61 / 121
第61話 法と正義
しおりを挟む
「ボナーが拘束されたとはどういうことですか、父上!?」
ノーラン城に戻ったキーレイにユーシュが詰め寄る。サンクリスト公が義母殺しの疑いで拘束されたという情報は王国内を駆け巡っていた。
「もう知っておるのか?クリムト卿め、あらかじめ話を流布しおったな」
「あいつが身内を殺すなどありえません!冤罪にきまってます!」
「勿論だ。私もそう思っている。だがクリムト卿は娘を殺されたと言ってボナー殿を王国裁判にかけるそうだ」
「王国裁判!?そんな!バカげています!」
「まったくだな。だが裁判の資料を作るための調査官の任命権は王家にある。何とかまともな人間を調査官に任ずるつもりだ」
「お願いします。私にも出来ることがあればおっしゃってください。あいつを救うためなら何でもします」
ユーシュがそう言って詰め寄った時、ドアがノックされ、執事が慌てたように入ってくる。
「だ、旦那様、客人がお見えです」
「客?今日は誰とも会う予定はなかっただろう。今は忙しい。申し訳ないが後日にして……」
「そ、それがサンクリスト公爵夫人がどうしても至急お会いしたいと」
「何だと!?」
キーレイとユーシュの驚きの叫びが見事にハモった。
「お初にお目にかかります。いきなり押しかけるような真似をしてしまい、誠に申し訳ありません。ボナー・ウィル・サンクリストの妻、アンセリーナと申します」
来賓室に通されたパンナが深々と頭を下げる。キーレイとユーシュは困惑しながらも、パンナに顔を上げて座るよう促した。
「いや驚きました。ボナー殿の件で参られたのですな?それにしてもこんなにお早く」
「はい。どうしても大公殿下にお願いしたき議がございまして、失礼を承知でまかりこしました」
「ボナー殿が冤罪であることは私どもも確信しております。奥方の願いとあれば是非もございません。お力になれることであれば何なりと」
「ありがとうございます。厚かましい頼みではございますが、夫を助けるため何卒お聞き届けくださいますよう伏してお願い申し上げます」
「それで具体的には?」
「はい。まずは王国裁判の調査官について、中立な立場の方を任命していただきたく」
「ああ、そのことですか。無論、八源家の息のかかっていない者を選ぶつもりです。奴らも任命権には口を出せませんからな」
「ありがとうございます。もう一つ、調査官が作成した検死報告書と、ソシュートの検問所の出入記録を私たちにお見せいただきたいのです」
「報告書を?なぜです?」
「今私には夫を助けるため力を貸してくれている者たちがいます。彼らの中に非常に知恵に優れた者がおり、報告書と出入記録を見れば夫の無実を証明すると言っているのです」
「う~む、しかしボナー殿は裁判の被告の立場。奥方とはいえ、いや奥方なればこそ裁判の重要な資料を開示するというのは……」
「いいではありませんか父上!ボナーが冤罪なのは疑いようがありません。真実を明らかにするためならアンセリーナ殿に協力するべきです」
ユーシュがキーレイに詰め寄る。
「私は国王陛下の弟だ。王家の人間として法を曲げるわけにはいかぬ」
「父上!」
「だが法を守るために正義を蔑ろにすることは王族である前に人間として許されぬ」
「では!」
「アンセリーナ殿。夫のためこうも素早く行動するあなたのお姿に感銘を受けました。報告書と出入記録はすぐに写しを作りお渡ししましょう」
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げればよいか」
「王国裁判は調査官の報告書を参考に原告と被告の証言を聞いて『特法』の裁判官三名が協議して判決を下します。その際原告、被告双方に証言者を立てる権利が与えられます。今回の原告はクリムト卿です。おそらく証言者にはギルバート殿を立てるでしょう。あなたが被告側、つまりボナー殿の証言者として立てるよう取り計らいましょう」
「重ね重ねのご厚意、感謝いたします」
「本来王家の人間は中立であらねばならないのですが、今回ばかりはあまりにも不当な裁判だと思えてなりません。裁判に直接関与は出来ませんが、あなたに出来るだけ協力します」
「本当にありがとうございます。それではこれで一度失礼させていただきます」
「アンセリーナ殿、私はこれからすぐ王都に戻り、グマイン殿下の許可を得て調査官を任命します。それからソシュートへ調査に向かい、王都に戻るまで四日はかかるでしょう。すぐに写しを作りますが、それまでは待っていただきたい」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
四日後となればとてもネムムの異能は持つまい。一度戻ってからまたここに馬車で来るしかないだろう。
「ベストレームへお戻りになるのですか?」
ユーシュが立ち上がったパンナに尋ねる。
「は、はい。力を貸してくれているものと話をした後、またこちらにお伺いします」
