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高等部編
彼女の足跡
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「ところで、赤霧さんはどうしてここに?」
「例のごとくそこの教師に拉致されました。……生徒会って随分仕事があるんですね。」
いくつか机の上に所狭しと積まれているプリントやファイル、バインダーに目を向ける。雪崩が起きるほどではないが、必要らしきA4一枚置けるほどの空間を除いて机の天板は目視できない
「んーどうだろうね。それなりに仕事はあるけど、たぶん君が思ってるほどじゃないと思うよ。プリント類が大分かさばってるけど生徒たちに配るためにたくさん印刷したのを一時的においてるだけだし。……生徒会は人数が少ないから先生方もそれほど仕事は回さないんだ。」
「今生徒会って何人いるんですか?」
そう何気なく聞くと山岡先輩は浅くうなだれた。その様子に隣に立つ紫崎教諭が首を傾げる。
「四月の任命式の時は6人いたね。生徒会長、副会長に書記と会計が二人ずつ。……今は二人しかいないみたいだけど。」
「そうなんですよ……最初は6人いたんですよ……!」
「……何があったんですか?」
浅く項垂れていた頭を今度は抱えだす。数年前にあったときにもそういえばこの先輩はこんな感じだった。彼は基本的に誰かに困らされている、というイメージが強い。何があったか聞いてほしそうな雰囲気なのでわずかな憐れみも込めて聞いてみる。
「最初こそさ、ほかの生徒会役員たちもしっかりやってたんだけど……。」
ぼそぼそと何やら続けるが声が小さすぎる上に下を向いているため全く声が届かない紫崎教諭をちらりと
みてみるが彼も聞こえていなかったらしい。二人して顔を見合わせた。
「すいません、もう一度お願いします。」
「……役員みんなどこまでも会長と性格が合わなかったんだよぉ……!」
半ば泣き崩れるような山岡先輩に口を閉じるしかなかった。どうしようもない。そもそも会長と性格が合う合わない時点の前に、彼と性格が合う人間はいるのだろうか。彼とうまくやるには山岡先輩のように世話を焼くような立ち位置に立つか、ひたすら会長を肯定したりイエスマンになるなど彼の性格に合わせるほかないだろう。
「まさかそれで辞めて……!?なにもそんなことを理由に辞めたりは、」
「それを理由に3人辞めちゃったんですよ、先生……。」
残ってくれてるのは書記の子一人ですよ、はははは、と乾いた笑いをこぼす先輩が痛々しい。
「そんな軽い気持ちで生徒会役員をやってもらっていては困る。生徒の模範となるべき生徒なのにそんなちょっとした人間関係くらい我慢をしてもらうべきじゃないか?」
「いや、もう……本当に、辞められる理由が明確なうえに気持ちは痛いほどわかりますから止められなかったし責められないんですよ……。」
「……想像はつきます。本当にお疲れ様です。」
「ありがとう……!」
はっきりと彼は明言しないが、口ぶりからして黄師原が何かやらかしたのであろう。言葉の裏には全面的に会長が悪いと言わんばかりの色が見える。だが彼の顔からは諦めや悲壮感は見られるが、黄師原に対する怒りや責めるような態度は見られない。
「……どうして辞めちゃったんですか?いくらかの会長とはいえまだ五月ですよ?大事をやらかしたって噂は聞きませんし、人間関係が悪化するにも一月じゃ早すぎませんか?」
「あ-……うん。今回のは絶対的に煌太郎が悪いとは言えないんだ。ただ、その……ちょっと正論過ぎて、ちょっとまじめすぎて、かなり言い方がきつくて、かなり傲慢だったそれだけなんだ……!」
