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第46話 天使の羽根を持つ者

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「お坊ちゃまがお帰りになりました!」

 コットナーのエルモンド家の屋敷に執事の声が響く。ブラベールが足を引きずりながら屋敷の門をくぐると、父ガーリアが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「無事であったか、ブラベール。狩りの途中で行方不明になったと聞き心配しておったのだぞ。その傷はどうした?ボロボロではないか!」

 時刻はもう夜中を過ぎている。こんな時間まで領主の息子が帰らなかったのだ。屋敷のみならず町中騒ぎになっていた。

「ご心配をおかけして申し訳ございません父上。少しトラブルに巻き込まれまして。義父上ちちうえは……ロットン卿はどうされたかご存知ですか?」

「ロットン卿?騎士の一人がお前が行方不明になったと伝えてきたが、本人は見ておらん。もうお帰りになったと思うが」

「そうですか」

「ロットン卿がどうかしたのか?」

「はい。父上、ロットン卿はメキアの森で半端者の殺戮や捕獲を行っているようです。彼らも一応居住権を認められた存在。サンクリスト公もその辺りには厳しい方と聞き及んでおります。この件は父上からロットン卿へ厳に忠告なさるべきかと」

「ロットン卿が?しかし向こうはお前の妻の実家だ。半端者ごときのことで波風を立てることもあるまい」

「親類であるからこそ、サンクリスト公の勘気に触れた場合、我が家にも火の粉がかかる恐れがありましょう。父上がせぬなら私が諫言申し上げます」

「やめておけ。只でさえセブリナはお前のことを実家に良く言ってはおらぬと聞く。これ以上関係をこじらせてはならん。それにサンクリスト公も森にいる半端者に気を配るほどお暇ではあるまい。放っておけ」

「……分かりました」

 ブラベールは唇を噛み、痛む足を引きずって屋敷の中へ歩いて行った。脳裏に今日の出来事が思い出され、彼の心にやり場のない怒りと憎悪が渦巻いた。



「どなたです?あなたは」

 洞窟に横たわる女性がか細い声で尋ねる。現実離れした光景にブラベールが言葉を失っていると、いきなり背後から怒声が聞こえた。

「誰だお前は!?ミレーヌから離れろ!」

 びくっとしてブラベールが振り向くと、そこに一人の男が立っていた。手には木を削って作ったらしい槍のようなものを持っている。

「オルト。大丈夫よ。この人からは危険な匂いは感じないわ」

 女性が穏やかな声でオルトを諭す。

「しかし!」

「お、驚かせたようですまない。まあ俺も驚いているんだが……とりあえず話をさせてもらってもよいかな?」

 ブラベールの言葉にオルトは警戒しながら槍を下ろす。

「質問はこっちがする。お前は誰だ?なぜこんなところにいる?」

 ブラベールは暫し答えに迷った。貴族であることを正直に話せば危害を加えられるかもしれない。彼らが先ほど襲われた集落の一員だったとしたら、ワルモートのあの蛮行は断じて許されないものだろう。

「この近くの半端者の集落が貴族に襲われた。俺はそこから逃げてきた少女を追って崖から落ちたんだ」

「何だと!?あそこの集落が?」

「お前たちもあの集落に住んでいるのか?」

「付き合いはあるが俺たちはここに住んでいる」

 オルトの視線がちらりと女性の方に向けられたのを見てブラベールは納得した。背中にこんな光る羽根を生やしている人間がいたらいくら半端者の集落でも警戒されるのは当然だ。

「不躾な質問だとは思うが、彼女の背中の羽根は何だ?彼女も半端者なのか?」

「そんな質問をするってことはお前は教団の人間じゃないみたいだな」

「教団?」

「神聖オーディアル教団だ。名前くらいは知ってるだろう」

「聞いたことはある。お前たち、教団の関係者か?」

「冗談じゃない!」

 オルトが激高して叫ぶ。

「まだこっちの質問に答えてもらってないぞ。お前は何者だ?」

 怒りに燃えた目でオルトがブラベールを睨む。ここで貴族と答えればそれこそ命が危ないかもしれない。しかし下手に誤魔化してバレた時の方がより危険だと判断し、ブラベールは覚悟を決めた。

「俺はコットナーの領主、エルモンド伯爵の息子、ブラベールだ」

 ブラベールはそう言って上着を脱ぎ捨てた時、念のためズボンのポケットに入れておいたエルモンド家の徽章を取り出す。

「エルモンド伯爵の!?貴様があの集落を!」

「違う。襲ったのは別の貴族だ」

「嘘を吐け!さっき逃げてきた少女を追いかけてきたと言っただろうが!」

 憎悪に満ちた目でオルトが槍をブラベールに向ける。

「やめなさいオルト。この人は嘘を吐いてはいないわ」

 女性が優しい声でそれを止める。

「しかしミレーヌ!」

「私の異能ちからは知ってるでしょう?この人は嘘を吐いてはいない。匂いで分かるわ。多分この方は集落から逃げた女の子を保護しようと思って追いかけたのよ」

「その通りだ。あんなゲスどもに捕まったら何をされるか分からんからな」

「お前だってゲスな貴族の一員だろうが!」

「否定はせん。だが俺はやつらよりはいくらかマシなつもりだ」

 落ち着いたブラベールの言葉にオルトはふう、と息を吐き槍を下ろす。

「それで集落はどうなった?」

「最後まで見ていたわけではないから分からん。集落の女たちの中に異能者ギフテッドがいたようで、騎士の一人を殺したのは見たが」

「そうか。しかし騎士が複数いたらヤバいだろうな」

「そうだろうな。ロット……集落を襲った貴族は女たちを殺さず捕らえると言っていたが、異能者ギフテッドは殺すよう命じていたしな」

「慰み者にするつもりか。畜生、鬼畜どもが」

「止められなかった俺にも責任はある。すまなかった」

「あなたが謝ることはありません。一人でもr助けようとしてくださったことに感謝します」

 ミレーヌと呼ばれた女性が頭を下げる。

「よしてくれ。俺は何も出来ない不甲斐ない男だ。だがお前たち、こんなところに住んでいて大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないさ。だが見ての通りミレーヌに『天使の羽根フェザー』が発現してしまった以上、彼女を人前に出すわけにはいかねえからな。それでもあの集落の者には助けてもらってたんだが……襲われたとなるとおそらくここを出て移動するしかねえだろうな。ますます食いもんに不自由しそうだ」

「俺を森の外まで連れて行ってもらえないか?代わりに食料などを運ばせよう」

「本気か?」

「無論だ。伯爵家として公に助けるわけにはいかないが、俺個人の裁量で出来る限りのことはする」

「そんなことをしてお前に何のメリットがある?」

「教えてくれ。教団のこと、彼女の羽根のこと。俺は自分が何も知らないのだと思い知った。この国で何が起こっているのか。本を読んでも分からないことを俺は知りたい」

 オルトが横目でミレーヌを見る。ミレーヌは黙って頷いた。

「いいだろう。森には少し明るいからな。約束は守ってもらうぞ」

 オルトの言葉に頷き、ブラベールは彼に付いて洞窟を出た。足はまだかなり痛んだが、オルトは速度を合わせて案内してくれ、夕方には森の外れ、ブルムの検問所までたどり着いた。ブルムはエルモンド家の執事を務める者を代々輩出したフェルマー男爵家の領地だ。この時は副執事長であったハンスも当時のフェルマー男爵の弟である。 ブラベールが徽章を見せると検問所の人間は大慌てになり、すぐさま馬車を用意してコットナーへ送り届けることになった。

「俺の名で話は通した。明後日この町の宿にいてくれ。食料を持ってくる」

 別れ際オルトにそう告げ、ブラベールはコットナーの屋敷に戻った。そして父のあの言葉を聞いて失望を覚えたのだった。

「ハンス、保存がきく食料と口の堅い使用人を数人集めろ」

 侍医のジラックに怪我の治療を受けたブラベールは副執事長のハンスを呼び出してそう命じた。彼はブラベールが幼いころからその教育係として面倒を見ていた。

「かしこまりました。しかし坊ちゃま、その食料、いかがなさるので?」

「命の恩人にお返しをするのだ。父上にはくれぐれも内密にな」

「はい」

 ハンスは手際よく食料を集め、ブラベールは二日後約束通りブラムの町にそれを馬車に積んで運ばせた。そこからそれを使用人に担がせ、宿で待っていたオルトの案内で森に運び入れる。

「あまり洞窟の場所を多くの人間に知られたくない。ここからは俺が運ぶ」

 森の少し開けた場所でオルトはそう言った。ブラベールは自分も運ぶといい、使用人の反対を押し切って一緒に洞窟に向かった。

「変わってるなお前は。いくらこの間助けたとはいえ、貴族の息子がここまでするとは」

 オルトが荷を担いで歩きながら言う。

「気にするな。俺が自分でやりたいと思っていることだ」

 ブラベールは慣れない力仕事に苦労しながらも何とか食料を洞窟へ運んだ。とはいえ二人では一度に運べる量ではなかったので、オルトはまた先ほどの場所へと戻った。

「すまん、もう一度往復するのは流石にきつい」

「まあそうだろう。少し休んでいけ」

 オルトの言葉に甘え、ブラベールは洞窟の奥に座り込んだ。と、ミレーヌが傍に来て丁寧に頭を下げる。

「ブラベール様、誠にありがとうございます。何とお礼を申し上げてよいやら」

「気にしないでくれミレーヌさん。それより体は大丈夫なのか?先日会った時からずっと調子が悪そうだが」

「ええ。が発現してからずっと体が重くて。オルトがいなければとっくに死んでいたでしょうね」

 ミレーヌが自分の背中を振り返りながら寂しげに言う。

「この間は聞きそびれたが、それは一体何なんだ?」

 ブラベールの問いにミレーヌはしばし逡巡した後、

「あなたにならお話してもいいでしょう。私たちのことを」

 そう言って自分たちのことを語り始めた。


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