って喜ばれるんじゃないかな?」
「そんな変態そうそういねえよ!いいからパンツくらい履け!」
マルノーに怒鳴られ、ロリエルは渋々パンツに手を伸ばす。それを確認してため息を吐き、マルノーは表に出て行った。
「お待たせしました。どうぞ」
マルノーに案内され、一人の男が入って来る。黒い服に身を包んだ細身の男だ。頭を油でかっちりと固め、サングラスをかけている。歳は三十代くらいに見えた。
「完成しましたか?」
低い声で男が尋ねる。
「ええ。完成ですよ。あとは実戦でこの子の力を確かめてもらうだけです」
ロリエルが得意げに言う。
「確かめる、か。しかしこんなものを移動させたら目立って仕方がないな」
「そこはそちらで何とかしていただくしかないですね」
「考えてみよう」
「それでどこで試します?教団を襲うならミクリードへ、帝国を蹴散らすならモースキンへ運ぶ必要がありますが」
コスイナが男に媚びるような態度で尋ねる。
「ふむ。私の一存で決めていいものか迷うところだが、こんなことで一々公爵様にお伺いを立てるのも申し訳ないしな」
顎に手を当てて男が考え込む。
「コスイナはどっちがいいんだい?」
ロリエルが薄笑いを浮かべながら尋ねる。
「そうだな。別に帝国に恨みがあるわけではないし、命を狙われた借りもあることだ。教団を叩きのめしたいというのが正直なところかな」
「じゃあミクリードに決まりだね。よろしいですか?」
「構わん。だがそいつはちゃんとコントロール出来るんだろうな?」
「勿論ですよ。それも含めてご検分のほどを」
「そうさせてもらう」
「ではイグニアス家のお力で商国との繋ぎを取っていただきたい」
「商国と?」
「先ほどはそちらで考えていただきたいと申しましたが、たった今いい案を思いついたので。こいつの運搬について」
ロリエルが水槽の中の怪物を親指で指し示しながら笑う。
「ほう……なるほど、商国か。何となくその案とやら、俺にも分かるような気がするぞ」
「さすが鋭いですね。ではお願いします」
「ロリエル、ここからミクリードに向かうならコットナーを経由するな?」
コスイナが怪物を見ながら言う。
「そうなるね」
「エルモンドの奴に一泡吹かせたい。ミクリードで暴れさせる前にコットナーの町を破壊してはいかんか?」
「う~ん、僕のアイディアを使うならやめた方がいいな。ロットン卿の耳に入れば警戒される。教団を襲った後ならいいけど」
「そうか、仕方ない。帰りでいい」
「それでは数日時間を貰いたい」
男が言い、ロリエルとコスイナは承諾して頷く。
「さて、いよいよだね」
男が去った後、ロリエルは怪物を見つめながらそう言って歪な笑みを浮かべた。
「よかったのですか?姉様」
フェルムがじっと前方を見つめるニケに尋ねる。二人は今ミクリードの宿に泊まり、二階の部屋の窓から少し離れた場所にあるロットン子爵の屋敷を監視していた。
「よかったとは?」
「だからアクアット卿たちをブルーノさんに引き合わせたことですよ。いくら教団を叩くためとはいえ、あんな連中をイグニアス公の施設に案内するなんて」
「そうね。あなたの言う事も分かるわ。でもあんな化け物を創れる連中を野放しにしておくのは危険だと思ったの。こちらの目に届くところに置いておけばいざという時安心でしょう?」
「それはそうですが……でもブルーノさんもよく研究施設の使用を許可しましたね」
フェルムの言葉にニケが考え込む。
「姉様?」
「ああ、ごめんなさい。どうも近頃イグニアス公が焦っているように思えてね」
「焦って?」
「教団に対してね。一刻も早く潰したいという風に見えるのよ。私たちに結果を出すよう急いてくることも増えたし。アクアット卿たちの研究に協力することも、ブルーノさんから報告があってすぐに承諾したそうよ。『純血派』筆頭の公爵様が異郷人の創った怪物を利用することを迷わず決めるなんて少し信じられないわ」
「帝国に対する戦力として使えると思ったんじゃないの?戦争が起こりそうなんでしょ?」
「イグニアス公の統治している南部は帝国から一番遠い地域よ。正直帝国の脅威をそれほど感じているとは思えないわ」
「分からないことをこれ以上考えても仕方ないよ。それより姉様、あのパンナって人に例のこと伝えなくていいの?」
