胡蝶の夢

秋澤えで

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幼少期

捜索と約束

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いつものように蓮様の部屋に入ると普段は部屋の端に置いてある筈の文机が、何故か部屋の中心に置かれていた。


 「蓮様?」


 机の側に敷かれた布団に声をかけるが返事はない。

 再び文机に目をやると一枚の紙が置いてある。手に取る。


 『かくれんぼするぞ。』


たどたどしい字でそれだけ書いてあった。


 「まさか……!!」


 脇の布団をバッと捲るとそこはもぬけの殻。
こうして僕と蓮様の強制かくれんぼが始まった。

しかしそもそもの発端はその前日にあったのだ。



 「また負けた……!!」
 「連敗記録更新中ですね、蓮様。」


 目の前にはほとんど黒で埋まるオセロ盤があった。

 以前まで一切使われることの無かったそれだが、今では有効活用させてもらってる。


 「あれだ!実は黒のコマの方が強いんだよ!」
 「そういって白黒取り替えてやるのはこれで三回目ですよ?」
 「うう、お前はなんでも強すぎなんだよ…。」


 僕が強いわけではない、蓮様が驚くほど弱いんだ。オセロもチェスも五目並べ、トランプのババ抜きでさえも僕に勝てない。ババ抜きで一度も勝てないというのはもはや才能だ。


 「少しは手加減しろ。」
 「僕は相手が誰であろうと、自身の全力、持てる力のすべてを使い、敬意を持って相手を潰すのがポリシーですから。」
 「大人気ない!」
 「大人気って……蓮様の方が僕より数ヶ月年上じゃないですか。」
 「うぅ…。」


 僕の誕生日が9月なのに対して蓮様の誕生日は5月だ。つまり10月半ばの今は僕が6歳一カ月、蓮様が6歳5カ月。もっとも、中身の年齢だと蓮様より10歳以上年上だから大人気ないといえば大人気ない。けれど手を抜くと蓮様がすぐに気づき拗ねてしまうのでどうしようもないのだ。


 「何なら勝てるかな……?」
 「自信のあるもので結構です。何でも言ってください。」



そして今に至る。

 なぜなんでも言えなどと言ったのだろうか。頭を抱えるも時すでに遅し。彼は僕に一言いうどころかフライング気味に勝負を開始してしまった。
 
 慌てて部屋の中を探し回る。がガランとした部屋の中には隠れられそうな場所はない。思い直して別の部屋を探す。しかし問題がある。蓮様は隠れる範囲を書き残していないのだ。可能性が高いのはこの離れだが、母屋にいないとは言い切れない。

 虱潰しに部屋の扉を開けていく。
ああどうしてこんなにも部屋が多いんだろう。

 蓮様は一般的に見てもかなり体が小さい。つまり入ろうと思えばどこにでも隠れられるのだ。


 時間が経てば経つほど嫌な想像が頭を占める。

もし狭いところへ入り込んで出られなくなっていたら。
もしかしたら酸欠になっているかもしれない。
もしかしたら喘息を起こしてるかもしれない。
もしかしたら過呼吸になってるかもしれない。
もしかしたら怪我をして動けなくなってるかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。

こういうことだけは無限に思いつく自身のネガティブな想像力に泣けてくる。


 「蓮様っ!どこですかっ!」


クローゼットの中
タンスの中
 物置の中
 床下
 押し入れの中
 机の下
 屋根裏
 大きな壺の中…


「いない……。」

 離れのどこを探してもいない。もう蓮様が隠れられそうな場所は探しきった。

 離れは諦めて母屋へ向かう。

だが母屋はこの離れよりずっと大きい。離れを探すだけでも20分もかかってしまったのだ。

 母屋も同じように探していく。今日は嘉人様も雲雀様もいない、母屋にいるのはさよさんだけ。

しかし今日に限っていつも母屋の台所にいるはずのさよさんがいない。協力を仰ごうと思っていたのに。

 虱潰しに探していくが人見知りかつ人への警戒心の強い蓮様が個人の部屋に隠れるというのは考えにくい。

 台所
応接間1
応接間2
応接間3
縁側
書庫
庭…

どこを探してもいない。応接間多すぎ。

ご両親の自室、寝室、さよさんの自室以外は全て探しきった。
しかし私は大して母屋について知らない。基本的には離れにしか来ないので詳しい部屋の位置や数まではわからないのだ。
まぁそれは蓮様も同じことではあるだろうけれど。

