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第64話 牙の姉妹

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「教団の目的は自分たちで創った人工の天使を本物として喧伝し、人心を掌握することにある、と?」

 ミリアの問いにイリノアが頷く。

「しかし分からんな。例え女神オーディアルへの信仰が爆発的に高まったとしても、それで国を掌握できるとは思えん。この国には王家があり、各地を統治する貴族がいるんだ。イシュナル教にとって代わることが出来たとしても奴らに国をどうこうできるわけもなかろう」

 グララの言葉は正鵠を射ている。所詮神聖オーディアル教団は宗教団体だ。国の政を左右できるはずもなかった。

「その国の中枢に教団の手が入り込んでるってことじゃないのかな?どうです?教主様」

 ボボルがイリノアに尋ねる。それを聞いてミリアが驚きの声を上げた。

「「何ですって!?」

「うち、じゃなくてエルモンド家の騎士団長も同じことを言ってました。王家に近い者の中に教団の信徒がいると」

 パンナがミッドレイの言葉を思い出して言う。

「そんな……]

「王都に信徒がいるのは確かよ」

「誰です!?」

 イリノアの言葉にミリアがすぐさま反応する。

「名前は知らない。六芒星ヘキサグラムの会合の時に顔を見ただけ。気付いてるでしょうけど私はお飾りの教主なのよ。教団の運営は実質六芒星ヘキサグラムのやりたい放題。私は会合に参加すらしないわ。始まる前に形式的な挨拶を受けるだけ。だから顔は知ってるけど全員の名前を知ってるわけじゃないの」

「それでなぜ王都にいる人間だと分かる?」

「いつか別のメンバーがその人に言ってたのよ。王都からわざわざ大変ですねって」

「その会合が開かれていたのはどこなんだ?」

「たしかミクリードって町だったかしら。私は普段はそこの教団の施設にいたの」

「ミクリード……やはりロットン子爵は六芒星ヘキサグラムのメンバーだったか。オルトが彼とアーノルド男爵は臭いって言ってたんだよ」

 ボボルが納得したように言う。

「へえ、それは知ってるんだ」

「他に名前の分かるメンバーは?」

「後知ってるのはキドナーって私の世話役の男。世話役というよりは監視役ね」

「まさかこの北部の領主二人もが教団の幹部なんて」

「二人じゃないよ。キドナーってのは確かロットン子爵の嫡男の名前だ」

「え!?」

「ああ、そうなの?あの二人、私の前じゃそんな素振り全然見せなかったから知らなかったわ」

「アーノルド男爵もロットン子爵の次男だったね。養子に出したんだったかな」

「アーノルド男爵と言えばつい先日、行方不明になっているという報告を受けました」

 ミリアの言葉にボボルが首をかしげる。

「行方不明ねえ。領主が行方不明とは穏やかじゃないね」

「それで残りの三人はどういう人たちなの?」

「男が二人に女が一人。若くて背が高い男と、年配の薄っ気味悪い感じの男。それに若い女。まあまあの美人ね」

「抽象的すぎるな。何か他に特徴はないのか?」

「男は二人とも貴族だと思うわよ。若い男はいつも執事が傍にいて『坊ちゃま』なんて呼ばれてたし」

「王都から来てたのはどっちだ?」

「年配の男の方よ」

「貴族が五人も教団の幹部ですか」

 ミリアが困惑した表情を浮かべる。

「で、そいつら信徒を煽って革命でも起こす気なのか?」

 グララの言葉に一同の顔が一瞬引きつる。

「革命?まさか」

「そうでもせんと国の掌握など出来まい?」

「教団の信徒は最近帝国の方で増えてるって聞くけどねえ。六芒星ヘキサグラムは帝国も意のままにしようとしてるのかな?」

「キドナーの話じゃそうみたいね。帝国軍の中に信徒が増えてるみたい」

「帝国はこっちより革命は起こしやすそうだよね。軍部が力を持ってるし」

「軍事クーデターですか。しかし帝国の皇帝は我が国の国王陛下より強い権力を持っていると聞きますが」

「それでも参謀本部がまとめて反乱を起こしたら止められないだろう。まさか参謀本部の将校がみんな教団の信徒なんてことは無いだろうけど」

「推測の話をしていても仕方ありません。王都に教団の信徒がいるのなら、彼女を王都に連れて行き面通しすべきでは?」

 パンナの言葉にボボルが賛同する。

「それがいいね。そうすれば王都で教団が何を企んでいるかも分かるし」

「しかし彼女を一々貴族の屋敷に連れて行くのですか?」

「いえ、王国裁判の場に彼女を連れて行きたいと思います」

「王国裁判に?」

八源家オリジンエイトの中に信徒がいると思ってるんだね?」

「はい」

「そんな……でも王都で影響力を行使しようと思ったらそれくらいの地位にないと無理ですね」

「きっと夫を助けるためにこの子の存在が役に立つ。私はそう感じているんです」

「この子は教団の教主です。おいそれと解放するわけにはいきません」

「固いことを言わないでよミリア殿」

 ボボルが呆れたように言う。

「しかしサンクリスト公を見殺しにするのは国家にとっての損失と考えます。王国の最前線都市を預かるものとしての判断で、彼女をアンセリーナ様にお預けします」

「ミリアネル様……ありがとうございます」

 パンナが感極まりながら頭を下げる。

「あなたもそれでいい?」

 ミリアの問いにイリノアが頷く。

「この女性ひとと一緒に行動すれば私は助かると予知で感じたのよ。異存はないわ。信徒を見捨てる気はないけど、やっぱり六芒星ヘキサグラムのやり方は納得できないから」

「ありがとう」

「そうと決まれば行こうか。グララ、フルルたちは今ルーディアに向かってる。そこで合流してくれ」

「分かった。ところでお前、イリスと名乗ったが、本名か?」

「いいえ。本当の名前はイリノアよ。イリノア・ファング」

「何ですって!?」

 イリノアの言葉にパンナが叫びを上げる。

「どうしました?アンセリーナ様」

「皆さんには私の本名を教えていませんでしたね。私の名前はパンナ。パンナ・ファングといいます」

「え!?」

イリノアが目を見開き、他の者も一瞬言葉を失う。

ファングか。『まつろわぬ一族』の中でも英雄と言われる人物の一人だね」

「それじゃアンセリーナ様、いえパンナさんとイリノアさんは……」

「父親が同じってことになるね。まさに嘘から出た真って奴だ。君は本当にお姉さんを探していたことになる」

「この人が私の姉……」

「初対面ってことは腹違いかな?」

「そうですね。ファングという男は見境なしに女に手を出して子供の面倒も見ずに流離っているそうですから」

「英雄色を好むというけど、褒められた話じゃないね」

「まったくです!女の敵ですよ!」

 ミリアが憤慨して叫ぶ。

「イリノアちゃん、あなたも苦労したのね」

「ええ。父親もそうだけど、母親もロクでなしだったわ。教団に拾われなければとっくに死んでいたでしょうね」

「私はすぐ捨てられたから母親の顔も知らないわ」

「二人ともヘビーな過去を背負ってるね。それが今は片や公爵夫人、片や教団の教主か。人生とは本当に面白いもんだね」

「ここでお二人が出会ったのはやはり運命だったのでしょう」

「イリノアちゃん、本当に私に協力してくれる?」

「ええ。言ったでしょ。あなたに協力することが私のためになるって」

「よそよそしいね。お姉ちゃんと呼んであげればどうだい?」

「初対面でいきなり無理な話よ」

「そうよね。私もまだ戸惑ってるもの。じゃあ行きましょうか。外に転移の異能ギフトを持ってる人を待たせているの。これからノーライアに……ボボルさん、その前に一度ベストレームに寄っていいですか?」

「構わないよ。考えがあるんだろう?」

「ええ。ミリアネル様、それでは行ってきます」

「必ずご主人を、サンクリスト公をお助けしてください」

「はい。この身に代えても」

「しかし君だけならともかく僕みたいな獣人族ワービーストや教団の教主を連れて行ったらキーレイ大公もびっくりするだろうねぇ」

「それでもお許しを得なければなりません。ボナーを助けるためにも」

「君の強さはきっと困難を乗り越える力になるよ。僕も全力を尽くそう」

「ありがとうございます」

 パンナは力強く頷き、ボボルとイリノアの手を取ってカサンドラが待つ屋外へと歩き出した。

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