胡蝶の夢

秋澤えで

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小学生

知らなくていい

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僕が小学校に入学して一年がたった。

 初日に顔を広げたおかげで随分と動きやすくなった。

 基本的に誰に話しかけても怪訝に思われることが無いのだ。僕が相手を知らなくても相手は誰もが僕を知っている状態。初対面の人と話しても、「ああ、あの赤霧さんか。」となるので情報の収集が非常に楽。

 取りあえず分かったことは、この学校には赤霧翡翠しかキャラクターの関係者がいない。これにはひとまず安心した。一番気にしていたのは緑橋優汰だ。彼と会ったあの公園は、完全にこの小学校の校区内だったので同じ学校である可能性を考えていたのだが、名簿には緑橋という苗字はなかった。どうやらあの公園にいたのはたまたまらしい。ぜひとも小学校6年間の間に僕のことを忘れてもらいたい。


 僕自身、他にキャラクターがいないかを自分の足で探しにいった。

 友人のやっていたゲームの舞台は高校で、主人公及び赤霧翡翠と白樺蓮は少なくとも一年生だったことは覚えているから、今小学校一年から三年までの教室を片っぱしから見に行ったのだ。だけど皆普通の黒や茶色の頭をしていてそれらしい人物はいなかったし、全校集会などでもカラフルな頭を見つけることはなかった。
 少なくとも小学校にいるうちは他の攻略キャラクターとの接触はないはずだ。


そして現在の目下の問題……それは蓮様の小学校入学だ。

 無事に七歳の誕生日を迎え、今年度からの入学の許可が嘉人様からおりた。

 小学校とはいえ初めての社会だ。もう嘉人様も雲雀様も心配で心配で気が気じゃない。そして何故か二人に私はカウンセリングまがいのことを数回することになった。解せぬ。お願いだから二人は心配だってことを蓮様本人に伝えてほしい。そういうと二人は口をそろえて

「過保護だと思われてうざがられたらどうしよう……いや、そもそもなんて蓮に切り出したら良い!?」

などと言う。


 別に嫌われてる訳じゃないんだ、お二人とも。両親は蓮様に嫌われてると思ってるし、蓮様は両親に嫌われてると思ってるし、僕が両方に嫌われてる訳じゃないって言ってるのに信じようとしない。

こちらからすれば尋常じゃないくらいに面倒だ。ただ一度話しあえば解決するのに、なんで家族間で山嵐のジレンマを抱えてるのか分からない。

そしてこちらは当事者でもないのに悩み過ぎて胃薬を飲むことに。まさかこの年で精神的ストレスからくる胃痛に悩まされるとは思わなかった。


 正直なところ、いや決してご本人たちには言わないけども、一番心配してるのは僕ではないだろうか。


 小学校なんていう不特定多数の子供の集団で温室育ちの彼がやっていけるか心配で心配で夜も眠れない、いや寝るけど。大人たちはイジメはいけませんよーとか言うけど子供が五人以上集まったらイジメにだってなるさ。無論。無論蓮様がイジメられないように全力で守る。でも学校内をずぅっと一緒にいるわけにはいかない。
だから僕は、ある程度離れていても彼が貶められないくらいのネームバリューが欲しかったのだ。

そのために去年は何でもした。

 誰かが困っていれば男女関係なく手を貸し、上手くグループに入れない子には率先して声をかける。もちろん先生にさりげなく媚を売る。イベントごとでは面倒だけど全力で活躍する。

このチートな身体能力と無駄に良くできた顔、努力の結果の作り笑顔。もてるものをフルに活用し僕は一年かけて、スポーツ万能、成績優秀、容姿端麗、完全無欠の『赤霧涼君』という人物像を作り上げた。生徒からも、先生からも頼りにされる人気者の『赤霧涼君』


 蓮様が途中入学をしたとしても、僕の傍にいれば『あの赤霧涼くん』の友人という傘のもと妙なものから守ることができる。

ただそれがいつまでもつか定かではない。一年かけて蓮様にも勉強を教えてきたため、学力の方は遜色なく勉強が遅れるということはない。


だが蓮様は他の人と比べてどう考えても『違い』が多すぎるのだ。それはつまりイジメにつながる要素が多いということ。少なくとも見目の違いについては緑橋優汰の件がいい例だ。誰もが四ツ谷のような温和な性格をしているわけではないのだ。

 七歳になり、これからは運動できる範囲も広がり身体も丈夫になる。彼が七歳になってからは僕も何度か外に連れ出したりしている。しかし身体はまだ同学年の子より弱いし、運動能力もまだまだ低い。


それに容姿だ。僕の目線、ある程度の年上からの目線で言えば蓮様の見目は美しいしかわいらしく、儚げな美少年に見える。もっと大きくなればイケメンの部類にはいるだろう。アルビノ特有の白髪や赤眼もミステリアスに映る。


だが小学生じゃそうはいかない。

 運動はできない、対人恐怖症の気がある、見た目が変わってる。対人恐怖症と運動能力についてはこれからなんとかできるが、見た目はどうにもならない。ひどく世界の狭い同級生たちがアルビノについての知識を持っている筈がない。

ネームバリューでどこまで守ることができるだろうか。

 僕は物理的には護ることができても精神的な攻撃から彼を護る術がわからない。

 耳をふさいでいるだけではいけない。いずれ理不尽な周りの視線にも負けないようにならなくてはいけない。

 僕にとても甘いこの世界は、蓮様に厳しすぎる。


さらに言えば『赤霧涼』という傘には使用期限があいまいではあるが存在する。

いくら『赤霧涼』がハイスペックで周りからの信頼が厚くて、圧倒的な存在だとしても『赤霧涼』の性別は女性だ。女性に護られている、というのは周りから見て落とし所になる。低学年のうちはあまり性別については気にされない。しかし高学年になれば大きな弊害になるのだ。『赤霧涼』の傘が使えるのはその時まで、だから僕は少しでも『赤霧涼』を女性というイメージから遠ざけるために全力をつくして男らしく居る必要がある。
 僅かでも、使用期限を引き延ばすために。


 「涼、学校でも全身男物の服なんだな……。本当に男にしか見えない。」
 「ええ、僕には女物よりも男物の方が似合いますし、動きやすいですから。」


 学校への初めての登校中、蓮様にはこう話した。


 「うん……まあ似合うけど女の子っぽい格好見れるかと思ったんだけど。」
 「あんなもの着てられませんよ。」


だって僕はみんなから人気の、完全無欠の『赤霧涼君』だから。

 喉の奥でそう言った。



 僕の大事な主人は知らなくて良い。

 僕がかつて性別を捨てたことを。

 護るために『赤霧涼君』を必死で作りあげたことも。


そして僕が完璧な男装をする、もう一つの大きな理由を。


 彼は知らなくていい。

だから精一杯頑張って、自分にかかる火の粉だけを振り払ってください。

 僕が隣で、陰で、何をしているか、全く気付かずに。
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