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終局開幕最終章
手袋
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とある南の街の郊外に一時的な拠点を革命軍本体は置いていた。行商が立てるような簡素なテントがいくつかと立ち並ぶ。寄ってのぞき込もうでもしない限り、中小のキャラバンにしか見えないことだろう。
「メンテさん?」
もはや慣れつつある”涙を流す者”からの手紙。いつもであれば少し楽しそうにそれを読む彼が珍しく、眉間に皺を寄せてため息をついていた。
「何か、不穏なことでも?」
「いや、何でもないよソンジュ。……ただ、いよいよ大詰めみたいでね。」
大詰め。さらりと出た言葉であったが思わず息を飲んだ。
大詰め。それはついにこの国が、この政府が終わり新しい世界が作られるということだ。しかしながら実感がわかない。王国軍を裏切り革命軍に寝返って早数年。国中を回り奮起の準備を進めてはいるがいまだこの国をひっくり返すことができるという兆しや確信は持てていない。静かであること、水面下で動いていくことが革命軍の在り方であるが、国をひっくり返すとなると役者は必ず表に出る必要がある。けれど大きな動きができるようなものは見られない。
しかしすでに大詰めであると”涙を流す者”は言うらしい。
王国軍中将であった私に手紙を送った人物。あらゆる人物、機関に対しても働きかけを行い、影の中からこの世を正そうと画策する者。姿も見せず、声も聴かせず、それでいてこの世をひっくり返すための策略を一人でたて、そして操って見せようとする者。すべてのシナリオはきっと”涙を流す者”だけが持っている。
「これから忙しくなるよ。もう後戻りはできないし、失敗すれば総崩れ。何もかもが怒涛の勢いで動いていく。……何も知らない者から見ればきっとこの世が濁流にのまれていくように見えるだろうね。」
「しかしその濁流はこの腐りきった世を洗い流すための清流でしょう。水が引くころには新しい世界ができている。」
「違いない。……すまないがヒルマを呼んできてもらえるかい?」
「……了解。」
メンテのテントを出て彼女がいるだろう物資の入れられたテントへと向かった。
正直なところ、私はここまできて未だ彼女のことがいまいち信用できていなかった。王国軍を裏切った私の言うことではないが、彼女はその実革命軍に紛れ込んだスパイなのではないかと。そもそも出は王国軍情報管理局。情報管理局と言えばありとあらゆる方法で情報を集め、操る情報のスペシャリストの集団。時に行商人に、時に技術者に、時には乞食にでも身を窶し、その上潜入期間は気が遠くなるような期間であったりもする。彼女もまた、その間諜の中の一人なのではないかと。
彼女には、総長であるメンテへの敬意が足りていない。むしろ常に疑っているような視線を向けている。革命軍の一員として身を置きながら、その心はまるで革命軍に与していないのだ。ただ間諜としてなら彼女はあまりにも稚拙だ。いつも不満げな表情を浮かべているそばかすの散る顔は些か悪目立ちしすぎる。不満である本意でないという文字を顔をくっつけながら歩いていると目立つうえにこうして疑いまでかけられている。
不満であるなら、総長を厭うならなぜ革命軍にいるのか。ここは命を懸ける最前線だ。生半可な気持ちでは来られない。間諜として来ているなら溶け込む努力をなぜしないのか。
そしてなぜメンテは彼女のことを信用しているのか。
そこまで考えてやめておくことにする。それは私にしても同じことだった。ここへきてすぐ、王国軍中将という立場から革命軍の面々から大層疑われていた。しかしメンテだけが私のことを信じた。大した革新も証拠もなく、ただ愚直に私の意思を信じてくれた。それが”涙を流す者”から指示があったかなどは私にはわからない。けれど立場を180度翻し疑われて当然であった私をすぐに信用し、傍においてくれた。その甲斐あって、今では至極当然のようにこの革命軍に身を置いていることができる。
彼女はやはり一人で物資用のテントにいた。溶け込む気のない彼女は極力この集団の中でも一人でいることを好む。木箱を机代わりにして何かを書いているが、私が来たのに気が付くとすぐにしまった。
「ヒルマ、メンテさんが呼んでるんだ。」
「……了解。」
