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第19話 いざ、見合い

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「お嬢様、大丈夫ですか?」

 ニケとパンナの話が終わり、フェルムがミッドレイたちを部屋に連れてくる。パンナは努めて冷静を装いながらニケと打ち合わせをした通りの話をする。

「ええ。こちらのニケさんとお話しさせていただいて、さっきの連中は勘違いをしていたのだろうと思います」

「勘違い?」

「はい。私たちが彼らの情報を追ってこの近辺にいたので、フェルムのことをこちらのお嬢様と間違われたのではないかと」

「それではお嬢様は勘違いでとばっちりを受けたと?」

「そういうことになります。お騒がせして申し訳ありませんでした」

「ミッドレイ、この方たちは悪くないわ。むしろ危険な妖蟲族インセクターを排除してくれたのだから、治安の意味から言っても礼をするべきよ」

 少し感情的になってパンナが言う。本当は彼らに非があるわけでもなく、完全に助けられた状況なのにこういった話にするのはパンナも気が引けていた。しかしニケはパンナの事情を鑑み、あえて自分たちに責任があるようにすると言ってくれたのだ。

「は。事情はどうあれ、あのような危険な者たちがいることを認識できたのはよかったです。この件は我が主とこの地の領主であられるロットン子爵にもご報告いたします」

「そうですね。警戒はなさった方がよろしいでしょう」

「ニケさん、よろしければ今日はここにお泊りになりませんか?この部屋は一人では広いですし、あなたがいれくだされば安心だわ」

 パンナの提案にニケは少し考え込む。

「よろしいのですか?」

「勿論です。ね、そうなさって。ミッドレイたちもいいわよね?」

「は。お嬢様がよろしいのなら。しかしそこの少年も同じ部屋というのはいかがかと」

「俺は外で見張りをしてる」

 フェルムがぶっきらぼうに言う。

「いや、命の恩人にそこまでしてもらってはこちらも気が引ける。お嬢様、我々が交代で宿の周囲とこの部屋の前を見張りますので、彼には我々の部屋……万一を考えて隣がいいでしょう。そこに泊まっていただいては?」