よよ、と泣き崩れて見せる先輩に引き攣った笑いしか返せない。それはそれだけと言えるのだろうか。
ただ言い方が居丈高、傲慢というのは知っていたし、それが軋轢を生むだろうというのは想像していたが、ちゃんと正論は使えるのかと僕は密かに感動している。かつてただ権力を振りかざすばかりだった黄師原も成長していたのかと、親にも近い目線で悟ってみた。
頭が固すぎる正義漢。それ自体は決して悪いことではない。本人の知らないところで勝手に株が上がった。
「まあ会長が傲慢なのは今に始まったことではありませんし……。仕方ないですよ。きっと他に会長の下で働いても良いっていう心の広い人が来てくれますって!」
「……じゃあ赤霧さん生徒会に入ってくれる!?」
「あ、遠慮しておきます。」
「やっぱりね!わかってたよ!」
分かってたけど……!と言って突っ伏す山岡先輩に憐れみの視線を送る。
可哀想だとは思うが、あいにく今の自分に生徒会の仕事をするほどの余裕は心理的にも時間的にもない。今年は特にそうなるだろう。何より僕が黄師原の下で大人しく働くわけがない。すでに辞めた三人にすぐに続くことになるだろう。
「おい鉄司!そんな奴を生徒会に誘うな!それとさっさと助けろ!……なんだその眼は!?」
つい先ほどまで藤本教諭にさんざん遊ばれていた黄師原がこちらへ来て山岡先輩に物申す。いつもはきちっと整えられている服が乱れ、黄色の髪もぼさぼさで見る影もない。三人して、あれが犠牲者の末路か……と恐々とした目をする。悲惨な目に遭わせた本人は、すでに興味が黄師原から離れたらしく、部屋の奥で簡単な書類の仕分けをしている。興味にさえ引っ張られなければ仕事はちゃんとするらしい。
「煌太郎、現実を見なよ。生徒会の現状は半分の役員に辞められて人手不足、そのおかげで生徒会顧問の先生も気を遣って仕事量を調節する始末。全く情けないよ。今はとにかく人手がほしいんだ!それに赤霧さんなら役員として申し分ない、役不足なくらいだよ。……まあ断られちゃったけどね。それか君が態度を変えて、辞めちゃった元役員に頭下げて戻ってきてもらうくらいしなきゃどうにもならないよ。新しく入ってきてくれる人がいてもまた煌太郎と揉めてたら意味がない。……新しい人を入れるにしろ何にしろ、煌太郎はその態度や言動を何とかするべきだ。がらりと変えろとは言わないからどこかしら妥協点を見つけて君が折れるんだ。良いね?」
近づいてきた黄師原の肩をガッと掴み顔を寄せて無表情にそう諭すようにとうとうと言った。普段の温和な彼との落差に黄師原だけでなく僕と紫崎まで口元を引き攣らせた。
「……間違ったことを言った覚えはない。」
「ああ、そうだね。間違ったことは言ってない。問題があるのは君のその態度と言い方だよ。」
「そ、そこの赤霧だって態度が良いわけじゃないだろう!?」
長くなりそうな山岡先輩の小言から逃れるためか、あろうことか黄師原は僕を引き合いに出してきた。
「今僕関係ありませんよね。それに貴方よりかはおそらく悪くはないでしょう。生憎僕は貴方のその傲慢さは持ち合わせていませんので。」
「ぐっ……、」
我ながら態度が良いとは言えないような態度で黄師原に対応する。いつかのようにキャンキャンと言い返してくるかと思いきや、僕の皮肉に押し黙った。思わず小さくほう、と感嘆の息を吐いた。やはりもうただの傲慢で高慢な馬鹿ではないらしい。自らの悪い気質を認め、それを不服ながら享受する。まともになったものだ。
「だ、だが、今一応手伝いに来ている一年がいるだろう。一年にしては使えるし、あれを入れれば前と同じ量の仕事は回せるだろう?」
「手伝いに来てくれる一年生の子を『あれ』呼ばわりしない!」
多少は良くなったものの、本質的なところは変わってないな、と思わせる黄師原の発言に山岡先輩が叱り付けるように注意する。……なんというか、中学の時よりも先輩はたくましくなった気がする。
