胡蝶の夢

秋澤えで

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小学生

味方

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 「ねえねえ、あの子すごいカッコいい!」
 「カナちゃん話しかけたら~?」
 「え~……あ、目があった!」

 入学式初日のクラス。どの生徒も浮き足立ち、それぞれ同じ幼稚園や保育園同士で集まって騒ぎ立てている。幼稚園にも保育園にも行っていない僕は必然的に一人だ。後はそれぞれ席の近い生徒同士で友達作りに勤しんでいる。

 僕は黙って席に着いてクラス中の会話に聞き耳を立てていた。そして然り気無く全体に目を走らせる。先程までキャッキャと喋っていた二人の女の子に目を向けると片方の女の子、カナちゃんなる子と目があった。

 机の下で生徒名簿をそっと確認する。席順からして佐々木カナちゃんと原口ゆなちゃん、らしい。それまでの話を聞く限りたぶん同じ保育園だったのだろう。

あの子達にしようか。印象は悪くないはず。


 「初めまして、僕は赤霧涼っていうんだ。名前、教えてくれない?」


 席を立ちカナちゃん達に話しかけるとともに練習の成果のイケメン風スマイルを発動させる。

ちなみに今の僕の格好は当然のごとく男装だ。母様と父様には泣かれそうになったけど、変えるつもりは全くない。元の男顔も相まって完全に男子にしか見えない。ただ普通突然初対面のクラスメート、しかも男子に話しかけられたら引きそうだが、そう言うのを気にしない子に賭ける。可能性を高くするためにあるのがこの顔と作り笑いだ。


 「あ、えっと佐々木カナです!」
 「わ、私は原口ゆな……」
 「そう、カナちゃん、ゆなちゃんよろしくね。」


 笑顔で二人に握手を求めると顔を赤くしながら力一杯握ってくれた。
 最近の子供はマセてるなぁ……とか思うけど、僕としては大変都合が良い。


 今僕が欲しいのは女の子だ。…ここだけ聞くと変態っぽいが事実。

 僕はどう考えても世間一般の感覚でマイノリティだ。それは髪の色であったり男装していたり。少数は虐げられ、排除される。どんな小さなコミュニティだとしてもだ。これから僕の立ち位置を優位にするには一にも二にも人数が必要なのだ。そのためなら使えるものはすべて使う。

そして敵に回したら女の子ほど恐ろしいものはない。しかしそれは逆も然り、味方につければ心強いことこの上ない。これが一番最初の一手だ。


 「あの、涼くんはどこの保育園だったの?」
 「いや、僕は保育園にも幼稚園にも行ってないんだ。だから分からないことがあったら教えてくれない?」
 「もちろん!何でも聞いて!」

 「ああ、それと、僕は一応女子だから『くん』は付けなくても良いよ?」


 一瞬二人とも固まる。

これは半分賭けのようなものだ。このタイミングで僕の性別を教えてもよかっただろうか。だがいつまでも黙ったままでいては後々面倒になるだろう。

さあ、吉とでるか凶とでるか。

パッと二人は顔を見合わせると


「そっか、涼くんじゃなくて涼ちゃんなんだね。」
 「こんなカッコいい女の子初めて見た!」


これは成功、か。
さっきよりか空気が砕けている。でも一応念押しはしておこう。


 「良かった、嫌われちゃうかと思ったよ。」
 「そんなことないよ。だって友達だもん!」


ちょっと衝撃。僕らはどうやらこの僅か数分の間に、クラスメートから友達にランクアップしたらしい。
でもそうだよな、とも思い直す。この年の子供のコミュニケーション能力ってこんなもんなんだろう。蓮様が異常に低いだけなんだよな。



だいたい同じような手口で他クラスの女子たちにも声をかけまくった。プレイボーイ、女漁り上等。
どんどんこの顔を売っていく。本当にこの整った男顔には感謝だ。初対面では決して相手に不快感を抱かせることはない。


 物陰に隠れて全校生徒名簿に声をかけた女の子達の名前にマーカーを引く。

 何故全校生徒名簿なんか持っているのか。単純明快、職員室から数枚拝借させていただいた。悪いことには使わないから多目に見てほしい。


 一年三組の教室を出て廊下にいる子達を物色する。

できれば姦かしましい子達に顔を売りたい。
 個人的には度が過ぎる女の子は好みじゃないけど、噂好きでおしゃべりな子ほど使える。一人と話せば短時間で楽して顔を広げることができる。

 今度は一組の前で話をしている三人の女の子達に目をつける。慣れてきて大分自然に話しかけられるようになる。そして同じように話を進めていくと一人の女の子がこういい出した。


 「涼ちゃんってもしかして、私達のクラスの赤霧くんと関係あるの?」
 「あ、それ私も思った!髪の色とか目の色とか同じだもんね。」


そういえば確か翡翠のクラスは一組だった気がする。


 「ああ、翡翠は僕の双子の兄だよ。」
 「へぇ、双子なんだ。……でもあんまり涼ちゃんとは似てないよね。」
 「うん、顔も雰囲気も。赤霧くんの方はなんだか怖い感じ。」


 翡翠が怖い、というのは僕の中の兄さんとはどうも一致しない。

 記憶の中の翡翠は、人懐っこくて明るく、少しお調子者……。

しかしふと疑問が浮かぶ。

 僕の記憶の中の兄さんはいつの彼だろうか。
そもそも最後に兄さんと話したのは一体いつだっただろうか。
 いつからか、同じ家に住んでいるというのに会話を交わした記憶さえも危うい。


 「……涼ちゃん?どうかしたの?」
 「あ…いや何でもないよ。君たちと話せて良かった。翡翠とも仲良くしてね?根は良いやつだから。」


イケメン風スマイルを発動しつつ適当に当たり障りのないこと言って自分のクラスに戻った。



 家に帰り生徒名簿を確認する。とりあえず一学年約120人のうち、40人の子と知り合いになることができた。この学年は男子50人女子70人だから今話しかけられるタイプの女の子はこれが多分限界だろう。引っ込み思案の子や気の弱い子はもう少し名が知れてからにしよう。まあ男子の方はしばらくアクションをとる予定はない。今は出来るだけ多くの女の子を見方につけることが最優先事項だ。

ついでに他学年も含めて攻略キャラクターがいないかを確認する。だが正直なところ、彼等のフルネームなんて覚えていない。友人から聞いていたのは彼女が本当に好きなキャラクターだけだ。実際には言ってたかもしれないけど回数的には確実に偏りがある。

しかも名簿から色のつく名字をリストアップすると案外人数がいる。赤川、青山、白井、黄崎……。キャラクターなら確実にカラフルな頭して尚且つイケメンであるが、いちいち訪ねて確認するのは非効率的。イケメン好きな女の子たちに情報を集めて貰ってから、キャラクターか否かは確かめよう。高校まではまだまだ時間があるのだ。それからでも遅くない。それに高校が同じというだけで、小学校区が同じとは限らないのだ。



 時計に目をやる。初日の今日は学校が半日だったため、日が落ちるまでまだ時間がある。
 稽古や母様の手伝いの時間を大雑把に計算し、通い慣れた白樺家の離れへ向かった。

 麗らかな春の日の中、離れにてジメジメとキノコを栽培する蓮様を見つけるまであと五分。
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