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第57話 悪意の巣

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 ベストレームを出立したボナーは通常より早いペースで王都へ向かい、二日後には副首都のノーライアに到着した。ボナーはそのままノーラン城へ向かい、大公キーレイ・モンド・マルセイヤに面会を申し込んだ。

「よお、久しぶりだな、ボナー」

 ノーラン城に入ったボナーを出迎えたのは大公の次男ユーシュであった。彼は王立アカデミーでボナーと同期であり、良きライバルだった。

「お久しぶりです、ユーシュ様」

「おいおい、随分他人行儀じゃないか」

「仮にも王家の方とため口は利けませんよ。学生時代ならともかく」

「仮にもは余計だ。ふうん、『四公』を継いで貫禄が出てきたな」

「からかうのはやめてください。まだまだ父のようにはいきません」

「からかってはいないさ。で、今日は父上に用か?」

「はい。キーレイ大公に何卒ご助力を賜りたく」

「分かった。応接間で待っていてくれ」

 ユーシュは執事にボナーをお上妻へ案内するように命じ、父キーレイを呼びに向かった。ボナーは案内されるまま廊下を進む。と、反対側から一人の男が歩いて来た。小太りの不機嫌そうな顔をした男だ。

「これはアンポッタ様」

 執事が立ち止まって頭を下げる。それに倣ってボナーも頭を垂れた。

「珍しいな、客人か?」

 キーレイの嫡男アンポッタ・ムノー・マルセイヤは腫れぼったい目でボナーをじろりと睨む。

「はい。サンクリスト公、ボナー様でございます」

「ボナー・ウィル・サンクリストでございます。お初にお目にかかります」

「ああ、先日サンクリスト家を継いだボナー殿か。弟がアカデミーで世話になったようだな」

「とんでもございません。ユーシュ様にはよくしていただきました」

「家督相続の挨拶か?ご苦労なことだ」

「アンポッタ様にも今後ともよしなにしていただけますれば幸いでございます」

「『四公』を無下に扱いはせんよ。八源家オリジンエイトのジジイどもの好きにさせないためにもな」

八源家オリジンエイトでございますか?と申されますと?」

「父上は重要な議案が上る御前会議には『四公』も参加させるべきだと殿下に進言しているのだ。そうなれば君も参加することになろう」

「『四公』を御前会議に、ですか」

「グマイン殿下がハッサム殿下の参加を認めず、実質八源家オリジンエイトのやりたい放題になっているからな。家格が上の『四公』を参加させてその発言力を弱めようと考えているんだろう」

「なるほど」

 ボナーはキーレイの意図を察し頷いた。今までその役目はキーレイ自身が務めていた。しかしそう遠くない将来キーレイは隠居することになる。八源家オリジンエイトも当然世代交代はするだろうが、生まれた時から特権階級で育った彼らはこれからも政治を意のままにしようとするだろう。キーレイはアンポッタが自分の後を継いだ時、自分と同じ役割を果たせないだろうと考えているのだ。それでその役目を「四公」に託すつもりなのだろう。