いや、それよりも崩壊寸前の生徒会を手伝いに来ている一年生って……ほぼ確信に近い想像を持ちつつ尋ねる
「……一年生で手伝いに来てくれる子なんているんですね。一年の生徒会参入は学年の後期からだったかと思いますが。」
「んん、と。正式な参入自体は一応後期からって決まりだけどね、ボランティアで手伝いに来てくれてるだけだから特に手続きとかはしてないし、生徒会の役員であるわけじゃないよ。」
「……一般生徒に見られても問題が範囲で手伝いをさせてる。今のところはほとんどが雑用だ。」
「なんていう子ですか?」
そう聞くと、やはり想像通りの名前が黄師原の口から零れた。
「一年の桃宮天音。」
「あ!桃宮さんだったのか!どの部活にも入ってなかったのは生徒会のためか……。」
「ああ、そういえば朔良先生は桃宮さんのクラス、一年B組の担任でしたね。それくらい生徒会参入に意欲的だと嬉しいんですが。いつも彼女のおかげで助かってますよ。」
紫崎の納得と言った表情に山岡先輩が苦笑いする。部活に入らなかった理由がそれと確定はしないため、手放しで喜ぶわけにはいかないのだろう。だが希望が入っているあたり本当に重宝はされているらしい。
「そもそもなんで彼女は手伝うことになったんですか?」
「あの入学式の派手な登場、お前も見ただろう。あれで生徒会にも迷惑かけたと思ったらしくて、それで詫びを入れに来ていた。……その詫びの一部が簡単な雑用。それで流れで今も業務を手伝う形になっている。」
「最初は煌太郎目当ての子かとも思って断ろうとしてたんだ。ほら、煌太郎顔と家柄だけはいいから。顔と家柄だけは。まじめないい子でよかったよ。」
大切なこと、とでも言うように繰り返した山岡先輩に黄師原が渋い顔をする。顔や家柄だけで寄ってくる人間の揶揄をしていることは分かったらしい。この様子からすると、高校でも件の取り巻き達は元気にやっているようだ。
「今日は来てないけど、普段は週に3、4日来ててね。本当に助かってる。……でももう一人くらい増えると嬉しいかな。」
イイ笑顔でそう言って僕の方を凝視する先輩にどっちともつかない苦笑いを返し、そのまま生徒会室から出ていった。
******
どうやら桃宮さんはバランスよくほとんどのキャラクターに接触しているらしい。サブキャラクターの中でもルートを絞らなければならない黒海を選ばないあたりが不安を煽る。僕がいるせいか何なのか、いまだに赤と白とは接触を果たしていない。だが僕らのD組と彼女のB組は同じ校舎の同じ階だ。いつなん時遭遇したっておかしくはない。これからも彼女との接触を避けるべきか、いっそ青柳の時のような強制エンカウントを避けるためにあえて絡みに行くか、
「一緒に来たのにおいてくなんて酷いんでねえの?赤霧くん。」
「っ!!」
どれほどぼうっとしていたのかは分からない。ただゆっくり近づいていたのであろう藤本教諭に気づくことができなくて舌打ちしたくなる。本当にここのところの注意力の散漫たるや、腹立たしい。
「……何かしてるように見えたので。」
「何かしてるねえ……。何かしてるのはお前のほうじゃあないか?最近何か嗅ぎまわってるらしいじゃねえか。」
この人の勘の良さはいったい何なのだろう。いや、これは勘なのか?もしかしたら何かしら僕が聞いて回ってるのに気づいたのかもしれない。だが彼のことだからカマをかけている可能性も捨てがたい。
「……さて、何のことでしょう。」
「そんなに桃宮ってぇのは別嬪さんなのかねえ?話聞く限り、女子版『赤霧涼』みてえじゃねえの。」
小さく舌打ちを打つ。果たして彼に聞こえているかは分からないが相も変わらず飄々としている。
カマかけでも勘でもなく、ただこうもピンポイントで気づかれているとは思わなかった。
どうすることもできない。どうするべきかもわからない。
知られたところで困ることはない。猫かぶりだって彼の前では今更なのだ、動きづらくなるなんてことはないし、桃宮さんのことを聞いて回っているということは別におかしいことではない。学校で噂の新入生。誰だって気になるだろう。野次馬根性でこんなことしている生徒だってきっと少なくはない。
「誰だって、あの子のことは気になるでしょう?」
「さあて、な。いつだって白樺のことで頭がいっぱいの赤霧が、他人にこう執心するのはただ珍しくてなあ……、」
「そんなこともありますよ。」
まともに、顔が見られない。この人はこんなにも絡んでくる人だっただろうか?いつだってある程度の線は踏み込まず、お道化て誤魔化してみせる彼の姿がぶれる。蓮様のことが地雷だとわかっているのに、なぜ今回に限って彼の名前を出したのか。わからない。目の前の担任がいったい何を考えているのか。
「ま、そんなこともあるわな。」
「へ……、」
いきなり境界線を踏んできたにも関わらず彼はのらりくらりとそこから離れていった。思えばいつもそうだったのかもしれない。彼は絶対に僕を怒らせない。僕が怒るギリギリのところでいつも引いて見せる。だから僕は怒り損ねるのだ。
「他人のことを気にするのもほどほどにしておけよ?慣れねえことはするもんじゃねえ。……それと、もうすぐ試験週間だからな。桃宮のこと気にしてて集中できませんでした、じゃあ話にならねえからな。ちゃんと勉強はしておけよ。」
いつしか足を止めていた僕を置いて、一人藤本教諭は職員室へと向かっていった。一人取り残された誰もいない放課後の廊下で、僕は何も考える気にはなれなかった。ぐちゃぐちゃに絡まった思考回路から浮き出るようにただ、呟いた。
「試験週間、かあ……。」
僕の独り言を聞く者は誰もいない。校庭に面した窓から、サッカー部の声が聞こえた。
「例のごとくそこの教師に拉致されました。……生徒会って随分仕事があるんですね。」
いくつか机の上に所狭しと積まれているプリントやファイル、バインダーに目を向ける。雪崩が起きるほどではないが、必要らしきA4一枚置けるほどの空間を除いて机の天板は目視できない
「んーどうだろうね。それなりに仕事はあるけど、たぶん君が思ってるほどじゃないと思うよ。プリント類が大分かさばってるけど生徒たちに配るためにたくさん印刷したのを一時的においてるだけだし。……生徒会は人数が少ないから先生方もそれほど仕事は回さないんだ。」
「今生徒会って何人いるんですか?」
そう何気なく聞くと山岡先輩は浅くうなだれた。その様子に隣に立つ紫崎教諭が首を傾げる。
「四月の任命式の時は6人いたね。生徒会長、副会長に書記と会計が二人ずつ。……今は二人しかいないみたいだけど。」
「そうなんですよ……最初は6人いたんですよ……!」
「……何があったんですか?」
浅く項垂れていた頭を今度は抱えだす。数年前にあったときにもそういえばこの先輩はこんな感じだった。彼は基本的に誰かに困らされている、というイメージが強い。何があったか聞いてほしそうな雰囲気なのでわずかな憐れみも込めて聞いてみる。
「最初こそさ、ほかの生徒会役員たちもしっかりやってたんだけど……。」
ぼそぼそと何やら続けるが声が小さすぎる上に下を向いているため全く声が届かない紫崎教諭をちらりと
みてみるが彼も聞こえていなかったらしい。二人して顔を見合わせた。
「すいません、もう一度お願いします。」
「……役員みんなどこまでも会長と性格が合わなかったんだよぉ……!」
