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第28話 再会

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 時は少し遡り、ミクリードでパンナたちがカサンドラとゲルマの襲撃を受けた翌日、つまりパンナとボナーが見合いをした日の朝。パンナたちを見送ったニケとフェルムは行方をくらましたカサンドラを探し町を歩いていた。

「気配はないわね。もうここにはいないのかしら」

 目を閉じたまま歩くニケが呟き、フェルムが辺りを見渡しながら呟く。

「姉様、奴らどこからここに来たと思う?」

「普通に考えればオルタナ湿地でしょうけれど……検問はあるはずよね。それなのに月狂狼ルナティックウルフはまだしも妖蟲族インセクターまで入り込んできたというのは解せないわね」

 エルモンド伯爵領コットナーからサンクリスト公の直轄地ベストレームへ向かうには、本来なら真っすぐ南下した方が早い。しかしわざわざ西のグレーキンへ行き、このミクリードを通るのはコットナーの南には広大な湿地帯、オルタナ湿地があるためだ。ここは全体の半分以上が沼地となっており、街道整備が困難な上、昔から獣人族ワービーストの居住地となっていた。

「教団の影響力が及んでいるんじゃない?騎士の中に信徒がいるとか」

「その可能性も勿論あるわ。そしてそれよりもっと悪い可能性もね」

「悪い?」

「とにかくここでこれ以上は奴らの足取りは追えなさそうだわ。フェルム、気になることがあるの。コットナーへ行きたいのだけれど」

「コットナーへ?うん、いいけど」

 フェルムはそう言ってニケの手を取り、コットナーとの町境に向かって歩き出した。




「身分証をお願いします」

 ミクリードの検問所で係員が無感情に言う。しかしニケを見ると、その顔がだらしなく緩み、フェルムは身分証を渡しながら小さく舌打ちをする。ニケを見た男は大抵こういう顔になる。そしてこの後の反応も同じだ。それをフェルムは王国中の町の検問所で数えきれないくらい経験してきた。

「ではそちらのお嬢さんも……はん、お前ら『半端者』か」

 係員のだらしない顔が一瞬で冷めた表情になる。この表情を見るたび、フェルムは激しい怒りと殺意を覚えずにはいられなかった。

「旅行者か?ここに来た目的は?」

 一転して厳しい口調で係員が尋ねる。

「イグニアス公の命で動いております。これを」

 ニケは何ら動じることなく、係員に徽章と一枚の髪を差し出す。それを見た係員の顔色が一瞬で変わった。

「イグニアス公の家紋!し、失礼いたしました!」

 徽章を見て恐縮する係員にフェルムはまた嫌悪感を露わにする。露骨な差別感情と権威に対するへつらい。どこの町でも同じだ。毎回吐き気を催す。

「ご苦労様です」

 対してニケは穏やかな表情のまま徽章と紙を受け取る。そのまま敬礼する係員の横を通り、二人は町を出た。

「ああ!毎度のことながらむかつく!」

 フェルムが小石を蹴飛ばしながら叫ぶ。マルセ王国では町と町が隣接していることはほとんどなく、間に街道が延びているのが一般的だ。人が住むのに適した土地を領地として整備した結果、それにそぐわない場所がそういうぽっかりと空いた土地になっている。それでもミクリードとグレーキンの間の街道は短い方だった。

