貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第60話 力を合わせて

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「ええい、鬱陶しい!」

 ゲルマの爪が蔓を切り裂く。モンテはゲルマの体に蔓を巻きつけようとするが、ゲルマは素早い動きでそれを躱しながら次々と蔓を断ち切っていった。

「兎が狼を狩ろうなどとは笑止千万!」

 ゲルマは蔓を斬りながらそれを操るモンテに攻撃の目を向ける。

「牙を持つ獣が狼だけだと思わないことだ」

 そこへ物陰から飛び出したフルルが糸を繰り出す。鋭く研がれた糸が生き物のようにゲルマに襲い掛かった。

「ええい、次から次へと!邪魔をするな!俺はバイアスを殺さねばならんのだ!」

 ゲルマの爪はフルルの糸すら断ち切り、立っているのもやっとのバイアスに怒りの目を向ける。

「それは俺も同じだ、ゲルマ。だがな……」

 モンテの蔓を切り裂き、フルルの糸に皮膚を斬られながらもゲルマは一直線にバイアスに迫る。目の前の仇に爪を振り下ろせることにゲルマの目が歓喜に染まる。が、

「何っ!?」

 バイアスの胸を貫いたと思った爪がその直前で見えない壁に阻まれたように停止する。そしてその後ろからパンナが姿を現した。

「この女、この間の……」

 パンナに気を取られたほんの一瞬をモンテとフルルは見逃さなかった。ゲルマの足に蔓が巻き付き、上半身を糸が拘束する。

「ちっ!おいカサンドラ!ぼさっとしてないで手を貸せ!」

 ゲルマが後ろを振り向き、カサンドラに怒鳴る。が、その顔が驚きの表情に変わる。カサンドラは無表情で棒立ちになっていた。その顔にはまるで意思が感じられない。

「おいカサンドラ、どうした!?」

 ゲルマが叫ぶがカサンドラは何も反応しない。と、いきなりカサンドラの前で声が聞こえた。

「ご苦労さん、もういいぞ」

「なっ!?」

 その声がしたのと同時にカサンドラの目の前にネムムとザックの姿が現れた。それは今まで誰もいなかったはずの空間にいきなり湧いて出たように見えた。

「ふう~、痛え痛え。もう少し長引いてたら危なかったぜ」

 顔をしかめながらザックがぼやく。その左手の人差し指には切り傷があり、そこから鮮血が地面に流れ落ちていた。

「こ、こいつらいつの間に……」

「ゲルマ、お前を殺すのは俺の悲願だ。だが今の俺にはそれ以上に大切なことがあるのさ。俺を殺すことだけに執着したお前とでは覚悟が違うんだよ」

 バイアスはそう言うと、力尽きたようにその場に倒れた。ゲルマは蔓から生えた棘に足を刺され、血を吸われながらそれを見つめていた。

「みんなボロボロだね。大丈夫かい?」

 ボボルが周りを見渡しながら言う。まともに立っているのは彼くらいのもので、皆疲れ切ったように座り込んだり寝そべったりしている。無表情のまま立ち尽くすカサンドラを除けば、だが。

「作戦は上手くいったようだな。こいつはもう大丈夫なのか?」

 カサンドラを睨み、肩で息をしながらフルルがネムムに尋ねる。そのネムムはザックに支えられて何とか上体を起こし座り込んでいた。

「ああ。こいつの自由意思はもう奪った。あとはコマンドを入力するだけだ」

「コマンド?」

「命令を与えるんだ。そうだな、とりあえずアンセリーナ殿の言うことに従うよう命令すればいいだろう」

「わ、私ですか?」

 パンナが疲れた顔で立ち上がる。さっきバイアスを守ったのは彼女の異能ギフト、「絶対防御アイギス」によるものだ。これは自分を中心とした空間にあらゆる攻撃を防ぐ見えない壁を創り出すもので、バイアスの異能ギフトを同様、任意で発動範囲を変えられる。空間が広くなるほど防御力は落ちるが、パンナ一人分くらいの広さであれば通常の武器ではまず破れない。しかし副作用として体力を大幅に削られる。ベストレームからルーディアへ強行軍で向かい、すぐにこのミクリードまで戻って来たパンナはそれだけでかなり疲れていたが、先ほど異能ギフトを行使したせいで立っているのも辛いほどに疲弊していた。

「あ、あんたがこいつに命令して転移するんだ。で、出来るだけ急いでくれ」

 辛そうに言うネムムが倒れそうになるのをザックが必死に支える。

 「大丈夫ですか?ネムムさん」

「大丈夫じゃないだろうな。こいつの自我持参エゴ・ハイジャックは他人の自我を眠らせて他者の言いなりにする異能ギフトだ。だが発動中は自力での移動は勿論、飲み食いも睡眠も出来ん状態になる。長時間使い続ければ命に関わる」

