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第23話 嵐の後

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「何だ!?」

 突如階下で轟いた爆音にボナーは声を上げた。床がビリビリと震える感覚もある。

「下で何か起きたようですね」

 パンナも不安げに顔を上げる。二人は二階の各部屋を巡り、使用人の安全を確認していた。幸いコックやメイドたちは縛られて寝かせられていたものの、怪我を負ったものはいないようだった。

「下に行きましょう」

 ボナーの言葉に頷き、パンナは彼と一緒に階段へ向かう。少しふらつくのは異能ギフトを使ったせいだろう。心配そうなボナーに笑顔を見せ、階段へ急いでいると、

「お嬢様!」

 階下から叫び声が聞こえてきた。階段の前に着くと、下から騎士たちが上ってくるのが見える。

「あなたたち!」

 階段を下りながらパンナも叫ぶ。

「お嬢様!ご無事でしたか!」

「あなたたちも無事でよかった。さっきの音は何?ミッドレイさ……ミッドレイは?」

「先ほどの爆音は団長が賊を倒した音です。我々の足止めが目的だったようですが」

「ミッドレイも無事なのね?下にいた使用人の方たちは?」

「今ウルズたちが確認しております」

「そう。上にいた方たちは無事よ。それからこちらにも賊が襲って来たわ。一人は逃がしたけれど、後は倒しているから、拘束をお願い」

「かしこまりました。よくご無事で」

「ボナー様に助けていただいたの。ね?」

 パンナがボナーに目配せをする。話を合わせてくれ、と言っているのだ。ボナーは瞬時にそれを理解し、小さく頷いた。

「ボナー様、お嬢様を守っていただき、ありがとうございました。心より御礼申し上げます」

 「い、いや。当然の務めを果たしたまでです」

 頭を下げる騎士たちにボナーはぎこちない笑いをする。本当は自分の方が助けられたんだがな、と心の中で呟き、ボナーはパンナと共に上の賊の拘束を改めて頼んで一階に降りた。

「これは……]

 一階の廊下に出たボナーは思わず息を呑んだ。壁はぼろぼろになり、床には壺の破片などが散乱している。館の中に嵐が吹き抜けたような有様だった。

「お嬢様、ボナー様、ご無事でしたか」

 振り向くと、剣を杖のように床に付いて歩くミッドレイの姿があった。パンナは慌てて彼に駆け寄り、ふらついているその体を支える。

「あなたこそ。大丈夫?」

「はい。申し訳ありません。腕の立つ者が賊の中におりましたので、少々本気を出してしましまして」

「これ、あなたが?」

「はい。ボナー様、申し訳ございません。お屋敷の中をこのようにしてしまった責任、どうか私の首一つでお許しを。部下に罪はございませんので」

「何を馬鹿なことを言ってるんです、ミッドレイ殿。あなたのおかげで皆無事でいられたのでしょう。礼を言いこそすれ、処罰などありえませんよ」

「寛大なお言葉、感謝いたします」

「それでその賊は?」

「部下が拘束して、そこの部屋に」

 ミッドレイが右手のドアを指し示す。それと同時に廊下の向こうから騎士一人と執事のメルキンが早足でこちらに近づいてきた。

「坊ちゃま、ご無事でしたか!」

「お前もな、メルキン。他の者は?」

「お屋敷を一回りしてまいりましたが、門番の方二名が負傷しておられます。今、ラジットが応急処置を。他の方は拘束されていましたが怪我はないようです」

 騎士のウルズが代わって答える。

「そうですか。ありがとうございます。メルキン、すぐ騎士団を呼んで捕らえた賊を搬送させろ。医者も忘れるな。それからアンセリーナ嬢と騎士団の皆さんは今夜はべスター城に泊まっていただく。部屋の準備をするよう城に伝えるんだ」

「かしこまりました」

 メルキンが一礼して立ち去ると、パンナは困惑した顔でボナーに申し訳なさそうに言う。

「ボナー様、わざわざお城へなど。私たちはここに置いていただくだけで」

「あんなことがあった場所にこのまま逗留していただくなど出来ませんよ。城であれば警備も万全ですから」

「お嬢様、ここはボナー様のご厚意に甘えましょう。我々も警護に付きますので」

「お客様の護衛にこれ以上負担はかけられませんよ。警備はうちの者にお任せを」

 それから一時間ほど経ってサンクリスト家の騎士団が到着し、ギーグを始めとした賊たちが騎士団の留置場に連行された。負傷した門番は命に別状はなく、そのまま医局に搬送された。パンナは馬車でべスター城へ向かい、ミッドレイたちもそれに同行した。

「詳しいお話は後でいたします」

 馬車に乗り込む際、パンナは小声でボナーに囁いた。ボナーは頷き、夜に部屋を訪ねてもよいかと尋ね、パンナは了承した。

「さて、ミッドレイさんじゃないけど、この首一つで収まるかしら」

 馬車に揺られながら、パンナはポツリと呟き、街灯が照らすベストレームの町を眺めた。





「お疲れになったでしょう。風呂に入られたらいかがですか?」

 べスター城に着き、部屋に案内されたパンナはボナーからそう言われ、恐縮した。先ほどの館も凄かったが、このべスター城はそれをさらに上回る豪勢さだった。その大きさ、美しさに圧倒され、門をくぐった途端、声を失ってしまったものだ。

「い、いえ、そんな。お気遣いなく」

「遠慮なさらず。ああ、勿論、お付きの者は寄こしません。お一人でごゆっくりどうぞ」

 ボナーの配慮にパンナは感謝した。ウィッグを付けたまま風呂に入るわけにもいかない。お付きの者など用意されては、身代わりがバレてしまう。

「申し訳ありません。ではお言葉に甘えさせていただきます」

 正直、慣れないドレスやヒールの行動に加え二日連続の襲撃で、心身ともに疲れ果てていた。異能ギフトを使った影響もある。パンナはメイドに案内され、城の大浴場へ向かった。お世話をするという彼女の言葉を丁寧に断り脱衣所に入ると、パンナはまた感嘆の声を上げた。広い。脱衣所だけで庶民の家くらいあるのではないか。どう考えてもここを利用できる人間はこの棚の数よりは少ないと思うのだが。

「入浴パーティーでもやるのかしらね」

 少なくともエルモンド家ではそういう催しが行われたことはない。パンナが雇われて以降に限れば、だが。パンナは燭台の灯ったシャングラスに照らされた明るい脱衣所で遠慮がちにドレスを脱ぎ、ウィッグを外した。久しぶりに裸になると、体だけでなく心まで軽くなったような気がした。

「はあ、生き返るわ」

 浴室に入り、またその広さに圧倒されながらパンナは大きな浴槽に身を浸した。エルモンド家の浴室も広いと思ったが、さすが「四公」の城。それをさらに一回り以上上回っている。石で縁取られたこの浴槽には二十人は楽に入れそうだ。

「最後にこれくらいの贅沢しても罰は当たらないわよね」

 自分の命と引き換えに伯爵家の免罪を頼もうと考えているパンナはそう呟いた。普段は湯あみは出来ても、こうして湯船につかるということはメイドの身では滅多にできない。庶民の家は風呂などないのが大半だ。いつでも浴槽に浸かれるというのは貴族の、それも上級貴族だけの贅沢なのだ。

「気になることは色々あるけど、ボナー様ならきっとこの国を良くしてくださるわ」

 そういう希望を持てただけでも来た甲斐は会った。願わくは彼がよい伴侶を得て、自分の思うような政ができればいいのだが。

「アンセリーナ様、お着替えを置かせていただきます」

 脱衣所の方からメイドの声がして、パンナは飛び上がった。ウィッグは念のためドレスの下に隠しておいたから大丈夫だとは思うが。

「あ、ありがとう」

「ドレスの方は当方で洗濯させていただきます」

「い、いえ。それには及びませんわ。少々特殊なドレスでして。当家に持ち帰って洗いますわ」

「左様でございますか」

 危ない危ない。ドレスを持っていかれたら下のウィッグが見つかってしまう。メイドがそのまま去ったのを感じ、パンナはほっと息を吐いた。



「何ということだ!我が屋敷の中で賊に襲われるなど!それも客人を招いている場で!このような失態、とれも看過出来るものではない!」

 ボナーから報告を聞いたサンクリスト公、オールヴァートは机を叩き、怒りを露わにした。最近の彼には珍しいくらい感情を表に出している。

「は。父上、これは由々しき事態です。あれだけの数の賊がこのベストレームに侵入したという事実だけでも」

 当然ながらベストレームの入り口には他の町と同様、いやそれ以上に徹底した検問が設けられ、出入りする者は厳しくチェックされている。ギーグのようないかにも危険そうな人物が簡単に入り込めるわけがないのだ。

