胡蝶の夢

秋澤えで

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幼少期

覚悟

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異様な雰囲気のままの帰宅。重い沈黙に翡翠は不思議そうに首を傾げる。私はやりたいと思って御側付になろうとするが、翡翠は意思と関係なく御側付になるための訓練をするのだろう。


 「ただいま」
 「お帰りなさい!翡翠くん、涼ちゃん、蓮様とは仲良くなれた?」 


 返事に窮する一同。ありのままを伝えても良いものか。 


 「全然なれなかった……。」 


ショボンとしながら翡翠が報告する。仲良くなるどころか冷たくあしらわれたのは少々堪えているらしい。 


 「そう、残念だったわね……。でもきっと仲良くなれるようになるわ!」 
 「うん!そうだね!」 


そうでもなかった。翡翠は両親の脳天気さを色濃く受け継いでる気がする、確実に。 


 「涼ちゃんも元気出してね?」 
 「へ?あ、はい。」 


そもそも最初からあまり仲良くなろうとも考えていなかったので残念でもなんでもない。仲良くなるどころか初対面でいきなり平手打ちをかますような発言をしたのだ。よもやそれを正直に言うわけではないが。


 自分の部屋に戻り本に没頭していると廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。どうやら此方に向かってきているらしい。足音を聞くかぎり、父様か母様だろう。落ち着きのない両親とはいえ、廊下を走るのは珍しい。

スパーンっと勢いよく襖が開け放たれるとそこには母様がいた。 


 「どうかいたしましたか、母様?」 


そのまま部屋に入ってきて私の両肩を掴み迫られる。 


 「どうしたもこうしたも……!!御側付になりたいって言うのは本当なの!?」 


 肩を掴んで前後に揺さぶられる。ぐわんぐわんと頭が揺れ脳みそをシェイクされた。


 「お、落ち着いてください母様っ!」 


とりあえず肩から両手を離してもらうことに成功した。意外と握力強い。 


 「落ち着いていられますかっ!」 


いまだに鼻息荒く顔を真っ赤にさせている。怒ってるところを一度も見たことはないが、多分母様は怒っている。もしくはそれに準ずる感情なのは分かった。


 「御側付になりたいというのは本当です。」 
 「なんでっ、御側付なら翡翠くんがやってもいいのよ!」 


 間髪入れずに食ってかかる。怖いです母様。 


 「翡翠がやるやらないではなく、私がやりたいのです。」 


 目をそらさずに真っすぐ母様の目を見て言う。すると母様は少したじろいだ。ここまで本気だとは思っていなかったのだろう。 


 「で、でも御側付は危ないし……」 
 「主人を危ないことから守るのですから危ないのは当然です。」 


さっきとは打って変わってオロオロしだす。先ほどの父様と同じように、私の態度に驚いているのだろう。


 「そうだ!父さんだって御側付だったけど死にかけたことも何度もあった!」 


 突如父様が参戦しだす。さっき諦めたように見えたのに、強力な賛同者を手に入れ蘇ったようだ。 


 「その理屈だと翡翠は死にかけても良い、ということになりますよ、父様。」 
 「べ、別にそういう意味では……」 


しかし今度は母様が援護をいれる。 


 「それでも、もし涼ちゃんの身体が傷つきでもしたら……」 
 「それが兄様でも同じことです。」 
 「でも涼ちゃんは女の子なんだから……」 


その言葉に眉間にシワが寄ったのが嫌でも分かった。 


 「女の子、だからなんですか?」 
 「身体に傷なんてついたらお嫁に行けなくなっちゃうぞ!?」 


 我が意を得たりとばかりに言う父様に大きくため息を吐いた。


 「身体に傷があるから、ということを理由に嫌うような男性を好きになるつもりはありません。」 


そう言うと二人とも言葉に詰まった。 
ここまで娘に揚げ足を取られるのはどうなのだろう、と思ってしまうが当然だ。子の心配をしない親はいないし、感情が先走るのも自然。何より二人は想像もしていなかっただろうし、完全に寝耳に水だ。


 「聞きたいのですが、父様と母様が反対するのは私が女性だからですか?」 
 「え、ええ、そうね。」 
 「私が男性であれば問題はない、と。」 
 「ああ、だから御側付には翡翠を……」 
 「……でしたら、」 


 机の上にあった鋏をおもむろに手に取った。 
ばさり、と赤が落ちる。
 母様が『涼が少しでも女の子らしく見えるように』と言って一つに束ねていた長い髪を躊躇いなく切り落とした。


 「ぼくは今日から男性として生きます。この顔なら十分男性にも見えましょう。」 


 両親は唖然として言葉を失った。 

 今日ほどこの中性的な顔に感謝した日はないだろう。 
 私の決めた生きる意味を、性別が邪魔をするならば躊躇いなく切り捨てよう。 


 「僕は男性として生きますので、御側付でも問題ありませんね?」 


 質問という名の決定事項を告げれば、二人はもう頷くことしか出来なかった。
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