胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

不良とは

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現在の状況。
目の前に笑顔のイケメン。備考、髪の毛は深い青。
左手には目をキラキラさせた同室者。備考、面食い。
右手には不機嫌そうなイケメン。備考、髪の毛は白。
右手後方には笑いを堪えているイケメン。備考、髪の毛は黒。
通りすがる人たちからの視線。備考、好奇心、憐み、嫉妬等々。
何がどうあってこうなった?


今日も今日とて、わがクラスの担任教諭はやる気というものを布団の中に忘れたらしく、学級会であるにも関わらず大口を開けて寝ている。そして各々の机の上には数週間後に迫った球技大会の選手登録書が置かれて、黒板には大雑把に書かれた各種競技の説明および定員などが書かれていた。むろん、それを書いたのは藤本教諭ではなく級長である藤原さんだ。若干途方に暮れながらも学級会をまとめてくれた彼女には、大口開けて寝こけている藤本教諭の口にチョークの粉を詰め込む権利があると僕は信じて疑わない。


「ねぇねぇ何に出るー?」
「ドッヂボールはヤダよ、あたったら痛いもん。」

「バレーやろうぜ!トリプルスコアで勝ってやるよ!」
「お前それバスケか何かと間違えてね?」


ひと段落ついた話し合い、それぞれ仲の良い子やグループで同じ競技に出ようとしたり、完全に勝ちに行くチームを作ったりと騒がしい。


「涼ちゃーん、何に出るつもり?」

「ん……まだ決めてないです。でもとりあえずドッヂはやりませんね。」


黒板に書かれた文字を眺めながら答える。


「何でだ?お前なら完全に無双できるだろ。むしろお前が入ったチームが絶対勝つ。」

「白樺くん分かってないなー。涼ちゃんは強いからこそドッヂなんてできないんだよ。男女混合とはいえ、そんなところで無双したら周りから白い目で見られて人気はがた落ち。そもそも人にボールを当てること自体涼ちゃんの性格的に向いてないよ。」

「まあ、中身はともかく……見た目は、完全に男子の奴が、がんがんボール当ててたら……顰蹙買う、な。」

「まさにそうですね。」


僕がドッヂをやるには絶対に手加減が必要になる。だが勝負であるためにクラスのことを考えて勝つ必要がある。絶対に負けないように手を抜く、なんて器用なことはできないことはないがクラスの子に手を抜いていることがばれれのはよろしくないため、極力相手と圧倒的な差がつかないなおかつ怪我をさせる確率が低い競技に出たいのだ。

一応紳士を目指しているのだ。こんなところでそれを頓挫させ、周りからの印象を悪くさせるつもりは毛頭ない。


「……それなら、バレーか、バスケが、無難なところじゃないか……?」

「んー……じゃあバスケにします。バレーってあんまりルールわかりませんので。」


もっともバスケもしっかりルールを理解しているわけではない。認識としては相手のコートのゴールにボールを突っ込めば二点、というものだろう、たぶん。少なくともバレーよりかはシンプルだろう。


「私は運動神経が残念だから、人数の多いドッヂにしとこ。」

「……日和はずっと外野にいるタイプですよね。」


四月の体力測定時に発覚したのだが、彼女の運動神経はすさまじい。身体が小さいというのもあるのだろうが、握力も上体起こしも最低点。長座体前屈は高得点だったが、50メートル走も長距離走も中の下といったところだ。


「じゃあ、俺はバスケやる……。涼……楽させてくれ。」

「おい黒海、それは思ってても言わないもんだぞ。……バスケかぁ、」


どこまでも正直な黒海をフォローなのかよく分からない言葉で諫め、どの競技に出るか逡巡する。そしてはたと気づく。彼の性格から、僕と同じ競技を選ぶかと思ったのだが悩む理由。それはおそらく神楽様がバスケ部であったことからだろう。大方、もう気にするほど嫌いというわけではないけど、あれと似たようなことをするのはなんとなく気に食わない、とでも思っているのだろう。