「大体一昨日町に入った時もあの徽章は見せてるじゃないか。ねえ、姉様」

「町に入ったのはソシュート側ですもの。こっちの係員が知らなくても無理ないわ」

「それくらいの報連相はしろってんだよ」

「フェルム、毎回そうやって感情をむき出しにするのはおやめなさい。そんな殺意を露わにしていては、いくらイグニアス公の徽章があっても相手によっては拘束されますよ?」

「だって!姉様は悔しくないのですか!?」

「そういう感情は教団に囚われていた間に無くしました」

「……ごめんなさい」

 寂しげに言うニケにフェルムが悲しい目をして謝る。

「いいんですよ。あなたには私のようになってほしくはないのです。本当は私に付き合わせていることも申し訳ないと思っているんですよ」

「何を言うんです!奴らは俺にとっても仇です!姉様を守り、奴らを皆殺しにするのは俺の生きる目的です!」

 フェルムが興奮して叫び、ニケは寂し気に微笑む。

「俺を育てたことを後悔してるんて言わないでよ、姉様」

「ええ、そうね。あなたと一緒に入られて私はとてもうれしいわよ、フェルム」

 ニケが優しく言い、フェルムが照れながら笑う。そうしてしばらく歩き続け、二人は昼前にグレーキンの入り口にたどり着いた。そして先ほどと全く同じやり取りをして町に入り、さらにももう一度それを繰り返して町を出る。時刻はもう夕方になっていた。

「これから町を出るのか?コットナーに着く前に夜になるぞ」

 グレーキンの検問所の係員はそれでもミクリードよりはましで、そう忠告してくれた。ニケは「大丈夫です」と言って係員に礼を述べ、そのまま街道に出た。

「何か変な雰囲気だったね、姉様」

 薄暗くなってきた道を歩きながらフェルムが言う。

「そうね、異能者ギフテッドのいる様子はなかったけど、町全体が嫌な気配を発しているように感じたわ」

「あそこの領主、アクアット、だっけ?いい噂を聞かないね」

「パンナさんのいるエルモンド家に強烈な敵愾心を持っていると聞いたけど」

「領主が嫌な奴だからその影響が町じゅうに出てるんじゃないの?」

「あまりそういうことを口にしてはダメよ。どこに人の目があるか分からないんだから」

「こんな時間に街道を歩いてる間抜けは俺たちくらいなもんさ」

 当然ながら町の間の街道には人家などはほとんどなく、明かりもない。昼間は騎士による巡回なども行われているが、夜はそれもない。故に暗くなってから街道に現れるのは獣か犯罪者と相場が決まっている。まともな人間は夜に町を出たりはしないのだ。

「あら、それじゃわざわざ町を出てきた意味がないじゃないの」

 ニケが微笑みながら言う。そう、彼女らの狙いはその犯罪者、異能者狩りポーチャーだ。昨夜襲撃をしてきたカサンドラたちがこの辺りに潜んでいないとも限らない。そうでなくても(少なくとも見た目は)若い女性と子供のふたり連れとなれば、絶好の獲物とやってくる野盗などもいるかもしれない。そういった連中を始末するのもニケたちの仕事の一つだった。

「着いちゃったわね」

 期待(?)に反して夜の街道を歩き続けても何も起きることはなく、二人はコットナーの入り口にたどり着いた。時刻はもう深夜になっており、検問所の扉も閉まっている。

「どうする姉様?」

「ここで待っていましょう。私の予想が正しければ……」

 ニケがそう言いかけた時、夜の闇の中に気配が生まれた。フェルムが反射的に身構えるが、それより早くその首元に刃が当てられる。

「くっ!」

 動きを封じられたフェルムが呻く。横を見ると、ニケの前にも剣を構えた黒づくめの男が立っていた。

「貴様ら何者だ?こんな時間に町の外にいるなんて普通じゃねえぜ」

 ニケに剣を向けた男が鋭い目で尋ねる。しかしニケはいささかも動じた様子を見せず辺りに目をやる。

「乱暴はやめてください。それよりもこの感覚……しかすると」

「ニケ!?もしかしてニケか!?」

 突如背後から声がしてニケが振り向く。そこには顔の下半分が髭で覆われた男が立っていた。

「あら、もしかしてオルト?久しぶりね」

「ああ!本当にな。おい、こいつらはいい。俺の昔の知り合いだ」

 オルトと呼ばれた髭男が言い、フェルムの首に刃を当てていた男とニケに剣を向けていた男が得物をしまう。

「とりあえず中に入れ。話を聞かせてもらいたい」

「ええ。こちらもそうして欲しいのよね」

 ニケはフェルムを手招きし、オルトの後に付いて検問所に入る。中にはフードを目深にかぶった人物が一人座っていた。

「オルト、何じゃそいつは?」

「俺の昔の仲間だ。ガキの方は知らんが、連れらしい」

「もしかして『シーザーズ』か?」

「そうだ。俺たちはあれ以来お互いを感じ合うことが出来る。ニケ、お前も気付いていたのか?」

「ええ。ここに近づくにつれて少しずつだけど。無事でよかったわオルト」

「お前もな。こいつはまさかお前の子か?」

 オルトがさっきから自分を睨みつけているフェルムを指して言う。

「まさか。私たちと同じ身の上の子よ。素質があるので育てたの」

「教団に?」

「ええ。家族は殺されたわ。私たちは今奴らに復讐するために生きているの」

「そうか。すまねえな。俺はもうそこまでのことは出来ねえ」

「いいのよ。人並みに暮らせるならそれに越したことはないわ。オルト、あなたエルモンド伯爵に雇われてるんでしょ?」

「どうして知ってる?」

「ちょっと色々あってね。エルモンド卿が教団を異様に警戒してるってのは本当?」

「他ならぬお前だから言うが、本当だ。俺たちの任務は異能者狩りポーチャーを始めとした教団の信徒を町に入れないことだ。こいつは異能者ギフテッドを識別することが出来る。お前たちの接近もこいつが教えたのさ」

 オルトが親指でフードを被った男を指す。

「昨夜、同じ能力を持つと思われる異能者狩りポーチャーが襲って来たわ。月狂狼ルナティックウルフだったけど」

「何!?」

 ニケの言葉にフードの男が目柄を見開き立ち上がる。

「おい!そいつ、ゲルマという名前か!?」

「え、ええ。確かそんな名前で呼ばれてたわ。もう一人の仲間に」

「どこだ!?奴はどこにいる!?」

「おい、落ち着けバイアス!」

 ニケに詰め寄る男の肩をオルトが掴んで諫める。

「わ、私も行方を追ってきたのよ。でも襲ってきたミクリードからグレーキンを通ってここまで来たけど、見つからなかった。オルタナ湿地かソシュートの方へ逃げたのかもしれないわ」

「くそっ!あの野郎、よりにもよって教団に飼われやがったのか!」

「訳ありのようだな、バイアス」

「ああ。奴だけは許せん」

 怒りの収まらぬ様子でバイアスは唇を噛む。フードの下の顔は存外若く、彫りの深い二枚目だった。

「で、お前たちはその異能者狩りポーチャーを追ってここまで来たわけか」

「ええ。でもそれだけじゃなくて、エルモンド卿が『まつろわぬ一族』をまとめて雇い入れたというのを確認したかったのもあるわ」

「どこからその話を聞いた?伯爵は表ざたにはしてないはずだ」

「今ここでは話せないわ。私の一存ではね」

「では質問を変えよう。お前ら、二人だけで教団を追ってるのか?」

「いいえ。仲間はある程度の数いるわ。そして雇い主は……」

 ニケがそう言って徽章を見せると、オルトとバイアスの顔色が変わる。

「イグニアス公だと!?」

「ええ。皮肉な話よね。『純血派』の筆頭が私たち『半端者』を雇ってるんですもの」

 ニケが自嘲気味の笑みを浮かべる。イグニアス家は王国南部を統治する「四公」の一つで、王家に次ぐ格式を持つ「四公」筆頭ともいうべき公爵家だ。そして「純血派」はイシュナル教の宗派の一つで、最も厳格な宗派と言われる。聖典である神託唱オラクリアルを絶対の教義として崇拝し、厳しい戒律があるが、その一つがその名の由来となった「血統の遵守」である。

 貴族は貴族の血を、王家は王家の血を守るというのが「純血派」の教えであり、貴族の家に庶民の出の者や、まして「半端者」の血が混ざることなど断じて認められないというのが彼らの主張だ。ゆえにマルセ王国の南部には亜人種はおろか「半端者」もほとんどいない。