「四日で往復は大変でしょう。調査官の報告書が出来るまでここに滞在なさってはいかがです?お仲間には書状で現状を射伝えになっては?」
「い、いえ。そこまでご厚意に甘えるわけには」
「遠慮なさらないでください。私はアンセリーナ殿の行動力に感激しました。お美しいだけでなく心の強さをお持ちだ。まったくボナーが羨ましいですよ」
「そ、そのような。私は自分に出来ることをしようと思っているだけです」
「私も同感だが、ユーシュ。人の奥方に懸想するのはいただけんな」
「そ、そのような!父上、こんな時に冗談はお止めください!」
ユーシュが真っ赤になって叫ぶ。
「まあそれは置いておいて、私も同意見です。アンセリーナ殿、王国裁判まで当家にご逗留なさるがよいでしょう」
「本当になんとお礼を申し上げたらよいか。それでは城外に連れを待たせておりますので、話をしてからまたお伺いいたします」
「分かりました。お泊りになられる部屋を準備してお待ちしております」
パンナはもう一度礼を述べて来賓室を後にし、城外に待たせていたカサンドラの元へ向かった。
「ミクリードのさっきの場所へ戻って」
カサンドラが頷き手を差し伸べ、パンナがその手を取る。次の瞬間、二人の体が光に包まれ、その場から消え去った。
「どうですかな?ご自分の罪をお認めになる気になりましたかな?」
王城の近くにある特別拘留所。ここは貴族などの身分が高い者が拘束された際に入れられる場所だ。その一室に監禁されたボナーに鉄格子越しにマークローが笑みを浮かべながら問いかける。
「私は義母上を殺したりしていない。大体ベストレームから真っすぐ王都にやって来たのだ。ソシュートなどに行ってはいない」
「しらを切るのもいい加減になさいませ。まあ王国裁判で全てははっきりしますがな。ああ、そうそう。一つお知らせすることがありました。お父上が、先代のサンクリスト公が亡くなられたそうです」
「何だと!?父上が!?」
ボナーがショックで息を呑む。
「あなたのことを聞いてショックを受けられたのでしょうな。親不孝な事ですな」
「そ、そんな」
「お父上に申し訳ないと思われるなら、素直に罪をお認めになることですな」
「私は……断じてやっていない。父の名に懸けて誓って決してな」
瞳に強い意志を秘め、ボナーが言う。マークローはそんなボナーに舌打ちをしてその場を後にした。
ノーラン城に戻ったキーレイにユーシュが詰め寄る。サンクリスト公が義母殺しの疑いで拘束されたという情報は王国内を駆け巡っていた。
「もう知っておるのか?クリムト卿め、あらかじめ話を流布しおったな」
「あいつが身内を殺すなどありえません!冤罪にきまってます!」
「勿論だ。私もそう思っている。だがクリムト卿は娘を殺されたと言ってボナー殿を王国裁判にかけるそうだ」
「王国裁判!?そんな!バカげています!」
「まったくだな。だが裁判の資料を作るための調査官の任命権は王家にある。何とかまともな人間を調査官に任ずるつもりだ」
「お願いします。私にも出来ることがあればおっしゃってください。あいつを救うためなら何でもします」
ユーシュがそう言って詰め寄った時、ドアがノックされ、執事が慌てたように入ってくる。
「だ、旦那様、客人がお見えです」
「客?今日は誰とも会う予定はなかっただろう。今は忙しい。申し訳ないが後日にして……」
「そ、それがサンクリスト公爵夫人がどうしても至急お会いしたいと」
「何だと!?」
キーレイとユーシュの驚きの叫びが見事にハモった。
「お初にお目にかかります。いきなり押しかけるような真似をしてしまい、誠に申し訳ありません。ボナー・ウィル・サンクリストの妻、アンセリーナと申します」
来賓室に通されたパンナが深々と頭を下げる。キーレイとユーシュは困惑しながらも、パンナに顔を上げて座るよう促した。
「いや驚きました。ボナー殿の件で参られたのですな?それにしてもこんなにお早く」
「はい。どうしても大公殿下にお願いしたき議がございまして、失礼を承知でまかりこしました」
「ボナー殿が冤罪であることは私どもも確信しております。奥方の願いとあれば是非もございません。お力になれることであれば何なりと」
「ありがとうございます。厚かましい頼みではございますが、夫を助けるため何卒お聞き届けくださいますよう伏してお願い申し上げます」
「それで具体的には?」
「はい。まずは王国裁判の調査官について、中立な立場の方を任命していただきたく」
「ああ、そのことですか。無論、八源家の息のかかっていない者を選ぶつもりです。奴らも任命権には口を出せませんからな」
「ありがとうございます。もう一つ、調査官が作成した検死報告書と、ソシュートの検問所の出入記録を私たちにお見せいただきたいのです」
「報告書を?なぜです?」
「今私には夫を助けるため力を貸してくれている者たちがいます。彼らの中に非常に知恵に優れた者がおり、報告書と出入記録を見れば夫の無実を証明すると言っているのです」
