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第58話 濡れ衣

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「ボナー殿が義母を殺害するなど考えられん!何かの間違いであろう」

 ボナーが拘束され連行された後、キーレイはマークローに食って掛かった。しかしマークローは不敵な笑みを浮かべ、それを払いのける。

「間違いとは心外ですな殿下。いかにあなた様でも犯罪者を庇い立てするとお立場が危うくなりますぞ」

「ボナー殿はベストレームから今朝ノーライアに着いたのだ。ロベルタ殿を殺すことなど出来るわけがあるまい!」

「ですからこちらに向かう前にやったのですよ。ギルバート殿からそう報告を受けております」

「ギルバート?ボナー殿の弟の?」

「さようです。私から見れば外孫に当たります。彼が席を外している間にボナーが短剣でロベルタを刺殺したと」

「ありえん!」

「何故そう言い切れます?ギルバート殿の話ではボナーは以前からロベルタを恨んでいたそうです。実母の死がロベルタのせいなどという逆恨みをしていたようで」

「本当に逆恨みかどうかは分からんだろう。もし恨みがあったとしても公爵位を継いだばかりの大切なこの時に義母を殺すなど考えられん。彼はそれほど愚かな男ではない!」

「今日初めて会ったのにそんなことがお分かりですかな?」

「今日が初対面だとなぜ貴公が知っている?」

 キーレイの質問にマークローは一瞬言葉に詰まるが、すぐに不遜な笑みを浮かべる。

「サンクリスト家を継ぐ前のボナーには殿下との接点はござらんでしょう?少し考えれば想像が付きます」

「ほう。息子のユーシュがボナー殿とアカデミーの同期だったと言ってもかな?」

キーレイの言葉にマークローの顔色が変わる。しかしあくまで平静を装ったまま淡々と答える。

「あ、あくまで初対面であろうという予測で申したまで。これで失礼します。これから王国裁判の申請をせねばなりませんのでな」

「王国裁判だと!?」

「可愛い娘を殺されたのです。ボナーには然るべき報いを受けてもらえねばなりませんからな」

 そう言いながらマークローには娘を失った悲しみが微塵も感じられなかった。そそくさと玉座の間を去るマークローにキーレイはこれ以上ないほどの不審感を抱いたが、ここでこれ以上問答していても埒が明かないと判断し、自分もその場から立ち去る。

 「何ということだ。八源家オリジンエイトめ。まさかこんな手に出てくるとは」

 苛立ちながら王城の広い廊下を早足で進み、キーレイは唇を噛んだ。



「ボナー様が拘束された!?」

 キーレイはすぐさま自分の騎士にこのことを伝え、ノーラン城のアレックスたちに報告させた。アレックスは動揺しながらもすぐに騎士の一人をベストレームに向かわせ、伝言を託された騎士は昼夜を分けず一目散にべスター城を目指した。




「ロベルタ様が殺されたですって!?」

 同じころ、モースキンからべスター城に戻ったパンナとリーシェにも事件のことが報告された。しかもギルバートがその犯人をボナーだと告発したと聞き、さすがのリーシェもその場で気を失いそうになった。

「そんなことはあり得ません!夫は王都へ向ったのですよ!」

 パンナも眩暈を起こしそうになりながらも、気丈にそう言い放つ。

「で、ですが、すでに王都にまでその話が伝わっていると」

 メルキンが動揺しながら報告を続ける。

「王都までって……それじゃボナー様は……」

 目の前が真っ暗になり、パンナはソファに崩れるように腰かける。そこへアレックスから伝令を託された騎士がベスター城へ着き、 ボナーが拘束されたことを報告した。パンナはさらに衝撃を受けたが、夫が絶体絶命の危機にあることを認識し、死に物狂いで気力を奮い立たせる。

「何としてもボナー様をお救いしなくては。濡れ衣を晴らさないと」

 必死に頭を巡らすが、混乱していて考えがまとまらない。その時パンナの脳裏にある人物が浮かぶ。

「メルキン!すぐにルーディアに行きます。馬車を用意して!それからお義父さまはこのことをご存じなの?」

「は、はい。病床にあられるのでお伝えするか迷ったのですが、一大事でございましたので」

「ご容態は?」

「今のところはお変わりないかと」

 パンナはしばし考え込み、メルキンにある指示を出した。



「サンクリスト公が拘束されたぁ!?」

 ザックが素っ頓狂な声を出す。ネムムは難しい顔で黙り込んでいた。ここはルーディアの検問所。パンナの行動は素早かった。すぐにモースキンのミリアへ書簡を認めるとそれを騎士に持たせ、自分はこの検問所へまっしぐらにやって来た。

「随分乱暴なやり方だね~。ボナー殿を告発したのが弟のギルバート殿。そして王都でボナー殿を拘束したのがクリムト卿なんだね?」

 ボボルが緊張感のない声で尋ねる。パンナは彼の知恵を借りるためここまでやって来たのだった。

「伝令の騎士によればそのようです」

「ふん、最初から仕組まれていたかはともかく、その二人がグルなのは確かだろうね。目的はボナー殿の廃嫡とギルバート殿の家督相続か。クリムト卿はギルバート殿の祖父に当たるしね。利害は一致する」

「しかし自分の娘、自分の母を殺してまでするか?普通」

「多分殺害は突発的なものだと思うよ。ギルバート殿のね」

「犯人はギルバートだと?」

「そりゃそうだろネムム。ロベルタ殿は屋敷で殺されたんだろ?外部犯の可能性は低い。常識的に考えて犯人は彼以外ないと思うよ」

「家を継ぐために母親を殺したのか?えげつねえな」

 ザックが顔をしかめて言う。

「そうだとしても計画的な犯行じゃないだろうね。タイミングが悪すぎる」

「というと?」

「最初からボナー殿に罪を着せる気なら何らかの理由を付けて彼をソシュートに呼び寄せただろうからさ。それがよりにもよってボナー殿は王都へ行っている。ソシュートとは真逆の方向だよ?王都へ行く前にわざわざロベルタ殿を殺しに反対方向へ向かったなんて苦しいにも程がある」