 そして厳格なイシュナル教徒ゆえに、彼らにとってオーディアルを崇拝する教団などは異端も異端であり、断じて認められない存在なのだ。

「まさかイグニアス公が俺たちのような『半端者』を雇うとはな。顔を見るのも嫌がりそうだが」

「イグニアス公本人はそうでしょうね。それに奥方も。イグニアス公爵夫人はノルデン侯爵家の出なのよ。ノルデン家は『純血派』の創始者と言われるくらいガチガチの貴族血統主義だから」

八源家オリジンエイトの一つだな。それで教団が許せねえってことか」

「そういうこと。それでイグニアス公と私たちの目的は一致してる。イグニアス家には私たちのような者をスカウトする専門の従者がいるのよ」

「汚れ仕事の担当か。毒を持って毒を制すってわけかい」

 オルトが顔をしかめる。

「それでも奴らを潰すための資金を出してくれているのは確か。利用しない手はないでしょ?」

仲間もいるのか?」

「おそらくは。私たちは個別にスカウトされたから。一同が顔を合わすことはないわ。どれくらいの数がいるかしか聞かされていないの」

「所詮は消耗品、か」

「それでいいと思ってるわ。復讐を誓った日からね」

「デビッドのことは……」

「分かってる。あなたたちを責める気はないわ。でもこれだけは聞かせて。結局は分かったの?」

「ああ。……ミレーヌだった」

「そう。見たの?を」

「少しだけな」

「ミレーヌはその後どうなったの?」

「伯爵が連れて行った」

「エルモンド卿が?」

「俺たちがまとめて雇われたのはそのせいだ。その後のことはよく分からねえが」

「ミレーヌはまだ生きてるの?」

「それも分からねえが、おそらく死んでるだろう。が発現したのならな」

「そう……」

 ニケは寂し気に呟き、ゆっくりとかぶりを振った。

「ところで昨夜、ミクリードで異能者狩りポーチャーに襲われたって言ってたな」

「ええ。月狂狼ルナティックウルフはまだしも、妖蟲族インセクターまでいたわ。忍蜘蛛ステルススパイダーだったけど」

妖蟲族インセクターだと?」

「ええ。ねえ、いくらオルタナ湿地と面していても、不自然じゃない?見咎められることもなく町中まで入ってくるなんて」

「騎士の中に教団の信徒がいるか、もしくは……」



 「えっ!?」

 ニケの言葉にフェルムが目を丸くする。

「姉様、さっき言ってたもっと悪い可能性って……」

「ええ。貴族の中に教団の信徒がいるということよ」

「ありえるな。特にミクリードのロットン子爵は臭え」

「何か知ってるの?オルト」

「ロットン子爵はもうかなりの高齢だが、未だに家督を息子に譲っていない。その息子もかなり前に行われたお披露目以降、人前に姿を見せてないって噂だ」

「詳しいわね」

「お前らほどじゃないが、俺たちも教団の情報は集めてるんだよ。ここにいない連中も伯爵の命を受けてるのがいるしな」

「なるほど」

「そしてロットン子爵は数十年前、イオットのアーノルド男爵家へ次男を養子に出している。先代のアーノルド男爵は息子を早くに亡くし、跡取りがいなかった。それで子爵が助け舟を出したそうだ。その養子が今のアーノルド男爵なわけだが」

「何か問題が?」

「子爵の奥方は若くして亡くなってる。子爵に次男が生まれた、という話は領民でさえ知らなかったらしい」

「不自然ね」

「それに教団の動きを調べてる連中の話じゃ、異能者狩りポーチャーらしき教団の信徒がアーノルド家の領地イオット付近で多く目撃されてるらしい」

「男爵も教団信者?父親のロットン子爵が息子を同じ教団信徒にしてアーノルド家へ送りつけた、と」

「推測にすぎんがな」

「調べてみる必要がありそうね」

「子爵は高齢のため滅多に表に出ないという話だ。アーノルド男爵の方が調べやすくはあるだろう」

「ありがとう。当たってみるわ」

「こう言う権利もないかもしれんが、頑張れよ」

「ええ。ありがとう」

 ニケはそう言って笑い、オルトと握手を交わした。
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