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幼少期
彼との関係
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「えっと、涼ちゃん、今ちょっと話できるかしら?」
いつものように蓮様と遊び屋敷を出ようとして母屋に入ったところを雲雀様に呼び止められた。
「はい、問題ありません。」
そのまま母屋の縁側に通され二人並んで腰をかける。
「どうかされたのですか?」
雲雀様と二人だけで話すのは久し振りだ。そして様子を見る限り世間話をするわけでもないだろう。
「その、蓮の様子はどうなの?ちゃんと会話は出来てる?」
雲雀様にしては珍しく歯切れ悪く問うた。話の内容としてはやはり、といったところだ。
「そう、ですね……。一度話し出せば普通に会話できますよ?最初こそ邪険に扱われましたが。」
「どんな話しをするの?」
「以前はよく、しりとりをしてましたよ。人と競ったり頭を使うことは嫌いじゃ無いみたいですし。」
「蓮と何かして遊んだりする?」
「なんて言えば良いのでしょうか……あまりおもちゃなどを使う遊びはしませんね。あの部屋にはいろいろなおもちゃが置いてありますが、使われた様子もありませんし。」
蓮様の過ごす部屋を思い浮かべる。まるで飾りのように置かれるだけのつみきやミニカー……ただその中に一つだけ置かれた新品同様のボードが酷く目を引いた。
「ところで話は逸れますが、雲雀様や嘉人様は蓮様と何かで遊んだことは有りますか?」
雲雀様が黙り込む。
「遊んだこと、は無いわね。多分一度も。せいぜいいつも会話をするくらいで……、」
やっとの思いで出された言葉は憂いを帯びていた。
しかしどうしても雲雀様、そしてここにはいないが嘉人様に言いたいことがある。
「無礼を承知で言わせて頂きます…蓮様のお部屋に置いてあるオセロのボードはなんの嫌がらせですか?」
「なっ、嫌がらせなんてっ…!」
僕の言葉に色をなす。
しかし言葉は止めない。
「ミニカーやつみきならともかく、オセロには相手が必ず必要でしょう?僕が初めて会った二年前からずっと置かれたままです。一緒に遊んだりもしないのに、ボードゲームを渡すのはあまりに皮肉ではありませんか?」
「………!」
僕の言葉を聞き、赤くなっていた顔がみるみる青ざめていく。やっと自分の配慮の無さに気づいたらしい。とにかくおもちゃを与えようとした結果、実際に自分の子がどのようにしているか、どのように感じるか、それがすっぽり頭から消えてしまっていたようだった。
一人で遊ぶことさえも虚しいと感じられる蓮様に対して、他人がいなければ成立しないおもちゃを与える。まして顕著に感じられる"ひとりきり"の寂しさ。これを嫌がらせと呼ばずになんと呼ぼうか。
不安げな顔で僕に聞く。
「……あの子は、蓮は私たちのことについて何か言ったりしてた?」
「両親は自分に興味がない、と仰っていました。」
寂しそうな、そしてそれを隠そうとして歪められた彼の顔を思い出す。
「そんなことはっ……!」
「ええもちろん、そんな気持ちは無いでしょう。でも蓮様はそう感じているのです。……差し出がましいのは承知ですが、思っているだけでは伝わらないのです。」
本当は蓮様だって両親が嫌いな訳じゃない。
雲雀様や嘉人様も蓮様が嫌いな訳じゃない。
ただ、お互いに距離を取りかねているだけなのだ。相手に気を遣うための、そして臆病な自身を守るための距離。
しかしこの歪な親子の関係はおそらく限りなく他人に近いものだろう。
「時間がある時で良いので、蓮様の所へ行ってあげてください。初めは戸惑うと思いますが何でも良いので話しかけてください。蓮様は話しかけるのは苦手ですが話しかければきちんと応答してくれます。根気良く距離を縮めてください。」
「……でもあの子と話せることなんて、」
「話題がないなら何の脈絡もなくて良いのでしりとりを振ってみてくださいちゃんと乗ってくれますから。」
「わかったわ。…あの子の好きなものって分かる?」
「そうですね、最近は悪戯や鳥の餌付けが好きみたいですよ。」
「悪戯…?蓮はどんな悪戯をするの?」
「襖につみきを挟んだり無茶ぶりしたり、死んだふりしたり…」
「死んだふり!?」
ですよね。蓮様がやると本当に笑えない。一回目は本気で焦ってしまった。
「まあ雲雀様に対してはそんなことしないと思いますが。」
「し、心臓に悪いわね。」
「でもやっぱり一番は鳥の餌付けですね。何時よりも楽しそうに笑いますし。」
「蓮が……、」
驚いたように目を見開く。
「どうしましたか?」
「いえ、私は一度も蓮が笑ってるところを見たことがないから。そもそも笑えないんじゃないかと思ってた…。」
いくら関わらないとはいえそこまでとは思わなかった。出そうになるため息は飲み下す。
「おそらくですが、蓮様は普段意図的に笑わないようにしてるんだと思います。」
「何故そんなことを…?」
「多分笑ったり素直に感情を出すのが格好悪い、とかそんな理由だと思いますよ。」
現に以前蓮様が小鳥を可愛い、と言ったとき酷く狼狽していたし、理由もほんの些細なものだった。
「そんな理由で?」
「雲雀様、蓮様は貴方が思っている以上に子供なのですよ。」
少しでも大人に見られたくて、必死に背伸びをする子供。
「きっと構い倒すくらいがあの方には丁度良いのでしょう。」
今まで構ってあげられなかった分、嫌という程に。
「…でも」
「不安であればパンか何かを持って行って一緒に鳥達に餌をあげてください。会話が無くても間がもちますよ。」
未だ反目しようと口を開く雲雀様に被せるように言った。
「……なんだか貴方の方が蓮の保護者みたいね。」
クスクスと笑い細められる目には以前のような卑屈さや悲しみは含まれていなかった。
「いえ、僕はただの……」
ふと改めて考える。ここで御側付というのはなんとなく違う気がする。じゃあ友達というのも微妙だ。話す回数が増えただけで友達というのもあまりしっくりこない。一応赤の他人ではないと思っているのだが、明確な立ち位置が分からない。
「…僕は蓮様の何なのでしょう?」
「貴方にも分からないことがあるのね?」
「そりゃあまあ、幾つもありますよ。人間関係なんて無知に等しいですし。」
瞠目する雲雀様に苦笑いを返す。
雲雀様の中の僕って何だろう。
「そういえばまだ五歳だったわね。話してると年齢を忘れちゃうわ。…そろそろ日が落ちてきたわね。帰った方が良いわ。今日は貴方と話せて本当に良かった、ありがとう。これからもよろしくね。」
そっと僕の頭を撫でた。雲雀様に撫でられるのは嫌いじゃない。
「いえ、こんな僕でお役に立てたなら光栄です。」
屋敷からでるとまだ低い位置の月が黄色に染まっていた。自宅の門をくぐると庭から視線を感じた。視線の元を見れば翡翠が佇み、此方を睨んでいた。しかし僕は特に気にせず一別し、引き戸を引いた。
勝負が終わった時点で兄にはなんの興味も関心もない。背中に視線を受けていると知りながらも僕は引き戸を静かに閉めた。
「なあ涼、お前母様に何か話したか?」
後日蓮様の部屋を訪れるとこう問われた。
「何か、とは?」
「…昨日の昼間、母様がこの部屋に来て突然庭にナンを撒き始めたんだ。」
蓮様は当惑の表情。
「ふっ!はははははっ!」
明らかに可笑しなパンのチョイスに思わず吹き出す。
突然部屋に来てナンの欠片を撒く雲雀様とそんな母親を唖然と見る蓮様の姿が目に浮かぶ。さぞかしシュールな昼下がりだっただろう。
ひとしきり笑い、蓮様を見ると彼はしげしげと此方を見ていた。
「…っふ、くく、…はぁ。どうしましたか?蓮様。」
「いや、お前がそんなに笑ってるのを初めて見たから、つい。」
今度は僕がポカンとする。
「僕はそんなに笑っていませんか?」
「まあ、基本的に無表情だし笑っても失笑か苦笑い、せいぜい微笑むくらいだろ?」
それはまた可愛くない五歳児なことで。
「……また何か面白いことがあれば笑いますよ。」
僕は僕なりの全力の笑顔で目の前の主人にそう言った。
ザワザワと風がどこか遠くの木を揺らす。そろそろ火鉢を出す時期になるだろう。
いつものように蓮様と遊び屋敷を出ようとして母屋に入ったところを雲雀様に呼び止められた。
「はい、問題ありません。」
そのまま母屋の縁側に通され二人並んで腰をかける。
「どうかされたのですか?」
雲雀様と二人だけで話すのは久し振りだ。そして様子を見る限り世間話をするわけでもないだろう。
「その、蓮の様子はどうなの?ちゃんと会話は出来てる?」
雲雀様にしては珍しく歯切れ悪く問うた。話の内容としてはやはり、といったところだ。
「そう、ですね……。一度話し出せば普通に会話できますよ?最初こそ邪険に扱われましたが。」
「どんな話しをするの?」
「以前はよく、しりとりをしてましたよ。人と競ったり頭を使うことは嫌いじゃ無いみたいですし。」
「蓮と何かして遊んだりする?」
「なんて言えば良いのでしょうか……あまりおもちゃなどを使う遊びはしませんね。あの部屋にはいろいろなおもちゃが置いてありますが、使われた様子もありませんし。」
蓮様の過ごす部屋を思い浮かべる。まるで飾りのように置かれるだけのつみきやミニカー……ただその中に一つだけ置かれた新品同様のボードが酷く目を引いた。
「ところで話は逸れますが、雲雀様や嘉人様は蓮様と何かで遊んだことは有りますか?」
雲雀様が黙り込む。
「遊んだこと、は無いわね。多分一度も。せいぜいいつも会話をするくらいで……、」
やっとの思いで出された言葉は憂いを帯びていた。
しかしどうしても雲雀様、そしてここにはいないが嘉人様に言いたいことがある。
「無礼を承知で言わせて頂きます…蓮様のお部屋に置いてあるオセロのボードはなんの嫌がらせですか?」
「なっ、嫌がらせなんてっ…!」
僕の言葉に色をなす。
しかし言葉は止めない。
「ミニカーやつみきならともかく、オセロには相手が必ず必要でしょう?僕が初めて会った二年前からずっと置かれたままです。一緒に遊んだりもしないのに、ボードゲームを渡すのはあまりに皮肉ではありませんか?」
「………!」
僕の言葉を聞き、赤くなっていた顔がみるみる青ざめていく。やっと自分の配慮の無さに気づいたらしい。とにかくおもちゃを与えようとした結果、実際に自分の子がどのようにしているか、どのように感じるか、それがすっぽり頭から消えてしまっていたようだった。
一人で遊ぶことさえも虚しいと感じられる蓮様に対して、他人がいなければ成立しないおもちゃを与える。まして顕著に感じられる"ひとりきり"の寂しさ。これを嫌がらせと呼ばずになんと呼ぼうか。
不安げな顔で僕に聞く。
「……あの子は、蓮は私たちのことについて何か言ったりしてた?」
「両親は自分に興味がない、と仰っていました。」
寂しそうな、そしてそれを隠そうとして歪められた彼の顔を思い出す。
「そんなことはっ……!」
「ええもちろん、そんな気持ちは無いでしょう。でも蓮様はそう感じているのです。……差し出がましいのは承知ですが、思っているだけでは伝わらないのです。」
本当は蓮様だって両親が嫌いな訳じゃない。
雲雀様や嘉人様も蓮様が嫌いな訳じゃない。
ただ、お互いに距離を取りかねているだけなのだ。相手に気を遣うための、そして臆病な自身を守るための距離。
しかしこの歪な親子の関係はおそらく限りなく他人に近いものだろう。
「時間がある時で良いので、蓮様の所へ行ってあげてください。初めは戸惑うと思いますが何でも良いので話しかけてください。蓮様は話しかけるのは苦手ですが話しかければきちんと応答してくれます。根気良く距離を縮めてください。」
「……でもあの子と話せることなんて、」
「話題がないなら何の脈絡もなくて良いのでしりとりを振ってみてくださいちゃんと乗ってくれますから。」
「わかったわ。…あの子の好きなものって分かる?」
「そうですね、最近は悪戯や鳥の餌付けが好きみたいですよ。」
「悪戯…?蓮はどんな悪戯をするの?」
「襖につみきを挟んだり無茶ぶりしたり、死んだふりしたり…」
「死んだふり!?」
ですよね。蓮様がやると本当に笑えない。一回目は本気で焦ってしまった。
「まあ雲雀様に対してはそんなことしないと思いますが。」
「し、心臓に悪いわね。」
「でもやっぱり一番は鳥の餌付けですね。何時よりも楽しそうに笑いますし。」
「蓮が……、」
驚いたように目を見開く。
「どうしましたか?」
「いえ、私は一度も蓮が笑ってるところを見たことがないから。そもそも笑えないんじゃないかと思ってた…。」
いくら関わらないとはいえそこまでとは思わなかった。出そうになるため息は飲み下す。
「おそらくですが、蓮様は普段意図的に笑わないようにしてるんだと思います。」
「何故そんなことを…?」
「多分笑ったり素直に感情を出すのが格好悪い、とかそんな理由だと思いますよ。」
現に以前蓮様が小鳥を可愛い、と言ったとき酷く狼狽していたし、理由もほんの些細なものだった。
「そんな理由で?」
「雲雀様、蓮様は貴方が思っている以上に子供なのですよ。」
少しでも大人に見られたくて、必死に背伸びをする子供。
「きっと構い倒すくらいがあの方には丁度良いのでしょう。」
今まで構ってあげられなかった分、嫌という程に。
「…でも」
「不安であればパンか何かを持って行って一緒に鳥達に餌をあげてください。会話が無くても間がもちますよ。」
未だ反目しようと口を開く雲雀様に被せるように言った。
「……なんだか貴方の方が蓮の保護者みたいね。」
クスクスと笑い細められる目には以前のような卑屈さや悲しみは含まれていなかった。
「いえ、僕はただの……」
ふと改めて考える。ここで御側付というのはなんとなく違う気がする。じゃあ友達というのも微妙だ。話す回数が増えただけで友達というのもあまりしっくりこない。一応赤の他人ではないと思っているのだが、明確な立ち位置が分からない。
「…僕は蓮様の何なのでしょう?」
「貴方にも分からないことがあるのね?」
「そりゃあまあ、幾つもありますよ。人間関係なんて無知に等しいですし。」
瞠目する雲雀様に苦笑いを返す。
雲雀様の中の僕って何だろう。
「そういえばまだ五歳だったわね。話してると年齢を忘れちゃうわ。…そろそろ日が落ちてきたわね。帰った方が良いわ。今日は貴方と話せて本当に良かった、ありがとう。これからもよろしくね。」
そっと僕の頭を撫でた。雲雀様に撫でられるのは嫌いじゃない。
「いえ、こんな僕でお役に立てたなら光栄です。」
屋敷からでるとまだ低い位置の月が黄色に染まっていた。自宅の門をくぐると庭から視線を感じた。視線の元を見れば翡翠が佇み、此方を睨んでいた。しかし僕は特に気にせず一別し、引き戸を引いた。
勝負が終わった時点で兄にはなんの興味も関心もない。背中に視線を受けていると知りながらも僕は引き戸を静かに閉めた。
「なあ涼、お前母様に何か話したか?」
後日蓮様の部屋を訪れるとこう問われた。
「何か、とは?」
「…昨日の昼間、母様がこの部屋に来て突然庭にナンを撒き始めたんだ。」
蓮様は当惑の表情。
「ふっ!はははははっ!」
明らかに可笑しなパンのチョイスに思わず吹き出す。
突然部屋に来てナンの欠片を撒く雲雀様とそんな母親を唖然と見る蓮様の姿が目に浮かぶ。さぞかしシュールな昼下がりだっただろう。
ひとしきり笑い、蓮様を見ると彼はしげしげと此方を見ていた。
「…っふ、くく、…はぁ。どうしましたか?蓮様。」
「いや、お前がそんなに笑ってるのを初めて見たから、つい。」
今度は僕がポカンとする。
「僕はそんなに笑っていませんか?」
「まあ、基本的に無表情だし笑っても失笑か苦笑い、せいぜい微笑むくらいだろ?」
それはまた可愛くない五歳児なことで。
「……また何か面白いことがあれば笑いますよ。」
僕は僕なりの全力の笑顔で目の前の主人にそう言った。
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