78 / 149
中等部編
探し人
しおりを挟む
職員室から離れて数分。未だ進路指導室まで辿り着かないのは、校舎が大きいというのもあるのだろうが語り始めた山岡先輩の歩みが緩やかであることが最たる所以であろう。
本当のところを言ってしまうと、さっさと寮に帰って予習をしたり少し外に出てランニングなりをしたいのだがストレス性胃潰瘍予備軍に思われる副会長を見捨てるのは気が引けたし、どことなく身の置き場が瀬川さんと通ずるものがあって親近感がわいてしまったのだ。
「で、今期の生徒会長に立候補してくれちゃって不運なことに当選しちゃったんだよ、あれ……。」
「でも先輩の話聞いてる限り同学年からの票は少なそうですし、他学年だとしても結構よくも悪くも名が知れてそうですけど、よく当選しましたね。」
暗に、少なくとも自分なら投票しないという意味を乗せつつ聞く。周りからどころか教師から懇願されるレベルの問題児がほいほいと選挙に勝てる気がしない。
それに彼のことを全く知らない、という人もいないわけではなかろうが多くはない。一年生の新たに築いた情報網の中でも『黄師原会長は黄師原グループの御曹子』という噂は拾っている。真偽こそは確信は得ていないものの、黄師原という姓はありきたりなものではないし、どことなく育ちが良いのは分かるため、会長と黄師原グループを結びつけるのは容易だろう。そんな有名人の人となりを全く耳にしたことがない、という三年生は少ない気がする。
「良くも悪くも、ね。良くってところをいうと大手企業の一人息子……それだけで有能だって期待するんだよね、名前だけ知ってる人は。実際はただの中学生なのに。でまあ、煌太郎の取り巻きの数人かが生徒会長になるのを勧めたみたいで、しかもあいつはあいつでヨイショされてその気になって……、」
「え゛、黄師原会長取り巻きがいるんですか!?」
あの人に、取り巻きとは。あんな人の側にいられるほど心の広い人たちなのだろうか。もしくは鋼の精神か。
「普通その反応だよね……顔と家だけは良いからモテるんだよ。」
「あの性格で……!?」
「ははっ、にべもないね。だいたい中学生の癖に玉の輿を狙いにいくっていうのが卑しすぎる。 どういう神経してるんだか……、」
呆れと侮蔑を含んだ目に乾いた笑いを返すことしかできなかった。どうやら根性のある女子生徒の皆さんから迷惑を被っているらしい。まあ事実、取り巻きが黄師原を唆したせいで会長、副会長になってしまったのだから真理だろう。
「でも立候補しても当選するとは……?」
「……あれでいてさ、なかなかカリスマ性があるんだよ、無駄に。選挙の集会で生徒の前で即興の大演説かましてその場での支持得ちゃったんだよね、これが。普段の性格や発言を知ってても、反対派の生徒までその演説で期待寄せちゃって票が他の立候補生と大差をつけて当選……。悲劇だよ。それで僕のところにお鉢が回ってきて、副会長やってるんだよ。主に会長の尻拭いだけど。」
何とも、不運としか言いようがない。強いていうなら黄師原に気に入られたが運のつき。あれ、これ瀬川さんと同じだな。
「お疲れさまです……。」
「ははは……本当。あ、ついたみたいだね。」
ゆっくりとした足取りだったが無事に進路指導室まで辿り着いた。なんだかひどく疲れた気もするが。
「山岡先輩、ありがとうございました。助かりました。」
「いやいや、僕の方こそごめんね。愚痴になんか付き合わせちゃって。」
適当な空いた机にどさりとワークやら何やらをおろす。若干固まった指の関節を解した。……藤本先生には何らかの報酬を要求しても構わない気がする。などとも思ったが、近づいたら近づいたできっとまた面倒ごとを問答無用で押し付けてくることは請け合いだろう。
「あまりストレス溜めすぎない用にしてくださいね?」
「うん、ありがとう。……一番良いのはストレッサーを潰すことなんだけど、ね。」
「あははは……。」
黄師原が山岡先輩にぼこぼこにされる光景が頭を過るが何も見なかったことにした。うん、先輩が拳を握りしめてたとか、ハイライトのない黒目とか、知らない。
「じゃあ僕は生徒会室の方に行ってくるよ。」
「はい、お疲れさまです、ありがとうございました。」
「良かったらこれあげるよ。話聞いてくれてありがとう。」
先輩の手の中から落とされる小さな物に、反射的に手を伸ばした。固いものがコロリと手のひらに落ちる。
