胡蝶の夢

秋澤えで

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幼少期

白との邂逅

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「翡翠、涼、今日はお出かけするぞ!」
 「うんっ父様っ!」
 「はい、父様」


どちらがどちらの返事かすぐにわかるほど差がある。
 元気いっぱいのお返事は兄、翡翠です。翡翠ってこんなキャラだったのか?と思わないでもないが、性格までは流石に覚えていない。少なくとも自分の記憶にある画像で見た翡翠のイメージに合わない。これから変わってくのかもしれないが。


 「どこ行くの?」
 「隣の屋敷にいる白樺様のところだ。白樺様の次男の蓮様がちょうどお前たちと同い年だから会わせようって話しになってな。」


たまたまそういう話になったかのように話しているが恐らく前々から会わせる時は決まっていたのだろう。私達のどちらを御側付にするかを決めるための、最初の顔合わせ。

 一応私も候補に入っていると思うけど女なのでまあ期待されていないだろう。私自身、やるつもりはない。わざわざ攻略キャラに絡んで行けるほど、あのゲームに興味はないし、ミーハーにもなれない。

しかし顔合わせとはいえ三歳は少し早すぎる気がするのだが。ただ私が深読みしすぎてるのかもしれない。子供のころは普通の友達同士として扱う可能性もある。


 「ちゃんと礼儀正しくするんだぞ?」
 「はーい!」


 取りあえず、兄さんが無礼なことをしないか今から不安だ。



 **********



 立派な木造の門をくぐると、手入れの行き届いた日本庭園が広がる。橋の架かった池には優雅に錦鯉が舞っていた。如何にも豪邸っといったような庭なのに嫌味な感じにならないのは本物の旧家だからだろうか。

 玄関の扉を父様が叩いた。


 「ごめんくださーい。」


すると中から足音が聞こえてくる。

そしてガラリと中から開けられる。そこには白髪赤目、精悍な顔立ちの美丈夫が立っていた。この世界には美形しかいないのか、と疑いたくなる。顔面偏差値が大変なことになっていそうだ。
 白髪赤目ってことはアルビノ。しかも父様と同じくらいの年格好ってことは、


 「よくきたな、光。そっちはお前の子か?」
 「ええ、ほら二人とも嘉人様に挨拶しなさい。」


いきなり当主様登場。まさか当主様直々に出迎えられるとは思わなかった。なぞの緊張感に身を固くする。

そして挨拶って三歳児に無茶ぶりだよ、中身は三歳児じゃないけど。


 「お初にお目にかかります、赤霧涼と申します。」
 「はじめまして!翡翠です!三才です!」


あ、これミスったな、どう考えても三歳児の挨拶じゃない。翡翠のがまともだ。兄さんより自分の心配をすべきだった。でも無理だ。絶対にできない。あんな元気いっぱい無邪気な行動は私にはできない。当主様威圧感半端じゃない。怖い訳じゃない、ただ素人目に見てもすごい人だというのがひしひしと感じられて気が引き締められる。
 当主様は一瞬目を見張ったけど直ぐに相好を崩した。


 「礼儀正しい子達だな。特に涼は難しい言葉を知っている。にしても、あまり見た目も性格も似ていないな。」


 笑顔で私達の頭をわしゃわしゃと撫でる。
 違和感があるだろうに、当主様は笑って何もいわなかった。いやいうタイミングでないというのもあるだろうが、特に気にした風もない。ただ変わっている、と思う程度ではないだろうか。リアクションはある意味両親と同じだが、気にしないは気にしないでも能天気な二人とは大違いだ。


 「自慢の子供達です。可愛いでしょう?翡翠はいつも元気いっぱいで遊びまわってて、涼なんて二歳半のころから字が読めるすごい子なんですよ。昨日なんて翡翠が……」


こんな時に親バカ発動させるバカ親。しかも当主様の御前で。私や翡翠よりも礼儀が心配になってきた。基本的にはまともな人なのだろうが、私や翡翠、母様のことになると一気に頭のねじが数本抜けて溺愛レベルが計測器を振り切るほどに豹変する。
 業を煮やした嘉人様が父様の頭をスパンッと叩く。随分慣れた手つき、おそらく度々父様は嘉人様の前で馬鹿なことをしているのだろう。


