胡蝶の夢

秋澤えで

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高等部編

木彫りの

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挨拶もそこそこに、実技科目棟から生徒会室のある生徒棟に移動をする。足りていなかった分の書類をいったん職員室に取りに戻ってから改めて生徒会室に向かっているのだが、追加資料を何故か僕が持っている。納得いかない。そして職員室で書類を持たされる時も違和感がない上に、もはやほかの教員から何のリアクションもされない。さも当然、というよりもなじみすぎている。パシリが板につきすぎている。全くもって解せないが、まさか渡された書類を前に逃げるわけにも持っている書類を投げ出すわけにもいかず、致し方なく僕、藤本教諭、紫崎教諭の三人で生徒会室を目指すことになってしまっている。

そして一つ問題。
会話が、ない。

最大の原因は紫崎教諭である。先ほどの藤本教諭との会話によると、自分より年上に対しては甘えに行くタイプで、自分より年下に対してはしっかりした様子を見せる。で、現在の状況は、僕は生徒で教諭よりも年下。藤本教諭は紫崎教諭よりも年上。よってどんな態度を考えあぐねているのだろう。道中ずっとそわそわとしている。また僕は僕であまり態度や言動が生徒っぽくない。紫崎教諭と二人であれば、おそらく優等生を演じきっただろうが、初対面の時点で藤本教諭とじゃれていたせいでもはや猫はかぶれない。かぶったところで藤本教諭にネタにされて終わりだ。ならば最年長者である藤本教諭にこの場を何とかしてもらいたいが、基本的にノリと気分で行動する藤本教諭の辞書に『空気を読む』と『気を遣う』という文字はない。間違いようもなく。今は何も言わず歩きながら何かを考えている。くだらないことであろうが、彼が口を開こうという気分にならない限り、おそらく話題提供も何もしないだろう。

必死に話題を探す。


「あー……、紫崎先生はさっきまで彫刻教室で何してたんですか?」

「あ、ああ!彫刻教室で丸太を削ってたんだよ。用務員さんから大きいけど使い道のない木をもらってね。専門は一応木工系だから。授業では木の彫刻はしないけど、せっかくだから何か作って美術室にでもおこうと思ってさ。」


なるほど、と納得する。高校でも中学でも選択すれば美術はあるが、木材を使う授業はあまりない。なので教室から紫崎教諭が木くずに塗れて出てきたことに違和感があったのだ。授業内容は基本的には絵具を使った絵画の類で、たまに粘土や軟らかい石の彫刻をやっているくらいである。中庭にはいくつか美術選択の生徒が作った埴輪やらよくわからないオブジェなどが置かれている。


「随分大鋸屑が付いてたみたいですけど、チェーンソーとかで削ったりするんですか?たまにイベントとかで大きなチェーンソーで木像を削り出す人がいますけど。」

「どうだろう、私は見ての通りあまり力がないからね、ああいうパフォーマンスで使うようなチェーンソーは使えないんだ。だからチェーンソーを使うのは一番最初の荒削りの時だけで、あとは小ぶりなチェーンソーとか彫刻刀とかナイフとか……、どちらかと言えば、作る工程を人に見せたりするよりも、細かい細工を気が済むまで作りこんでそれを見てもらう方が好きだから。」


さっきは荒削りだったから木くず塗れだったけど普段は違うよ、とはにかむ紫崎教諭を自分の世界からやっと戻ってきた藤本教諭が笑う。


「紫崎はひょろいからチェーンソーは似合わねえな。赤霧ならでけえもんでもぶん回せるだろ。」
「ぶん回す必要はないでしょう、ふつうに考えて。……でもまあたぶん筋力なら紫崎先生よりあるとは思いますが。」

「流石にそれは……、成人男性と普通の女子高生じゃ比べられませんよ。」
「赤霧は普通じゃねぇし、女子高生でもないぞ。」
「普通じゃないのは認めますが、一応、女子高生です。」


