胡蝶の夢

秋澤えで

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高等部編

鳴けぬ蛍は身を焦がす

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文化祭開始から止められていたチャイムが校内に響く。鐘とともに祭り気分は霧散し、華やかな教室や廊下の片づけが開始される。


「あー、もう文化祭終わっちゃうんだね。二日間とかやればいいのに。」
「その言葉を聞いて僕は今日一日で文化祭が終わることに喚起してます。」


教室内に作られていた薄い木の板を力ずくで引き剥がすとバリバリと音を立てて倒れた。次の板へと手を掛ける僕の服装はメイド服から一変して着慣れた男子用の制服である。スカートの丈が短かったわけではないが、あんなひらひらして防御力があからさまに低そうなものを身につけるなんて極力したくない。奥の机の上に山を作った煌びやかな衣装や、壁を壊し張った布を剥がす様はなかなか哀愁が漂う。浮ついた夢から現実に無理やり戻されるようだった。


「二日間続くのは流石に嫌だな、疲れるだろ。」
「だな……、あと、二日もここで、調理なんてしたら……甘い匂いが、教室に染みつく……。あんな匂いが付いたら、授業中、お腹がすく。」
「三人とも枯れてるね!もっとこう、青春してる感じ味わおうよ!」


枯れている、と評され、うっと内心真顔になった。そう言われてしまうと僕の中身の年齢を意識させられる。途中からいろいろと辛いから中身の年齢を数えるのを止めてしまった。そんなこと気にしてたらランドセルを背負うのも素面で中学生高校生の制服を着るなんて不可能だ。何事に関してもついつい冷めた反応をしてしまうのは致し方ないことと考えている。何より、蓮様も黒海もさして浮ついたタイプではないことも手伝って、妙に浮くなんてこともない。しかし言わせてもらえば青春してる感じを味わうとか言ってる日和が一番枯れてる匂いがする。


「にしても、これすごいですよね。文化祭当日までは大事な材料なのに、文化祭が終わって30分もしたらゴミの山ですよ。」


使用した木材は最低限で、部屋を分けるのには主にカーテンを利用していたが、それなりの量がゴミになる。壊した板や、それから出た木屑は一部にまとめられ、段ボールの山の横に鎮座ましましている。


「言っても、俺たちはましな方じゃないか?たぶんお化け屋敷とかの方がゴミが出るだろうしな。」
「そうだろうな……、さっき廊下歩いてたら、血糊に塗れた、人形の首とか、置いてあったし……、作る壁も多ければ、使う小道具も多い。」
「人形の首は見たよ。……あれ、捨てると思うとそれなりにおぞましいよね。自分たちで作ったとはいえ。でも規定量までは学校で処理してくれるけど、あとは各クラスで生徒が持ち帰らなきゃいけないから問題ないと言えば問題ないんだよね。」


大きい木の破片は叩き割り細かくしていく。規定量はゴミ袋の個数で決まっているため、極力表面積を小さくするため一部の生徒たちは金槌でたたき割っている。布や段ボール位であれば個人個人で処理ができるが、木材となると処理が面倒な上にいったん家や寮に持って帰ることも面倒なため木の粉砕が最優先である。


「赤霧くん、ちょっと良い?」
「何ですか?」


かけられた声に膝で叩き割っていた木の板を一度床に置く。膝で砕いていたら日和に女子力は……などと呟かれたが今更過ぎる。


「机足りなくて、いくつか学習室から持ってきてたんだけど、戻してきてくれない?」


言われるままに机を見ると、普段使っている机とは少し天板の色が薄い机が三つだけ離れた場所に置いてあった。


「生徒棟の三階の第一学習室なんだけど、お願いできる?」
「ええ、わかりました。まあ流石に一度には運べませんが……。では細かい片付けの方、よろしくお願いします。」


お願い、と言いながらもすでに手に学習室の鍵を持たされてしまい拒否権がないことを悟り笑って快く引き受けポケットに鍵を突っ込む。三度に分けて運ぶ気にはなれないため三つのうちの二つを天板を重ね合わせて持ち上げた。