「伝えてあげたいのは山々だけど、おそらく彼女はもうサンクリスト家に嫁いでいるでしょうし、簡単に接触は出来ないわ。それにここの監視を厳命されている以上、動くわけにも……」
そこまで言った時、ニケが顔をしかめる。
「どうしたの?」
「あれ見て」
ニケの言葉にフェルムが視線を窓の外に戻すと、ロットン卿の屋敷に向かって進む騎士の一団が目に入った。
「騎士団?」
「王家の旗を掲げてる。あれは聖騎士団ね」
「聖騎士団がどうして?」
「ロットン卿が教団の、しかも六芒星の一員であると分かったからでしょうね」
「イグニアス公が王家に通報をしたってこと?」
「いえ、イグニアス公は自分の手で教団を潰そうとしてる気がするわ。おそらく別のルートからバレたんでしょう」
「どうする?ブルーノさんに報告する?」
「そうね。どの道聖騎士団が動いたとなればもうこちらで手を出すことは出来なくなったもの。引き揚げましょう」
ニケはそう言って窓の外を進む騎士団を見つめた。
「ほぼ完成と言っていいね。いや~我ながらいい出来だと思うよ」
一糸まとわぬ姿で腕を組み仁王立ちしたロリエルがにやにやと笑う。その眼前には巨大な円筒型の水槽があり、異形の物体が薄黄色の水の中に浮いている。ロリエルの後ろに置かれたソファにやはり全裸姿で座り、ぐったりしているコスイナがそれを見ながら顔をしかめた。
「それはいいがいい加減何か着たらどうだ?他の者の目もある」
そう言いながらコスイナはのろのろとソファの背もたれに掛けてあったガウンを羽織る。
「何言ってるんだい。さっきまで僕のこの姿に興奮してたくせに」
「精子が必要だというんだから仕方ないだろう」
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そこにマルノーがやって来た。ここは商業特別自治区にある巨大な研究施設の中。元々は家畜や魚を飼育し巨大化する実験が行われていた場所だ。コスイナたちはニケの仲立ちでイグニアス公の代理人と接触し、ここをロリエルの研究場所として借り受けていた。
「やあマルノー。ほぼ完成したよ。後は実戦で確認するだけだ」
「おいおい、何か着ろよ。こっちが恥ずかしくなるだろうが」
「ふふ、君も精子の提供に協力してくれるかい?」
「俺にそういう趣味はないんだよ。だらしない子供を叱る親の気分だぜ」
「これでも君より年上なんだけどね」
「実年齢は関係ない。お前は天才だが、常識ってもんが無さすぎる」
「天才に常識を求めるのがそもそも間違いなのさ。まあいい、それでスポンサー様が来てるのかい?」
「ああ。お前がそういう格好でいるかもしれないと思って表で待ってもらってる」
「気が利くな。さすがこいつと長い付き合いなだけはある」
コスイナがソファから立ち上がって言う。まだ息が荒い。
「あんたも年甲斐もなく頑張ったようだな。幼女趣味はいただけないが、あんたとロリエルはこの研究においてはいい関係だな」
「全くだよ。君のようにまともな性癖だったら、精子を集めるのに別の女を用意しなければならなかったしね」
「それなら素体に相手させりゃよかったじゃねえか」
「それもそうだね」
「いいから早く服着ろ。スポンサーをこれ以上待たす気か?」
「はいはい」
そう言ってロリエルは白衣に袖を通す。
「ちゃんと下も着ろよ」
「面倒だなあ。そうだ!もしスポンサーがコスイナと同じ趣味だったら却って喜ばれるんじゃないかな?」
「そんな変態そうそういねえよ!いいからパンツくらい履け!」
マルノーに怒鳴られ、ロリエルは渋々パンツに手を伸ばす。それを確認してため息を吐き、マルノーは表に出て行った。
「お待たせしました。どうぞ」
マルノーに案内され、一人の男が入って来る。黒い服に身を包んだ細身の男だ。頭を油でかっちりと固め、サングラスをかけている。歳は三十代くらいに見えた。
「完成しましたか?」
低い声で男が尋ねる。
「ええ。完成ですよ。あとは実戦でこの子の力を確かめてもらうだけです」
ロリエルが得意げに言う。
「確かめる、か。しかしこんなものを移動させたら目立って仕方がないな」
「そこはそちらで何とかしていただくしかないですね」
「考えてみよう」
「それでどこで試します?教団を襲うならミクリードへ、帝国を蹴散らすならモースキンへ運ぶ必要がありますが」
コスイナが男に媚びるような態度で尋ねる。
「ふむ。私の一存で決めていいものか迷うところだが、こんなことで一々公爵様にお伺いを立てるのも申し訳ないしな」