「飴……?」
「こんなものしか持ってなくて悪いけど、この前あの馬鹿がやらかした迷惑料だと思って。
ずいぶん安い迷惑料で悪いけど、と黄色い包装紙にはレモンの絵が描かれていた。特に断る理由もないし、警戒するべき人でもないようなのでありがたく頂くことにした。カサリと手の中で音をたてた。
「ありがとうございます。」
「あー、それとさ……、」
「はい?」
歯切れ悪く目を泳がせる先輩に首を傾げる。が、先輩の言葉に少し顔を顰めた。
「もしかしたら、また会長が君と一緒にいる子……アルビノの子にちょっかいかけるかも。本当、ごめんね。」
「……なせ黄師原会長が蓮様に?」
良い顔をしない僕に苦笑いを浮かべた。
「詳しいことはよくわからないんだけど、その子と会長が知り合いみたいで。無駄に対抗心燃やしてるんだ。難癖つけにいくかも。確か白樺財閥の子供なんだってね、その子。会長も良いとこのボンボンだから張り合おうとしてるんじゃないかな。」
面倒くさそうで半ば呆れた声色の副会長に同情の念を覚えると共に、これからあるかもしれないひどく面倒な会長の接触に頭が痛くなってきた。
「……ま、絡んできたらその時はその時です。もっとも、極力ないほうが嬉しいのですが。」
「ははは、本当ごめんね。何かされたらすぐに言って。シバき倒すから。」
不穏な言葉を残した紺色の背中を見送る。すぐ傍の教室、生徒会室に山岡先輩が消えたと思ったがひょいと首だけ覗かせて問うた。
「先輩?」
「赤霧さんって白樺くんと仲良いみたいだけど、彼、妹っていたりする?」
想定外の言葉に肩がビクリと跳ねた。またずいぶんと懐かしい猿芝居が出てきたものだ。引きつりそうになる頬筋を総動員させ素知らぬ顔を作る。
「妹、ですか……確かいなかったと思いますよ。」
「んー?そっか。……いや、さ、煌太郎が白樺妹を探してるみたいで。惚れてるのかと思ったけど、人違いだったみたいでね。」
もしかしら妄想か何かかも、なんてったって人の三歩を後ろを歩く慎ましやかな大和撫子だって、なんて笑って再び生徒会室の中へと入っていった。
「は、は、は…………、」
これ、全力で同一人物だってばれないようにせねば。静かかつ確固たる目標を胸に、平穏な生活を願った。
本当のところを言ってしまうと、さっさと寮に帰って予習をしたり少し外に出てランニングなりをしたいのだがストレス性胃潰瘍予備軍に思われる副会長を見捨てるのは気が引けたし、どことなく身の置き場が瀬川さんと通ずるものがあって親近感がわいてしまったのだ。
「で、今期の生徒会長に立候補してくれちゃって不運なことに当選しちゃったんだよ、あれ……。」
「でも先輩の話聞いてる限り同学年からの票は少なそうですし、他学年だとしても結構よくも悪くも名が知れてそうですけど、よく当選しましたね。」
暗に、少なくとも自分なら投票しないという意味を乗せつつ聞く。周りからどころか教師から懇願されるレベルの問題児がほいほいと選挙に勝てる気がしない。
それに彼のことを全く知らない、という人もいないわけではなかろうが多くはない。一年生の新たに築いた情報網の中でも『黄師原会長は黄師原グループの御曹子』という噂は拾っている。真偽こそは確信は得ていないものの、黄師原という姓はありきたりなものではないし、どことなく育ちが良いのは分かるため、会長と黄師原グループを結びつけるのは容易だろう。そんな有名人の人となりを全く耳にしたことがない、という三年生は少ない気がする。
「良くも悪くも、ね。良くってところをいうと大手企業の一人息子……それだけで有能だって期待するんだよね、名前だけ知ってる人は。実際はただの中学生なのに。でまあ、煌太郎の取り巻きの数人かが生徒会長になるのを勧めたみたいで、しかもあいつはあいつでヨイショされてその気になって……、」
「え゛、黄師原会長取り巻きがいるんですか!?」
あの人に、取り巻きとは。あんな人の側にいられるほど心の広い人たちなのだろうか。もしくは鋼の精神か。
「普通その反応だよね……顔と家だけは良いからモテるんだよ。」
「あの性格で……!?」
「ははっ、にべもないね。だいたい中学生の癖に玉の輿を狙いにいくっていうのが卑しすぎる。 どういう神経してるんだか……、」
呆れと侮蔑を含んだ目に乾いた笑いを返すことしかできなかった。どうやら根性のある女子生徒の皆さんから迷惑を被っているらしい。まあ事実、取り巻きが黄師原を唆したせいで会長、副会長になってしまったのだから真理だろう。
