貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第31話 王国の病巣

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 マルセ王国の王都マルセルは王国の中央に位置し、広大な面積を持っている。サンクリスト公の直轄地ベストレームやイグニアス公の直轄地サウスダイムの五倍、エルモンド伯爵領のルーディアやコットナーの十倍以上の広さがある。その周囲をぐるりと円を描くように囲っているのが副首都と呼ばれる三つの都市で、それぞれ王族の直轄地となっている。王都を守る最終防衛地区であり、王国の政務を担う省庁が置かれている場所だった。

 その副首都の一つ、ノーライアを統治するのが現国王、ヘイルボーン・アングス・マルセイヤ三世の実弟にして国王補佐を務めるキーレイ・モンド・マルセイヤ大公である。

「御前会議、お疲れさまでした父上。北部への増派はまた見送りですか?」

 週に一度行われる王城での御前会議から帰ったキーレイを出迎えたのは次男のユーシュである。長男アンポッタとは十五も年が離れており、まだ二十歳という若さだ。歳を取ってから出来た子供ということもあって、キーレイはユーシュには目いっぱいの愛情を注いだ。普通は親に溺愛されるとあまり優秀に育たないものだが、ユーシュはキーレイの期待以上に賢明な青年に成長した。逆に嫡男だからと厳しく育ててきたはずのアンポッタが凡庸な人間になってしまったのが、キーレイにとって悩みの種だった。

「うむ、『八源家オリジンエイト』の連中、相変わらず自分のことしか考えておらん」

 キーレイは吐き捨てるように言い、居城ノーラン城の正面ロビーから執務室に向かう。ユーシュもそれに付き従った。

「帝国の動きが止まっているのは幸いですね」

 執務室の椅子に座り難しい顔をするキーレイにその前に立ったユーシュが言う。

「うむ。情報ではもう大規模な動きがあってもおかしくないが、モースキンからはそういう知らせはまだない」

「かといって帝国の動きをただ静観しているわけにもいきませんね」

「その通りだ。相手が動かないよう祈ってるだけでは何の解決にもならん。何度も口を酸っぱくしてそう言っているのだがな。殿下は相変わらず『八源家オリジンエイト』の言いなりだ」

 憤慨した口調でキーレイが机を叩く。王都にはマルセ王国が建国した時から存在する八つの貴族家がある。彼らは初代国王が王国を築いた時からの家臣であり、「八源家オリジンエイト」と呼ばれている。地方に領地を持たない代わりに王都の一部をそれぞれ与えられ、国政を決める御前会議のメンバーとなっていた。

「陛下のご容態は相変わらずですか?」

「うむ。もう復帰は無理だろう。奴ら、それを知っておるから派兵を渋っておるのだ」

 王都の外には極秘にしているが、国王ヘイルボーン三世は現在重病の床に就いていた。医者の見立てでは回復の見込みはなく、持って半年の命と宣告されていた。そのためこの数か月、御前会議には皇太子であるグマイン・ドンクッサ・マルセイヤ王子が出席していた。しかしこのグマイン王子は国民から密かに暗君と揶揄されているヘイルボーンに輪をかけた凡愚であり、とても王の器があるとは言えない男だった。そのため「八源家オリジンエイト」は適当にグマインを持ち上げ、自分たちの意のままに操ろうと考えていたのだ。

「せめてハッサム殿下の出席を認めてくださればよいのだが」

 グマインの弟であるハッサム・イロート・マルセイヤ王子は兄とはまるで違う切れ者であり、キーレイが頼りとする人物だ。だがグマインはハッサムを嫌っており、「八源家オリジンエイト」の讒言もあって御前会議への出席を許されていない。自分の息子たちと同じ境遇であるため、キーレイは特にハッサムへの思い入れが強かった。

