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第33話 結婚狂騒曲 ①

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 サンクリスト家(より正確にはボナー)とエルモンド家の間でパンナの輿入れの話が始まり、両家は慌ただしくなった。ブラベールはパンナに話した通り、身代わり見合いを知る使用人に暇を出したが、一方的な解雇に不満を漏らす者も少なくなかった。いくら慰労金と称してまとまった金を渡されようと、仕事に誇りを持っていた使用人たちは納得できなかったのである。

「困ったものじゃな。どうすればよいと思う?」

 頭を抱えながらそう問うブラベールに、ハンスは少し考えてからゆっくりと口を開く。

「この状況でパンナの輿入れを進めればいらぬ勘繰りをしてくる者も現れましょう。ここは単なる解雇ではなく、他家への奉公を斡旋してはいかがかと」

「受け入れる家があるか?」

「我が生家、フェルマー家であれば何人かは雇用出来ましょう。フェルマー男爵は我が甥。無下には断らぬかと。後は周辺諸侯へお伺いを立てるのがよろしいかと」

「ふむ、では手筈を頼む。サンクリスト家の方は大丈夫なのか? ボナー様以外はアンセリーナ本人が嫁に来ると思っておるのであろう?」

「パンナにはさらに貴族令嬢としての作法を叩きこんでおります。向こうもお嬢様のことは知らないわけですから、パンナがボロを出さなければ問題ないかと」

「アンセリーナのは間もなくじゃ。それまでパンナには精々頑張ってもらわんとな」

 ブラベールはそう言って窓の外に目をやった。




「ボナー様、どうかお考え直しを」

 ボナー付きの執事メルキンが苦渋の顔で訴える。しかしボナーは固い表情で首を横に振った。

「もう決めたことだ。僕の気持ちは変わらない」

 家の者まで欺きパンナを妻にすると決心したボナーだが、やはりたった一人で全てをこなすのは難しいと考えていた。そこで幼いころから自分に尽くしてくれているメルキンにだけは本当のことを打ち明けようと思ったのだ。

「ご自分のお立場をお考え下さい。サンクリスト家は王家と血筋を同じにする家柄。そのエルモンド家のメイドを娶るということは、王家の血に『半端者』の血が混じるということなのですぞ!」

「そうだ。それを分かっていて、僕は決断した。この国のために」

「ボナー様がお母上を敬愛していることは重々承知しています。しかしモンテーニュ様は家格が低くともれっきとした貴族のご令嬢でございました」

「そうだな。それでもあんなひどい目に遭ったがな」

 ボナーの言葉に冷たい怒りを感じ、メルキンは言葉を呑みこむ。モンテーニュを守れなかったという負い目は彼自身にもあった。

「だが血筋にこだわり、貴族同士で婚姻を繰り返した結果、今の王国がある。メルキン、帝国が侵攻を企てているという話は聞いているな?」

「は、はい」

「しかし王都はこの北部への王国軍増派を見送り続けている。聞くところによると八源家オリジンエイトが出費を嫌がっているのが原因らしい」

「嘆かわしいことでございます」

「パンナさんがアンセリーナ嬢に扮して開催したパーティーでも、僕は周辺諸侯からの嘆願を山のように受けた。皆台所事情が苦しく、派兵の数を減らしてくれとな。国の一大事に皆自分の家のことしか考えていない」

 ボナーは苦々しい顔で壁を叩く。

「僕はな、商国と取引のある商人を召し出し、度々帝国の話を聞いている。帝国の軍備は我が国よりはるかに進んでいる。国内の事情で今まで大規模な軍事行動は取っていなかったようだが、今回は本気で攻めてくるようだ。奴らが国を挙げて侵攻してくれば、おそらく今の王国軍では防ぎきれん」

「そのような。ボナー様は『北の英雄』と称えられた旦那様のご子息なのですぞ」

「その武名がまた周辺諸侯や王都に甘えを生んでいるのだ!先日は否定したが、父上が老いたのは事実だ。帝国もそれを知っている。派兵を渋るような考えの貴族たちでは王家の盾には成りえん」