 蓮様を探し始めてから約一時間が経った。そもそもいつから隠れているのだろうか。もし僕が来る何時間も前から隠れているとしたら、


「ああもう限界だ……。」


 自室にいるであろうさよさんに協力を得るために訪ねる。

これでさよさんがいなかったらどうしよう、と思っていたが襖の外から声をかけると「はーい。」と返事があった。
ややあって、さよさんが襖を開ける。


 「どうしたんですか?」


 僕の目線に合わせてしゃがんでくれたさよさんは僕に笑顔で訪ねた。

しかしさよさんのその姿を見ると僕のギリギリだった涙腺は決壊した。


 「りょ、涼ちゃん!?な、泣かないでください!!どうしたんですか!?」


 突然部屋に来てそして突然無表情に泣き出した僕を見ておろおろするさよさんに何も考えずに抱き付く。


 「いないんです、蓮様がぁっ!離れにも、母屋にも、どこにも、いないんですぅぅ……!!」


 恥も外聞も無く泣き喚く僕の背中をポンポンと、落ち着かせるように叩いた。


ぽんぽんぽんぽん……

 ……あれ?手の数増えてません?

 顔を上げる。


 「涼、大丈夫か?」


 蓮様がいた。


 「…………へ?」


 思わず素っ頓狂な声が口からこぼれた。


 「どこか痛いのか?」


 心配そうに僕を見る蓮様にそのまま抱き付く。


 「えぇっ涼!?」
 「やっと見つけたぁぁあ!今までどこにいたんですか!?」
 「ちょっ、涼、えぇぇ!?」


 何故か顔を真っ赤にした蓮様がおろおろしながらさよさんを見た。視線を追ってさよさんを見る苦笑いを浮かべていた。


 要するにこうだ。

かくれんぼで僕に一泡吹かせたかった蓮様は僕が離れに来る30分ほど前に母屋に来てさよさんに頼んで押し入れの中に匿って貰ってもらっていたらしい。
 蓮様のコミュニケーション能力の上昇は喜ばしいのだが、二度とこんなことはしないでほしい、切実に。


 「蓮様…僕がどれだけ心配したかわかってます……?」
 「だ、だってこうでもしないと涼には勝てないし……痛い痛い痛い!」


 言い訳しようとするので抱きしめてあげた。締めてさしあげた。


 「何か仰いましたか?…本当に考え無しの貴方が発作を起こしてたり、怪我してるかもしれないと心の底から案じていた僕の気持ちを返してください。」


ギュウウっと抱きしめると更に顔を赤くした。あ、これ以上はまずいかな、と思い力を抜く。


 「ご、ごめん涼……。」
 「でもまあ」


 背中に回していた手を解き蓮様の赤い頬を撫でる


「貴方が無事で何よりです。もうどこにも勝手に行かないでくださいね?」


そう言って笑いかけると、締め上げるのを止めたのに蓮様はさっきよりも顔を真っ赤にさせた。


 「蓮様……?」
 「だ、大丈夫!俺はずっとお前の側にいるから!!」


そう叫んで、今度は蓮様が僕を強く抱きしめた。
まあ、探さないで済むならそれで良いので


「ありがとうございます。お願いしますね?」


と言うと後ろでさよさんが後ろできゃあきゃあ言っていたが何故だろう。



 僕は知らない。
 今のが蓮様のプロポーズで、僕が了承したようで全く別の方向に捉えてしまったことに気づかず、後ほど蓮様が理解されていなかったことに気づき、膝から崩れ落ちることにも。


 僕と蓮様は知らない。

 疲れて僕に抱きついたままで寝てしまった蓮様とその体勢で寝てしまった僕を、夕方に父様達が来て僕の父様が発狂しかけたことを。


そして僕の鈍感さはこれからもガンガン磨かれていくことも。
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