「そうですね。それがいいと思います」

「ではお言葉に甘えましょう。フェルム、体を休めることも大事よ。でも警戒は怠らないでね」

「分かった。姉様がそう言うなら」

 こうして話がまとまり、皆が部屋を出ていくと、パンナはホッとして大きく伸びをした。それを見て(目は閉じたままだが)ニケが微笑む。

「お疲れ様です。貴族のご令嬢の役もr大変ですね」

「まったくです。今更ながらなんでこんなことを引き受けたのかと後悔しきりですよ」

 二人は暫し無言で見つめ合い、それから同時に吹き出した。凝っていた心が少しほぐれたような気がしてパンナはニケに感謝した。

「それにしても教団はまだ異能者ギフテッドを攫っているんですね」

「はい。教団の全てではないのですが、『六芒星ヘキサグラム』という過激な一派が最近特に目立った動きをしているようです」

「『六芒星ヘキサグラム』……そいつらが異能者狩りポーチャーを操っているんですね?」

「ええ。私たちが脱走した当時にはまだその名前はなかったようですが」

「伯爵家に雇われてから教団の噂は聞かなくなりました。町には私たちの仲間が多くいるのですが、異能者狩りポーチャーが出たという話は一度も聞いてません」

「それは不自然ですね。たまたまここに立ち寄ったパンナさんにも目を付けたというのに」

「はい」

「……エルモンド卿が何かしているのかもしれませんね」

「旦那様が?」

「あなた方をまとめて雇い入れたのでしょう?当然異能者狩りポーチャーの危険性にも気付いておられるはずです」

「まさか旦那様が教団と……」

「それはないでしょう。それならあなたのお仲間はとうに彼らに明け渡されているでしょう?」

「それはそうですね」

「むしろ逆、エルモンド卿は教団と対立していて、異能者狩りポーチャーの侵入を日頃から阻止しているのではないか、と思います」

「そういえばクリシュナ……私の仲間ですが、彼女は商国の亜人種と取引があるといっていました」

「教団は『半端者』は狙っても亜人種には手を出しませんからね。まあここで推測していても始まりません。もうお休みになった方がよろしいのではありませんか?パンナさん」

「そうですね。今日はいろいろあって疲れました」

「万一の時は私とフェルムがいますから、ゆっくりお休みください」

「ありがとうございます」

 パンナは礼を言ってそのまま横になった。心身ともに疲れていたので、すぐに睡魔が襲ってくる。

「おやすみなさい」

 まどろむパンナの耳にニケの優しい囁きが染み込んでいった。





 結局その夜はそれから何も起きず、パンナは平和な朝を迎えた。ニケとフェルムに改めて礼を言い、一同は宿を出る。

「それではお帰りの際、また」

 二人に見送られ、パンナを乗せた馬車は出発した。昨夜のことがあったので、周りを警護するミッドレイたちにはそれまで以上の緊張感が漂っていたが、恐れていたカサンドラたちの再襲撃はなく、一行はミクリードを出て無事ソシュートに入った。

『何だろう、何か嫌な雰囲気ね』

 箱馬車の窓から外を見つめながらパンナは眉を顰めた。どこからか見られているような気がする。貴族の家の馬車などそう珍しいものでもないだろう。ましてここは記憶が確かならサンクリスト家の次男、つまりボナーの弟が領主だったはずだ。 

「見合いの話がここの領民にまで流れてるってことはないわよね」

 まだ着いてもいないのにそんなことはなかろうと思い、パンナは別の可能性を危惧する。ここにも教団の異能者狩りポーチャーがいるのではないかと。

「何事もなければいいけど、一応ミッドレイさんたちに警戒を促した方がいいかしら?」

 しかし今の自分はアンセリーナだ。貴族令嬢が不穏な雰囲気に気付いたなどと言ったら不審がられるだろう。パンナは何も起こらぬことを祈りながら、注意深く辺りを見つめた。

「お嬢様、これよりベストレームに入ります」

 結局パンナの心配は杞憂に終わり、馬車はソシュートから無事、予定通り昼前にベストレームに入った。胸をなでおろしながら、パンナはいよいよ本番が近づいてきたことを意識して落ち着かない気持ちになる。

『はあ……本当にどうしようかしら。緊張して皿でも割って呆れられるとか……高級な皿が出てくるんでしょうね。怖くてわざと割るなんでとてもできそうにないわ』

 見合いはサンクリスト家の別邸の一つで夕食を摂りながら、ということになっていた。パンナは先にその別邸に入り、衣装替えをしてボナーを待つ手筈になっている。そのためにアンセリーナが選んだお気に入りの服が目の前のカバンに入っている。ルーディアの伯爵邸でパンナを着せ替え人形のようにして色々な服を着せて楽しんでいたアンセリーナの顔が思い浮かび、パンナはつい恨み言を漏らしてしまう。

「ご自分で着て見合いに行ってもらいたいものだわ。結局詰め物しないと胸がスカスカだし。今日はダンスはしないからズレることはないと思うけど」

 言っても詮無いと分かっているのだが、やはりどうしても愚痴が零れてしまう。とにかく今日はカチューシャもいないし自分で着替えもメイクもしなければならない。本来なら自分がその役目をしてアンセリーナに付き添うのだが、アンセリーナの身代わりはいても自分の身代わりはいない。アンセリーナの世話のためコットナーの別邸に数名が駆り出されている上に自分が抜けているため、ルーディアの伯爵邸のメイドはお披露目の時以上のハードワークを強いられている。とても自分に付き添いを付けるよう頼めるような状況ではなかったのだ。

「お嬢様、到着いたしました」

 ミッドレイの声でパンナは我に返った。そもそも今回アンセリーナに付き添いがいないことは彼ら護衛の騎士も不審に思っていた。伯爵自身が彼らに説明をしたと聞いているが、あの我儘令嬢が一人で屋敷を出るなど普通なら考えられないことだ。それもあってパンナはより身代わりがバレないよう気を使わなければならなかったのだ。

