貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第52話 破滅の予知

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「帝国軍を撤退させる策、な」

 ハンスの報告を聞き、コットナーの別邸の自室でブラベールはそう言って思案気な顔をする。

「は。ルーディアの検問所にいる叡智樹懶ワイズスロースが立案したということですが」

「許さぬ理由はない。アンセリーナの完全な覚醒まであと少し。それまでに帝国にちょっかいを出されるのはこちらも困るからな」

「では当家からサンクリスト家へも協力の打診を」

「うむ。パンナの挙式と被るが、まあそこは逼迫した事態ということで許してもらおう」

「それでは私がボナー様の元へ参ります」

 こうして挙式の翌日、ハンスはサンクリスト家を訪れることとなった。



「それではよろしく頼む」

 ボナーがパンナの手を握りしめ微笑む。彼女はこれから馬車に乗りモースキンへと向かうところだった。

「あなたのご期待に沿えるよう頑張ります」

 不安を感じながらもパンナは目いっぱいの気力を振り絞って微笑み返す。その懐にはボナーのミリア宛の念書が入っていた。

「僕も間もなく王都に発つ。お互いに国のために精一杯のことをやろう」

「はい」

 そう言って頷くパンナをボナーはいきなり抱きしめる。

「あ、あなた」

「大丈夫。君ならやれる。自分を信じて」

 ボナーが耳元で囁き、パンナは力強く頷く。

「それじゃゼノーバ。道中よろしく頼むよ」

「お任せください。奥方様には何人たりとも指一本触れさせません」

 十名余りの騎士を従えた騎士団長のゼノーバが胸を叩く。彼らはパンナの護衛を仰せつかっていた。

「ボナー様もお気をつけて。アレックス、油断するなよ」

「はっ!身命を賭してボナー様をお守りいたします!」

 副団長のアレックス・ライナーが敬礼をして叫ぶ。ボナーにも十名余りの護衛が付くことになっていた。

「お待ちくださいお兄様!」

 そこへ息を切らしながらリーシェが駆け寄って来た。後ろには大きなカバンを持った執事のモルガンの姿があった。

「どうしたリーシェ?」

「私もお義姉様と一緒にモースキンに参りますわ」

「何を言ってる!僕とアンセリーナが家を離れるというのにお前までいなかったら家のことをどうするつもりだ?」

「モルガンもメルキンもいますから大丈夫ですわよ。いざとなればお父様のご指示を仰ぐことも出来ましょう?」

「遊びに行くんじゃないんだぞ」

「分かってますわ。帝国軍を追い払う算段をするのでしょう?私は先日もモースキンに出向いて領主代行のミリア様とお会いしましたし、お兄様がお留守の間に作戦が行われることになったら私も詳しいことを知っておいた方がよいと思いますの」

「しかしだな」

「あなた、私は良いと思いますわ。リーシェさ、リーシェはとても賢い方ですから、きっと良い知恵をだしてくださりましょう」

 パンナにそう言われ、ボナーは渋々リーシェの動向を認めた。リーシェははしゃいだ様子でパンナの手を取り

「頑張りましょうね、お義姉さま」

 と明るい笑顔を振りまいた。



「あああああっ!!」

 絶叫と共にイリノア・ファングは飛び起きた。心臓が早鐘を打ち、全身に汗がびっしょりとまとわりついている。胸を押さえ、荒い息を整える。

「そ、そんな……」

 今見た光景にイリノアは動揺し、ぶるっと体を震わせる。ただの悪夢だと思いたい。だがこれまでの経験でが単なる夢でないことは分かっていた。

「どうしよう。どうすればいい?」

 震えながらイリノアは独り言つ。今のは間違いなく予言。教団の者にいわせれば女神オーディアルの神託ということになる。しかしイリノア自身はこれが自分の異能ギフト、「視前幻象アポロンズ・アイ」の発動だということが嫌というほど分かっていた。

『教団が崩壊するなんて神託を話したら、信徒たちがどんな暴走をするか分からない。私を教主として認めないと言って生贄にするくらいのことは連中ならやりかねないわ』

 強烈な信仰は強い団結力を生む反面、際限のない狂気へと走らせる。今まで自分の神託によって災禍を免れ信徒となった者たちは、自分たちに都合の悪い神託を受け入れようとしないだろう。

『このまま黙って……いるのは無理ね。あの激痛に耐えながら平気な顔をするなんてとても出来ない。神託があったことはすぐに分かってしまうわ』

 異能ギフトは万能の力ではない。大なり小なり何らかの副作用やデメリットがある。イリノアの場合は受けた予言を誰かに話さないと耐え難い激痛に襲われるというものだった。

「もう頭の奥が痛み出してる。このままここにいたらキドナーあたりに真っ先にしゃべってしまうわ」

 頭を振り、イリノアはそっとベッドを抜け出す。帝国最南端の町、このオネーバーに連れてこられてからもう二週間近くが経とうとしている。今彼女がいるのはここの領主マードック辺境伯が用意した洋館だった。大した大きさはなく、部屋数も少ない。

『あのオカマ辺境伯、気色悪いったらなかったわね』

 自分に媚を売るギルティスの真っ白に塗りたくった顔を思い出し、イリノアは吐き気を催す。只でさえ体が痛み出しているのに気分まで悪くなりそうだ。

「見張りは……いないわね」

 部屋のドアをそっと開けて廊下を覗き込んだイリノアはそう呟いてそろりと猫のように廊下へ出る。ここに来てからめっきり人が来なくなった。キドナーさえ日に一度顔を見せる程度だ。

「天使の降臨がなれば私は用無し、ってことね」

天使の羽根フェザーの持ち主が覚醒するという神託を伝えて以降、教団、とりわけ六芒星ヘキサグラムを中心とした過激派の動きは活発になっている。宿主を捕らえることに躍起になっているのだ。その分教主の自分には関心が薄くなっているのを感じる。ここに来たのも単に帝国が王国を攻めるのに自分がいたら邪魔だからだろう。

「おかげですんなり抜け出せそうだけど」

 痛み出した体を押してゆっくりと廊下を進み、周囲に誰かいないかを確認する。もう夜も遅い時間だ。見た限り人の姿は確認できなかった。

「よし」

 イリノアは玄関のドアを静かに開け、外へ出る。洋館の周りは林になっていて、街灯などもなく暗い。イリノアは闇に眼を慣らしながらそろそろと歩き出した。

「誰か……教団関係者以外の人間と接触しなくちゃ」

 体はますます痛み出し、眩暈がしてくる。それでもイリノアは歯を食いしばり、林を進み続けた。どれくらい歩いただろうか。意識が朦朧としてくる中、イリノアの目に光が映った。街灯らしい。やっと町中に出たのだ。

「やったわ。後は誰かに……」

 その時、凄まじい激痛が襲い、イリノアは思わず絶叫してのけ反った。脳に錐を押し込まれるような耐え難い痛みにイリノアは嘔吐し、その場に崩れ落ちる。

「おい!嬢ちゃん、大丈夫か!?」

 その体を誰かが抱き留めた。薄らぐ意識の中見上げたイリノアの視界には一人の男が映っていた。その姿がだんだんと歪んでくる。

「おい!しっかりしろ!」

 その男の言葉を聞きながら、イリノアの意識は闇の中に沈み込んだ。












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