「実際に帝国が侵攻してきたらどちらにせよ兵を出さないわけにはいきませんのに。『八源家オリジンエイト』は何を考えているのでしょう?」

「北部の兵だけで対応させるつもりなのかもしれん。勝手なものだ」

「北部、というとああ、『北の英雄』ですか。しかしサンクリスト公は最近隠居を申し出られたと聞きましたが?」

「耳聡いな。誰から聞いた?」

「キシュナー家のオランド君ですよ。彼はとにかく情報を掴むのが早い男でして」

 ユーシュは聖騎士団ホーリーナイツの第二騎士団長を務め、王立アカデミーに剣技指南役として度々出向いている。クリスやオランドとは顔なじみであった。

「そういえばサンクリスト公のご子息はお前と同期であったな」

「はい。ボナーとは学年首位の座を争いました」

「どういう人物だ?ボナー殿は」

「嫌な男ですよ。頭も切れるし、剣の腕は僕と同等かそれ以上。悔しいですが、君主としての器も僕以上でしょうね。本人は背が低いことを気にしてるようですが、欠点らしい欠点が見当たらないですね」

「それは嫌な男というのか?」

 キーレイが苦笑すると、ユーシュは不貞腐れたように

「だって可愛くないじゃないですか。おまけに顔までいいときてる。まあこれに関しては僕も負けてはいないつもりですが」

「ふ、その割に見合いの話を断り続けているではないか。『八源家オリジンエイト』の連中が自分の娘や孫をお前の嫁にとしつこく言ってきておるぞ」

「老害どもの娘なんてお断りですよ。ボナーがあれだけ立派な男になったのはお母上の影響でしょう。僕はサンクリスト公を尊敬してるんですよ。自分の意志を貫いて素晴らしい妻を選んだあの方をね」

「ふ、では私のことも尊敬してくれているのだな?」

「のろけですか?確かに母上は立派な方ですが」

「まあ冗談はさておき、ならボナー殿がサンクリスト家を継いでも安心だな」

「ええ。あいつなら立派に『四公』の務めを果たすでしょう」

「サンクリスト公はよい嫡男を持ったのだな。羨ましいことだ」

 よい息子、ではなくわざわざ嫡男という言葉を使った父の心情を慮り、ユーシュは言葉に詰まる。が、機転を利かせすぐに話題を変える。

「だからと言って『八源家オリジンエイト』に楽をさせるわけにはいきませんが」

「当たり前だ。奴らにはきちんと責任を果たしてもらう」

 顔をしかめてキーレイが鼻息を荒くする。王国の貴族はその領地の広さや財力に比例して兵力を独自に保有し、有事の際には王家の指揮の元、それを供出することになっている。[八源家オリジンエイト」は領地こそ持たないものの王国の主要な役職を程独占し、しかもそれを世襲してきたため、莫大な財を成してきた。王家と血筋を同じくする「四公」より表だった家格は低いものの、実質的な権限は「四公」をしのぐと言ってよかった。つまりそれだけの兵力を彼らは用意する義務があるのだ。そして自分の兵の費用は各家が負担することになっている。つまり戦争が起これば八源家オリジンエイトは膨大な出費を余儀なくされる。それが北部への増派を渋り、帝国の動きを静観している理由だった。

「もっとも戦争が起きないに越したことはないのがな」

 キーレイはため息を吐いてそう吐露する。実際彼も八源家オリジンエイトとは違う理由で戦争を回避したいと思っていた。マルせ王国では本格的な戦争となれば王家の者がその指揮を執ることになっている。国王ヘイルボーン三世が病床にある今その役目はグマイン王子が取ることになる。しかし彼に的確な陣頭指揮が執れるとはとても思えない。まあ国王自身でもさほど変わらないかもしれないが、少なくともグマインよりはましだろう。指揮系統が混乱すれば、余計な被害が出るだけだ。

「帝国は我が国より遥かに進んだ軍隊構成を確立していると聞きます。それに比べて各家の騎士団は……」

「皆まで言うな、ユーシュ。この数十年実戦をほとんど経験していない北部以外の兵は帝国軍に比べてあまりにも脆弱だ。特に八源家オリジンエイトやそれに連なる腰巾着どもの兵はな。聖騎士団ホーリーナイツですら私の目には緊張感が足りぬように見える。一人を除いてだが」

「『白銀の剣姫』殿ですね?モースキンに駐留している」

「ああ。しかし彼女やサンクリスト公がいかに優秀でも帝国が本格的な侵攻を始めれば彼らだけで迎え撃つのは容易ではあるまい。国を挙げての戦いになるが、指揮を執るのがグマインではな」

「戦争を回避したいという点では父上も八源家オリジンエイトも利害は一致しているわけですね」

「ああ。だが開戦を避けるために策を講じるのと、保身のためにただ静観するのではまるで違う。帝国への牽制のためにも北部への増派だけはどうしてもやらねばならん」

 しかし八源家オリジンエイトは帝国を無駄に刺激しないために増派はするべきではないと主張し、言葉巧みにグマインを丸め込んでいた。こびへつらいながら醜悪な笑みを見せる彼らの顔を思い出し、キーレイは苛立つ。歴代の「四公」が立派に地方を統治してきたせために、中央の王都に巣食う貴族たちが腐ってしまったのは皮肉な結果と言えた。

「父上、商国と取り引きのある者に仲立ちを頼んでみてはいかがでしょう?」

「商国に?」

「商国の亜人たちは王国、帝国双方と取り引きをしております。開戦は彼らも望んでいないはず。一方的な侵攻をすれば帝国との取引を打ち切ると揺さぶりをかけてもらうのです」

「しかしそれで帝国が商国にも侵攻を開始したらどうする?彼らにとって藪蛇になろう」

「かの地で摂れるものの多くは亜人たちでなければ採取できません。無理やり奴隷のようにして働かせようにもそもそも人間には定住することも難しい場所もあります。貴重な資源の確保を危うくしてまで商国に攻め入るとは思えません」

「確かにな。だがそれはイグニアス公がいい顔をせんだろうな。王都にも『純血派』は多い。『八源家オリジンエイト」も半分の家が『純血派』だからな」

「表だって動かずとも、水面下の交渉は出来るのでは?」

「ふむ。北部にならその辺りに通じている者は多そうだな。考えてみよう」

 キーレイはユーシュの考えに感心し、彼が嫡男であれば、とつくづく思った。




「捕えていた賊のリーダーが死んだだと!?例の傭兵崩れか!?」

 報告を聞き、ゼノーバは目を丸くした。ギルバートが送ってきたボナーを襲ったと思われる賊の死体を受け取り、ボナーに確認してもらって帰ってきた直後のことだ。ボナーは賊が顔を布で隠していたため断言はできないと言ったが、この男の使った異能ギフトのことを聞かされ間違いないと証言した。ゼノーバとしては依頼主を突き止めるため生きたまま捕えてもらいたかったが、ギルバートに文句を言うわけにもいかなかった。

「どういうことだ!?見張りは何をしていた!?」

「そ、それがしばらく外すよう指示されたとのことで」

「指示?俺はそんなことは言っておらん。誰に言われた?」

「それがその……ギルバート様とのことです」

「ギルバート様?ギルバート様自身もここに来ていたのか?」

「はい。ボナー様を襲った賊を直々に尋問したいと申されたそうです。その間、見張りの兵は席を外せと」

「それで?」

「ギルバート様は十分足らずでお戻りになったそうです。見張りが牢の前に戻ると、賊がガラス片で首を刺して死んでいたと」

「じゃあギルバート様が賊を殺したというのか!?」

「い、いえ。牢が開けられた形跡はなく、慌てて追いかけた兵が尋ねたところ、賊はギルバート様の尋問にも何も答えず不敵に笑っていたそうです。自分が離れた時にはまだ賊は生きていたと」

「それじゃギルバート様が帰った直後に自殺したとでも言うのか」

「状況的にはそうとしか思えません。どこかに隠していたガラス片で自分の首を刺したと思われます」

 ゼノーバは苛立ちながら唸った。騎士の拷問にも平気な顔をしていた不遜な男がいきなり自殺するなど不自然すぎる。状況的に考えればギルバートが怪しいが、彼が牢の鍵を持っていたわけはないし、第一主家の次男を疑うのは不遜だ。しかし胸に湧いた疑念は簡単に消えてはくれなかった。

「くそっ、一体何が起こっている?」

 何か巨大な暗雲が自分たちの上を覆っているような気持ちになり、ゼノーバは曇った窓の外の空に目をやった。 

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