半ば泣き崩れるような山岡先輩に口を閉じるしかなかった。どうしようもない。そもそも会長と性格が合う合わない時点の前に、彼と性格が合う人間はいるのだろうか。彼とうまくやるには山岡先輩のように世話を焼くような立ち位置に立つか、ひたすら会長を肯定したりイエスマンになるなど彼の性格に合わせるほかないだろう。
「まさかそれで辞めて……!?なにもそんなことを理由に辞めたりは、」
「それを理由に3人辞めちゃったんですよ、先生……。」
残ってくれてるのは書記の子一人ですよ、はははは、と乾いた笑いをこぼす先輩が痛々しい。
「そんな軽い気持ちで生徒会役員をやってもらっていては困る。生徒の模範となるべき生徒なのにそんなちょっとした人間関係くらい我慢をしてもらうべきじゃないか?」
「いや、もう……本当に、辞められる理由が明確なうえに気持ちは痛いほどわかりますから止められなかったし責められないんですよ……。」
「……想像はつきます。本当にお疲れ様です。」
「ありがとう……!」
はっきりと彼は明言しないが、口ぶりからして黄師原が何かやらかしたのであろう。言葉の裏には全面的に会長が悪いと言わんばかりの色が見える。だが彼の顔からは諦めや悲壮感は見られるが、黄師原に対する怒りや責めるような態度は見られない。
「……どうして辞めちゃったんですか?いくらかの会長とはいえまだ五月ですよ?大事をやらかしたって噂は聞きませんし、人間関係が悪化するにも一月じゃ早すぎませんか?」
「あ-……うん。今回のは絶対的に煌太郎が悪いとは言えないんだ。ただ、その……ちょっと正論過ぎて、ちょっとまじめすぎて、かなり言い方がきつくて、かなり傲慢だったそれだけなんだ……!」
よよ、と泣き崩れて見せる先輩に引き攣った笑いしか返せない。それはそれだけと言えるのだろうか。
ただ言い方が居丈高、傲慢というのは知っていたし、それが軋轢を生むだろうというのは想像していたが、ちゃんと正論は使えるのかと僕は密かに感動している。かつてただ権力を振りかざすばかりだった黄師原も成長していたのかと、親にも近い目線で悟ってみた。
頭が固すぎる正義漢。それ自体は決して悪いことではない。本人の知らないところで勝手に株が上がった。
「まあ会長が傲慢なのは今に始まったことではありませんし……。仕方ないですよ。きっと他に会長の下で働いても良いっていう心の広い人が来てくれますって!」
「……じゃあ赤霧さん生徒会に入ってくれる!?」
「あ、遠慮しておきます。」
「やっぱりね!わかってたよ!」
分かってたけど……!と言って突っ伏す山岡先輩に憐れみの視線を送る。
可哀想だとは思うが、あいにく今の自分に生徒会の仕事をするほどの余裕は心理的にも時間的にもない。今年は特にそうなるだろう。何より僕が黄師原の下で大人しく働くわけがない。すでに辞めた三人にすぐに続くことになるだろう。
「おい鉄司!そんな奴を生徒会に誘うな!それとさっさと助けろ!……なんだその眼は!?」
つい先ほどまで藤本教諭にさんざん遊ばれていた黄師原がこちらへ来て山岡先輩に物申す。いつもはきちっと整えられている服が乱れ、黄色の髪もぼさぼさで見る影もない。三人して、あれが犠牲者の末路か……と恐々とした目をする。悲惨な目に遭わせた本人は、すでに興味が黄師原から離れたらしく、部屋の奥で簡単な書類の仕分けをしている。興味にさえ引っ張られなければ仕事はちゃんとするらしい。
「煌太郎、現実を見なよ。生徒会の現状は半分の役員に辞められて人手不足、そのおかげで生徒会顧問の先生も気を遣って仕事量を調節する始末。全く情けないよ。今はとにかく人手がほしいんだ!それに赤霧さんなら役員として申し分ない、役不足なくらいだよ。……まあ断られちゃったけどね。それか君が態度を変えて、辞めちゃった元役員に頭下げて戻ってきてもらうくらいしなきゃどうにもならないよ。新しく入ってきてくれる人がいてもまた煌太郎と揉めてたら意味がない。……新しい人を入れるにしろ何にしろ、煌太郎はその態度や言動を何とかするべきだ。がらりと変えろとは言わないからどこかしら妥協点を見つけて君が折れるんだ。良いね?」
