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第8話 帰って来た嫡男
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時は少し遡る。
アンセリーナのお披露目パーティーを無事に終え、パンナは慣れ親しんだメイド服に着替えた。パーティーの後片づけをするエンリたちの元に向かい手伝おうとするが、疲れてるから休めと言われ追い返されてしまった。
「旦那様がお休みをくれたんでしょ?大役を果たしたのだから少しのんびりしなさいよ」
そうはいってもこの半月ばかりアンセリーナの身代わりを務めるためのレッスンを受けていたせいで、他のメイドに自分の仕事を肩代わりしてもらっている。パンナとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「気にしないでパンナ。あの旦那様が珍しく労を労ってくれたんだもの。こんなチャンスはもうないわよ」
ルミアもそう言って笑った。正直疲れ果てていたパンナは仲間たちの好意に甘えることにし、与えられた部屋へ戻ろうとホールを出た。と、そこであることが気になり、彼女は伯爵を探して二階へと上がる。
「パンナ!」
二階に上がると、アンセリーナが駆け寄ってきてそのまま自分を抱きしめた。あまりの勢いに思わずたたらを踏みよろける。
「よくやってくれたわ。あなたがこんなに私に似てるってどうして今まで気付かなかったのかしら!」
それはそう気付かれないよう気を付けていたからですよ、とパンナは声に出さず呟く。こんな形で家内の者に知られるとは思わなかったけれど。
「でも髪は切っちゃったのね。あなたの艶のある黒髪、好きだったんだけど」
「長髪のままではウィッグが付けられませんでしたから。それよりお嬢様、こんなことはもうこれっきりですよ。身代りとはいえレディーとして社交界にデビューした以上はご自身で外の方々とお付き合いをしてください」
「嫌よ。知ってるでしょ?私、身内以外の人間は大嫌いなの」
「いつまでもそんなことは言っていられませんよ。他の家の催しにも参加していただき、見聞を広めてください。それにいつかは結婚されるのですから」
「考えたくもないわ。私が他の家にお嫁にいくなんて」
「ほっほっ、そうじゃそうじゃ。アンセリーナはまだまだ嫁になぞ行かさん。儂の傍にずっとおってくれ」
アンセリーナの言葉に答えるようにブラベールが現れ、相好を崩す。この親バカが、とパンナはまたため息を吐いた。
「そうも言ってられないでしょう旦那様。丁度そのことでお話ししようと思っていたのです。明後日のアクアット家のお披露目はどうするおつもりです?仮にもあちらは出席されたのですから、こちらも行かねば礼を失しますし、あることないこと吹聴されることは明白です」
「私は嫌よ!パンナがまた行って」
「当家のパーティーならまだしも他の家で身代りなど到底務まりません。何よりもう他の者にオーバーワークを強いるわけには……」
「ふむ、確かに外では不測の事態に対応しづらくはなるな。忌々しいあの小僧のパーティーになど行ってやるのは癪だが……そういえばさっき何かもめていた様じゃな」
パンナは一瞬考えこんだが、下手に隠すより正直に話した方がよかろうと思い、ルミアの一件を報告する。
「何じゃと!?何というひねくれたガキじゃ!やはりそんな奴のために出席してやる義理はないわ!お前もお前じゃ。そんな嫌がらせをされてなぜ毅然とした態度を取らなんだ?」
「旦那様、確たる証拠もなしにホストがゲストを貶めるような言動をすれば、当家の恥となりましょう。おそらくゲスナー様はそれを狙ってアンセリーナ様をあしざまにするつもりだったのかと。むしろパンナの行動は褒められるべきものかと存じます」
アンセリーナの背後に立つハンスが助け舟を出してくれ、パンナは優秀な執事長に感謝の念を送る。
「むう、それもそうか。返す返す禄でもないな、あやつは。いやパンナ、すまなかった。よくやってくれたな」
「そのような。もったいなきお言葉」
「本当偉いわパンナ!私だったら怒鳴りつけてたわよ」
「お嬢様、人嫌いは仕方ございませんが、もう少し処世術というものを勉強なされませ。旦那様の前でこのようなことを申し上げるのも不敬かと存じますが、貴族の方々とのお付き合いは綺麗ごとだけではございません。時に人を騙し、利用することも必要になります。同時に堪え難きを耐えねばならぬこともございましょう」
ハンスが珍しくはっきりと苦言を呈す。パンナはそうだ、もっと言ってくれ、と心の中で快哉を叫ぶ。
「そういうのが嫌なのよ。他人はみんな心の内を隠して表面上はにこやかに近づいてくるじゃない。今日の招待客たちの顔を見た?誰もかれも薄っぺらい笑顔の仮面を張り付けて、いかにも自分たちは善人だ、みたいな感じで話し込んで。私、見ていてゾッとしたわ」
案外他人というものをちゃんと観察しているのだな、とパンナは少々意外に感じ、アンセリーナを見つめた。もしかしたらアンセリーナの人嫌いは感性が鋭すぎるせいなのかもしれない、と思う。
「儂もアンセリーナにそういう醜い部分には触れてほしくはないがの。自分自身がそういうものの中にいるから余計かもしれんが」
「ですがいつまでもそういうわけにはいかないでしょう。まあ今日のこともありましたし、私もゲスナー様のお披露目にお嬢様を参加させるというのはいかがかと思いますが」
「そうであろう?あちらの家に行けば今日以上の嫌がらせを受けかねん。本当ならお前にまた行ってもらいたいが、正体がばれたらそれこそ一大事じゃしな」
「しかし旦那様、パンナの申す通りゲスナー様がこちらのお披露目に参加した以上、祝辞を送るだけでは当家が恥知らずと罵られましょう。それこそ向こうの思う壺かと」
ハンスの言葉にブラベールが唸る。と、
「面白そうな話をしているね」
いきなり声が聞こえ、一同が一斉にそちらを振り向く。ゆるやかな金髪をなびかせ、一人の青年がこちらに歩いてくるのが目に入り、全員が息を呑んだ。
「クリス!」
「お兄様!」
「クリス様!」
「坊ちゃま!」
一瞬の後、四人の叫び声がハモる。アンセリーナはそのまま満面の笑みを浮かべ、青年に駆け寄って抱き付いた。
「お帰りなさいませお兄様!まさか来ていただけるなんて!」
「久しぶりアンシー。すまないね、本当はもっと早く着くつもりだったんだけど、途中で馬車がぬかるみにはまってしまってね。余計な時間を食ってしまったんだ」
「いいえ!お会いできただけで嬉しいですわ!」
「よう来たなクリス。アカデミーの方はよいのか?」
「はい、父上。妹のお披露目ですからね。教授たちもダメとは言いませんでしたよ。これでも優等生でしてね」
さわやかな笑顔で答えるこの青年はクリスティーン・ホール・エルモンド。この伯爵家の嫡男であり、アンセリーナの兄だ。現在は王都にある王立アカデミーに在籍しており、家を離れていた。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。お知らせくだされば歓迎の準備を整えましたものを」
「悪いねハンス。アンシーをびっくりさせようかと思って。でも結局パーティーには間に合わなかったからみっともない話だ。せっかくの妹の晴れ舞台を見られなくて残念だよ」
「構いませんわ、お兄様。どうせ私の晴れ舞台ではございませんでしたし」
「うん?どういう意味だいアンシー?」
アンセリーナが少しはにかみながら、パンナを身代りにしたことを打ち明けると、クリスは苦笑し
「おいおい、人付き合いが苦手なのは知っているけど、自分のお披露目くらいちゃんと出なきゃだめじゃないか」
「だって~、他人は苦手なんですもの。お兄様がずっと隣にいてくださったなら考えなくもなかったですけど」
クリスの腕に絡みつきながらアンセリーナが甘えた声で言う。やれやれ、相変わらずのブラコンだ、とパンナは苦笑する。クリスがアカデミー入学のため王都に向かう日、離れたくないと泣き叫んだアンセリーナの顔が思い浮かぶ。思えばあれからアンセリーナの人見知りはさらにひどくなったような気がした。この百分の一でもいいから他人に合わせてもらいたいわね、とパンナはつくづく思う。
「それにしてもパンナがね。ふうん、前から可愛いとは思っていたけど、アンシーに引けを取らないほどだったとは。迂闊だったな」
「ク、クリス様、からかわれるのはおやめください」
クリスにじっと見つめられ、パンナが顔を赤らめて視線を逸らす。その様子にアンセリーナは頬を膨らませ
「まあ!お兄様ったら。私よりパンナの方が可愛いとおっしゃるんですの!?」
「アンシーより可愛いとは言ってないさ。ひけをとらないと言ったんだ。そうじゃないとお前の身代わりなんて出来ないだろう?」
「それはそうですけど……」
「それでさっきゲスナーのことを言ってらようだけど?」