不満な顔の上から不可解、という文字を浮かべる彼女はきっと呼び出される心当たりがないのだろう。時折メンテが彼女を呼んで話をしているが、どういう話をしているのか、私は知らない。
先日、彼女は革命軍に来て初めてまともに王国軍と交戦した。メンテから話を聞いたところ、敵軍隊長であったアルマとも会ったらしい。そして彼と同期であったとも。
「……久しぶりに会ったアルマはどうだった?」
「別に、どうとも。相変わらず元気そうで。」
道すがらの雑談であったが、やはり彼女は不機嫌そうだった。
「君はアルマのことを情がない、と言っていたけど、そこはどうだった?君は彼と会った裏切者なのに、君はまだ生きている。」
先日の交戦、私はアルマとは遭遇しなかった。できれば会いたかったような、会いたくなかったような。ただ彼の真意を知りたくはあった。
けれど彼が、私を、私たちを許しているとは到底思えないのだ。
「……切られるかと、思った。少なくともアルマくんは私が敵意を向ければ躊躇なく殺した。」
ふと、彼女の不満げな表情がとれた。呼び捨てにしていた彼の名前に親し気な色が見て取れた。おそらく、彼女の本心からの所感なのだろう。
「私は総長からアルマくんに対する手紙を持ってた。私を殺さない理由、殺さないでいることによる利益があったからこそ、彼は私に対して刃を向けなかった。……情はない。でも不必要に殺したりするほど著情的でも、昔を懐かしむだけの余裕がないわけでもなかった。」
あの乱戦の林の中、声と微かに浮かぶ影を頼りにしていた暗闇の中で、何が起こったのか、把握している者はほとんどいなかった。きっと把握しきっているのはメンテだけなのだろう。
アルマに何の手紙を渡したのか、私は知らない。なぜ革命軍総長の彼が、敵である王国軍の中将に手紙を渡すのか。彼が何を望んでいるのか。若しくは”涙を流す者”が何をたくらんでいるのか。その全体像がまるで想像がつかない。
王国軍を出てから、”涙を流す者”から私に手紙が届けられたことは一度もない。きっと彼の計画は、私が革命軍へ行くまでで終わっているのだろう。そしてすでに仕事を果たした役者に対して新たに指示が送られることはない。
大詰めだという。けれど私には舞台上に誰が登っているのかわからなかった。
「アルマは……、何をしようとしているんだ?」
「わからない。手紙の内容も私は知らない。彼が何をしようとしているのかも聞けなかった。聞いても言わなかっただろうけどね。……失礼します。」
いつの間にかメンテのいるテントへついていた。未だ話を引きずっている私を置いて、切り替えた彼女はとっとと中へと入っていった。
「やあ、ヒルマ。この前はありがとう。」
「いえ、別に。」
「また頼みたいことがあるんだ。」
ヒルマはすでにいつもの不満げな顔に戻っていた。
「ちょっと僕と一緒に来てほしいところがあるんだ。」
「…………?」
不可解そうな顔にメンテ苦笑いをする。けれど私も同じ顔をしているだろう。一緒にも何も彼女はここへ来て以来ずっとメンテと一緒にいる。
「ソンジュ、僕はしばらく隊から離れるよ。」
「離れるって、他の隊と合流するということですか?」
「いや、個人で動くということだよ。」
「なぜ……!?」
このタイミングで。大詰めだといったばかりだというのに革命軍の要であるこの隊から離れて、さらに個別行動をとるなど、あってはならない、あるべきではない。
革命軍は、志を持ちメンテのもとに集まっている。しかしながらやはり革命軍という者は烏合の衆なのだ。正規の訓練も受けず、めいめい集まっている現状はメンテという旗元だからこそ軍という体をなしているだけであって、頭がいなければ簡単に崩れてしまう。そしてそれもわかっていないわけがあるまい。
「必要なんだ。僕はどうも重要な役者らしくてね。他じゃ代わりがきかない。僕じゃないとダメなんだ。」
「そんな、それじゃあ革命軍はどう、」
「君がいるだろう?」
思わず目を見開いた。
「君がいる。君なら十分革命軍を率いていける。」
「で、でも私では、」
「大丈夫、できるよ。何もずっとわけじゃない。私が戻ってくるまでの間任せたいんだ。」
私にできるだろうか、いやできないだろう。完全に役者不足だ。
私は確かに今では認められていると自負している。しかしそれはメンテのものとは全く別のものだ。私は皆から技術を、知識を、認められている。だから私は使ってもらえているし、重宝もされている。けれど彼らを率いるのに必要なのはそれ以上に言葉にはできないようなリーダーシップだ。着いていきたい思う、信じられるような人望は一朝一夕に持てるようなものではない。
せめてもう一人いてくれればいい。彼と同じように、革命軍に馴染み、長い間そこに身を置いていたような。導く光となれるような人間が。
「私、だけではとても……、」
「……そうか。じゃあもっと短くて良い。数日後、北へ向かってほしい。」
「北へ?」
「ドラコニアだ。」
ドラコニア。数年前に王国軍と革命軍の戦いの舞台、大火炎の戦いの起こった宗教都市だ。今ではすでに灰と化した都市のはずだ。
「大火炎の戦いに参加しなかった元革命軍人がいる。一つ上の世代だ。今も彼はあそこにいるらしい。……廃墟ばかりだが、雨風はしのげる。世捨て人のような宗教家もあそこには暮らしているらしい。人を隠すにはもってこいだ。周囲が思っているほど、あの場所はいつまでも死んだ街ではないよ。」
大火炎の戦いに参加しなかった元革命軍人。一世代前の革命軍を率いていたアンタス・フュゼはあそこで亡くなった。他の革命軍だってそうだ。私やメンテは年若かったためどちらも参加していない。王国軍革命軍共に大きな被害を残した戦いだった。
あの総力戦に参加しなかった革命軍人。
「……彼なら力になれる。戦力も人望も申し分ない。多分もう革命には参加しないってぐずると思うけど、情に厚い人だから駄々を捏ねれば落とせるよ。」
「駄々……、」
「そうでなくてもあそこには正義の権化みたいな人もいる。きっと説得に手を貸してくれるよ。」
どうも彼には不思議なところがある。革命軍の総長として知っているのは当然なのかもしれないが、それでもはるか遠く、ここ数年一度も行ったことのない土地にいる人間についても把握している。いったい彼はどこで情報を手に入れているのか。
「”手袋”と呼ばれている男を探しているといえばたぶんすぐに見つかる。熊みたいな髭面の大男だ。」
大火炎に参加せず、仲間たちが死んだ土地にとどまり続けるその彼は一体何を思っているのだろうか。
「本名はトルペ・アルミュール。前時代の怪物さ。……ことが大きく動けば君たちの耳にもそれが入る。その時、彼に頼めば決してむげにはしない。必ず手を貸してくれるよ。それにあそこには人目を忍ぶ仲間がまだいる。」
「……了解。善処する。」
「君なら大丈夫だよ。」
柔和に笑うメンテはことの重大さをまるで感じさせない。相変わらず穏やかに笑う。透き通った琥珀には心配の色の動揺の色も見られない。
「それで、ヒルマについて。君は僕についてきてほしい。」
「……なぜ、」
「一人でもいいけど、二人の方が良いからね。詳しくは道中にでも話すよ。」
”手袋”と呼ばれる男が来てくれたとしても、やはり不安はぬぐい切れない。
そもそもの話、彼はヒルマとともにどこへ行くつもりなのだろうか。状況からして十中八九”涙を流す者”からの指示なのだろうが、そこで何が行われるのか、わからない。何のために行くのか。彼は革命軍の核だ。彼がいなければ革命軍は瓦解する。
「……わかりました。」
「ん、ありがとう。それじゃ二人とも、これから皆大きく動く。今のうちに物資の補給休息を十分にしておくように。ソンジュはみんなにドラコニアに行く旨を伝えてくれ。」
「了解。」
諦めたようにヒルマは足早にテントを出て行った。彼女に拒否権は与えられていないうえに恐らくなぜ自分が連れていかれるのか、どこへ連れていかれるのかわからず苛立っているのだろう。情報が与えられないことは焦りを覚える。
私も彼女に続きテントを出る。しかしすぐに彼のテントに地図を置いたままなのを思い出した。どの道を通っていくのか、どれくらいかかるのかも含めて最初に話をしておきたい。引き返し、テントの入り口に手を掛けたところで止まった。
「……そうか、あいつがいてくれたからできたんだ。」
小さな声で、メンテはそう言っていた。
懐かしむような声。あいつ、というのはきっと彼の傍にいた人物なのだろう。そしてもうその人物はいない。
テントに入る勇気がわかず、結局入り口から手を離した。
地図がなくてもできることは山ほどある。これからしばらくとはいえ革命軍をまとめ上げなくてはならない。
今の私の立場は革命軍参謀だ。革命軍の中ではすでにかなり上の地位であるといえる。しかしなぜ、副長の人間がこの本体にいないのかと思わずにはいられない。きっとその人物がいれば、革命軍を率いるのはその人だったろうに。
革命軍副長。その姿を見たこともないし、名前も知らない。けれど空と言うわけでもない不思議な人物。
「……その人がいれば、きっとよかっただろうに。」
姿の見えない人間について思いをはせても仕方がない。私はひとまず物資補給のために仲間たちに声を掛けた。
3日後、ヒルマを連れて総長が発った。
それからメンテ・エスペランサが革命軍に戻ってくることは二度となかった。
「メンテさん?」
もはや慣れつつある”涙を流す者”からの手紙。いつもであれば少し楽しそうにそれを読む彼が珍しく、眉間に皺を寄せてため息をついていた。
「何か、不穏なことでも?」
「いや、何でもないよソンジュ。……ただ、いよいよ大詰めみたいでね。」
大詰め。さらりと出た言葉であったが思わず息を飲んだ。
大詰め。それはついにこの国が、この政府が終わり新しい世界が作られるということだ。しかしながら実感がわかない。王国軍を裏切り革命軍に寝返って早数年。国中を回り奮起の準備を進めてはいるがいまだこの国をひっくり返すことができるという兆しや確信は持てていない。静かであること、水面下で動いていくことが革命軍の在り方であるが、国をひっくり返すとなると役者は必ず表に出る必要がある。けれど大きな動きができるようなものは見られない。
しかしすでに大詰めであると”涙を流す者”は言うらしい。
王国軍中将であった私に手紙を送った人物。あらゆる人物、機関に対しても働きかけを行い、影の中からこの世を正そうと画策する者。姿も見せず、声も聴かせず、それでいてこの世をひっくり返すための策略を一人でたて、そして操って見せようとする者。すべてのシナリオはきっと”涙を流す者”だけが持っている。
「これから忙しくなるよ。もう後戻りはできないし、失敗すれば総崩れ。何もかもが怒涛の勢いで動いていく。……何も知らない者から見ればきっとこの世が濁流にのまれていくように見えるだろうね。」
「しかしその濁流はこの腐りきった世を洗い流すための清流でしょう。水が引くころには新しい世界ができている。」
「違いない。……すまないがヒルマを呼んできてもらえるかい?」
「……了解。」
メンテのテントを出て彼女がいるだろう物資の入れられたテントへと向かった。
正直なところ、私はここまできて未だ彼女のことがいまいち信用できていなかった。王国軍を裏切った私の言うことではないが、彼女はその実革命軍に紛れ込んだスパイなのではないかと。そもそも出は王国軍情報管理局。情報管理局と言えばありとあらゆる方法で情報を集め、操る情報のスペシャリストの集団。時に行商人に、時に技術者に、時には乞食にでも身を窶し、その上潜入期間は気が遠くなるような期間であったりもする。彼女もまた、その間諜の中の一人なのではないかと。
彼女には、総長であるメンテへの敬意が足りていない。むしろ常に疑っているような視線を向けている。革命軍の一員として身を置きながら、その心はまるで革命軍に与していないのだ。ただ間諜としてなら彼女はあまりにも稚拙だ。いつも不満げな表情を浮かべているそばかすの散る顔は些か悪目立ちしすぎる。不満である本意でないという文字を顔をくっつけながら歩いていると目立つうえにこうして疑いまでかけられている。
不満であるなら、総長を厭うならなぜ革命軍にいるのか。ここは命を懸ける最前線だ。生半可な気持ちでは来られない。間諜として来ているなら溶け込む努力をなぜしないのか。
そしてなぜメンテは彼女のことを信用しているのか。
そこまで考えてやめておくことにする。それは私にしても同じことだった。ここへきてすぐ、王国軍中将という立場から革命軍の面々から大層疑われていた。しかしメンテだけが私のことを信じた。大した革新も証拠もなく、ただ愚直に私の意思を信じてくれた。それが”涙を流す者”から指示があったかなどは私にはわからない。けれど立場を180度翻し疑われて当然であった私をすぐに信用し、傍においてくれた。その甲斐あって、今では至極当然のようにこの革命軍に身を置いていることができる。
彼女はやはり一人で物資用のテントにいた。溶け込む気のない彼女は極力この集団の中でも一人でいることを好む。木箱を机代わりにして何かを書いているが、私が来たのに気が付くとすぐにしまった。
「ヒルマ、メンテさんが呼んでるんだ。」
「……了解。」
不満な顔の上から不可解、という文字を浮かべる彼女はきっと呼び出される心当たりがないのだろう。時折メンテが彼女を呼んで話をしているが、どういう話をしているのか、私は知らない。