「ですがギルバート様はそう主張しているようです」

「だから突発的なのさ。クリムト卿もそれくらい分かってるだろうに、話を合わせてるってことは何か焦ってることがあるようだね」

「とにかく夫を、ボナーを助けなくては。力を貸してください」

「うん。帝国軍を撃退する作戦も迫ってるしね。ボナー殿が拘束された状態じゃ騎士団の派遣もままならないだろうし」

「せっかく敵の将校を上手く騙せたんだからな。ここで失敗はやってられねえぜ」

 ザックが言う。グララに案内されたバーガット大尉はつい昨日、コルアットの村にやって来た。ボボルの計略通り、村人の協力を得て獣人族ワービーストに制圧されたように見せかけた村を見て、バーガットは安心して帰っていった。ここまでは順調と言えたが、ボナーがこのまま裁かれたら台無しになりかねない。

「しかしどうするボボル。王都で拘束されてるなら助け出しに行くというわけにもいくまい?」

「そうだね。でもクリムト卿たちの狙いがボナー殿の暗殺じゃなくて廃嫡にあるならチャンスはあるよ」

「本当ですか?」

「うん。廃嫡させるにはボナー殿の殺人を立証しなければならない。貴族は一般市民のように簡単には裁けないし、まして『四公』ともなれば王国裁判を開く以外はない」

「王国裁判……」

「王国裁判は独立した権限を持つ特別司法局、通称『特法』が行う。正式な規定に則り、きちんと調査が行われなければならない。検死報告もされるはずだ」

「お前は本当になんでも知ってんな」

 ザックが呆れたように言う。

「懸念があるとすればその担当調査官がクリムト卿を始めとした八源家オリジンエイトの息のかかった人間になってしまうことだね。中立な立場の者を選んでもらいたいけど」

「その『特法』は独立した権限を持っているのではないのですか?」

「そうなんだけど、どんな組織でも派閥や癒着はあるからね」

「でもそんなの俺たちにはどうにも出来ないじゃねえか」

「そうだね。調査官を任命できるのは王家の人間だけみたいだし」

「王家と言えば、夫は王都に行く前にノーライアに寄ると言っていました。キーレイ大公殿下の助力を願い出るとか」

「キーレイ大公?国王陛下の弟か。それはいい。彼なら中立な立場の人間を任命することも出来るだろう」

「だけどどうやってお願いするんだよ?いきなり俺たちが行ったって相手にしてくれるわけないぜ」

「いや、ボナー殿が拘束される前に大公に会ってるなら大丈夫だろう。彼は中々の切れ者と聞いている。こっちが何も言わなくてもちゃんとそう言う人間を選んでくれるはずさ。それより僕としては行われるであろう検死の報告書が見たいね。それにソシュートの検問所の記録もだ」

「検死報告書に検問所の記録?」

「ああ。それが見られればボナー殿の無実を証明できるかもしれない。アンセリーナ殿。あなたにはそれをこちらに回してもらえるように大公にお願いしてもらいたい」

「わ、私がですか?しかし……」

「大公もボナー殿が義母を殺したとは考えてないだろう。妻のあなたが頼めば利いてくれると思うよ」

「しかし問題は時間だな」

 ネムムが考え込みながら呟く。

「時間ってどういうことだよ、ネムム?」

「これから王都から調査官が来て、検死をしてまた王都に戻るんだろう?それをこちらに見せてもらえるよう頼むにもノーライアまで行かねばならん。それから裁判までにボボルが無実の証明をしても、こいつが王国裁判に出るわけにもいくまい。ボボルの考えを述べるのはアンセリーナ殿に頼むしかない。アンセリーナ殿はこことノーライアを往復してさらに王都へ行かねばならんことになる。それでボナー殿の無実が証明されたとしても、作戦の決行までに間に合うのか?」

「確かに急いでも10日じゃあきつい日程だな」

「帝国軍を待たすにしても一日二日が限界だろう。あまり遅くなると警戒される恐れがある」

「そうだね~。やり直すってわけにもいかない作戦だしね」

「ちっ、あ~あ、何か瞬間移動でも出来りゃいいんだけどな~」

「真面目に考えろ、ザック」

「瞬間移動……」

 ザックの言葉にパンナが考え込む。

「どうかしたのか?アンセリーナ殿」

「いえ、以前ミクリードで異能者狩りポーチャーに襲われた時、その一人の女が転移の異能ギフトを使っていたのを思い出して」

「そいつの異能ギフトがあれば移動時間を大幅に減らせるかもしれんな。発動条件が合えばだが」

「だがそいつは教団の犬なんだろ?俺たちに協力するとは思えないぜ」

「いや、上手くいけば俺の異能ギフトで操ることは出来るだろう」

「本当かよネムム!!」

「ああ。しかしそいつがどこにいるのか分からなければ意味がない」

「アンセリーナ殿、そいつはゲルマと一緒にいたという奴か?」

 それまでずっと黙っていたバイアスが突然口を挟んだ。彼とオルトは話し合いに参加するためコットナーの検問所からこのルーディアの検問所までパンナと共にやって来ていた。

「え、ええ。そうですが」

「ならそいつをおびき出せるかもしれん」

 バイアスはそう言って厳しい表情を浮かべた。

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