『アンポッタ様は凡庸という噂だが、実際話してみると少なくとも愚かな方ではないようだ。だが凡庸では八源家オリジンエイトは抑えられないということか』

 心の中で呟き、ボナーは責任の重大さを感じて気を引き締める。

「呼び止めてすまなかったな。父上に挨拶するのだろう?」

「は、はい」

「これから君たちを頼ることも増えるだろう。よろしく頼むよ」

「お力になれるよう精進いたします」

 もう一度頭を下げ、執事とボナーは応接間へ向かった。部屋に入るとすぐメイドが紅茶を運んできてテーブルに置く。よい香りが鼻をくすぐった。

「お待たせして申し訳ない」

 暫くするとキーレイが応接間に入ってきた。ユーシュも後ろに付いてきていた。

「お初にお目にかかります、キーレイ大公」

 立ち上がり頭を下げるボナーを手で制し、ソファに座るよう促すと、キーレイは対面に座る。その隣にはユーシュが腰を下ろした。

「ユーシュも同席させてもらってよいかな?」

「勿論でございます」

「陛下へ家督相続の挨拶に見えられたのかな?」

「はい、それもありますが、是非とも陛下にお願いしたき議がありまして」

「北部への増派の件だな?」

「その通りです」

 ボナーの真剣な顔を見て、キーレイがため息を吐く。

「それについては私も散々進言してきたのだ。しかし一向に埒が明かん。今の御前会議は八源家オリジンエイトの思うがままだ。自分の力不足で済まないと思っている」

「いえ、そのような。陛下がご病床にあらせられる現状では致し方なき事かと」

「知っていたか。ということはもう『四公』の耳には全て届いていると見るべきだな」

「おそらくは。私は父から聞きましたので」

「そういうわけで遥々出向いてくれて申し訳ないが、君が進言してもすぐに状況が変わるとは思えん」

「ですが我々は今帝国軍にダメージを与えるための策を練っております。帝国はもう国境付近に兵を集めつつあり、先日メキアの森では戦闘があった模様です。そこでモースキンのミリアネル殿とルーディアのエルモンド卿が帝国にある程度の被害を与えて侵攻を食い止める作戦を立案中とのこと」

「ほう、あの『白銀の剣姫』殿がな」

「それが成功すれば帝国の士気も下がりましょう。そこへ増派を行えば完全に侵攻の意志をくじくことが出来るかと。戦わずして敵を撤退出来れば、費用も抑えられるはずです」

「そこまで分かっていたか。ふん、確かにそれなら説得もしやすくなるかもしれんな」

「願わくば大公殿下には私に同行していただき、共にグマイン殿下の説得に当たっていただきたく、本日は参上いたしました」

「分かった。私もずっと懸念していたことだ。同道しよう」

「ありがとうございます」

「ユーシュ、アンポッタと共に留守を頼む」

「畏まりました、父上」

 キーレイはすぐに出立の準備を整え、ボナーと共に王都へ向かった。護衛にはキーレイの騎士たちが当たり、アレックスたちサンクリスト家の騎士はノーラン城で待機することとなった。

「すぐに殿下に拝謁できればいいが、八源家オリジンエイトが間に入ると面倒だ。ボナー殿は出来るだけ奴らと関わりを持たぬよう気を付けたまえ」

 王都に向かう馬車の中でキーレイがボナーに苦々しい顔で忠告する

「はい」

「私は君たち『四公』を御前会議に参加させるべきだとグマイン殿下に進言している」

「アンポッタ様から先ほど伺いました」

「そうか。当然八源家オリジンエイトの連中は面白く思っていない。しかし王家に次ぐ家格であり、各方面を統括する君たちの意見を取り入れるべきとの私の意見に表立った反対が出来ずにいるのが現状だ。君が王城へ出向けば、言葉巧みに篭絡し、参加を辞退するよう殿下に申し出るように説得してくるだろう」

「その甘言に乗るなということですね」

「そういうことだ。恥ずかしながら私の隠居後、アンポッタに奴らを御せるとは思えなくてな」

「先ほどお話させていただきましたが、アンポッタ様は聡明な方とお見受けしました」

「うむ、あやつは愚鈍ではない。しかし素直すぎるところがあってな。海千山千の八源家オリジンエイトとやり合うには心許ない。奴らに関する笑い話があってな。八源家オリジンエイトでは男子が生まれると、まず子守歌代わりに王家を篭絡するための甘言を聞かせるという話だ」

 キーレイが苦笑する。その肚の内は忌々しさで一杯だった。

「陛下が倒れてからというもの、いやそれ以前からかな。王城の雰囲気がおかしくなっている」

 苦々しい顔に戻り、キーレイはため息を吐く。

「はっきりと悪政を働いているというわけでもない。しかし最近の八源家オリジンエイトのやり口はどうも気にかかる。北部への増派見送りにしてもな」

「大公殿下。実は私はもう一つグマイン殿下に進言したきことがございまして」

「何かな?」

「神聖オーディアル教団のことについてです」

「教団か」

「彼らは異能者ギフテッドを攫い、非道な実験などを行っております。女神オーディアルを信奉すること自体は問題ありませんが、そのような非合法な活動は取り締まらねばなりません。過激派を捕らえ、教団の強制査察を行う必要があります」

「教団の悪い噂は前から聞いていたが、確証はあるのか?」

「実際に教団から逃げながら生きてきた者の話を聞いております」

 ボナーはパンナもことを思いながら語気を強める。

「教団への調査の話も定期的に上がりはするんだが、いつの間にか有耶無耶になっていることが多くてな」

「殿下、考えたくはありませんが、王都に、それも王家の近い者の中に教団の協力者、または信徒そのものがいるのではありませんか?」

 ボナーの言葉にキーレイの顔が険しくなる。それはエルモンド家の騎士団長ミッドレイも抱いていた疑惑だった。

「まさか、と思いたいが……最近の王城の様子を考えると頭から否定も出来んな」

「グマイン殿下に真っすぐそのことを訴え、八源家オリジンエイトの反応を見るのがよいかと思います」

八源家オリジンエイトの中に教団の信徒が?いや、あるとすればその可能性しか考えられんか。しかしボナー君、気を付けたまえ。今の王城は悪意が渦巻いているように思えてならん。下手に動くと足元をすくわれるかもしれん」

「ですが帝国軍の動きを封じるのに時間をかけてはいられません。とにかく増派だけでも実現せねば」

「私も出来るだけ協力する。……どうやら着いたようだな」

 馬車は王都の入り口に着き、検問所で簡単な手続きをして王都に入る。王家の家紋を付けた馬車は問題なく王城へ入り、キーレイとボナーはすぐグマインに面会を求める願いを出した。

「グマイン殿下が玉座でお会いになると申されております」

 しばし貴賓室で待たされた後、王家の執事が恭しく礼をしてそう告げる。二人はそのまま貴賓室を出て、玉座の間に向かった。

「グマイン殿下、急なご面会の願い、お聞き届けいただき感謝いたします。こちらはサンクリスト公爵家を相続なさいましたボナー殿でございます」

「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。公爵の任を拝命いたしましたボナー・ウィル・サンクリストでございます」

 玉座に座るグマインの前に跪き、両名が挨拶をする。グマインは肘あてに腕を乗せ、拳を顔に当てながらぞんざいな態度でそれに応えた。

「よく来たサンクリスト公。貴家の働きは陛下よりよく聞いておる。帝国へのにらみを利かせ、長い間侵攻を許さずにいること、誠に天晴である。『北の英雄』と呼ばれた先代公爵の後を継ぎ、その大任をこれからも果たしてもらいたい」

「勿体なきお言葉」

 ボナーが深々と頭を下げる。しかしそれを隣で聞いていたキーレイは違和感を感じ、顔をしかめた。普段のグマインならこんなきちんとした挨拶はすまい。王家の者としては当たり前に思える今の口上も、暗愚を絵にかいたようなグマインならば口に出来ぬものだ。御前会議での醜態を知るキーレイは嫌な予感を覚えた。これは誰かに吹き込まれたセリフだ。となればそれを吹き込んだのは八源家オリジンエイト以外にありえない。しかしなぜボナーが来ると分かったのだ?

「殿下、本日は折り入って願いの議、これあり。御前に参上いたしました」

「何か?」

 ボナーが口を開こうとした瞬間、玉座の間のドアが乱暴に開けられ、数名の騎士が乱入してくる。

「何事だ!?殿下の御前であるぞ!」

 キーレイが叫ぶ。と、その顔が険しくなった。騎士の後ろに見覚えのある男が立っていたからだ。

「クリムト卿、これは何の騒ぎだ!?」

「黙っていただきましょう、キーレイ殿下。サンクリスト公!グマイン殿下から離れよ!貴様を殺人罪で拘束する!」

 八源家オリジンエイトの一つ、クリムト侯爵家の当主、マークロー・ダン・クリムトがボナーに向かって叫ぶ。

「殺人罪だと?何のことだ!?」

「とぼけるな!我が娘ロベルタを手に掛けたこと、断じて許せぬ!」

「義母上が!?バカな!」

「問答無用!取り押さえろ」

 マークローの言葉で騎士が一斉にボナーに群がり、ロープで縛りあげる。

「バカな!私は義母上を手にかけてなどいない!」

 ボナーの叫びもむなしく、彼は騎士によって玉座の間から引き立てられていった。


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