我ながら違和感しかないが、一応女子高生である。普通じゃないのは特に今始まったわけでも気が付いたわけでもないので否定もしない。僕らの言にも関わらず紫崎教諭は苦笑いしながら、まさか……という顔をしている。至極一般的な反応ではある。自分で異常性を主張するのも妙な話だが、そんな顔をされると認めさせたくなる。それは言い出した藤本教諭も同じようだ。


「いやいやいや、別に冗談とかじゃなくて事実だぞ?マジで。こいつの腹とか腕とか足とか見てみろ、筋肉しかねえよ。触ってもほとんどやわらかいとこねえし。本当に男子だ男子。」


そういいながら腹筋を見せるため制服のシャツを捲ろうとしてきたので流石にローキックをかます。気持ちはわかる、気持ちは。だが限度と常識というものがある。流石にほぼ初対面の人間の前で腹を出そうとは思えないし嫌だ。一応が付くとはいえこちとら女子高生だ。中学生の時から感じていたが、藤本教諭は本当に僕のことを男子だとしか思ってない。


「やめろください。そのうち本当にセクハラで校長に直談判しますよ?」
「なんだよ、腹くらい減るもんじゃない。」
「……え!?お腹見せようとしてたんですか!?言い逃れできないセクハラですよ!」


僕らのじゃれあいを苦笑いしながら見ていた紫崎だが藤本教諭の行動に気が付きギョッとする。一般的な反応に、そうだ、これが普通だ。藤本教諭が普通じゃないんだ、という謎の安心感にかられた。


「俺だってふつう女子高生の腹を見ようとか見せようとか思わないぞ!?俺が見せようとしてたのは赤霧の腹だ!」
「何で枠組みとして女子高生・男子高生・赤霧で分けられてるんですか!?どう考えてもダメですよ!」

「赤霧は男だぞ!?男が腹見られるくらいでガタガタぬかすな!あんな立派な腹筋してる方が悪い!そもそも腹見られて恥ずかしがるような質でもねえだろ!?」
「別に恥ずかしがりはしませんが普通に嫌です。刃物で刺された傷とかありますし。何より僕に露出癖はありませんので。」
「……結局赤霧さんは男子生徒なんですか!?女子生徒なんですか!?」


わけのわからない状況になり、勘違いをこじらせそうな紫崎教諭を放置したまま、生徒棟三階生徒会室、到着。
この道のりでわかったことは、紫崎教諭は常識人であること。8割悪ふざけの会話に常識人が入ると収拾がつかなくなること。


******


「よお、書類持ってきてやったぞ。」
「……藤本先生、部屋に入るときはノックをしてもらいたい。」
「あ?思春期かコノヤロー。」
「やめっ……!」
「藤本先生……せめて声を掛けるくらいは……、」


ノックもせず何の遠慮もなく唐突に生徒会室に乗り込んでいく藤本教諭に二人してため息を吐く。この人が生徒に対して最低限の常識および礼儀を払うとは思えないが、良い年した大人がこれで良いものであろうか。想像通り、部屋の奥で机に向かっていた生徒会長、黄師原煌太郎が苦言を呈す。だがしかしそれをものともせずへらへらと笑いながらズカズカと生徒会室内に上がり込み、持っていた書類や封筒の束でパシーンとその黄色い頭を引っ叩いた。確実に言える。引っ叩いたのに特に意味はない。


「……あの先生に絡まれるともう誰であろうと不憫に見えますね。」
「そうだね……、上手い躱し方とかあればいいんだけど。」
「藤本先生についてはもう無抵抗以外に方法はないと思いますよ、朔良先生。あ、書類ありがとうございます。赤霧さんも一緒だったんだね。……お疲れ様。」


久しぶりに会う副会長山岡鉄司先輩は僕らの手から書類を受け取るとササッと目を通し、机の上にそれらを乗せた。最後のお疲れ様にはいろいろなものが内包されていることが聞いて取れた。誰もこれ以上藤本教諭に絡まれたくないからか、標的になった会長を助けに行くことも加勢に行くこともない。しばしの平穏のために会長は犠牲となったのだ。
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