「でも立候補しても当選するとは……?」
「……あれでいてさ、なかなかカリスマ性があるんだよ、無駄に。選挙の集会で生徒の前で即興の大演説かましてその場での支持得ちゃったんだよね、これが。普段の性格や発言を知ってても、反対派の生徒までその演説で期待寄せちゃって票が他の立候補生と大差をつけて当選……。悲劇だよ。それで僕のところにお鉢が回ってきて、副会長やってるんだよ。主に会長の尻拭いだけど。」
何とも、不運としか言いようがない。強いていうなら黄師原に気に入られたが運のつき。あれ、これ瀬川さんと同じだな。
「お疲れさまです……。」
「ははは……本当。あ、ついたみたいだね。」
ゆっくりとした足取りだったが無事に進路指導室まで辿り着いた。なんだかひどく疲れた気もするが。
「山岡先輩、ありがとうございました。助かりました。」
「いやいや、僕の方こそごめんね。愚痴になんか付き合わせちゃって。」
適当な空いた机にどさりとワークやら何やらをおろす。若干固まった指の関節を解した。……藤本先生には何らかの報酬を要求しても構わない気がする。などとも思ったが、近づいたら近づいたできっとまた面倒ごとを問答無用で押し付けてくることは請け合いだろう。
「あまりストレス溜めすぎない用にしてくださいね?」
「うん、ありがとう。……一番良いのはストレッサーを潰すことなんだけど、ね。」
「あははは……。」
黄師原が山岡先輩にぼこぼこにされる光景が頭を過るが何も見なかったことにした。うん、先輩が拳を握りしめてたとか、ハイライトのない黒目とか、知らない。
「じゃあ僕は生徒会室の方に行ってくるよ。」
「はい、お疲れさまです、ありがとうございました。」
「良かったらこれあげるよ。話聞いてくれてありがとう。」
先輩の手の中から落とされる小さな物に、反射的に手を伸ばした。固いものがコロリと手のひらに落ちる。
「飴……?」
「こんなものしか持ってなくて悪いけど、この前あの馬鹿がやらかした迷惑料だと思って。
ずいぶん安い迷惑料で悪いけど、と黄色い包装紙にはレモンの絵が描かれていた。特に断る理由もないし、警戒するべき人でもないようなのでありがたく頂くことにした。カサリと手の中で音をたてた。
「ありがとうございます。」
「あー、それとさ……、」
「はい?」
歯切れ悪く目を泳がせる先輩に首を傾げる。が、先輩の言葉に少し顔を顰めた。
「もしかしたら、また会長が君と一緒にいる子……アルビノの子にちょっかいかけるかも。本当、ごめんね。」
「……なせ黄師原会長が蓮様に?」
良い顔をしない僕に苦笑いを浮かべた。
「詳しいことはよくわからないんだけど、その子と会長が知り合いみたいで。無駄に対抗心燃やしてるんだ。難癖つけにいくかも。確か白樺財閥の子供なんだってね、その子。会長も良いとこのボンボンだから張り合おうとしてるんじゃないかな。」
面倒くさそうで半ば呆れた声色の副会長に同情の念を覚えると共に、これからあるかもしれないひどく面倒な会長の接触に頭が痛くなってきた。
「……ま、絡んできたらその時はその時です。もっとも、極力ないほうが嬉しいのですが。」
「ははは、本当ごめんね。何かされたらすぐに言って。シバき倒すから。」
不穏な言葉を残した紺色の背中を見送る。すぐ傍の教室、生徒会室に山岡先輩が消えたと思ったがひょいと首だけ覗かせて問うた。
「先輩?」
「赤霧さんって白樺くんと仲良いみたいだけど、彼、妹っていたりする?」
想定外の言葉に肩がビクリと跳ねた。またずいぶんと懐かしい猿芝居が出てきたものだ。引きつりそうになる頬筋を総動員させ素知らぬ顔を作る。
「妹、ですか……確かいなかったと思いますよ。」
「んー?そっか。……いや、さ、煌太郎が白樺妹を探してるみたいで。惚れてるのかと思ったけど、人違いだったみたいでね。」
もしかしら妄想か何かかも、なんてったって人の三歩を後ろを歩く慎ましやかな大和撫子だって、なんて笑って再び生徒会室の中へと入っていった。
「は、は、は…………、」
これ、全力で同一人物だってばれないようにせねば。静かかつ確固たる目標を胸に、平穏な生活を願った。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる