貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第61話 法と正義

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「ボナーが拘束されたとはどういうことですか、父上!?」

 ノーラン城に戻ったキーレイにユーシュが詰め寄る。サンクリスト公が義母殺しの疑いで拘束されたという情報は王国内を駆け巡っていた。

「もう知っておるのか?クリムト卿め、あらかじめ話を流布しおったな」

「あいつが身内を殺すなどありえません!冤罪にきまってます!」

「勿論だ。私もそう思っている。だがクリムト卿は娘を殺されたと言ってボナー殿を王国裁判にかけるそうだ」

「王国裁判!?そんな!バカげています!」

「まったくだな。だが裁判の資料を作るための調査官の任命権は王家にある。何とかまともな人間を調査官に任ずるつもりだ」

「お願いします。私にも出来ることがあればおっしゃってください。あいつを救うためなら何でもします」

 ユーシュがそう言って詰め寄った時、ドアがノックされ、執事が慌てたように入ってくる。

「だ、旦那様、客人がお見えです」

「客?今日は誰とも会う予定はなかっただろう。今は忙しい。申し訳ないが後日にして……」

「そ、それがサンクリスト公爵夫人がどうしても至急お会いしたいと」

「何だと!?」

 キーレイとユーシュの驚きの叫びが見事にハモった。



「お初にお目にかかります。いきなり押しかけるような真似をしてしまい、誠に申し訳ありません。ボナー・ウィル・サンクリストの妻、アンセリーナと申します」

 来賓室に通されたパンナが深々と頭を下げる。キーレイとユーシュは困惑しながらも、パンナに顔を上げて座るよう促した。

「いや驚きました。ボナー殿の件で参られたのですな?それにしてもこんなにお早く」

「はい。どうしても大公殿下にお願いしたき議がございまして、失礼を承知でまかりこしました」

「ボナー殿が冤罪であることは私どもも確信しております。奥方の願いとあれば是非もございません。お力になれることであれば何なりと」

「ありがとうございます。厚かましい頼みではございますが、夫を助けるため何卒お聞き届けくださいますよう伏してお願い申し上げます」

「それで具体的には?」

「はい。まずは王国裁判の調査官について、中立な立場の方を任命していただきたく」

「ああ、そのことですか。無論、八源家オリジンエイトの息のかかっていない者を選ぶつもりです。奴らも任命権には口を出せませんからな」

「ありがとうございます。もう一つ、調査官が作成した検死報告書と、ソシュートの検問所の出入記録を私たちにお見せいただきたいのです」

「報告書を?なぜです?」

「今私には夫を助けるため力を貸してくれている者たちがいます。彼らの中に非常に知恵に優れた者がおり、報告書と出入記録を見れば夫の無実を証明すると言っているのです」

「う~む、しかしボナー殿は裁判の被告の立場。奥方とはいえ、いや奥方なればこそ裁判の重要な資料を開示するというのは……」

「いいではありませんか父上!ボナーが冤罪なのは疑いようがありません。真実を明らかにするためならアンセリーナ殿に協力するべきです」

 ユーシュがキーレイに詰め寄る。

「私は国王陛下の弟だ。王家の人間として法を曲げるわけにはいかぬ」

「父上!」

「だが法を守るために正義を蔑ろにすることは王族である前に人間として許されぬ」

「では!」

「アンセリーナ殿。夫のためこうも素早く行動するあなたのお姿に感銘を受けました。報告書と出入記録はすぐに写しを作りお渡ししましょう」

「ありがとうございます。何とお礼を申し上げればよいか」

「王国裁判は調査官の報告書を参考に原告と被告の証言を聞いて『特法』の裁判官三名が協議して判決を下します。その際原告、被告双方に証言者を立てる権利が与えられます。今回の原告はクリムト卿です。おそらく証言者にはギルバート殿を立てるでしょう。あなたが被告側、つまりボナー殿の証言者として立てるよう取り計らいましょう」

「重ね重ねのご厚意、感謝いたします」

「本来王家の人間は中立であらねばならないのですが、今回ばかりはあまりにも不当な裁判だと思えてなりません。裁判に直接関与は出来ませんが、あなたに出来るだけ協力します」

「本当にありがとうございます。それではこれで一度失礼させていただきます」

「アンセリーナ殿、私はこれからすぐ王都に戻り、グマイン殿下の許可を得て調査官を任命します。それからソシュートへ調査に向かい、王都に戻るまで四日はかかるでしょう。すぐに写しを作りますが、それまでは待っていただきたい」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

 四日後となればとてもネムムの異能ギフトは持つまい。一度戻ってからまたここに馬車で来るしかないだろう。

「ベストレームへお戻りになるのですか?」

 ユーシュが立ち上がったパンナに尋ねる。

「は、はい。力を貸してくれているものと話をした後、またこちらにお伺いします」

「四日で往復は大変でしょう。調査官の報告書が出来るまでここに滞在なさってはいかがです?お仲間には書状で現状を射伝えになっては?」

「い、いえ。そこまでご厚意に甘えるわけには」

「遠慮なさらないでください。私はアンセリーナ殿の行動力に感激しました。お美しいだけでなく心の強さをお持ちだ。まったくボナーが羨ましいですよ」

「そ、そのような。私は自分に出来ることをしようと思っているだけです」

「私も同感だが、ユーシュ。人の奥方に懸想するのはいただけんな」

「そ、そのような!父上、こんな時に冗談はお止めください!」

 ユーシュが真っ赤になって叫ぶ。

「まあそれは置いておいて、私も同意見です。アンセリーナ殿、王国裁判まで当家にご逗留なさるがよいでしょう」

「本当になんとお礼を申し上げたらよいか。それでは城外に連れを待たせておりますので、話をしてからまたお伺いいたします」

「分かりました。お泊りになられる部屋を準備してお待ちしております」

 パンナはもう一度礼を述べて来賓室を後にし、城外に待たせていたカサンドラの元へ向かった。

「ミクリードのさっきの場所へ戻って」

 カサンドラが頷き手を差し伸べ、パンナがその手を取る。次の瞬間、二人の体が光に包まれ、その場から消え去った。



「どうですかな?ご自分の罪をお認めになる気になりましたかな?」

 王城の近くにある特別拘留所。ここは貴族などの身分が高い者が拘束された際に入れられる場所だ。その一室に監禁されたボナーに鉄格子越しにマークローが笑みを浮かべながら問いかける。

「私は義母上を殺したりしていない。大体ベストレームから真っすぐ王都にやって来たのだ。ソシュートなどに行ってはいない」

「しらを切るのもいい加減になさいませ。まあ王国裁判で全てははっきりしますがな。ああ、そうそう。一つお知らせすることがありました。お父上が、先代のサンクリスト公が亡くなられたそうです」

「何だと!?父上が!?」

 ボナーがショックで息を呑む。

「あなたのことを聞いてショックを受けられたのでしょうな。親不孝な事ですな」

「そ、そんな」

「お父上に申し訳ないと思われるなら、素直に罪をお認めになることですな」

「私は……断じてやっていない。父の名に懸けて誓って決してな」

 瞳に強い意志を秘め、ボナーが言う。マークローはそんなボナーに舌打ちをしてその場を後にした。
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