「はい。アクアット家のゲスナー様が今日お出でになったのですが、少々悶着がありまして。それで明後日のゲスナー様のお披露目への参加をいかがするかと協議しておりました」
「悶着とは?」
「パンナ、坊ちゃまにご説明を」
「はい」
パンナは先ほど伯爵にしたルミアの一件をもう一度クリスに報告する。
「はは、相変わらず器の小さい男だな。あいつ、アカデミーでもやたら僕に構ってきましてね。どうしてあそこの家はこうもうちを目の敵にするのか」
王立アカデミーは各地の貴族の子息が通う名門で、生徒の多くが次期当主となる嫡子である。ゲスナーもアクアット家の嫡子として通っており、クリスの後輩にあたる。
「お前にはまだ話しておらんかったな。そのうち教えてやろう」
父の言葉にクリスが頷く。
「それでどうするか話してたわけか。成程、そんなことがあったのならアンシーが行けばどんな目に遭うか分からない。父上がそんなことを許すわけがないもんな」
「その通りでございます」
「分かった。なら僕が出席しよう」
「ええ!?」
「で、ですが坊ちゃま」
「よいのかクリス?アカデミーもいつまでも休めるわけではあるまい」
「そうですクリス様。それに長旅でお疲れでしょう?」
「何、グレーキンはすぐそこだし、今夜一晩休めば問題ないよ。アカデミーの方も単位に若干の余裕はあるし。言っただろ?こう見えても優等生だって」
「確かにお前が行ってくれるのであれば安心だが……」
「まあ向こうは当然娘が来てくれた方がありがたいでしょうが、まさかライバル視しているうちのアンシーを嫁にとは思ってないでしょうし、先輩の僕が行けば一応の義理は立ちます。丁度いい、パンナが受けた仕打ちを倍返しにしてやりましょう」
「そ、そのような……」
「僕はけっこう怒ってるんだよ。あいつはアンシーだと思って嫌がらせをしたわけだろ?可愛い妹をコケにされて黙ってはいられないさ」
「お兄様!」
「よくやってくれたねパンナ。アンシーに代わって礼を言うよ」
「と、とんでもない。もったいないことでございます」
「ですが坊ちゃま。お披露目の場で主役に恥をかかせるというのはいかがかと。周辺諸侯も集まっておりますし、下手な噂が流れては……」
「問題ないよハンス。そこは上手くやるさ。これでも王都で処世術はかなり習得したつもりだからね」
クリスの言葉にアンセリーナが複雑な顔をする。パンナは内心で苦笑し
『お嬢様、愛しのお兄様を見習ってくださいね』
と切に願った。
アンセリーナのお披露目パーティーを無事に終え、パンナは慣れ親しんだメイド服に着替えた。パーティーの後片づけをするエンリたちの元に向かい手伝おうとするが、疲れてるから休めと言われ追い返されてしまった。
「旦那様がお休みをくれたんでしょ?大役を果たしたのだから少しのんびりしなさいよ」
そうはいってもこの半月ばかりアンセリーナの身代わりを務めるためのレッスンを受けていたせいで、他のメイドに自分の仕事を肩代わりしてもらっている。パンナとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「気にしないでパンナ。あの旦那様が珍しく労を労ってくれたんだもの。こんなチャンスはもうないわよ」
ルミアもそう言って笑った。正直疲れ果てていたパンナは仲間たちの好意に甘えることにし、与えられた部屋へ戻ろうとホールを出た。と、そこであることが気になり、彼女は伯爵を探して二階へと上がる。
「パンナ!」
二階に上がると、アンセリーナが駆け寄ってきてそのまま自分を抱きしめた。あまりの勢いに思わずたたらを踏みよろける。
「よくやってくれたわ。あなたがこんなに私に似てるってどうして今まで気付かなかったのかしら!」
それはそう気付かれないよう気を付けていたからですよ、とパンナは声に出さず呟く。こんな形で家内の者に知られるとは思わなかったけれど。
「でも髪は切っちゃったのね。あなたの艶のある黒髪、好きだったんだけど」
「長髪のままではウィッグが付けられませんでしたから。それよりお嬢様、こんなことはもうこれっきりですよ。身代りとはいえレディーとして社交界にデビューした以上はご自身で外の方々とお付き合いをしてください」
「嫌よ。知ってるでしょ?私、身内以外の人間は大嫌いなの」
「いつまでもそんなことは言っていられませんよ。他の家の催しにも参加していただき、見聞を広めてください。それにいつかは結婚されるのですから」
「考えたくもないわ。私が他の家にお嫁にいくなんて」
「ほっほっ、そうじゃそうじゃ。アンセリーナはまだまだ嫁になぞ行かさん。儂の傍にずっとおってくれ」
アンセリーナの言葉に答えるようにブラベールが現れ、相好を崩す。この親バカが、とパンナはまたため息を吐いた。
「そうも言ってられないでしょう旦那様。丁度そのことでお話ししようと思っていたのです。明後日のアクアット家のお披露目はどうするおつもりです?仮にもあちらは出席されたのですから、こちらも行かねば礼を失しますし、あることないこと吹聴されることは明白です」
「私は嫌よ!パンナがまた行って」
「当家のパーティーならまだしも他の家で身代りなど到底務まりません。何よりもう他の者にオーバーワークを強いるわけには……」
「ふむ、確かに外では不測の事態に対応しづらくはなるな。忌々しいあの小僧のパーティーになど行ってやるのは癪だが……そういえばさっき何かもめていた様じゃな」
パンナは一瞬考えこんだが、下手に隠すより正直に話した方がよかろうと思い、ルミアの一件を報告する。
「何じゃと!?何というひねくれたガキじゃ!やはりそんな奴のために出席してやる義理はないわ!お前もお前じゃ。そんな嫌がらせをされてなぜ毅然とした態度を取らなんだ?」
「旦那様、確たる証拠もなしにホストがゲストを貶めるような言動をすれば、当家の恥となりましょう。おそらくゲスナー様はそれを狙ってアンセリーナ様をあしざまにするつもりだったのかと。むしろパンナの行動は褒められるべきものかと存じます」
アンセリーナの背後に立つハンスが助け舟を出してくれ、パンナは優秀な執事長に感謝の念を送る。
「むう、それもそうか。返す返す禄でもないな、あやつは。いやパンナ、すまなかった。よくやってくれたな」
「そのような。もったいなきお言葉」
「本当偉いわパンナ!私だったら怒鳴りつけてたわよ」
「お嬢様、人嫌いは仕方ございませんが、もう少し処世術というものを勉強なされませ。旦那様の前でこのようなことを申し上げるのも不敬かと存じますが、貴族の方々とのお付き合いは綺麗ごとだけではございません。時に人を騙し、利用することも必要になります。同時に堪え難きを耐えねばならぬこともございましょう」
ハンスが珍しくはっきりと苦言を呈す。パンナはそうだ、もっと言ってくれ、と心の中で快哉を叫ぶ。
「そういうのが嫌なのよ。他人はみんな心の内を隠して表面上はにこやかに近づいてくるじゃない。今日の招待客たちの顔を見た?誰もかれも薄っぺらい笑顔の仮面を張り付けて、いかにも自分たちは善人だ、みたいな感じで話し込んで。私、見ていてゾッとしたわ」
案外他人というものをちゃんと観察しているのだな、とパンナは少々意外に感じ、アンセリーナを見つめた。もしかしたらアンセリーナの人嫌いは感性が鋭すぎるせいなのかもしれない、と思う。
「儂もアンセリーナにそういう醜い部分には触れてほしくはないがの。自分自身がそういうものの中にいるから余計かもしれんが」
「ですがいつまでもそういうわけにはいかないでしょう。まあ今日のこともありましたし、私もゲスナー様のお披露目にお嬢様を参加させるというのはいかがかと思いますが」
「そうであろう?あちらの家に行けば今日以上の嫌がらせを受けかねん。本当ならお前にまた行ってもらいたいが、正体がばれたらそれこそ一大事じゃしな」
「しかし旦那様、パンナの申す通りゲスナー様がこちらのお披露目に参加した以上、祝辞を送るだけでは当家が恥知らずと罵られましょう。それこそ向こうの思う壺かと」
ハンスの言葉にブラベールが唸る。と、
「面白そうな話をしているね」
いきなり声が聞こえ、一同が一斉にそちらを振り向く。ゆるやかな金髪をなびかせ、一人の青年がこちらに歩いてくるのが目に入り、全員が息を呑んだ。
「クリス!」
「お兄様!」
「クリス様!」
「坊ちゃま!」
一瞬の後、四人の叫び声がハモる。アンセリーナはそのまま満面の笑みを浮かべ、青年に駆け寄って抱き付いた。
「お帰りなさいませお兄様!まさか来ていただけるなんて!」
「久しぶりアンシー。すまないね、本当はもっと早く着くつもりだったんだけど、途中で馬車がぬかるみにはまってしまってね。余計な時間を食ってしまったんだ」
「いいえ!お会いできただけで嬉しいですわ!」
「よう来たなクリス。アカデミーの方はよいのか?」
「はい、父上。妹のお披露目ですからね。教授たちもダメとは言いませんでしたよ。これでも優等生でしてね」
さわやかな笑顔で答えるこの青年はクリスティーン・ホール・エルモンド。この伯爵家の嫡男であり、アンセリーナの兄だ。現在は王都にある王立アカデミーに在籍しており、家を離れていた。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。お知らせくだされば歓迎の準備を整えましたものを」
「悪いねハンス。アンシーをびっくりさせようかと思って。でも結局パーティーには間に合わなかったからみっともない話だ。せっかくの妹の晴れ舞台を見られなくて残念だよ」
「構いませんわ、お兄様。どうせ私の晴れ舞台ではございませんでしたし」
「うん?どういう意味だいアンシー?」
アンセリーナが少しはにかみながら、パンナを身代りにしたことを打ち明けると、クリスは苦笑し
「おいおい、人付き合いが苦手なのは知っているけど、自分のお披露目くらいちゃんと出なきゃだめじゃないか」
「だって~、他人は苦手なんですもの。お兄様がずっと隣にいてくださったなら考えなくもなかったですけど」
クリスの腕に絡みつきながらアンセリーナが甘えた声で言う。やれやれ、相変わらずのブラコンだ、とパンナは苦笑する。クリスがアカデミー入学のため王都に向かう日、離れたくないと泣き叫んだアンセリーナの顔が思い浮かぶ。思えばあれからアンセリーナの人見知りはさらにひどくなったような気がした。この百分の一でもいいから他人に合わせてもらいたいわね、とパンナはつくづく思う。
「それにしてもパンナがね。ふうん、前から可愛いとは思っていたけど、アンシーに引けを取らないほどだったとは。迂闊だったな」
「ク、クリス様、からかわれるのはおやめください」
クリスにじっと見つめられ、パンナが顔を赤らめて視線を逸らす。その様子にアンセリーナは頬を膨らませ
「まあ!お兄様ったら。私よりパンナの方が可愛いとおっしゃるんですの!?」
「アンシーより可愛いとは言ってないさ。ひけをとらないと言ったんだ。そうじゃないとお前の身代わりなんて出来ないだろう?」
「それはそうですけど……」
「それでさっきゲスナーのことを言ってらようだけど?」
「はい。アクアット家のゲスナー様が今日お出でになったのですが、少々悶着がありまして。それで明後日のゲスナー様のお披露目への参加をいかがするかと協議しておりました」
「悶着とは?」
「パンナ、坊ちゃまにご説明を」
「はい」
パンナは先ほど伯爵にしたルミアの一件をもう一度クリスに報告する。
「はは、相変わらず器の小さい男だな。あいつ、アカデミーでもやたら僕に構ってきましてね。どうしてあそこの家はこうもうちを目の敵にするのか」
王立アカデミーは各地の貴族の子息が通う名門で、生徒の多くが次期当主となる嫡子である。ゲスナーもアクアット家の嫡子として通っており、クリスの後輩にあたる。
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「その通りでございます」
「分かった。なら僕が出席しよう」
「ええ!?」
「で、ですが坊ちゃま」
「よいのかクリス?アカデミーもいつまでも休めるわけではあるまい」
「そうですクリス様。それに長旅でお疲れでしょう?」
「何、グレーキンはすぐそこだし、今夜一晩休めば問題ないよ。アカデミーの方も単位に若干の余裕はあるし。言っただろ?こう見えても優等生だって」
「確かにお前が行ってくれるのであれば安心だが……」
「まあ向こうは当然娘が来てくれた方がありがたいでしょうが、まさかライバル視しているうちのアンシーを嫁にとは思ってないでしょうし、先輩の僕が行けば一応の義理は立ちます。丁度いい、パンナが受けた仕打ちを倍返しにしてやりましょう」
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「僕はけっこう怒ってるんだよ。あいつはアンシーだと思って嫌がらせをしたわけだろ?可愛い妹をコケにされて黙ってはいられないさ」
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「ですが坊ちゃま。お披露目の場で主役に恥をかかせるというのはいかがかと。周辺諸侯も集まっておりますし、下手な噂が流れては……」
「問題ないよハンス。そこは上手くやるさ。これでも王都で処世術はかなり習得したつもりだからね」
クリスの言葉にアンセリーナが複雑な顔をする。パンナは内心で苦笑し
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