胡蝶の夢

秋澤えで

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小学生

待て

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「ねえ知ってる?一組の赤霧くん。」
 「知ってるよ!何回か話したことある。すごいかっこいい子だよね。」
 「そう、その赤霧くんなんだけど…上靴なくなったって話知ってる?」
 「え?上靴?失くしたの?」
 「さあ……赤霧君はなくなったとしか言ってないから本当か分かんないんだけど、誰かに隠されたんじゃないかって思うんだ。」
 「隠されたって…そんなことする人いるの!?」
 「でもさ、あの赤霧君がうっかり上履きなくしちゃったりすると思う?」
 「ううん…でもなんで赤霧君が……。」
 「絶対赤霧君のこと妬んでやったんだよ!」
 「あーそれならありそう。赤霧君かわいそう…何もしてないのに。」





 「その……諸葛……ほかの奴が何言っても、気に、するな……。」
 「ありがとうございます、四ツ谷。気にするというか、かわいそうと言われるのは仕組んだとはいえちょっと癪ですね。」
 「仕組んだって、ここまでわかって女子たちに話してたのか!」
 「ええ、そろそろ調子に乗り始めるころでしょう。かわいそうなのはこれから僕によって潰される阿呆たちですよ。」


 予想通り、女の子たちの間で僕のことは広まっているらしい。
 今日も今日とて下駄箱には泥と悪口の書かれた紙が入れられていた。泥を落として紙だけを回収する。


 「くくくくっ、やっぱり二、三人ってとこかな……?」
 「おい、何がそんなにおかしいんだよ!さっさと犯人捕まえればいいだろ!?」
 「まあそんなに怒らないでください、日野。」


 唇をとがらせてカッカとする日野の唇をキュッと抓む。……見た目も相まってアヒルにしか見えない。


 「これ見てみてください。ここ数日入れられている紙ですよ。」


 今まで回収し続けていた紙を蓮様、四ツ谷、日野に見せる。
 内容は似たり寄ったりな面白くもなんともない悪口。いい加減ボキャブラリーも尽きてきたのだろう。同じ言葉がかなり書かれている。

 三人に見せるとみんなして嫌そうな顔をした。


 「涼……、お前よくこんなもん持ち歩いていられるな、吐き気がする。」
 「蓮様お顔が大変凶悪になってます、自重してください。」
 「ニヤって笑う、諸葛のほうが、ずっと凶悪……。」
 「違う違う!それでこの紙がどうしたんだよ!」


 話がずれ始めたのを日野が修正する。珍しい。


 「よく見てみてください、これかなり筆跡が被ってるんですよ。とくにこれ、死ねって書いてあるものですね。たぶん全員で同じ言葉を書いたんでしょう。筆跡が明らかに違います。意識して書いたようなものではないのでおそらく二、三人くらいで書いたんでしょう。」

 「……言われてもわからん。」
 「まあ、諸葛が言うんなら、そうなんだろうな……。」


 適当に話しながら三人で教室まで向かう。最近は落書きをみんなに消してもらうのも申し訳ないので早めに来て自分で片づけをしている。それに合わせて蓮様や四ツ谷たちまで来てもらうのはやはり申し訳ないのだが、少しうれしい。今日日野がいるのはたまたま以外の何物でもない。普段はチャイムと同時に教室に入ってくる。



 誰もいないと思っていたが教室には既に前村がいた。


 「おはようございます。前村……、どうかしたんですか?」


 僕らが入ってきたのに気づきこちらを振り向く。机の前に立っていたので落書きを消してくれてるんだと思ったが、それも一瞬。


 「……そこの机って、まさか……!」

 勢いよく扉を開けて前村のところまで走る。前村が立っていたのは僕の机の前じゃない。僕の机の後ろの席だ。


 「ああ、そのまさかだ。こっちにまで来るとは思ってなかった……。」
 「涼?前村?どうしたんだ?」

 「蓮様は入らないでくださいっ!」


 不自然な僕の発言に感づき蓮様や四ツ谷たちもバタバタと中へ入ってきて、さっきのは失言だったと気づく。


 「なんだよこれっ……なんで蓮まで!」


 僕の後ろの席、蓮様の机にはマジックで黒くあらん限りの罵詈が書かれていた。見せたくなかったが、結局それも叶わなかった。ふいっと机から目をそらし蓮様を見る。だがそこには落ち着いた主がいた。


 「俺が来たときにはもう、この状態だった。……もう少し早く来ていれば捕まえられたかもしれないのに……。」


 悔しそうに呟きながらも、前村はテキパキと雑巾とバケツを用意している。それに倣い僕も無言で机を擦り始めた。


 「おいっ涼!もういい加減犯人捕まえるぞ!!泳がすとかよく分かんねえけどさっさと終わらせて……!」
 「……すいませんでした。僕の頭が足りませんでした。僕以外に向くとは思っていませんでした……。」