「う~む、しかしボナー殿は裁判の被告の立場。奥方とはいえ、いや奥方なればこそ裁判の重要な資料を開示するというのは……」
「いいではありませんか父上!ボナーが冤罪なのは疑いようがありません。真実を明らかにするためならアンセリーナ殿に協力するべきです」
ユーシュがキーレイに詰め寄る。
「私は国王陛下の弟だ。王家の人間として法を曲げるわけにはいかぬ」
「父上!」
「だが法を守るために正義を蔑ろにすることは王族である前に人間として許されぬ」
「では!」
「アンセリーナ殿。夫のためこうも素早く行動するあなたのお姿に感銘を受けました。報告書と出入記録はすぐに写しを作りお渡ししましょう」
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げればよいか」
「王国裁判は調査官の報告書を参考に原告と被告の証言を聞いて『特法』の裁判官三名が協議して判決を下します。その際原告、被告双方に証言者を立てる権利が与えられます。今回の原告はクリムト卿です。おそらく証言者にはギルバート殿を立てるでしょう。あなたが被告側、つまりボナー殿の証言者として立てるよう取り計らいましょう」
「重ね重ねのご厚意、感謝いたします」
「本来王家の人間は中立であらねばならないのですが、今回ばかりはあまりにも不当な裁判だと思えてなりません。裁判に直接関与は出来ませんが、あなたに出来るだけ協力します」
「本当にありがとうございます。それではこれで一度失礼させていただきます」
「アンセリーナ殿、私はこれからすぐ王都に戻り、グマイン殿下の許可を得て調査官を任命します。それからソシュートへ調査に向かい、王都に戻るまで四日はかかるでしょう。すぐに写しを作りますが、それまでは待っていただきたい」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
四日後となればとてもネムムの異能は持つまい。一度戻ってからまたここに馬車で来るしかないだろう。
「ベストレームへお戻りになるのですか?」
ユーシュが立ち上がったパンナに尋ねる。
「は、はい。力を貸してくれているものと話をした後、またこちらにお伺いします」
「四日で往復は大変でしょう。調査官の報告書が出来るまでここに滞在なさってはいかがです?お仲間には書状で現状を射伝えになっては?」
「い、いえ。そこまでご厚意に甘えるわけには」
「遠慮なさらないでください。私はアンセリーナ殿の行動力に感激しました。お美しいだけでなく心の強さをお持ちだ。まったくボナーが羨ましいですよ」
「そ、そのような。私は自分に出来ることをしようと思っているだけです」
「私も同感だが、ユーシュ。人の奥方に懸想するのはいただけんな」
「そ、そのような!父上、こんな時に冗談はお止めください!」
ユーシュが真っ赤になって叫ぶ。
「まあそれは置いておいて、私も同意見です。アンセリーナ殿、王国裁判まで当家にご逗留なさるがよいでしょう」
「本当になんとお礼を申し上げたらよいか。それでは城外に連れを待たせておりますので、話をしてからまたお伺いいたします」
「分かりました。お泊りになられる部屋を準備してお待ちしております」
パンナはもう一度礼を述べて来賓室を後にし、城外に待たせていたカサンドラの元へ向かった。
「ミクリードのさっきの場所へ戻って」
カサンドラが頷き手を差し伸べ、パンナがその手を取る。次の瞬間、二人の体が光に包まれ、その場から消え去った。
「どうですかな?ご自分の罪をお認めになる気になりましたかな?」
王城の近くにある特別拘留所。ここは貴族などの身分が高い者が拘束された際に入れられる場所だ。その一室に監禁されたボナーに鉄格子越しにマークローが笑みを浮かべながら問いかける。
「私は義母上を殺したりしていない。大体ベストレームから真っすぐ王都にやって来たのだ。ソシュートなどに行ってはいない」
「しらを切るのもいい加減になさいませ。まあ王国裁判で全てははっきりしますがな。ああ、そうそう。一つお知らせすることがありました。お父上が、先代のサンクリスト公が亡くなられたそうです」
「何だと!?父上が!?」
ボナーがショックで息を呑む。
「あなたのことを聞いてショックを受けられたのでしょうな。親不孝な事ですな」
「そ、そんな」
「お父上に申し訳ないと思われるなら、素直に罪をお認めになることですな」
「私は……断じてやっていない。父の名に懸けて誓って決してな」
瞳に強い意志を秘め、ボナーが言う。マークローはそんなボナーに舌打ちをしてその場を後にした。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。


一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる