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第62話 引き寄せられる運命

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「はあ……思ったより厳しいわね」

 イリノアは道行く人たちを見つめながら呟いた。前を通る人たちが奇異な目で彼女を一瞥して通り過ぎていく。

「当たり前だ。だから言ったろう。そんな甘いものではないと」

 隣に立つグララが呆れたように言う。人々は金髪の少女の隣に鎧蜥蜴アーマーリザードがいることに違和感を持っていたのだ。

「だってここは人手が不足しているってコルアットの村でも言っていたもの」

 少しふくれ面でイリノアが言う。バーガット大尉と共に王国に入った彼女は結局一人で放り出せないというバーガットの意思で一緒にモースキンからオルコットの村まで行った。打ち合わせ通りいち早く伝令が飛んだコルアットの村は村人の協力もあり、見事に獣人族ワービーストに支配されたように見せかけ、バーガットは満足して帰った。

「いくら人手不足でもお前みたいな子供をおいそれと雇うところがあるものか。俺のようなものが隣にいれば尚更だ」

 村を後にしたバーガットはそのまま帝国に帰ったが、王国に残るイリノアを最後まで心配していた。そこでグララがしばらく付き合うことにしたのだ。バーガットを騙したことでひとまず役目を果たした彼には10日後の再報告までやることが無かったので、フルルに事情を話して許可してもらったのだった。

「大体どこにいるかも分からない姉を探そうというのが無謀だ。王国がどれだけ広いと思ってる」

 バーガットから金を貰ったイリノアはそれで宿に泊まり、何か仕事をして金を稼ごうと考えていた。コルアットでしばらく面倒を見るという案も出たのだが、夢に見た女性を一刻も早く見つけたいと思ったイリノアはモースキンに戻り、まずこの町から探してみることにしたのだ。だがまだ幼い彼女を雇おうとするところはなく、イリノアの目論見は初手から躓いていた。ちなみにグララはバーガットと一緒に偽の身分証を作ってもらっており、商国の商人という事で国境を越えていた。

「うるさいわね。見つけつといったら見つけるの。そう遠くないうちに会えると私の勘が告げているのよ」

 彼女の異能ギフト、「視前幻象アポロンズ・アイ」で見た予知は必ず当たる。夢に出た女性とは必ず邂逅する運命にあるのだ。

「とりあえず今日はもうあきらめろ。宿を探すぞ」

 グララがそう言って歩き出そうとした時、前から近づいてくる人間に気付き、思わず息を呑む。それは見知った顔だった。

「あれ?もしかしてグララさんですか?」

 ミリアがグララに気付き話しかける。グララは思わず頭を抱えた。

「グララ?あれ?ザパパさんではなかったですか?」
 
 イリノアが不思議そうに尋ねる。それを聞いてミリアも顔色が変わった。

「あのグララさん、この子は?」

「帝国で例の将校が保護した子供だ。教団から逃げてきたらしい」

「教団から?もしかして帝国の将校と一緒にこちらへ?」

「そういうことだ。さっきまで一緒にオルコットに行っていた」

「え~と。話が見えないんですけど、こちらの方、騎士さんですか?帝国に協力しているはずのあなたがなぜ王国の騎士と?」

「これはどうしましょう。すいません。迂闊に話しかけてしまって」

「仕方ない。イリス、お前帝国に戻る気はないんだよな?」

「え、ええ」

「ミリアネル殿。しばらくこの子を預かってはもらえんだろうか。こいつ、教団にさらわれる前にはぐれた姉を探してるらしいんだが、手掛かりがなくてな。仕事をしながら王国を旅するつもりらしいんだが、雇先が見つからんで困ってるんだ」

「そうですか。教団の情報も欲しいですし、うちで保護しましょう。駐屯地で簡単な仕事をしてくれれば賃金も払いますよ」

「本当!?」

「ええ。その代りしばらくここにいてもらうわよ」

 ミリアはそう言って微笑んだ。例の帝国撃退作戦が終わるまでイリノアをここに置き、万一にも情報が漏れないようにするのが真の目的だったが、イリノアにとっては願ってもない話だった。



「団長大変です!」

 イリノアを連れて騎士団本部に戻ったミリアにいきなり騎士が駆け寄って来る。その顔はかなり焦っていた。

「どうした?」

「さきほどサンクリスト公が王都で拘束されたとの報告が!」

「何ですって!?どうして!?」

「先代サンクリスト公の側室を殺害したとかで」

「バカな!そんなことが」

 ミリアは信じられないといった顔で叫ぶ。サンクリスト公と直接面識はないが、妻のアンセリーナとは先日作戦に付いて話し合ったばかりだ。彼女の人柄や夫についての話からしてサンクリスト公がそんな愚かな真似をするとは到底考えられなかった。