ぐっと雑巾を持つ手に力を込める。


 「…諸葛、別にお前のせいじゃ、ない。これからみんなで、捕まえれば、良い……。」
 「いえ、みんなに手を出させるつもりはありません。僕だけで終わらせます。」

 「涼っ!いい加減にしろっ!」


ビクリとみんな声の方向を見る。普段めったに声を荒らげない前村が声を張り上げて僕を怒鳴りつけた。


 「た、忠志……?」
 「どれだけみんな心配したと思ってんだ!もうこれはお前だけの問題じゃねえんだぞ!?」
 「ちょ、忠志!落ち着けって!」


 僕に詰め寄る前村を日野が押しとどめる。


 「嫌がらせ受けて平気な奴なんていないだろっ!もう無理なんてするな、」
 「黙れ、前村。」
 「りょ、涼……?」


 普段とは全く違う、低い声にみんなが戸惑う。先ほどまで勢いづいて怒鳴っていた前村も息をのんだ。

ああ、こんな低い声も出るんだな、とどこかで考える。ただ沸々と腑はらわたが煮えくり返るのを感じながらも、頭だけは異常に冴えていた。これからどうするか。ゴミ掃除の算段を建てる。ああ、どうやって潰してやろうか。殺さないようにするにはどうすればいいだろうか。
 久しぶりに怒っているという感覚を覚えた。自然、敬語も外れる。


 「ここまで散々好き勝手やった挙句、関係のない人間まで巻き込んで悪いと思っている。すまなかった。だがあと一日待て。」

 「はあっ!?何言ってんだよ!もう俺たちも限界だって言ってんだろ?これ以上待てねえ!もうこんな嫌がせうけてるお前なんか見たくねえ!」

 「だから、一日待てと言っているだろう。」
 「だから待てねえって言ってんだろ!」


 終わりのない堂々巡りとなり、四ツ谷と日野はおろおろとしながらも、どちらに声をかけることもできなかった。


 「忠志。待てば良い。」

 「蓮っ!お前だってあんなに怒ってたじゃねえか!?」


ずっと黙ったきりだった蓮様が静かに口を開く。だがその言葉にまた前村が食って掛かる。


 「誰よりも怒ってたのはお前だろ!蓮!」

 「一日待てば良いだけの話だろ。」

 「もう一日だって我慢ならねぇんだって!」

 「らしくもなく駄々をこねるな、忠志。」

 「駄々なんてこねて……!」


ついっと前村に一歩踏み出し、自分よりも高い位置にある前村の額を細い人差し指でトンっとついた。


 「っ?」

 「一日だ。たった一日待つだけだろ。」
 「だからそれが待てないって……!」

 「待てないからどうした。」
 「え……?」

 「待てないからどうしたい?」
 「どうしたいってそれは犯人捜して……。」
 「見つかるのか?一日で。」
 「それは……。」


 蓮様の淡々とした返しに前村が言葉を詰まらせる。そんな様子を四ツ谷と日野は呆然として見ていた。


 「俺たちが我武者羅に探すよりも涼に任せた方がいい。」
 「でも一人で探すよりも人数は多い方が……!」


 「涼。」
 「はい。」


 蓮様が僕に向き直る。この場では蓮様の声以外に聞こえるものはない。


 「一日だ。一日だけ待つ。……片づけろ。」
 「寛大なお心、感謝申し上げます。」


 至極自然に頭を垂れた。

こちらで話がついたところで僕は再び前村たちに向き直る。


 「それで前村、お前は今日何時に学校に来た?」
 「し、七時四十五分……。」

 「……明日はここにいる全員八時過ぎに来い。それまでに全て終わらせる。必ずな。」


 僕の言葉にごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


 「しょ、諸葛……?犯人は、見つけて、どうするつもりだ……?」
 「四ツ谷、お前は馬鹿じゃないだろ。……知らない方がいいことはこの世にたくさんある。」

 「ただ端的に言うなら、潰すだけだ。」


 地を這うような声で答えれば皆口をつぐんだ。


 八時十分を丁度過ぎたころ、静寂を破るように扉が開かれた。


 「おはよーみんな早いねー。」
 「あっ、日野君がいるなんて珍しいね。何かあったの?」


いつも一緒にいるカナさんと東さんが教室に入って来ていつものように、半分凍りついたような一団に話しかけてきた。


 「えっと、それは……。」
 「おはようございます、カナさん、東さん。今日はちょっとみんなで日野の勉強を見ることになっていたので、早めに来てもらったんですよ。結局、あまり進みませんでしたけど。」


 笑顔であいさつする僕に蓮様以外がビクリと肩を跳ねさせた。


 「そっかー。でもみんなで勉強するとついつい話しちゃったりするもんねー!」


どこかぎこちない僕らに気付くことなく自分たちの席へと向かった。

 二人を皮切りに続々とクラスメイト達が教室へ入っていく。

 誰にばれることもなく蓮様の机の証拠を隠滅し、何事もなかったように教室はいつもの雰囲気へと変わっていった。
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