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幼少期
初雪
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冬になりぐっと気温が下がった。例年に増して寒いとニュースで言っていたので蓮様に払う注意は去年と比べものにならないほど抜かりない。
僕がいる限り、蓮様に風邪を引かせる気は毛頭ない!寝る時の毛布は二割り増し、起きている間はもっこもこの半纏を羽織らせる。庭に出入りした後の手洗いうがいは欠かさない。
「なあ、やり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎて困ることはありませんから。ほら、どうぞ。」
「ん、ありがとう。」
雲雀様になんとなしに
「離れはちょっと寒いですね~。」
と言った次の日に離れにあった文机がなくなり、変わりにコタツが置かれていた。
まあ大変ありがたいのだが、その異常なまでの行動力を是非とも蓮様本人に向けてほしいところだ。
今は2人で一緒にコタツに入ってミカンを食べている。ビタミンを取りにくい冬にミカンは嬉しい存在だ。
因みに2人でというのは少々語弊がある。正確には2人と1羽だ。
もっこもこの半纏を着ている蓮様の頭の上にはふわっふわのエナガが止まっている。
ミカンを剥いてあげると蓮様が食べ始め、薄皮まで剥いて置いておくとエナガが机の上に下りてきて啄み始めた。
「そのエナガ、いつのまにそんなに懐いたんですか?」
「ほとんど毎日餌やってたら普通に頭に乗ってくるようになった!」
な、といって蓮様が指でエナガを撫でると返事をするようにピュイッと鳴いた。
特に考えも無く、縁側に面した障子を少し開けてみた。僅かに開けた隙間から粉雪が降り注ぎ、小さな庭を白く染めていた。道理で寒い訳だ。
僕は無言でそっと閉めた。
まずい。非常にまずい。
去年はたまたま雪が降らず、その前までは蓮様が無気力だったから、恐らくこれは蓮様の見る初めての雪。彼には新しいものを色々見てほしいとは思うが、雪はまだ早い!
あの無邪気かつ今や好奇心の塊の蓮様がこの雪の中外に出ないだろうか、いや出ないはずがない!
背中を嫌な汗が伝う。
「涼?どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。」
後ろから不安の主に問われ、かなりスキルアップした作り笑顔で乗り切る。
「そうか……?なら良いけど。」
どこか不可解そうな顔をしているがなんとか信じてもらえたらしい。
「ところで涼、母屋の方に茶菓子があったと思うんだけど、取ってきてくれないか?」
「あ、はい、どこに置いてありますか?」
「台所の机の上、緑色の正方形の箱。」
「わかりました、取ってきます。」
部屋を出て母屋へ向かう。
以前まで蓮様は離れから出ることが皆無であったが、最近は母屋の方にも出入りしているらしい。少しずつではあるが彼の行動範囲が広がっていくのを嬉しく思う。両親との距離は相変わらずではあるけれど。
僕はここで気付くべきだった。
普段は自分で出来ることは自分でする蓮様が、今回に限って僕にこんなことを頼んできたことの不自然さに。
台所の大きめのテーブルの上には蓮様の言う通り緑色の箱が一つ置かれていた。ひょいとフタを開けてみる。どうやらサブレらしいのだが、少食の蓮様が何かを食べたがるのは珍しい。
箱を抱えて部屋に戻るとそこには誰もいなかった。
「蓮様?持ってきましたよ?」
ぐるりと見渡しても姿は見えない。
しかし閉めたはずの縁側の障子が少し開いていた。
「まさか……!!」
障子に手をかけ勢いよく開け放つ。
「やってくれましたね、このバカ……」
一面の雪景色の中、大の字になって新雪に埋もれる蓮様がいた。
雪の中から蓮様を引き上げ、風呂を沸かし、濡れた着物を引っ剥がし湯船に沈ませる。去年の冬にも恥じらいがどうとかいう話をしたが、バカにかけてやる気遣いなんて持ち合わせていない。
風呂に入らせている間に着替えを用意し、部屋に布団を敷いておいた。
