貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

文字の大きさ
上 下
42 / 121

第42話 それぞれの決着

しおりを挟む
「リヒター!」

 マルノーに刺され地に伏せたリヒターを横目で見てニケが叫ぶ。フェルムと二人がかりで何とか対応しているが、怪物の攻撃は止むことを知らず、こちらの疲労は溜まっていく一方だ。

「ぐがっ!」

 だが突然、怪物の動きが鈍った。咆哮を上げながら頭を抱え、狂ったように体を震わせる。

「な、何だ?どうした?」

 コスイナが焦った顔で叫ぶ。

「ふうん、拒絶反応か。覚醒を急がせた影響かな?どうやら活動時間に限界があるようだ」

 ロリエルが思案顔で呟く。

「何だと!?話が違うではないかロリエル!」

「仕方ないだろう。初めて水槽の外に出したんだ。おや、体細胞が崩壊しかけてるね。こりゃ長くは持たないな」

 ロリエルが淡々と言い、ニケが怒りの目でそちらを見る。

「あなたたち!一体何をしたの?あの怪物は何なのです!?」

「研究成果さ。君は見たところ『半端者』かな?アーノルド男爵と対立していたところを見ると教団を敵視しているようだね」

「その目……異郷人エトランゼ……」

「よく知ってるじゃないか。素人じゃなさそうだ」

 ロリエルがあざ笑うように言い、ニケの神経を刺激する。

「コスイナ、あいつらを知ってるのかい~?」

 マルノーが間延びした声で尋ねる。

「いや、知らん。教団を敵視しているとなれば儂の敵、ではないか。今や儂も教団の敵だからな」

「なら俺の異能ちからは使えないか~」

 マルノーがそう言った時、背後で怪物が倒れ、ほとんど動かなくなった。その体が見る間にぼろぼろと崩れていく。

「体細胞の一部を持ち帰りたいんだけど、あの様子じゃ難しいかな」

 ロリエルが残念そうに呟く。

「改善策はあるんだろうな?」

「少し時間をくれれば改善は出来ると思うよ。でもあそこはもう使えないんじゃないかい?」

「データを持ち出せば他でも出来るのか?」

「問題ないよ。全てのデータはここに入ってるからね。素体さえ確保できればそれでいい」

 ロリエルは自分の頭をトントンと指で刺して言う。

「グレーキンは没収されるだろうな。他に行く当てはない。さて、どうしたものか」

「あなたたち、詳しい話を聞かせてもらいます」

 ニケがコスイナたちに近づく。その隣でフェルムが剣を構えた。

「ふむ、敵の敵は味方、という言葉もあるな。おい、お前たちは何者だ?何のため教団を敵視している?」

「訊いているのはこっちよ!」

「儂はグレーキンの領主、コスイナ・チャーチ・アクアットだ」

「アクアット卿!?まさか!」

「本当だ。ほれ」

 コスイナは胸の徽章を見せつける。

「アクアット子爵が何故……」

「儂も教団の一員だったのだ。つい先日までな」

「何ですって!?」

六芒星ヘキサグラムに取り入るつもりだったが失敗してな。逆に連中に殺されかけた。で逆に奴らを皆殺しにしてやろうと思ってな」

「そんなことが信じられるとでも?」

「どう思おうが勝手だがな。現にそこに倒れているアーノルド卿は六芒星ヘキサグラムの一人だ」

「彼には教団のことをしゃべってもらうつもりだったのよ。代わりにあなたにしゃべってもらうわ」

「残念だが儂は見習いのような立場でな。詳しいことは何も知らんのだ。アーノルド卿が六芒星ヘキサグラムであることを確信したのもついさっきだからな」

「言い逃れする気?」

「そうではない。儂に協力してくれるなら知ってることを教えることもやぶさかではない」

「協力?」

「お前たち単独で動いているわけではなかろう?後ろ盾は誰だ?」

「簡単に教えるとでも?」

「お互いギブアンドテイクで行こうと言っているのだ。そうだな、他の六芒星ヘキサグラムのメンバーを教えてやる。一人はロットン子爵だ」

「それは知っているわ」

「ならもう一人はどうだ?」

「本当に知っているの?」

「ああ。実際に会ったからな」

「いいでしょう。私たちはイグニアス公の命で動いているわ」

「何と!『四公』の命とは!」

「はあん、噂に聞く異能者狩りポーチャーを狙ってる連中か。なるほど」

 ロリエルが感心したように呟く。

「お前は本当にどこからそういう情報を得ているのだ?」

 コスイナが呆れたように言う。

「よく御存じね。その通りよ」

「イグニアス公は『純血派』とかいう亜人だの半端者だのを嫌う宗派の筆頭だろ?それがあんたらのような者を雇うとはね。汚れ仕事を押し付けるにはぴったりってことか」

「さすが『金目』。噂通り頭が切れるのね」

「いやいや、僕たちのことまで知ってるとはそっちも感心だよ。で、確認だけど、教団は君らにとっても敵なんだよね?」

「ええ。不倶戴天の敵よ」

「それなら教団を潰すという目的において僕たちは協力できると思うんだけど」

「本気?」

「勿論。さっきの見たろ?あれは僕が創ったものだ。元々は教団が人工的に天使を創ろうとしてたものだけど、僕は独自に改良を加えた。今は活動時間に限界があるけど、研究を続ければ完全な兵器になる。帝国との戦争に有効な兵器にね。どうだい?イグニアス公に斡旋して研究の場と資金を提供してくれないかな。帝国を追い払う力を王国に与えてあげるよ」