「涼ちゃん、それどっか持っていくの?」
「あ、ええ。机を三つ学習室に戻しに行くんです。」
「じゃあ私も持ってくー!」


そういって僕の返事も聞かず、残り一つとなっていた机を持ち上げて廊下へと走り出していってしまった。身体に合わないサイズの机を抱えた日和を慌てて追いかける。あの子なら転びかねない。重ねた机を抱えなおして僕も廊下へと走り出た。



******



「危ないじゃないですか。机を持ったまま走り出さないでください……。」
「あははは、転んだりしないよ。むしろ二つも机運びながら走る涼ちゃんのほうが危ないでしょ。」


僕の心配など歯牙にもかけないとでもいうようにカラカラと笑う日和に文句を言う気すら失せる。鍵を開けて教室内を見てみると、なるほど、三つ分机が欠けていた。持ってきた机をその穴に置くと夕日のさす絵に描いたような教室の図になった。まだ片付けも済んでいないためさっさと教室から出ようとするが、日和はなぜか奥へ、窓際へと歩いていく。


「日和……?」


校庭の見える窓を日和が躊躇なくガラッと開ける。入り込んできた微かに冷たい風が教室へと吹き込み、たまっていたのであろう細かい埃が舞い上がり、夕日をまぶしく反射させた。夏の色はもうほとんど見えないというのに、ヒグラシは未だ小さく空気を震わせていた。姿を隠すのが随分と早くなった日は、ジリジリト熱を上げていく。


「まだ、蝉鳴いてるね。」
「……ええ。もうすっかり秋なのに、長いですね。」

「『恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす』」

「……都都逸ですか。」


脈絡もない日和の言葉に眉を顰める。逆光で、表情は見えない。だが薄らと見える口元が弧を描いていることはわかった。日は熱く、風は秋色。だのに背筋を伝う汗が、異様に冷たかった。短くはない時間、彼女とはいる。しかし今目の前で笑う彼女は僕の知っている進藤日和ではないように感じた。


「鳴かない蛍の方がより強い想いを持ってる、みたいなたとえだけど、蛍は何で鳴かないんだと思う?」
「鳴けない、からじゃないんですか。」


至極当然のように答えたが、なんとなく彼女が求めている答えがそれではないと感じていた。だが僕の持つ答えはこれしかないため、他に答えようがない。予想通りその答えは日和の望んだものではなかったらしく、くすくすと軽快に笑った。


「私さあ、本当は蛍って鳴けたんじゃないかって思うんだ。実は出し惜しみしたんだよ。」
「出し惜しみ……、」

「最初は出し惜しみしてたんだけど、そのうち鳴き方を忘れちゃって、本当に鳴けなくなっちゃったんだ。」
「……何が、言いたいんですか?」


脈絡のない話を聞いていたが、途中で何か日和が言おうとしていることに気が付いた。蛍は何かを示唆している。薄ら寒さと不気味さに、教室から出たくなった。


「でもさ、鳴けなくなっちゃっても実はやっぱり鳴けるんだよ。ただ鳴き方を忘れてるだけで。」
「…………、」


ジリジリとした夕日、小さな声で鳴き続ける蝉、窓から入ってくる風、どこか遠くから生徒の騒ぐ声が聞こえる。まるでこの教室だけ切り取られたような空気。耳に入る音はたくさんあるはずなのに、小さな鳴き声がじわじわと反響して頭の中を占めていく。ガンガンと頭が揺れるというのに、日和の声だけはひどくクリアに聞こえる。


「本当はね、鳴けるんだ。」
「鳴けるはずなのに黙るから、鳴けなくなる。見えるはずなのに目を瞑るから、見えなくなる。触れるはずなのに離れるから、触れることすらできなくなる。」


胸に何かがつっかえ、息苦しくなる。得も言われぬ寒気と吐き気に襲われた。彼女が示唆があからさまになる、悩む間もなく何のことかが嫌でも理解させられる。

この目の前にいる子は一体誰だろうか。


「全部、わかってるんでしょ?」


暴力的なまでに真っ直ぐな言葉はしっかりと僕の中に入り込んできた。

ぐらりと傾く世界を最後に意識は夕日の中に溶けていった。
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