「それはそうかもしれませんが、それが『半端者』を娶ることと何の関係が」

「彼女は聡明な女性だ。そしてエルモンド卿は『まつろわぬ一族』をまとめて雇い入れているという。エルモンド卿に協力を仰げば、『まつろわぬ一族」、ひいては亜人種の力を借りられるかもしれん。それは商国の協力にも繋がる。全面戦争になる前に交渉で帝国を退かせなければ、こちらの被害は甚大なものになる」

「亜人種、商国を交渉の材料に?」

「商国も戦争は望んでいないだろう。どちらが勝つにせよ、顧客の一部を失う結果になるからな。今は時間を稼ぎ、王国軍の再編成をすることが必要だ。メルキン、僕はサンクリスト公を継いだらすぐに王都に向かい、王国軍の北部結集と騎士団再編の嘆願を陛下にするつもりだ。僕が留守の間、この家を任せられる女性はパンナさんしかいない」

「ボナー様……」

「時間がない。今動かねばこの北部一帯は帝国の手に落ちる。確かに家の誇りを守ることも大事だ。だが貴族として本当に守るべきものは血統か?それともこの国の民や領土か?」

「そこまでお考えとは……このメルキン、感服いたしました」

「まあ、彼女と結婚したいのはそれ以上に単純な理由なんだがね」

「と申しますと?」

「好きになったのさ。一目ぼれだ。恥ずかしいから、他の者には言うなよ?」

「ボナー様が女性に一目ぼれとは。安心いたしました」

「安心?」

「ボナー様は女性に興味がないのかと思って危惧しておりましたので。よもや男性の方が……と」

「よしてくれ。家中にそんな噂が出回ってたりしないだろうな?」

 ボナーは苦笑し、頭をポリポリと掻いた。




 メルキンの協力を取り付けたボナーは積極的に動き、父オールヴァートを始め家中の者にアンセリーナを迎え入れる旨を周知した。サンクリスト公の家督相続と挙式の日取りが決められ、ベストレームはお祝いムード一色となり、周辺諸侯に招待状が配布されるまで準備は進んでいた。そんな中、この男だけは不穏な動きを見せていた。

「ギルバート様、お探しの者を見つけました。こちらに連れてきております」

 ギルバート付きの執事セルバンテスがそう報告し、ギルバートが満足そうに頷く。セルバンテスが手を叩くと、ソシュートのギルバートの館の自室の扉が開き、一人の痩せぎすの男が入って来た。