顎に手を当てて男が考え込む。
「コスイナはどっちがいいんだい?」
ロリエルが薄笑いを浮かべながら尋ねる。
「そうだな。別に帝国に恨みがあるわけではないし、命を狙われた借りもあることだ。教団を叩きのめしたいというのが正直なところかな」
「じゃあミクリードに決まりだね。よろしいですか?」
「構わん。だがそいつはちゃんとコントロール出来るんだろうな?」
「勿論ですよ。それも含めてご検分のほどを」
「そうさせてもらう」
「ではイグニアス家のお力で商国との繋ぎを取っていただきたい」
「商国と?」
「先ほどはそちらで考えていただきたいと申しましたが、たった今いい案を思いついたので。こいつの運搬について」
ロリエルが水槽の中の怪物を親指で指し示しながら笑う。
「ほう……なるほど、商国か。何となくその案とやら、俺にも分かるような気がするぞ」
「さすが鋭いですね。ではお願いします」
「ロリエル、ここからミクリードに向かうならコットナーを経由するな?」
コスイナが怪物を見ながら言う。
「そうなるね」
「エルモンドの奴に一泡吹かせたい。ミクリードで暴れさせる前にコットナーの町を破壊してはいかんか?」
「う~ん、僕のアイディアを使うならやめた方がいいな。ロットン卿の耳に入れば警戒される。教団を襲った後ならいいけど」
「そうか、仕方ない。帰りでいい」
「それでは数日時間を貰いたい」
男が言い、ロリエルとコスイナは承諾して頷く。
「さて、いよいよだね」
男が去った後、ロリエルは怪物を見つめながらそう言って歪な笑みを浮かべた。
「よかったのですか?姉様」
フェルムがじっと前方を見つめるニケに尋ねる。二人は今ミクリードの宿に泊まり、二階の部屋の窓から少し離れた場所にあるロットン子爵の屋敷を監視していた。
「よかったとは?」
「だからアクアット卿たちをブルーノさんに引き合わせたことですよ。いくら教団を叩くためとはいえ、あんな連中をイグニアス公の施設に案内するなんて」
「そうね。あなたの言う事も分かるわ。でもあんな化け物を創れる連中を野放しにしておくのは危険だと思ったの。こちらの目に届くところに置いておけばいざという時安心でしょう?」
「それはそうですが……でもブルーノさんもよく研究施設の使用を許可しましたね」
フェルムの言葉にニケが考え込む。
「姉様?」
「ああ、ごめんなさい。どうも近頃イグニアス公が焦っているように思えてね」
「焦って?」
「教団に対してね。一刻も早く潰したいという風に見えるのよ。私たちに結果を出すよう急いてくることも増えたし。アクアット卿たちの研究に協力することも、ブルーノさんから報告があってすぐに承諾したそうよ。『純血派』筆頭の公爵様が異郷人の創った怪物を利用することを迷わず決めるなんて少し信じられないわ」
「帝国に対する戦力として使えると思ったんじゃないの?戦争が起こりそうなんでしょ?」
「イグニアス公の統治している南部は帝国から一番遠い地域よ。正直帝国の脅威をそれほど感じているとは思えないわ」
「分からないことをこれ以上考えても仕方ないよ。それより姉様、あのパンナって人に例のこと伝えなくていいの?」
「伝えてあげたいのは山々だけど、おそらく彼女はもうサンクリスト家に嫁いでいるでしょうし、簡単に接触は出来ないわ。それにここの監視を厳命されている以上、動くわけにも……」
そこまで言った時、ニケが顔をしかめる。
「どうしたの?」
「あれ見て」
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「騎士団?」
「王家の旗を掲げてる。あれは聖騎士団ね」
「聖騎士団がどうして?」
「ロットン卿が教団の、しかも六芒星の一員であると分かったからでしょうね」
「イグニアス公が王家に通報をしたってこと?」
「いえ、イグニアス公は自分の手で教団を潰そうとしてる気がするわ。おそらく別のルートからバレたんでしょう」
「どうする?ブルーノさんに報告する?」
「そうね。どの道聖騎士団が動いたとなればもうこちらで手を出すことは出来なくなったもの。引き揚げましょう」
ニケはそう言って窓の外を進む騎士団を見つめた。
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