近づいてきた黄師原の肩をガッと掴み顔を寄せて無表情にそう諭すようにとうとうと言った。普段の温和な彼との落差に黄師原だけでなく僕と紫崎まで口元を引き攣らせた。
「……間違ったことを言った覚えはない。」
「ああ、そうだね。間違ったことは言ってない。問題があるのは君のその態度と言い方だよ。」
「そ、そこの赤霧だって態度が良いわけじゃないだろう!?」
長くなりそうな山岡先輩の小言から逃れるためか、あろうことか黄師原は僕を引き合いに出してきた。
「今僕関係ありませんよね。それに貴方よりかはおそらく悪くはないでしょう。生憎僕は貴方のその傲慢さは持ち合わせていませんので。」
「ぐっ……、」
我ながら態度が良いとは言えないような態度で黄師原に対応する。いつかのようにキャンキャンと言い返してくるかと思いきや、僕の皮肉に押し黙った。思わず小さくほう、と感嘆の息を吐いた。やはりもうただの傲慢で高慢な馬鹿ではないらしい。自らの悪い気質を認め、それを不服ながら享受する。まともになったものだ。
「だ、だが、今一応手伝いに来ている一年がいるだろう。一年にしては使えるし、あれを入れれば前と同じ量の仕事は回せるだろう?」
「手伝いに来てくれる一年生の子を『あれ』呼ばわりしない!」
多少は良くなったものの、本質的なところは変わってないな、と思わせる黄師原の発言に山岡先輩が叱り付けるように注意する。……なんというか、中学の時よりも先輩はたくましくなった気がする。
いや、それよりも崩壊寸前の生徒会を手伝いに来ている一年生って……ほぼ確信に近い想像を持ちつつ尋ねる
「……一年生で手伝いに来てくれる子なんているんですね。一年の生徒会参入は学年の後期からだったかと思いますが。」
「んん、と。正式な参入自体は一応後期からって決まりだけどね、ボランティアで手伝いに来てくれてるだけだから特に手続きとかはしてないし、生徒会の役員であるわけじゃないよ。」
「……一般生徒に見られても問題が範囲で手伝いをさせてる。今のところはほとんどが雑用だ。」
「なんていう子ですか?」
そう聞くと、やはり想像通りの名前が黄師原の口から零れた。
「一年の桃宮天音。」
「あ!桃宮さんだったのか!どの部活にも入ってなかったのは生徒会のためか……。」
「ああ、そういえば朔良先生は桃宮さんのクラス、一年B組の担任でしたね。それくらい生徒会参入に意欲的だと嬉しいんですが。いつも彼女のおかげで助かってますよ。」
紫崎の納得と言った表情に山岡先輩が苦笑いする。部活に入らなかった理由がそれと確定はしないため、手放しで喜ぶわけにはいかないのだろう。だが希望が入っているあたり本当に重宝はされているらしい。
「そもそもなんで彼女は手伝うことになったんですか?」
「あの入学式の派手な登場、お前も見ただろう。あれで生徒会にも迷惑かけたと思ったらしくて、それで詫びを入れに来ていた。……その詫びの一部が簡単な雑用。それで流れで今も業務を手伝う形になっている。」
「最初は煌太郎目当ての子かとも思って断ろうとしてたんだ。ほら、煌太郎顔と家柄だけはいいから。顔と家柄だけは。まじめないい子でよかったよ。」
大切なこと、とでも言うように繰り返した山岡先輩に黄師原が渋い顔をする。顔や家柄だけで寄ってくる人間の揶揄をしていることは分かったらしい。この様子からすると、高校でも件の取り巻き達は元気にやっているようだ。
「今日は来てないけど、普段は週に3、4日来ててね。本当に助かってる。……でももう一人くらい増えると嬉しいかな。」
イイ笑顔でそう言って僕の方を凝視する先輩にどっちともつかない苦笑いを返し、そのまま生徒会室から出ていった。
******
どうやら桃宮さんはバランスよくほとんどのキャラクターに接触しているらしい。サブキャラクターの中でもルートを絞らなければならない黒海を選ばないあたりが不安を煽る。僕がいるせいか何なのか、いまだに赤と白とは接触を果たしていない。だが僕らのD組と彼女のB組は同じ校舎の同じ階だ。いつなん時遭遇したっておかしくはない。これからも彼女との接触を避けるべきか、いっそ青柳の時のような強制エンカウントを避けるためにあえて絡みに行くか、
「一緒に来たのにおいてくなんて酷いんでねえの?赤霧くん。」
「っ!!」
どれほどぼうっとしていたのかは分からない。ただゆっくり近づいていたのであろう藤本教諭に気づくことができなくて舌打ちしたくなる。本当にここのところの注意力の散漫たるや、腹立たしい。
「……何かしてるように見えたので。」
「何かしてるねえ……。何かしてるのはお前のほうじゃあないか?最近何か嗅ぎまわってるらしいじゃねえか。」
この人の勘の良さはいったい何なのだろう。いや、これは勘なのか?もしかしたら何かしら僕が聞いて回ってるのに気づいたのかもしれない。だが彼のことだからカマをかけている可能性も捨てがたい。
「……さて、何のことでしょう。」
「そんなに桃宮ってぇのは別嬪さんなのかねえ?話聞く限り、女子版『赤霧涼』みてえじゃねえの。」
小さく舌打ちを打つ。果たして彼に聞こえているかは分からないが相も変わらず飄々としている。
カマかけでも勘でもなく、ただこうもピンポイントで気づかれているとは思わなかった。
どうすることもできない。どうするべきかもわからない。
知られたところで困ることはない。猫かぶりだって彼の前では今更なのだ、動きづらくなるなんてことはないし、桃宮さんのことを聞いて回っているということは別におかしいことではない。学校で噂の新入生。誰だって気になるだろう。野次馬根性でこんなことしている生徒だってきっと少なくはない。
「誰だって、あの子のことは気になるでしょう?」
「さあて、な。いつだって白樺のことで頭がいっぱいの赤霧が、他人にこう執心するのはただ珍しくてなあ……、」
「そんなこともありますよ。」
まともに、顔が見られない。この人はこんなにも絡んでくる人だっただろうか?いつだってある程度の線は踏み込まず、お道化て誤魔化してみせる彼の姿がぶれる。蓮様のことが地雷だとわかっているのに、なぜ今回に限って彼の名前を出したのか。わからない。目の前の担任がいったい何を考えているのか。
「ま、そんなこともあるわな。」
「へ……、」
いきなり境界線を踏んできたにも関わらず彼はのらりくらりとそこから離れていった。思えばいつもそうだったのかもしれない。彼は絶対に僕を怒らせない。僕が怒るギリギリのところでいつも引いて見せる。だから僕は怒り損ねるのだ。
「他人のことを気にするのもほどほどにしておけよ?慣れねえことはするもんじゃねえ。……それと、もうすぐ試験週間だからな。桃宮のこと気にしてて集中できませんでした、じゃあ話にならねえからな。ちゃんと勉強はしておけよ。」
いつしか足を止めていた僕を置いて、一人藤本教諭は職員室へと向かっていった。一人取り残された誰もいない放課後の廊下で、僕は何も考える気にはなれなかった。ぐちゃぐちゃに絡まった思考回路から浮き出るようにただ、呟いた。
「試験週間、かあ……。」
僕の独り言を聞く者は誰もいない。校庭に面した窓から、サッカー部の声が聞こえた。
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