貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第34話 結婚狂騒曲 ②

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「本当によろしいのですね?お嬢様」

 念を押すようにパンナが尋ねると、アンセリーナは少々拗ねたように横を向いて頷く。コットナーのエルモンド家の別邸。椅子に座ったアンセリーナの周りには様々な物が置かれている。

「構わないわ。パンナが私より評価されたのはちょっと癪だけど、私はお嫁に行く気なんてないから」

「私がお嬢様として嫁げば、もう大っぴらに外へ出られなくなるのですよ?」

「だから構わないって言ってるじゃない。お父様はここに必要な物は全て揃えてくれると言ってるし、それならルーディアでもコットナーでも問題ないわ」

 アンセリーナの言葉にパンナは頭を抱えた。彼女は生粋の引き籠りだ。確かに生活に必要な物が揃っていれば外に出ることは無いだろう。

「それではもうお会いすることも出来なくなりますね」

「そうね~。簡単に里帰りは出来ないでしょうし」

「正直、不安なのです。自分などがサンクリスト家に輿入れなど」

「私なんてもっと無理よ。パンナはっしっかりしてるからまだ大丈夫だって」

「はあ」

 パンナはため息を吐いて「お世話になりました」と頭を下げる。

「世話になったのはこっちよ。今までありがとう、パンナ」

「お嬢様、お元気で」

「ええ。パンナも」

 もう一度頭を下げ、パンナは部屋を出た。と、廊下を歩いてくるオリアナに気付く。

「姉様」

「あらパンナ。お嬢様にお別れの挨拶かしら?」

「え、ええ。まあ」

「心配しなくてもお嬢様のお世話は私たちがちゃんとやるわ。あなたはしっかりお嬢様を演じられるよう頑張りなさい」

「はい。ところで姉様、お聞きしたいことがあるのですが」

「何かしら?」

旦那様に声を掛けられたのですか?お嬢様にお仕えするようにと」

「さて、いつだったかしら。二週間くらい前だったかしらね」

 パンナが見合いのためベストレームに発った前後だ。その時点でブラベールはアンセリーナをここに移すことを考えていたことになる。自分がアンセリーナとして嫁ぐことになるなど、その段階で分かるはずがない。

「余計なことは考えなくていいわ。あなたはあなたの使命を果たしなさい」

 パンナの心中を見透かしたようにオリアナが微笑みながら言う。だが優しい口調とは裏腹に、そこには有無を言わさぬ迫力があった、




「新しいピアノの先生?」

「はい。なんでもギルバート様のご推薦とか」

 べスター城の自室でリーシェは自分付きの執事、モルガンに話を聞いて眉を顰めた。つい昨日、ピアノの講師をしている女性が事故で大けがをしたと聞かされたばかりだ。

「ミラ先生が事故に遭われたのは三日前だったわね?」

「そう聞き及んでおります」

「ギルバートお兄様らしくない稚拙さね。そんなに急ぐ理由があるのかしら?」

「は?」

「その先生の身元は?」

「アシム・ロービン殿と申される方で、ギルバート様の方で身辺調査は済んでおり、問題ないとのことです」

「こっちでもすぐに調べて。特にをね」

「かしこまりました」

 モルガンが一礼して部屋を出ると、リーシェは何かを思いついたような顔で文机に向かい、ペンを手に取った。




 その日、べスター城ではちょっとした騒ぎがあった。自分の書斎でオールヴァートが倒れたのだ。幸い発見が早く、すぐに医師が診察をして大事には至らなかったが、その日の公務はボナーが代理を務めることとなった。

「父上、お加減はいかがですか?」

 公務を終え、ボナーは父の寝室に見舞いに訪れた。オールヴァートはベッドに横になったまま、静かに微笑む。

「問題ない。ご苦労だったな、ボナー」

「いえ。医者が言うには過労とのこと。しばらくゆっくりお休みください。公務は不肖ながら自分が代行いたしますので」

「ふ、隠さんでもよい。もうダメなのであろう?心臓が」

 父の言葉にボナーは絶句する。つい先ほど、医師からそう告げられたばかりだった。オールヴァートは心臓が弱っており、余命は幾ばくも無いと。

「何をおっしゃいます。王国にその人ありと謳われた父上が」

「自分の体だ。自分が一番よく分かっておる。じゃが心配するな。お前の家督相続と挙式までは死にはせん」

「当たり前です!まだまだ父上には未熟な私を導いて頂かねば……」

「ふ、嘘を吐くと必ず前のめりになって拳を握りしめる。お前の癖だ。注意しろ。政治の世界は騙し合いだ。相手に嘘を気取られるな」

「心いたします」

 ボナーはバツが悪そうに頭を下げる。それを見ながらオールヴァートはふっ、と寂しく笑った。

「嘘と言えばな。儂もお前に……いや家中全ての者に黙っていたことがあってな」

「と申されますと?」

「ギルバートのことだ。お前には辛い話になるやもしれんが、この家を継ぐ前に知っておいてもらいたくてな」

「はい」

「あれの母、ロベルタなのだがな。儂は実は……あやつを抱いたことがないのだ」

「え?」

 一瞬、父の言葉の意味が分からず、ボナーは呆然とする。が、その意味に気付くと、体がカッと熱くなるのを感じた。

「お、お待ちください父上!そ、それではギルバートは……」

「儂の子ではない」

「なぜそれを黙っておられたのです!?義母上の不実を明らかにしていれば母上は……」

「すまぬ。儂の不徳の致すところだ。お前も知っての通りロベルタは八源家オリジンエイトの一つ、クリムト侯爵家の出身だ。我が母テレサも同じ八源家オリジンエイトのメルビル家の出でな。その縁で母はロベルタを儂に輿入れさせたのだ。だが儂はモンテーニュを愛しておった。無理に押し付けられた、と言ってはロベルタが可哀そうだが、あやつの寝所に行くのはどうしても躊躇われた」

 オールヴァートは苦しげな顔で告白を続ける。

「そんな中、あやつの懐妊が知らされた。無論、最初は憤った。だが輿入れしてから一度も夜を共にしなかったことへの負い目が儂にもあった。まだ母も健在だったし、母の実家やクリムト家への配慮も必要だった。だがそれ以上に」

 オールヴァートの顔が曇る。

「恐ろしかったのだ。ロベルタが。あやつは懐妊が分かった時、本当に嬉しそうに儂に話したのだ。あれは嘘を吐いたり、騙そうとしている者の顔ではなかった。

「そ、そんなことが」

「儂も信じられんかった。だが事実だ。あやつはギルバートが生まれた時も涙を流して喜び、儂に抱いてくれとせがんだ。無邪気な子供のような顔でな」

 ボナーはぞっとした。それが本当ならロベルタはまともではない。そんな女に母がいびり殺されたのだと思うと怒りが全身を駆け巡った。

「だが生まれた子に罪はない。儂はそう思ってギルバートを実の子として育ててきた。しかしギルバートが成長するにつれ、儂はあやつにもロベルタと同じ恐ろしさを感じるようになった」

「父上……」

 父が自分と同じ感情をギルバートに持っていることにボナーは驚いた。オールヴァートは少し遠い目をしながら

「あやつは肚の底が見えん。学問も武芸も突出してはおらんが、劣ってもいない。感情を表に出さず、常に冷静にふるまっている。だがそういう普通の人間の顔が、儂にはいつも仮面をかぶっておるように見えてならんのだ」

「私も実は全く同じ印象をギルバートには抱いております」

「ギルバートに早々にソシュート男爵の地位を拝命するよう王家に進言したのもあやつとロベルタを遠ざけるためじゃ。今更ロベルタの不実をあからさまにする気はない。が、お前やリーシェに不都合なことがあってはモンテーニュに顔向けが出来ん。すまんボナー。ロベルタがモンテーニュにきつく当たっていたことに気付かず、モンテーニュを早死にさせてしまった責任は儂にある」

「何をおっしゃいます、父上」

「古バートとロベルタの扱いについてはお前に任せる。だが血は繋がっておらずとも、ギルバートは儂が育てた子だ。お前の弟なのだ。自分で遠ざけておいてこんなことを言うのは虫が良すぎるかもしれんが、あまり理不尽な目には遭わせないでやってくれ」

「分かっております、父上」

 ボナーは唇を噛んで、ロベルタへの怒りを堪えた。同時にこれだけのことを打ち明けてくれた父に隠し事をすることは出来ないと思い、意を決して口を開く。

「父上、実は私も打ち明けねばならないことがございます」

「アンセリーナ嬢のことについてか?」

「は、はい。どうして……」

「息子の嫁になる女性だ。悪いがこちらでも少し調べさせてもらった。アンセリーナ嬢はほとんど屋敷から出たことがないという話だった。病のためお披露目を延期していたというが、パーティーでの彼女はとても壮健に見えたという話も聞いた」

「は、はい」

「エルモンド家の人間は口が堅く情報を得るのは難しかったようだが、人の口に戸は立てられん。出入りの業者や町の人間の噂を集めることは出来た。どうもアンセリーナ嬢は人付き合いが苦手のようだな」

 ボナーは黙って頷いた。背中を冷や汗が流れる。

「対してお披露目パーティーでのアンセリーナ嬢は招待客に愛想よく挨拶し、とても良い印象であったと聞く。そう、

「父上、実は……」

「よい」

「え?」

「お前は先日儂に尋ねたな。自分を信じてくれるかと。自分の判断を信じてくれるか、とな」

「はい」

「儂は信じると答えた。お前の判断ならどんなことでも信じると。その意思は今も変わっておらん」

「父上……」

「お前が選んだ女性だ。間違いはなかろう。このサンクリスト家、そして王国のために、正しいと信じて選んだのであろう?」

「はい」

「ならばそれでよい。その人と幸せになれ」

「ありがとうございます、父上」

 ボナーは深々と頭を下げる。その目から涙がこぼれ、床の絨毯に染み込んでいった。



 メキアの森は広い。

 王国と帝国の表向きの国境はこの森の中にあり、国境線を挟んだ開けた場所に両国が駐屯地を作って互いを監視している。先日エランゾの部隊が急襲し、デリングの部隊が戦兎コマンダーラビットのモンテに惨殺された王国軍の駐屯地から数百メートル北に行った場所に帝国軍の駐屯地がある。

「じゃあ亜人種の居住地は国境を跨いでいないんだな?」

 参謀本部の特命を受け、その駐屯地に足を踏み入れたバーガット・ロビンソン大尉はテーブルの上に広げた森の地図を見ながら守備隊の兵に尋ねる。

「はい。基本的に奴らはこちらの法令に縛られませんが、居住地が国境を跨いでいると、それこそそこを通って敵兵が侵入してきますから。種族ごとに国境のどちらかにコロニーを作らせております」

「『半端者』も住んでいると聞くが?」

「以前は多かったようですが、最近はその数が激減しているという報告を受けております」

「どこかへ移動したか……」

「詳しいことは分かっておりません」

「王国側の亜人種にコンタクトを取ることは可能か?」

「こちら側の亜人種を使えばあるいは。しかしいがみ合っている種族もおりますので、その見極めは必要です」

「その辺りに詳しい者はおらんか?」

「近隣の村に亜人種のコロニーと付き合いのある者がいると聞きますが」

「そこに案内してくれ」

 バーガットは地図を見ながらそう言って顎引けを撫でた。
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