貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第29話 見えない影

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 ミクリードに入ったパンナたちはまず宿をどこにするかで頭を悩ませた。ハンスは行きと同じ宿を予約してくれていたが、一度襲撃を受けた宿にまた泊まるのは心情的に抵抗があるし、窓を壊して迷惑をかけたという負い目もある。だがパンナは勿論ミッドレイたちもこの町には詳しくなく、代わりの宿と言ってもすぐに見つけられるはずもなかった。

「あら、パ……アンセリーナ様の馬車じゃございませんか?」

 手分けして宿を当たってみようとミッドレイが言い出したその時、背後から彼に声が掛けられる。振り向くと、ニケとフェルムが立っていた。

「ニケさん!」

 パンナがいち早く二人に気付き、馬車の戸を開ける。

「ごきげんようアンセリーナ様。今お戻りですか?」

「え、ええ。お二人はずっとこちらに?」

「いえ、あの異能者狩りポーチャーを追ってグレーキンからコットナーの入り口まで行っておりました。私たちもさっき着いたところです」

「コットナーへ?まさか……」

「いえ。あちらに奴らが行った形跡はありませんでした。少し確認したいことがありまして」

「そうですか」

 パンナはホッとして胸を撫でおろす。

「アンセリーナ様は今夜は先日と同じ宿に?」

「いや、それを思案していたのです、ニケ殿。あの宿には迷惑をかけてしまいましたし、出来れば違う宿に泊まりたいのですが、ここの事情には詳しく無くて」

 ミッドレイが下馬してそう話すと、ニケはならば宿を紹介すると言ってきた。先日ここに来た時、町のことを調べていたそうだ。

「私たちが泊まる宿のすぐ近くに、先日の宿ほどではありませんが、高級な宿があるのです。そちらはいかがでしょう?」

「いや、それは助かります」

 パンナたちは礼を言い、ニケの案内で宿に向かった。紹介された宿は確かにこぎれいな感じで、ミッドレイがエルモンド家の徽章を見せると主人は畏まって上客用の広い部屋を用意してくれた。

「私たちは向かいの宿に泊まっています。もう襲撃されることはないと思いますが、何かあればすぐに駆け付けますので」

「ありがとうございます」

 パンナはニケの心遣いに感謝した。カサンドラたちは間違いなくパンナ自身を狙って襲撃してきたのだが、ニケはそれを自分たちと勘違いしたものとしてくれている。パンナの身代わりがバレないために協力してくれているのだ。

「それでは何かあればお呼びください」

 部屋に入ったパンナに騎士がそう言ってドアを閉める。ミッドレイたちは下の階の部屋を取り、交代で宿の前とパンナの部屋の前を警戒するという。

「もう何も起きないといいけど」

 ベッドに腰かけパンナはため息を吐きながら呟く。さすがに三日連続で襲撃を受けるなど尋常ではない。体力的にもそうだが、精神的な疲労が半端ではない。さらにアンセリーナの身代わりを演じ続けなければならないのだ。

「お嬢様、少しよろしいでしょうか」

 ベッドに横になりたくなり、ウィッグを外そうとしたその時ドアがノックされ、パンナは慌ててウィッグを直す。
「どうぞ」と返事をするとドアが開かれ、ミッドレイが一礼して入って来た。

「ど、どうしたの?ミッドレイ」

 ミッドレイが厳しい目をしているのを見て、パンナは不安を覚えながら尋ねる。ミッドレイはパンナの前に立つとじっとパンナを見つめ、それからゆっくりと口を開く。

「単刀直入に訊こう。お前は誰だ?」

「え?」

 一瞬、ミッドレイの言ったことが理解できず呆然としたパンナだったが、すぐにその意味に気付いて顔が蒼ざめる。

「お前がアンセリーナお嬢様でないことは分かっている。最初から違和感はあったが、今日の襲撃で確信した。あんな異能ギフトを持った奴が襲ってきたのなら、昨夜お前やボナー様が無事であったのは信じられん。敵は七人もいたのだからな。それに今日の襲撃を受けた時の態度。とても世間知らずの貴族令嬢のものではなかった」

「え、あ、あの……」

 全身から汗がドッと吹き出す。バレた!パンナは焦りながら目を泳がせる。

「そんなに慌てるな。お前を責めているわけじゃない。こんなことがお前の一存で出来るはずもない。伯爵様の命令だろう?」

 ミッドレイの冷静な物言いにパンナは少しずつ落ち着きを取り戻し、コクコクと頷く。

「しかしどういうことか説明はしてもらいたい」

 ミッドレイの言葉は尤もだ。パンナは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、事情を話し始めた。

「なるほどな。お嬢様の人見知りは知っていたが、まさか見合いにまで代役を立てるとは。伯爵様の親バカにも呆れ果てるな。おっと、これは伯爵様には内緒に頼むぞ」

「も、勿論です。私も全く同感ですから」

「それでパンナ、だったか。お前も大変だな。そう言えば聞き覚えがある名前だ。お前、眼鏡かけてなかったか?」

「よ、よくご存じで」

「以前お屋敷でお嬢様にお目通りしたとき、隣にいたメイドをパンナと呼んでいた気がしてな。立ち姿に隙がなかったので覚えていた」

 さすがは元傭兵。鋭い観察眼だ。それで今回の身代わりもバレたわけか。

「あの、他の騎士の方も私のことに気付いてらっしゃるのでしょうか?」

「おそらくそれはないな。疑問を抱いたなら俺に相談してくるだろうからな」

 パンナは少しホッとした。やはりミッドレイの観察力がずば抜けていただけのようだ。

「それでどうなされます?私がお嬢様でないことが分かった以上、護衛をやめてお帰りになりますか?」

「まさか!お前の護衛は伯爵様の命令だ。それに俺たちやボナー様が無事だったのもお前のお陰だ。恩を仇で返すような真似はせん。きちんと最後まで護衛してやるさ」

「それを聞いて安心しました。それでお願いがあるのですが」

「何だ?」

「ニケさんともう一度お話したいのです。正体がバレた以上、彼女たちを遠ざける必要もないでしょう?」

「一昨日ここに襲ってきた奴らはやはりお前が狙いだったんだな?」

「そうです。ニケさんはあの時私の正体に気付いて、話を合わせてくれたんです」

「分かった。部下に知られると何かと面倒だろう。俺が密かに連れてくるとしよう」

「ありがとうございます」

 パンナが礼を言うと、ミッドレイは「気にするな」と言って部屋を出て行った。それから暫くしてドアがまたノックされ、パンナが返事をするとミッドレイがニケを連れて部屋に入ってくる。

「こうしてまたお話しできて嬉しいですわ。こちらの団長さんにはバレてしまいましたのね」

「ええ。でもそのお陰でこうして話せて嬉しいです」

「俺も話に混ぜてもらっても構いませんかな?ニケ殿」

「ええ。喜んで」

 ニケとパンナが快諾し、ミッドレイは椅子に腰かける。ニケとパンナはソファに向かい合って座った。

「まず私たちがコットナーへ行った時のことをお話します」

 そう言ってニケは昨夜コットナーの検問所でオルトたちに会った時のことを話した。パンナは驚いたような表情をし、ミッドレイは思案気な顔で黙ってそれを聞いていた。

「オルトさんのことは知っていますが、まさか『シーザーズの反乱』の時の子供だったなんて」

「人に話すような過去ではありませんからね。知らなくて当然です」

「しかし教団は本当にあくどいことをやってるんだな。傭兵時代、王都でも良くない噂は耳にしたが」

 ミッドレイが顔をしかめて呟く。

「それにしてもまさかニケさんたちがイグニアス公に雇われて活動しているとは驚きました」

「同感だな。教団を誰より嫌っているイグニアス公がその殲滅に動いているのは納得できるが、そのために『半端者』を雇うとは信じられん。失礼な物言いをしてすまんが、『純血派』は教団と同じくらい、あなた方を嫌っているからな」

「だからこそでしょう。汚らわしい異教徒を滅ぼすのに自分たちの手は汚したくない、という事だと思います」

「胸糞が悪くなる話だな。伯爵に雇われている身でこう言うのもなんだが、貴族は虫が好かん。まあ、個人的な感情もあるが」

「というと?」

「傭兵時代、俺は王都じゃちっとは鳴らした腕だった。それで組合がイグニアス公の騎士団に推薦してくれたことがあったんだよ。しかし俺が貴族出身じゃないという理由だけでにべもなく断りやがった。一度も俺の腕を確かめることなく、な」