「……俺もバスケにしとこうかな、ほどほどに頑張る。」

「ほどほどですか。」

「でも実のところほどほど、としか言えないよねぇ。勝ちに行くところはたぶんバスケ部バレー部で固めたチーム作るだろうし。ほどほどにみんな頑張ろうか。」

「いや、進藤はドッヂ、なんだから……頑張れよ?」

「写真部の運動神経のなさ、舐めちゃだめだよ!」

「運動神経の良い写真部の人に謝りなさい。」


ごめんなさい!と反省のかけらもなく言う日和を横目に登録書に要項を埋めていった。







「それじゃ、着替えたら校庭来てね?」

「はいはい、わかってますよ。早く更衣室行かないと間に合わなくなっちゃいますよ?」


パタパタと走っていく日和の小さな背中を見送り、無人の学習室へ行った。

本来なら体育のときや球技大会などのイベント事のときは男女それぞれの更衣室で着替えるのだが、僕はそうもいかない。とりあえず、僕が女子の更衣室に入ったら間違いなく男子と間違えられて変態扱いされるだろう。それに僕が一応女子だと知っている子でも、あまりに身体の傷を晒したくはない。薄くなっているとはいえ、相変わらず目も当てられない酷さだ。幼気な中学生にはいささか刺激が強すぎる。よって僕は生徒棟の使われていない学習室で着替えをすることになっているのだ。学校側もそれは容認している。始めは苦言を渡されたこともあったが、いざ僕の傷を見ると何も言えなくなる。簡単に黙らせることができるのは便利ではあるが、顔色を悪くされるのはあまり気分がよくない。自覚こそしているものの、何もそんな嫌そうな顔をされて、とてもうれしくはないのだ。

人の目を気にする必要もないのでテキパキと着替えていく。白と水色のジャージで、下はハーフパンツだが、ギリギリで腿の傷は見えないくらいの長さ。傷のことを気にするとなると長ズボンが好ましいのだが、運動するにはやはり不向きだ。


下を替え、ブレザーを脱ぎシャツに手を掛けたところでガラリ、と背後のドアが開けられた。


「……え、」


いつもは後方のドアのカギは掛けられているのだが、今日に限って開けっ放しだったらしい。もっとも、着替え中に入られたところで叫ぶなど愛らしい反応ができるわけがない。別に下着だけでも素っ裸なわけでもないのだ。大して気にしない、むしろうっかり入ってしまった生徒がかわいそうだ。しかし、慌てて出ていく足音などはしない。

不思議に思い、ひょいと振り向いてみて、二重の意味でフリーズした。


「……翡翠?」

「なんだ、涼か。」


声を聴き確信する。兄さんだ。というのも。


「それ……どうしたんですか?ご乱心ですか?」


真っ赤な髪にはワックスが付けられツンツン。ジャージをだらしなく着て、極めつけは気だるげな顔。そして頬についた痛そうな傷。


「乱心してねぇよ。……前に不良になるっつったろ?」


そういえば、そんな話をした気がする。
あのときは適当に流してしまったが、久しぶりに会った兄の豹変ぶりに少々頭が追いつかない。せっかくの可愛らしいたれ目も気だるげな表情に一役買っていた。


「……頬の傷はどうしたんですか?」

「ああ、これか?」

「え、ちょっ……!?」


ヒョイと頬に触れ、その傷に爪を立てた。かさぶたが剥がれ血があふれるかと思われたが、それは翡翠の白い頬に傷一つつけることなく剥がれ落ちた。


「特殊メイク、だ。」

「無駄に器用!びっくりしましたよ……。」


一瞬息を詰めてしまった自分が馬鹿らしく思える。彼はどうやら形から入るタイプらしい。まあ正直彼と誰かが喧嘩しても十中八九負けることはないのだろうけど。


「……いや、そもそもこんなところに何しに来たんですか?ジャージに着替えたら校庭に集合のはずですよ。」

「不良らしく、『球技大会なんて、くだらねぇ……。』とか言ってサボりに来た。」


なんとも阿呆らしいというか、どこか他人事っぽい彼にため息をつき着替えを再開する。時間がない。


「翡翠……知ってますか?集合の時間は八時四十分。八時五十分には全校舎を防犯のために施錠するんですよ。」


暗にここでサボるとジャージに着替えた意味がない、と伝える。というか、サボるならジャージに着替える理由が分からない。


「そのままここで着替えるのかよ。……じゃあ出てくわ。」

「そういえば、翡翠はどの競技にでるんですか?」

「……バスケ。」

「……サボるんじゃなかったんです?」

「不良っていうものは運動神経が良いものじゃないといけないらしい。」

「……どこ情報ですか?」

「ネットに書いてあった。」


どや顔の兄にまたため息を吐く。ネットの情報というものは総じて偏ったものであると不良もどきの彼に伝えたい。ふと、彼の目が細められる。その先には僕の肩があった。上半身はタンクトップだけのため醜い傷が露わになる。僕は敢えて彼の視線には気付かないふりをしてさっさとジャージを羽織った。

何か言いたげに、一寸口を動かすも最終的に彼の口から言葉が零れることはなかった。


「……じゃ、頑張れよ。」

「ええ、兄さんも。」


ドアの向こうに消えた翡翠のあとを追うように、僕は校庭で待っているであろう日和のもとへ向かった
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