「近く王国裁判でサンクリスト公を断罪するという噂も入って来ております」

「王国裁判ですって?」

「殺された先代の側室がクリムト卿の娘だということで、クリムト卿が裁判を申請していると」

「クリムト侯爵?八源家オリジンエイトか。臭うわね」

「いかがしますか団長?」

「王都で王国裁判が開かれたら私たちに出来ることはないわ。サンクリスト家からの増援が難しくなったら作戦にも影響が……」

 ミリアは難しい顔で考え込む。その様子を見てイリノアは不安げな表情を浮かべた。



 一方ノーライアから転移してミクリードに戻ったパンナはキーレイ大公との話を伝え、これからのことを話し合っていた。

「ふむ、確かに往復の手間を考えたらノーライアで待機している方がいいだろうな。しかしそうするとボボルにどうやって資料を読ませるかが問題だな」

 フルルの言葉に皆が頷く。

「一番いいのはアンセリーナ殿とボボルが一緒に行くことなんだが、王家の城に獣人族ワービーストが入れるとは思えんしな」

「この女をずっと操れるなら問題ないが、とてもネムムが持たんだろうしな」

 オルトがカサンドラを見ながら言う。

「ですがキーレイ大公は話の分かる方だと思いました。夫を助けるためならボボルさんの同伴もお許し下さるかもしれません」

「さすがにそれはどうかな~。大公家は確か『純血派』ではなかったと思うけど、陛下の弟の城に僕を入れるのはやっぱり抵抗があると思うよ」

 パンナの言葉にボボルが頭を掻きなら考え込む。

「今は出来るだけのことをしなければなりません。私がこの身に代えても大公殿下を説得します。ボボルさん、一緒に行きましょう」

「君は強いね。君を見ているとどうしてもサンクリスト公を助けたくなっちゃうよ。うん、一緒に行こう」

「その前にミリア殿に連絡をしておいた方がいいのではないか?」

 フルルの言葉に、パンナも同意する。

「カサンドラ、モースキンへ行ったことは?」

「あります」

 パンナの質問にカサンドラが抑揚のない声で答える。

「こいつ国中行ってんな。そこらじゅうで異能者ギフテッドを攫ってんのかよ」

 ザックが呆れたように言う。

「教団の動きにはやはり注意が必要だな。ネムム、まだ大丈夫か?」

「し、心配するな。一日や二日で倒れはせん」

「そんなに無理をさせるわけにはいきません。モースキンへ行ってそれからノーライアに戻ったら異能ギフトを解除してください」

「この女はどうする?自我が戻ったら逃げられるぞ」

「拘束しても転移されたら意味がねえな」

「ゲルマを人質に……しても無駄か。平気で見捨てそうだしな」

「まあとりあえずアンセリーナ殿とボボルがモースキンへ行ってミリア殿と話し、それからノーラン城へ向かうことは決まりだ。アンセリーナ殿、ノーラン城に着いたらこの女をここに戻してくれ。そうしたら俺たちはネムムたちを連れてこの場を離れる。一度ルーディアに戻るのがいいだろう。どうだ?」

 フルルの言葉に一同が頷く。

「ゲルマは拘束してコットナーへ連れて行き、バイアスの体調が戻ったら決着を付けさせよう」

「大丈夫か?」

 ザックが不安げに言う。

「こればっかりは当人たちでやらせるしかない。ゲルマもバイアスとの一騎打ちなら呑むだろう」

「で、結局この女は放置していくのか?」

「拘束する有効な手段がない以上仕方ない。ネムム、自我を奪われていた間の記憶はこの女にあるのか?」

「いや、操られていた間の意識はないはずだ」

「じゃあ気付いたらいきなりここにポツンと取り残されるわけか。ご愁傷様だな」

 ザックが愉快そうに笑う。

「それじゃ決まりだ。アンセリーナ殿」

「はい。カサンドラ、モースキンへ飛んで」

 パンナがボボルの手を取りカサンドラに命令する。カサンドラの手を掴んだパンナはボボルと共に光に包まれ、モースキンに転移した。



「だ、団長!」

 イリノアとグララを連れて本部を案内していたミリアにまた騎士が慌てて駆け寄って来る。ミリアはまた変事が起こったのかと思い、思わず身を固くする。

「どうしたの?」

「サンクリスト公爵夫人がお見えです」

「アンセリーナ様が?分かった。お通しして」

「サンクリスト公の件か。それにしても早すぎないか?」

 グララが首をかしげる。そこへパンナがボボルを連れてやって来た。

「ミリアネル様、主人のことはお聞き及びですか?」

 パンナが息を切らせてミリアに駆け寄る。その時、イリノアが大声を上げた。

「ああーっ!!」

「どうしたの?」

ミリアが思わず振り返る。しかしイリノアはただ目を大きく見開いてパンナを見つめている。

「見つけた!」

 イリノアが叫ぶ。目の前に夢で見た女性が立っていたのだ。
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