「お、お初にお目にかかります、ソシュート男爵様。アシム・ロービンと申します」

 きょろきょろと辺りに視線をやりながらおどおどした口調でそう言うのはアンセリーナのピアノの講師をしていたアシムだ。

「ようこそアシム殿。先日までエルモンド家でアンセリーナ嬢のピアノの講師をしていた、ということで間違いないんだね?」

「は、はい」

「実は今度そのアンセリーナ嬢が僕の兄、ボナーと結婚することになってね。もう町中の噂になってるから知ってると思うが、感想を聞いてもいいかな?」

「お、驚きました」

「どうして?」

「お、お世話になっていた家のご令嬢を悪く言うのは気が引けますが、まさかあのアンセリーナ様が『四公』の跡継ぎに嫁がれるとは信じられません」

「アンセリーナ嬢はどういう方だい?外に漏らすようなことはしないから正直なところを聞かせてくれ」

「一言で言えば我儘、それに人嫌い、といったところでしょうか。授業はしょっちゅうすっぽかされましたし、屋敷の外に出たという話も聞いたことがありません」

「兄上は彼女のお披露目パーティーで見初めたようなんだがね。どう思う?」

「正直に申し上げて信じられません。お披露目自体、何か月も先延ばしにしていました。病気という建前でしたが、誕生日を過ぎた後も授業はありましたし」

「仮病で開催を先延ばしにしていたと。なせ急に行ったのかねえ」

「推測にすぎませんが、アクアット家のご子息のお披露目が近かったからではないかと」

「ふん、リーシェが参加した例のパーティーか。なるほど。兄上はお披露目の時のアンセリーナ嬢が実に聡明であったと言っていたが」

「お披露目を開催しただけでも驚きですのに、そのような立派な態度をお見せになるとは……」

「とても信じられないか?」

「は、はい」

。そう思わないかね?」

「お、おっしゃる通りです」

「ふむ。時にエルモンド家の講師を辞めて今は仕事があるのかな?」

「いえ、今はお仕えする家を探しております」

「うちで働かないかね?」

「え?」

「妹のリーシェもピアノを習っていてね。彼女に指導をしてもらいたい」

「で、ですが習っておられるということはすでに講師がおられるのでは?」

「それが近々辞めることになっていてね。後任を頼みたい」

「願ってもない事でございます」

「それじゃあ決まりだ。ちなみにアンセリーナ嬢とは二人きりでレッスンを?」

「はい。基本的には」

「なら

 口元を歪めてギルバートが言う。その意図を悟ったアシムの顔に驚愕の顔が浮かぶ。

「挙式の前にアンセリーナ嬢に会ってはどうかな?

「か、かしこまりました」

 額に脂汗を掻きながら、アシムは深々と頭を下げた。


「ギルバート様、いかがなさるのですか?リーシェ様のピアノ講師が辞めるなどとは聞いておりませんが」

 アシムが去った後、セルバンテスが困惑した顔で尋ねる。

「ああ。でも辞めざる負えないだろう?

 ギルバートが淡々と言い、セルバンテスが静かに頭を下げる。

「どの程度の事故に遭われるのでしょうな?」

「命まで落とすことはない。しばらくピアにが引けなくなれば十分だ」

「かしこまりました」

「それにしてもあんな男しか捕まらないとはエルモンド家のガードは異様に堅いな」

「はい。元々コットナーもルーディアも検問所の厳しさは近隣の町で群を抜いております。エルモンド家に仕える者を捕まえようにも町に出てくるのはメイドくらいで、そのメイドすら普通の身のこなしではありません」

「何かを聞き出そうとしても貝のように口を噤むばかり、か。やはり何かを隠しているな」

 ギルバートは椅子の肘あてに手を乗せ、拳を顎に当てて考え込む。

『アクアットは能無しだが、雇ったのは暗殺者ギルドだ。奴らはプロだ。護衛も禄にいなかったあの別館で兄上とアンセリーナを仕留め損なうとは考えにくい。何かしらのイレギュラーがあったと見るべきだ。これまでの状況から考えて見合いに来たのが本物のアンセリーナだったとは思えん。となると……』

「ギルバート様?」

「あ、ああ。すまん。アクアットの始末は済んでいるのか?」

「ガルバリーからはまだ連絡がございません」

「ちっ、何をもたもたしている。暗殺者ギルドも質が落ちたんじゃないか?大体最初に失敗してよりにもよって僕の領地で再び襲撃をするとは。手早く口を塞げたからよかったものの、兄上に勘繰られたらどうするつもりだ。あの傭兵崩れの始末までこっちでする羽目になったしな」

「あれは少々軽率に過ぎたかと存じます」

「致し方なかろう!あんなごろつきを信用して、あっさり口を割られたらどうする?依頼主は僕ではないが、アクアットが捕まれば僕が検問所を素通りさせたことがバレないとも限らんだろう!」

 いらいらした口調でギルバートが叫ぶ。

「今は重要な時だ。六芒星ヘキサグラムの中での発言力を失うわけにはいかん!」

「例の件はどうなっておりますので?」

「まだ見つからん。だが帝国が動きを見せる前に何としても見つけ出し、こちらの手中に収めねば」

 ギルバートはそう言って肘あてに拳を振り下ろした。
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