「いかにもな話ですね」

 ニケが苦笑する。

「イグニアス家は使用人は勿論、騎士の末端に至るまですべて貴族出身者で固められてるらしい。長男以外は全てイグニアス家に連れていかれると南部の貴族たちは嘆いているそうだ」

「思惑があるだろうとは思いますが、『まつろわぬ一族』をまとめて雇い入れたエルモンド卿の方がましに思えますね」

 ニケがまた苦笑する。

「まあニケさんたちが納得してるんならイグニアス公のことはいいだろう。それより教団だ」

「はい」

「俺たちも無論普段から巡回などで怪しい連中には目を光らせてるが、検問所でそこまで厳しく異能者ギフテッドをチェックしてるとは知らなかった」

「考えてみればルーディアには私たちの仲間が大勢いるのに異能者狩りポーチャーが出たという噂が全くと言っていいほどなかったのは不自然ですね。雇われた当時は慣れないメイドの仕事を覚えるのに必死で気付きませんでした。そのうちに忘れてしまっていたなんて」

 パンナが考え込みながら言う。

「先日も言いましたが、それが幸せなんですよパンナさん」

「でもニケさんたちのように教団と戦い続けている人たちには何か申し訳ない気がします」

「ニケさんの言う通りだ。そういう輩を相手にするのは俺たちの仕事だ。お前はメイドとして自分の仕事をすればいい」

 ミッドレイが優しい笑みを浮かべて言う。

「ところでお二人にお訊きしたいのですが、『ミレーヌ』という名前に心当たりはございませんか?」

「『ミレーヌ』?いいえ、聞き覚えはありません」

「俺もないな」

「そうですか。……不躾ですが、エルモンド卿の奥方はどなたですか?アンセリーナ様のお母上、ということでしょうか?」

「旦那様の奥様はもう大分前に離縁された、とお聞きしました。お嬢様が生まれたすぐ後だったと」

「俺もそう聞いたな。子供が生まれたばかりで離縁とは随分おかしな話だと思った覚えがある」

 貴族の結婚は当然、家同士の結びつきを強めるための政略結婚がほとんどだ。それゆえ離縁ともなれば両家の関係の悪化を招く。だからどれだけ仲が悪くても領主は離婚などしないのが普通であった。

「奥方は確か……ロットン子爵家の令嬢だったんじゃないか!?」

「ああ、そうですね。確か」

「ロットン子爵?じゃあここの領主じゃないですか」

「そういうことになるな。……まさかな」

「どうしました?」

 厳しい顔で考え込むミッドレイにパンナが尋ねる。

「一昨日の異能者狩りポーチャーたちのことだ。獣人族ワービーストはまだしも、妖蟲族インセクターまでがこんな町中に出没するなど普通は考えられん。いくらオルタナ湿地に接していても、検問もそこまでザルじゃないだろう。だがもし……」

「まさか!」

「ロットン卿が娘を離縁されたのを根に持ってお嬢様を襲わせたとでも?それはありえません。奴らが狙うのはあくまでも異能者ギフテッドです。貴族令嬢を襲うとは思えませんし、奴らが私がお嬢様に扮していることを知っていたはずもありません」

「勿論そうだ。パンナが襲われたのは偶然だ。問題なのはロットン卿が異能者狩りポーチャーの侵入を黙認した、という点だ」

「そんな……それじゃまさか」

「ロットン卿が教団の信徒、ということですね?」

 ニケが静かに口を挟む。

「気付いていたようですね」

「はい。昨日からその可能性を疑っていました」

「信じられません。領主たる貴族がまさか」

「特別おかしなことじゃない。現に帝国では軍の中に教団の信徒が増えているという話がある。それに俺が王都にいたころから教団の不穏な噂はあったが、王家はなぜか教団を追い詰めようとしてこなかった。これは俺の勘だが、王都に、それも王家に近い者の中に、教団の信徒がいる。そうでなくてはこれほど長い間教団が野放しになっているのは不自然だ」

「そんな……」

 パンナは絶句した。しかしそう考えれば自分が身代わりをしたお披露目での危険な視線や、ゲスナーのお披露目に異能者ギフテッドが入り込んでいたことが少し理解出来る気がする。

「奴らは私たちが思っているよりずっと深くこの国、いえ、この大陸に入り込んでいるのかもしれませんね」

 ニケが神妙な顔で呟く。どこに敵がいるか分からない。パンナはそう感じ、ぶるっと身震いした。
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