 「黙れ、涼が呆れてるぞ。」
 「ええっ!涼!呆れちゃった!?」
 「いえ、今に始まったことではないので……。」
 「前々から呆れてるってこと!?」


クツクツと嘉人様は笑った。


 「面白い。お前と違って賢そうな娘だな、光。」
 「俺に似て賢いんですよ!?」
 「戯れ言を。」
 「父様だってかしこいもんっ!」


 珍しく静かにしていた翡翠が突如乱入。大好きな父様がどうやら貶されているらしいと本能で察知したらしい。しかしきっと彼は『賢い』という言葉の意味を知らない。


 「おお、すまなかったな、翡翠。」 


 機嫌をとるように翡翠の頭を乱暴に撫でる。翡翠も嬉しそうに笑う。


 「まあ上がれ、今日は蓮と会わせに呼んだのだから。」
 「はい、失礼します。」


 下駄を脱ぎ母屋に上がる。ひやりとした長い廊下を歩いていく。屋敷の中はとても静か、静かというよりも静まり返っているという表現が当てはまりそうな空気だ。


 「すまないが、蓮はまだ体が弱く床から離れられない。あいつのいる離れで会うことになるが良いか?」
 「ええ、構いません。」


 離れに向かいながら大人二人の方で話が進んでいく。物珍しそうにちょろちょろする翡翠の手を引きながら二人の話に聞き耳を立てるた。


 「ただ会ったとしても、蓮がまともに話すかどうかが分からない…。」
 「それはいったいどういう…?」


 離れの奥座敷の前で嘉人様が足を止める。


 「……会えば分かるだろう。」

 軽く俯いてそう呟いた。




 「蓮入るぞ。」 


そう嘉人様は声をかけたが中から返事はなく、そのまま襖を開けた。 

 無機質な部屋、そう感じた。 
 何も無い訳じゃない。四角い和風な部屋右側の障子から僅かに光がさしている。先ほど離れと母屋を繋ぐ廊下から見たところ、おそらくそこには庭に面する縁側があるのだろう。しかし左側の襖も右の障子も閉じられている。隅の方には子供の為のつみきやミニカー、絵本が沢山置いてあるが遊ばれた様子はない。 

 子供一人の部屋にしては少し広すぎるのではないかという無機質な部屋の真ん中に、彼はいた。

 白い布団から身体を起こしなんの表情もなく、ただ無言で見ていた。いや、きっと見てすらいない、ただ瞳に映した。 

 父親である嘉人様よりも肌の色は白く透けてしまいそうなほどまでに色素を感じられない。白い肌と対比するような真っ赤な瞳は何も知らない無垢な瞳であり、知ることを拒んでいるようだった。 

まるで子供らしくない。愛らしいとも無邪気とも感じず私はただ、美しい、とだけ思った。美しく精巧な人形。 
 風が吹けばあっというまに散り去ってしまうような儚さ。僅かに開けられた障子から差し込む光がより彼を神秘的に魅せた。


 「蓮、赤霧の子達だ、挨拶しなさい。」 


 嘉人様は優しく促した。その言葉にやっと私達を認識したかのようにこちらを見据える。 


 「……白樺蓮。」


 淡々と名前だけ言いキュッと口を引き結ぶ。


 「蓮……。」 


 嘉人様は困ったように名前を呼ぶがなんの反応も見せなかった。

すると嘉人様は助けを求めるようにこちらを見た。 

その視線によって一気に現実に引き戻される。 

その視線は『なんとか子供同士で仲良くやってくれないか?』といっている。 
 正直この重たすぎる雰囲気の中で彼に話しかけるのには大変後込みするが、そろ そろ嘉人様の胃に穴が開いてしまう頃だろう。 

 意を決して、取りあえず挨拶を……と思っていると、 


 「蓮っていうの?俺はね、翡翠っていうんだ、よろしくな!!」 


そう言って遊ぼっ、というように彼に駆け寄る。 
 凄い、子供凄い。兄さんの度胸半端じゃない。子供視点でいうと何も感じないのだろうか。ひっそり翡翠に尊敬の念を抱く。

 蓮様が兄さんに目を向け小さく口を開いた。 
 隣の嘉人様がハラハラしてるのが手に取るように分かる。思ったより分かりやすいな人のようで。当主様とはいえ今は自分の息子を見守るただの父親に見えた。 


 「名前を覚えるつもりもないし、よろしくする気もない。」 


 彼は無表情でそう言い放った。 


 「蓮っ!」 


 嘉人様が叱るも、堪えた様子もなく、 


 「どうせ僕は長く無いのでしょう?名前を覚える必要もありません。」 


 悟りきったようにそう言った蓮様は諦める以前に生死などどうでも言いように見えた。 


 「蓮…そんなことは、」 


  言葉を続けようとするが嘉人様は何も言葉が出なかった。当然だ。分かりもしないどころか、いつ亡くなってもおかしくないと、嘉人様自身そう思っているのだから。下手に言葉を掛けるより言葉を濁した方が良い。それは彼にできる最良の判断だろう。彼の反応にいつもニコニコしている父様でさえ笑顔を引き攣らせていた。

まともに構って貰えなかった兄さんはむくれてこちらに戻ってきた。子供同士でもダメ、部屋か重い沈黙に支配される。 


 「蓮様、」 


 私が自ら沈黙を破る。躊躇いなど必要ない。今私がすることは、彼に教えることだけだ。 
 誰も彼がいつまで生きられるか知らない。だからこそ軽々しく慰めの言葉など出てこない。

でも、私は違う。


 「挨拶が遅れて申し訳ありません。翡翠の妹の赤霧涼と申します。よろしくお願いします。」 


ウンザリしたように私を見る。気だるげな眼は私に向けられるが、ただ向けられているだけだ。 


 「言っただろう。僕は先が短い、よろしくするつもりはない、と。」 


 二度も言わせるなという顔。それでも私は、 


 「無礼を承知で言わせて頂きます。蓮様、あなたの命はあなたが思っているほど短くはありません。」 


 驚きの色に染まる。大きい目がさらに見開かれた。

 私は知っている。

 少なくとも、彼はゲーム開始の高校一年までは必ず生きている。誰も確信を持って彼に『大丈夫』と言える者はいない。でも私は確信を持って言い切ることができる。 
 他の誰も知らない、未来の彼のかけらを私は知っている。


 「適当なことをいうなっ!」 


 先ほどまでの落ち着きは無く取り乱す。その姿は年相応に見えた。 生死を悟ったように振る舞いたがる生意気な子供。


 「適当なことではありません。」 


また、瞳が揺れる。諦めているように見えるのは、自分にそう言い聞かせているから。心の底では、『生きたい』と叫んでいる。しかし彼の目の前の現実は希望を持つことさえも許さない状況なのだろう。 
 生きたい、でも生きられないかもしれない。幼い子供が晒されるには、あまりにも大きく重たすぎる葛藤。


 「ウソだっ!」 
 「事実です。」


 諦めていたはずなのに、ここに来て希望を与えようとする子供がいる。初対面で自分の病状さえも知らないただの子供が、揺るぎない自信を持って大丈夫だと言い切るのだ。 

 腹もたつだろう。 
 罵りたくもなるだろう。 
 否定もしたくなるだろう。 
それなのに、その不確定な言葉に縋ってしまう自分自身にも、同じ様に。


 「お前が何を知ってるっていうんだよっ!」 


 気取った仮面が剥がれ落ちる。少しずつ言葉も子供っぽくなる。 
 浮き世離れしていた姿は消え失せ、ただ死に怯え、それを必死に隠そうと足掻く幼い子供が、そこにはあった。 

 近くにあったつみきを掴み私に向かって投げる。誰もが彼の豹変振りに驚いて動けなかった。いや、正しくは私だけは敢えて動かなかった。 
 彼に酷なことを言っていると分かっているからこそ。彼は私に力を振るう権利がある。 
ガッ、と鈍い音を立てて右目の上に当たる。だが病弱な三歳児の力などたかが知れている。 


 「涼っ!大丈夫か!?」 


 真っ先に動きを取り戻した父様が私に駆け寄ろうとする。しかし私は手でそれを制した。私だけが心配されるのはフェアじゃない。 
 再び蓮様に向き直ると蓮様は白い顔を青くさせていた。 

 敢えて彼の顔色には気づかないフリをする。 


 「あなたさえ生きたいと願うなら、決して短い命となることはないでしょう。」 


つみきをぶつけたことについては触れない。ここで其れについて触れる必要はない。彼の言葉など聞いていなかったように私はまた言い切った。 

 今彼に必要なのは誤魔化しや励ましではない筈だ。だからこそは私は彼に対して同情心など見せない。それが僅かでも見られれば、きっと彼はそれが単なる励ましにしか聞こえなくなる。 


 「…出過ぎたことを申し上げました。単なる戯れ言と聞き流してくださって構いません。」 


これ以上の念押しはいらない。彼は必ず考えるはずだ。聞き流せるほど彼は大人じゃない。私が言ったのは励ましの虚言なのか、それともそれが本当になるのかを。そして考えている間に彼の生きたいという思いが消えることはない。少しでも、死の恐怖から目を逸らせるように。
たとえこの言葉が私の独りよがりなものだとしても、砂一粒程度でもどうか希望としてほしい。

 生と死を語らせるには、あまりにも幼い。彼はいずれ気づくだろう。自らの生きたいという強い意志に。 
これ以上言うことは何も無いと、私は畳に視線を落とした。 




 「うちの子がすまなかったな。涼、腫れてはいないか?」 
 「いえ、大丈夫です。少し当たっただけですから。」 

 母屋に戻ると嘉人様がそっと私の顔を撫でた。大きな手が目の上をくすぐり少し身を捩る。
 思った通り、積木が当たった部分は切れてもないし内出血もしていない。本当にただぶつかっただけだった。


 「そんな事よりも、先はすいませんでした。随分と無礼な口を蓮様に利いてしまい……。」 


あくまでもどの辺りが無礼であったかは明言しない。私のさっきの言葉は、端から見たら無責任極まりないものだった。しかし三歳児の軽率な言葉に大人が一々目くじらを立てる物じゃない。聞きようによれば単に相手を励ましているように聞こえるのだから。

 都合のいい時だけ子供であるという特権を振りかざす私はズルい。

 私の言葉で恐らく蓮様よりも傷ついたのは嘉人様だ。 

 目の前で自分の子が傷ついているのに自分では何もできない。私は蓮様を励ましているのだから無碍に黙らせる訳にはいかないから。

そして何より、決して自分の口からは言えなかった『大丈夫』という確信を持った言葉、ずっと避け続けてきたその言葉に、子の瞳が『生きたい』という色を見せたことに。 

 自分では気づけなかった。諦めているようにしか見えなかった。子の本心すら見られなかった親としての不甲斐なさを感じているだろう。 


 「いや、気にすることはない。君の言う通り、きっと蓮は生きてくれるはずだ。」 


それはまるで自分に言い聞かせるようだった。 
 蓮様と同じ様に嘉人様もまた、ただの子供の言葉に縋るしかないから。 
 苦しそうなその表情に罪悪感を覚えた。私はただ知っているがために言えた言葉なのだから。
 私は何も言わず深く頭を下げた。 

 父様が嘉人様に挨拶して外に出る。 


 「ねぇ父様、どうしたら蓮様となかよくなれるかなぁ?」 


 兄様が父様の腕に絡みながら聞いた。 
あの扱いを受けて尚、仲良くなろうと思う精神には本当に尊敬する。


 「うーんそうだなぁ…また遊びに行くか。きっとその内友達になれるさ!」 


ヘラヘラと笑っていうがきっと内心は苦りきっているだろう。蓮様がここまで非社交的で病弱で幼子らしくないとは思ってなかっただろうから。 


 「ねぇ父様、」 
 「何だい、涼。」 
 「どうしたら私は蓮様の御側付になれますか?」 


 父様はフリーズした。
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