先日、彼女は革命軍に来て初めてまともに王国軍と交戦した。メンテから話を聞いたところ、敵軍隊長であったアルマとも会ったらしい。そして彼と同期であったとも。
「……久しぶりに会ったアルマはどうだった?」
「別に、どうとも。相変わらず元気そうで。」
道すがらの雑談であったが、やはり彼女は不機嫌そうだった。
「君はアルマのことを情がない、と言っていたけど、そこはどうだった?君は彼と会った裏切者なのに、君はまだ生きている。」
先日の交戦、私はアルマとは遭遇しなかった。できれば会いたかったような、会いたくなかったような。ただ彼の真意を知りたくはあった。
けれど彼が、私を、私たちを許しているとは到底思えないのだ。
「……切られるかと、思った。少なくともアルマくんは私が敵意を向ければ躊躇なく殺した。」
ふと、彼女の不満げな表情がとれた。呼び捨てにしていた彼の名前に親し気な色が見て取れた。おそらく、彼女の本心からの所感なのだろう。
「私は総長からアルマくんに対する手紙を持ってた。私を殺さない理由、殺さないでいることによる利益があったからこそ、彼は私に対して刃を向けなかった。……情はない。でも不必要に殺したりするほど著情的でも、昔を懐かしむだけの余裕がないわけでもなかった。」
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アルマに何の手紙を渡したのか、私は知らない。なぜ革命軍総長の彼が、敵である王国軍の中将に手紙を渡すのか。彼が何を望んでいるのか。若しくは”涙を流す者”が何をたくらんでいるのか。その全体像がまるで想像がつかない。
王国軍を出てから、”涙を流す者”から私に手紙が届けられたことは一度もない。きっと彼の計画は、私が革命軍へ行くまでで終わっているのだろう。そしてすでに仕事を果たした役者に対して新たに指示が送られることはない。
大詰めだという。けれど私には舞台上に誰が登っているのかわからなかった。
「アルマは……、何をしようとしているんだ?」
「わからない。手紙の内容も私は知らない。彼が何をしようとしているのかも聞けなかった。聞いても言わなかっただろうけどね。……失礼します。」
いつの間にかメンテのいるテントへついていた。未だ話を引きずっている私を置いて、切り替えた彼女はとっとと中へと入っていった。
「やあ、ヒルマ。この前はありがとう。」
「いえ、別に。」
「また頼みたいことがあるんだ。」
ヒルマはすでにいつもの不満げな顔に戻っていた。
「ちょっと僕と一緒に来てほしいところがあるんだ。」
「…………?」
不可解そうな顔にメンテ苦笑いをする。けれど私も同じ顔をしているだろう。一緒にも何も彼女はここへ来て以来ずっとメンテと一緒にいる。
「ソンジュ、僕はしばらく隊から離れるよ。」
「離れるって、他の隊と合流するということですか?」
「いや、個人で動くということだよ。」
「なぜ……!?」
このタイミングで。大詰めだといったばかりだというのに革命軍の要であるこの隊から離れて、さらに個別行動をとるなど、あってはならない、あるべきではない。
革命軍は、志を持ちメンテのもとに集まっている。しかしながらやはり革命軍という者は烏合の衆なのだ。正規の訓練も受けず、めいめい集まっている現状はメンテという旗元だからこそ軍という体をなしているだけであって、頭がいなければ簡単に崩れてしまう。そしてそれもわかっていないわけがあるまい。
「必要なんだ。僕はどうも重要な役者らしくてね。他じゃ代わりがきかない。僕じゃないとダメなんだ。」
「そんな、それじゃあ革命軍はどう、」
「君がいるだろう?」
思わず目を見開いた。
「君がいる。君なら十分革命軍を率いていける。」
「で、でも私では、」
「大丈夫、できるよ。何もずっとわけじゃない。私が戻ってくるまでの間任せたいんだ。」
私にできるだろうか、いやできないだろう。完全に役者不足だ。
私は確かに今では認められていると自負している。しかしそれはメンテのものとは全く別のものだ。私は皆から技術を、知識を、認められている。だから私は使ってもらえているし、重宝もされている。けれど彼らを率いるのに必要なのはそれ以上に言葉にはできないようなリーダーシップだ。着いていきたい思う、信じられるような人望は一朝一夕に持てるようなものではない。