蓮様が風呂からあがるのを確認し、問答無用で布団の中に押し込む。
「涼~?まだ寝るのには早いと思うんだけど~?」
「……。」
「涼、無言やめて。」
「……。」
「す、すいませんでした……。」
「……何が悪かったか分かってます?」
しばらく無言で見下ろし続けていると堪えられなくなった蓮様が折れた。
「勝手に外に出たから……。」
「はあ、雪くらいもう少し身体が丈夫になれば外で見られるようになりますから、我慢してくださいよ……。」
「今見たかったんだよ。」
チラッと障子の方へ目をやると日が射してきていて、どうやら雪はもうやんだらしい。
「見たいなら別に外に出なくても良いじゃないですか。」
「外で遊んでみたいだろ!」
「犬ですか!?」
「犬でも何でも良い!もう雪やんだんだろ?外に出させろ!」
「出させる訳無いでしょうが!」
バッと布団を蹴散らし起き上がろうとする蓮様の額に人差し指を押し当てて起き上がるのを阻止する。
「あうう、指離せ!」
「離したら起き上がるでしょう?」
「何で!何で指一本がそんなに強いんだよ!?」
ジタバタと布団の上で抵抗を試みる蓮様。
指一本でも起き上がれないのは、力の問題ではなく重心の問題なのだが。
どうして起き上がれないのか分からない彼は力任せに起き上がろうとして失敗している。そんな蓮様をぼうっと見ていてふと気付いた。
なるほど、これが噂のあれか、
「バカな子ほど可愛い……。」
「んなっ!誰がバカだ誰が!!」
「あ、すいません、声に出てましたか?」
「白々しい!」
無意識の内に口から滑り出した呟きにまた蓮様がジタバタする。
数分の間無駄な抵抗を続けていた蓮様だったが疲れと布団の心地よさに負け、今では熟睡している。
蹴飛ばされた毛布をかけ直し、そっと頭を撫でた。
せっかくだ、後でこの主人のために庭の雪で雪兎でも作ってあげよう。可愛いものが好きな彼ならきっと喜ぶ。
そしてあっという間に溶けてしまう兎に彼がどんな反応をするか楽しみだ。
おまけ
「ところで、何で雪が降ってることに気づいたんですか?」
「ああ、だって外見た後に涼が笑ってたから。」
「笑ってから気づいたんだすか?」
「だって普段のお前なら無意味に笑ったりしないだろ?基本無表情だし。だから外に何かあるんだな…と。」
「…下手に作り笑いするもんじゃないですね。」
僕がいる限り、蓮様に風邪を引かせる気は毛頭ない!寝る時の毛布は二割り増し、起きている間はもっこもこの半纏を羽織らせる。庭に出入りした後の手洗いうがいは欠かさない。
「なあ、やり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎて困ることはありませんから。ほら、どうぞ。」
「ん、ありがとう。」
雲雀様になんとなしに
「離れはちょっと寒いですね~。」
と言った次の日に離れにあった文机がなくなり、変わりにコタツが置かれていた。
まあ大変ありがたいのだが、その異常なまでの行動力を是非とも蓮様本人に向けてほしいところだ。
今は2人で一緒にコタツに入ってミカンを食べている。ビタミンを取りにくい冬にミカンは嬉しい存在だ。
因みに2人でというのは少々語弊がある。正確には2人と1羽だ。
もっこもこの半纏を着ている蓮様の頭の上にはふわっふわのエナガが止まっている。
ミカンを剥いてあげると蓮様が食べ始め、薄皮まで剥いて置いておくとエナガが机の上に下りてきて啄み始めた。
「そのエナガ、いつのまにそんなに懐いたんですか?」
「ほとんど毎日餌やってたら普通に頭に乗ってくるようになった!」
な、といって蓮様が指でエナガを撫でると返事をするようにピュイッと鳴いた。
特に考えも無く、縁側に面した障子を少し開けてみた。僅かに開けた隙間から粉雪が降り注ぎ、小さな庭を白く染めていた。道理で寒い訳だ。
僕は無言でそっと閉めた。
まずい。非常にまずい。
去年はたまたま雪が降らず、その前までは蓮様が無気力だったから、恐らくこれは蓮様の見る初めての雪。彼には新しいものを色々見てほしいとは思うが、雪はまだ早い!
あの無邪気かつ今や好奇心の塊の蓮様がこの雪の中外に出ないだろうか、いや出ないはずがない!
背中を嫌な汗が伝う。
「涼?どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。」
後ろから不安の主に問われ、かなりスキルアップした作り笑顔で乗り切る。
「そうか……?なら良いけど。」
どこか不可解そうな顔をしているがなんとか信じてもらえたらしい。
「ところで涼、母屋の方に茶菓子があったと思うんだけど、取ってきてくれないか?」
「あ、はい、どこに置いてありますか?」
「台所の机の上、緑色の正方形の箱。」
「わかりました、取ってきます。」
部屋を出て母屋へ向かう。
以前まで蓮様は離れから出ることが皆無であったが、最近は母屋の方にも出入りしているらしい。少しずつではあるが彼の行動範囲が広がっていくのを嬉しく思う。両親との距離は相変わらずではあるけれど。
僕はここで気付くべきだった。
普段は自分で出来ることは自分でする蓮様が、今回に限って僕にこんなことを頼んできたことの不自然さに。
台所の大きめのテーブルの上には蓮様の言う通り緑色の箱が一つ置かれていた。ひょいとフタを開けてみる。どうやらサブレらしいのだが、少食の蓮様が何かを食べたがるのは珍しい。
箱を抱えて部屋に戻るとそこには誰もいなかった。
「蓮様?持ってきましたよ?」
ぐるりと見渡しても姿は見えない。
しかし閉めたはずの縁側の障子が少し開いていた。
「まさか……!!」
障子に手をかけ勢いよく開け放つ。
「やってくれましたね、このバカ……」
一面の雪景色の中、大の字になって新雪に埋もれる蓮様がいた。
雪の中から蓮様を引き上げ、風呂を沸かし、濡れた着物を引っ剥がし湯船に沈ませる。去年の冬にも恥じらいがどうとかいう話をしたが、バカにかけてやる気遣いなんて持ち合わせていない。
風呂に入らせている間に着替えを用意し、部屋に布団を敷いておいた。
蓮様が風呂からあがるのを確認し、問答無用で布団の中に押し込む。
「涼~?まだ寝るのには早いと思うんだけど~?」
「……。」
「涼、無言やめて。」
「……。」
「す、すいませんでした……。」
「……何が悪かったか分かってます?」
しばらく無言で見下ろし続けていると堪えられなくなった蓮様が折れた。
「勝手に外に出たから……。」
「はあ、雪くらいもう少し身体が丈夫になれば外で見られるようになりますから、我慢してくださいよ……。」
「今見たかったんだよ。」
チラッと障子の方へ目をやると日が射してきていて、どうやら雪はもうやんだらしい。
「見たいなら別に外に出なくても良いじゃないですか。」
「外で遊んでみたいだろ!」
「犬ですか!?」
「犬でも何でも良い!もう雪やんだんだろ?外に出させろ!」
「出させる訳無いでしょうが!」
バッと布団を蹴散らし起き上がろうとする蓮様の額に人差し指を押し当てて起き上がるのを阻止する。
「あうう、指離せ!」
「離したら起き上がるでしょう?」
「何で!何で指一本がそんなに強いんだよ!?」
ジタバタと布団の上で抵抗を試みる蓮様。
指一本でも起き上がれないのは、力の問題ではなく重心の問題なのだが。
どうして起き上がれないのか分からない彼は力任せに起き上がろうとして失敗している。そんな蓮様をぼうっと見ていてふと気付いた。
なるほど、これが噂のあれか、
「バカな子ほど可愛い……。」
「んなっ!誰がバカだ誰が!!」
「あ、すいません、声に出てましたか?」
「白々しい!」
無意識の内に口から滑り出した呟きにまた蓮様がジタバタする。
数分の間無駄な抵抗を続けていた蓮様だったが疲れと布団の心地よさに負け、今では熟睡している。
蹴飛ばされた毛布をかけ直し、そっと頭を撫でた。
せっかくだ、後でこの主人のために庭の雪で雪兎でも作ってあげよう。可愛いものが好きな彼ならきっと喜ぶ。
そしてあっという間に溶けてしまう兎に彼がどんな反応をするか楽しみだ。
おまけ
「ところで、何で雪が降ってることに気づいたんですか?」
「ああ、だって外見た後に涼が笑ってたから。」
「笑ってから気づいたんだすか?」
「だって普段のお前なら無意味に笑ったりしないだろ?基本無表情だし。だから外に何かあるんだな…と。」
「…下手に作り笑いするもんじゃないですね。」
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