「おいロリエル。帝国に売り込むんじゃなかったのか?」

 マルノーが眉をひそめてロリエルの耳元で囁く。

「いいじゃないか。近場で研究が出来るならそれに越した事はない。僕は可愛い子供たちが暴れるところが見れれば満足だ。コスイナもそれでいいだろ?」

 思うところはあったが、ロリエルの目配せでその意図を読み取ったコスイナはゆっくりと頷く。

「直接イグニアス公に繋ぎを付けるのは無理よ」

「代理でもいいさ。公爵の言質が取れればね」

「案内はするわ。それじゃもう一人のメンバーを教えて」

「実際にイグニアス公の代理人と会うまでは言えない。な、コスイナ」

「そうじゃな。儂らが研究できる場に実際に落ち着けたら教えよう」

「分かったわ。じゃ付いてきて」

 ニケはそう言って敵意をむき出しにするフェルムをなだめ歩き出した。



「ぐはっ!」

狭い小屋の中にサナナの悲鳴が響く。小屋の中は見えないほどに細く、それでいて刃のように研ぎ澄まされた糸が無数に張り巡らされていた。

「ちっ、厄介だよな。てめえの『泳ぐ糸ストリング・フィッシュ』はよお」

 苛ついた目でサナナはフルルを睨む。その肩や足には無数の切り傷が出来ていた。

「貴様こそこの狭い空間で俺の糸を受けて致命傷を負わないとは厄介だ」

 そう言いながらフルルはサナナの隣に立つ鎧蜥蜴アーマーリザードのザパパに視線をやる。名前の通り鎧のように硬い外皮を持つ鎧蜥蜴アーマーリザードの彼はフルルの糸を受けてもかすり傷程度しか負っていない。

『このまま逃げられると厄介だな。だが糸が効かない以上有効な手がない』

 フルルは内心焦りながら糸を再度操る。生き物のように糸が蠢き、サナナに襲いかかる。

「ちいっ!」

 手にした剣で糸を払いのけるサナナだが全てを躱すことは出来ず、さらに多くの傷をその身に負う。ボタボタと大量の血が床に零れ落ちた。

「その傷ではまともに戦えまい。勝負あったな、サナナ」

 フルルはそう言ってじりっとサナナに近づく。

「ふ、俺がお前の異能ちからを知りながらこの狭い小屋に入ったのを不審に思わなかったのか?」

「何?」

 フルルが眉根を顰め警戒した瞬間、床に零れたサナナの血がいきなり意志を持ったように動き出し、フルルに向かって飛び掛かってくる。

「これは!?」

 とっさに手を体の前で交差させたフルルだったが、その腕や足にすさまじい激痛が走った。

「ぐあっ!」

「ふ、どうだ?強酸に焼かれる気分は」

 サナナが口元を歪ませて言う。

「俺の血は体外に出ると強酸性に変わり、敵に襲い掛かる。俺の異能ギフト、『噴喰血酸アシッドイーター』の味はどうだ?俺は最初から無傷で勝てるとは思ってないのさ」

 傷ついた体を引きずりながらサナナがフルルに近づく。糸を操ろうにも糸にも血が付着していたため、あちこちで焼き切れてしまっていた。

「こんなざまでも貴様にとどめを刺すくらいは出来る。勝負あったとは俺の台詞だったな、フルル」

 フルルは舌打ちし、裏手のドアへ向かって突進する。そのまま勢いよくドアにぶつかり外へと転がり出た。

「無駄なあがきを」

 よろよろとした動きでサナナも外へ向かう。それにザパパも続いた。

「無様だなフルル。これで……」

 ふらつきながらサナナが地面に横たわるフルルに向けて剣を振り上げる。と、その瞬間

 ザンッ!

 いきなり地面から何本もの植物の蔓のようなものが飛び出し、サナナとザパパの体に絡みつく。負傷していたサナナは勿論、いきなりのことで反応が遅れたザパパもあっという間に太い蔓に絡みつかれ身動きが出来なくなってしまった。

「あ~あ。ボロボロじゃないですか師匠。大丈夫ですか?」

 場違いに呑気な声が聞こえ、一人の戦兎コマンダーラビットが姿を現す。見かけからしてまだ少年と言った年頃のようだ。

「いっちょ前の口を利くようになったな、モンテ」

 痛みに耐えながらフルルが薄く笑う。

「くっ、伏兵とは」

 サナナが何とか抜け出そうと体を動かすが、食い込んだ蔓はびくともしない。

「で、どうします師匠?見たところ同族の方のようですが」

「サナナ、体外に出た血が酸性化するということは体内にある血は吸っても無害ということだよな?モンテ、構わんから干物にしてやれ」

「了解で~す」

 モンテが両手を動かすと、蔓から太い棘が無数に生え、サナナとザパパの体に突き刺さる。が、外皮の硬いザパパの体には中々入っていかない。

「師匠、こちらの人には中々棘が刺さらないです」

「か、構わん。しばらく拘束しておくことは出来るか?」

「ここでじっとしてていいのなら」

「うむ。こいつの処遇については他の者に知恵を借りるとしよう。悪いがそのまま捕まえておけ」

「は~い」

「ぐ、あああっ!」

 フルルとモンテが会話をしている間にも棘はサナナの体から容赦なく血を吸い上げていく。次第にサナナはミイラのように干からびていった。

「さて、これからどうしたものかな」

 痛む体をよろよろと起こし、フルルは命が尽きていく同胞を冷たい視線で見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

処理中です...