 フルルが苦しそうな顔で言う。

「そんな……」

「おまけに自我を眠らせるのに一定の時間正面から相手を見つめ続けなければならん。実戦には不向きの能力ちからだ。だからこいつは格闘や剣の腕を磨いて来たんだがな」

「ま、それで俺の保守静透サイレント・インビジブルの出番ってわけだ」

 ザックが指に包帯を巻きながら得意げに言う。

「君の自分と自分が触れている人間の姿を見えなくするっていう異能ギフトは便利だよねえ。先代の守備隊の隊長が君を引き抜いたのも分かるよ。隠密任務には最適だもんね」

「簡単に言うなよボボル。発動している間は血を流し続けなきゃいけないんだぜ。おまけに一言でも声を発したら効果が無くなっちまうんだから。ネムムほどじゃないが、長時間の使用はキツイんだからな」

 ザックはバイアスがゲルマと話をしている間にネムムの手を取ってカサンドラの目の前に移動した。ネムムの異能スキルが効果を発するまでじっとカサンドラの正面に立っていたのだ。

「貴様ら、最初からカサンドラが狙いだったのか」

 血が大量に吸われ、意識が朦朧としていく中でゲルマが憎しみを込めて呟く。

「そういうことだ。バイアスが言ってたろ?あいつには、いや俺たちには復讐なんかより優先すべきことがあるんだよ」

 オルトがそう言って、モンテに蔓を解除するよう頼む。

「いいんですか?」

「こいつにとどめを刺すのはバイアスの役目だ。このまま殺しちまったらあいつが起きた時に恨まれる」

「そうだな。ゲルマ、お前はこのまま拘束する。バイアスが起きたら二人で決着を付けろ」

 フルルも糸を解除してゲルマを自由にする。

「こ、ここで殺さなかったことを……後悔させてやる……ぜ」

 ゲルマはそう言い残し、その場に倒れて気を失った。

「さて、こっちはこれでいい。アンセリーナ殿、この女に命令するんだ」

「皆さん、ありがとうございます」

 ここにいる皆が危険を承知で自分の異能ギフトを使ってくれたことにパンナは感謝する。

「礼は旦那を助けてからだ。さあ、急いでくれ」

 パンナは涙が出そうなのを堪えてカサンドラの前に立ち、焦点を失った目で立ち尽くす彼女に命令を下す。

「これからあなたは私の命令に従って行動しなさい」

「はい」

 生気のない声でカサンドラが答える。

「あなたは任意の場所に転移が出来る。そうですね?」

「はい」

「どこへでも指示すればいけるの?」

「一度行った場所にしか行けません」

「ノーライアに行ったことは?」

「通ったことはあります」

「じゃあ私とそこへ行って」

「分かりました」

 カサンドラが手を伸ばし、パンナがそれを取る。」

「それではキーレイ大公にお願いに行ってきます」

「ああ。ネムムが力尽きたらその女の自我が戻る。急いでくれ」

 パンナは頷き、カサンドラと共にノーライアへ転移した。




「ギルバート様、大変でございます!」

 ソシュートの屋敷で執事のセルバンテスが慌ててギルバートの部屋に飛び込んでくる。

「何事だ、騒々しい」

「先ほどベストレームから使者が参りまして、お父上が……オールヴァート様がお亡くなりになったと」

「何?」

「ボナー様のことをお聞きになってショックを受けられたようで」

「は。父上も老いたな。それでポックリか。まあいい。どうせ俺の家督相続を認めないようなら死んでいただくつもりだったんだからな。手間が省けたというものだ」

「ですがボナー様を廃嫡するには王国裁判で有罪を確定させねばなりませんが」

「そうだな。後面倒なのはリーシェか。まあいざとなればいくらでも始末は出来る。母上を刺した凶器が我が家の紋の入った短剣なのだ。俺の証言で有罪にすることは出来る」

「検死のため調査官が来ると思われますが」

「そうだな。死体を処分しては印象が悪いか。母上の遺体は?」

「地下の貯蔵庫に安置しております」

「調査官が来るまではそのままにしておけ」

「かしこまりました」

 セルバンテスが退室すると、ギルバートはワインの入ったグラスを持ちあげ、邪悪な笑みを浮かべる。

「父上が死んだ以上、俺の邪魔を出来るものはいなくなった。兄上を断罪したらすぐに公爵になってやる。相続のお披露目は兄上以上に豪華にやりたいな。ふん、そういえば伴侶がいると領民に受けがいいとか言っていたな」

 しばしグラスを揺すりながらギルバートは考え込む。

「俺の周りには碌な女がおらんし、今から相手を探すのも……そういえば兄上の嫁、アンセリーナといったか。あれはいい女だな」

 くくく、とギルバーrとの口から笑い声が漏れる。

「そうだ。兄上の処刑を免じてやる代わりにあいつに俺の女になってもらおう。見栄えはいいし、俺の一存で兄上が殺されるとなれば何でも言うことを聞くだろう。もしあいつが身代わりだったらそれをネタに強請ゆすることも出来る。毎日楽しませてもらえそうだ」

 ギルバートは国元を歪め、およそ正気とは思えない不気味な笑い声を上げ続けた。
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