「そやつらはプロの暗殺者だというのじゃな?」

「はい。少なくとも私とアンセリーナ嬢を襲った者たちはおそらく。押し入ってきてからの行動にまったく迷いが見られませんでしたので」

「ならば依頼した者がいるはずじゃ。ボナー、捕らえた賊を尋問し、何としてでも依頼主を探し出せ」

「は。すでにゼノーバにそのように命を出しております」

「帝国の手の者やもしれぬな」

「ですが私はともかく、奴らは明らかにアンセリーナ嬢の命も狙っておりました。帝国が正式な開戦を前に一伯爵のご令嬢を標的にするでしょうか?」

「ふむ、今日あそこにアンセリーナ嬢が来ることを知っておった、となれば……まさかとは思うが」

「父上、まさかお身内をお疑いではありませんよね?」

「儂とて疑いたくはない。じゃが今日の見合いのことを知っているものはごく僅かじゃ。そうであろう?」

「それはそうですが……正直考えにくいかと。何せギルバートにも父上は知らせておられないのでしょう?」

「まあな。特段知らせる必要もないと思ったのでな。後知っておるのはメルキンら古参の使用人だけじゃが」

「彼らがあのような暗殺者たちとつながりがあるとは思えません」

「むう。賊を吐かせるしかないか。しかし禄に得物もない状態でよくアンセリーナ嬢を助けたな。よくやったぞ、ボナー」

「はあ、まあ」

 嬉しそうな父の顔を見て、ボナーは苦笑する。本当はそのご令嬢に助けられたのだ、などと言ったら、この厳格な父はどんな顔をするだろう。

「それで思いもよらぬトラブルがあって大変じゃったろうが、見合いをした感想はどいうじゃ?アンセリーナ嬢は?」

「はい。ますます彼女のことが気に入りました。賊に襲われた際も彼女は毅然とした態度を取っておられました」

「ほう、それは頼もしい。それなら安心じゃな」

「はい。父上……」

 ボナーが暫し言葉を切って父の顔を見つめる。その表情に只ならぬ覚悟を感じたオールヴァートは小さく頷く。

「私のことを……信じていただけますか。私の判断を」

「無論じゃ。儂はお前を信じておる。お前が下した決断ならば反対はせん」

「ありがとうございます」

「後悔はするなよ、ボナー。上に立つ者の判断は時に多くの者の運命を左右する。その覚悟を持っていなければ自分の判断を押し通すことは出来ん」

「はい」

「儂は……を守り切れんかった。お前に同じ後悔はさせたくないのじゃ」

「身命に誓って」

 ボナーは真剣な顔で頷き、頭を下げた。



「これ、本当に一人用の客室なのかしら?」

 用意された部屋のベッドに腰かけ、パンナは辺りを見渡してため息を吐く。広いと思った脱衣所よりさらに広い。豪華な家具が一式取り揃えられ、ベッドは余裕で二人が横になれそうな大きさだ。エルモンド家の客室の清掃は毎日しているが、はっきり言って桁が違う。

「さすが『四公』ね」

 パンナは大きく伸びをしてベッドに横になる。メイドが持ってきた着替えは淡いブルーのカジュアルなネグリジェだった。肩が凝らなくて助かる。

「アンセリーナ嬢、よろしいですか?」

 疲れでうとうとし始めた時、ドアがノックされ、ボナーの声が聞こえた。瞬時に覚醒し、パンナは大きく息を吸って「はい」と返事をする。

「いよいよね」

 パンナは覚悟を決め、ゆっくりとドアに歩み寄ってノブに手を掛けた。
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