「分かったわ」

 努めて平静に、そして機嫌が悪そうにパンナは答えて馬車を降りる。突然の襲撃を受けて怖がり、気分を害した我儘令嬢を演じなければならない。

「うわ」

 しかし馬車を降りてサンクリスト公の別邸を目にした途端、パンナはそんなことを忘れて素の叫びを上げてしまった。全体が白い御影石で囲われた館は豪壮としかいいようがなく、伯爵家の立派な屋敷を見慣れているパンナであっても圧倒されてしまうほどだった。

「これが別邸の一つなんだものね」

 改めて「四公」の力に感心する。ふと目を横に向けると、小高い丘の上に立派な白亜の城が聳えているのが見えた。あれがサンクリスト公の居城べスター城だろう。

「やっぱりすごいわね」

 王国に貴族は多くいるが、「城」を構えているのは王家と「四公」、後はごく僅かだ。伯爵以下の家格ではまず皆無といってよかった。

「お待ち申し上げておりました、アンセリーナ様」

 ため息を吐いて別邸を見上げるパンナに、執事服の男が近づいてくる。ボナー付きのメルキンだ。先日自分が伯爵邸で応対した相手だと気づき、パンナはドキッとした。まさかあの時のメイドだとバレはしまいが、直接顔を合わせているのでやはり緊張する。

「ほ、本日はお招きに預かり、光栄にぞ、存じます」

 何回もシミュレーションしたはずなのに、やはり固くなってしまう。自分は横柄で我儘な貴族令嬢なのだ、と言い聞かせ、何とか平静を保つ。

「いえ。わざわざのお越し、痛み入ります。早速ですがお部屋にご案内いたします。そこでお召替えを。……失礼ながらお付きの方は?」

「じ、事情がありまして私だけですの。荷物はこの者たちが運びますので」

 ミッドレイたちに視線をやり、パンナは焦りながら答える。やはり貴族令嬢が見合いに来るのに付き添いの一人もいないというのは異常だろう。しかし考えようによってはこれを非常識な娘として認識させ縁談を向こうから断らせる材料に使えるかもしれない、とパンナは咄嗟に考えた。

「はあ。それではこちらへ」

 不審そうな顔のメルキンに付いてパンナとミッドレイたちは館に入る。玄関ロビーに足を踏み入れた途端、パンナはまた声を上げそうになった。毛の長い真赤な絨毯が正面ドアからまっすぐ奥の大階段まで敷かれており、周りに置かれた調度品も伯爵邸のものよりワンランク上の品だと一目で分かる。

「はあ……上には上がいるものね。……これはやっぱりアンセリーナ様を嫁がせるわけにはいかないわね」

 メルキンに聞こえないようパンナは小声で呟く。別邸でこれなのだからべスター城の中がどんなものか想像しただけで眩暈がしてくる。それに「四公」の嫁ともなれば周辺諸侯と頻繁に顔を合わせなければならないだろう。我儘引きこもりのアンセリーナに務まるとはとても思えない。

「こちらでございます。護衛の皆様は別に控室をご用意しておりますので」

「あ、ありがとうございます」

 立派な装飾の施された白いドアの前でメルキンが言い、ミッドレイがノックしてからドアを開く。中は当然ながら無人で、ミッドレイたちはカバンなどを部屋の中へ運び込んだ。

「ではお嬢様、私たちはこれで」

「ええ。ボナー様との会食が終わるまで控室で待っていて」

「本当におひとりで大丈夫でございますか?」

「ええ。お嬢……着付けはこれでも得意なのよ」

 危うく宇お嬢様の着付けは慣れていると言いかけ、パンナは慌てて言葉を取り繕う。

「それでは」

 ミッドレイたちとメルキンが深々と頭を下げ去っていくのを見送り、パンナは部屋に入った。広く清潔な部屋だ。一目で高級品と分かるテーブルに椅子。そして壁の高さほどもある大きな姿見が目に入る。

「さあ、これからが本番よパンナ。がんばりなさい」

 姿見を見つめてそう呟き、パンナは自分に活を入れた。
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