せめてもう一人いてくれればいい。彼と同じように、革命軍に馴染み、長い間そこに身を置いていたような。導く光となれるような人間が。
「私、だけではとても……、」
「……そうか。じゃあもっと短くて良い。数日後、北へ向かってほしい。」
「北へ?」
「ドラコニアだ。」
ドラコニア。数年前に王国軍と革命軍の戦いの舞台、大火炎の戦いの起こった宗教都市だ。今ではすでに灰と化した都市のはずだ。
「大火炎の戦いに参加しなかった元革命軍人がいる。一つ上の世代だ。今も彼はあそこにいるらしい。……廃墟ばかりだが、雨風はしのげる。世捨て人のような宗教家もあそこには暮らしているらしい。人を隠すにはもってこいだ。周囲が思っているほど、あの場所はいつまでも死んだ街ではないよ。」
大火炎の戦いに参加しなかった元革命軍人。一世代前の革命軍を率いていたアンタス・フュゼはあそこで亡くなった。他の革命軍だってそうだ。私やメンテは年若かったためどちらも参加していない。王国軍革命軍共に大きな被害を残した戦いだった。
あの総力戦に参加しなかった革命軍人。
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「そうでなくてもあそこには正義の権化みたいな人もいる。きっと説得に手を貸してくれるよ。」
どうも彼には不思議なところがある。革命軍の総長として知っているのは当然なのかもしれないが、それでもはるか遠く、ここ数年一度も行ったことのない土地にいる人間についても把握している。いったい彼はどこで情報を手に入れているのか。
「”手袋”と呼ばれている男を探しているといえばたぶんすぐに見つかる。熊みたいな髭面の大男だ。」
大火炎に参加せず、仲間たちが死んだ土地にとどまり続けるその彼は一体何を思っているのだろうか。
「本名はトルペ・アルミュール。前時代の怪物さ。……ことが大きく動けば君たちの耳にもそれが入る。その時、彼に頼めば決してむげにはしない。必ず手を貸してくれるよ。それにあそこには人目を忍ぶ仲間がまだいる。」
「……了解。善処する。」
「君なら大丈夫だよ。」
柔和に笑うメンテはことの重大さをまるで感じさせない。相変わらず穏やかに笑う。透き通った琥珀には心配の色の動揺の色も見られない。
「それで、ヒルマについて。君は僕についてきてほしい。」
「……なぜ、」
「一人でもいいけど、二人の方が良いからね。詳しくは道中にでも話すよ。」
”手袋”と呼ばれる男が来てくれたとしても、やはり不安はぬぐい切れない。
そもそもの話、彼はヒルマとともにどこへ行くつもりなのだろうか。状況からして十中八九”涙を流す者”からの指示なのだろうが、そこで何が行われるのか、わからない。何のために行くのか。彼は革命軍の核だ。彼がいなければ革命軍は瓦解する。
「……わかりました。」
「ん、ありがとう。それじゃ二人とも、これから皆大きく動く。今のうちに物資の補給休息を十分にしておくように。ソンジュはみんなにドラコニアに行く旨を伝えてくれ。」
「了解。」
諦めたようにヒルマは足早にテントを出て行った。彼女に拒否権は与えられていないうえに恐らくなぜ自分が連れていかれるのか、どこへ連れていかれるのかわからず苛立っているのだろう。情報が与えられないことは焦りを覚える。
私も彼女に続きテントを出る。しかしすぐに彼のテントに地図を置いたままなのを思い出した。どの道を通っていくのか、どれくらいかかるのかも含めて最初に話をしておきたい。引き返し、テントの入り口に手を掛けたところで止まった。
「……そうか、あいつがいてくれたからできたんだ。」
小さな声で、メンテはそう言っていた。
懐かしむような声。あいつ、というのはきっと彼の傍にいた人物なのだろう。そしてもうその人物はいない。
テントに入る勇気がわかず、結局入り口から手を離した。
地図がなくてもできることは山ほどある。これからしばらくとはいえ革命軍をまとめ上げなくてはならない。
今の私の立場は革命軍参謀だ。革命軍の中ではすでにかなり上の地位であるといえる。しかしなぜ、副長の人間がこの本体にいないのかと思わずにはいられない。きっとその人物がいれば、革命軍を率いるのはその人だったろうに。
革命軍副長。その姿を見たこともないし、名前も知らない。けれど空と言うわけでもない不思議な人物。
「……その人がいれば、きっとよかっただろうに。」
姿の見えない人間について思いをはせても仕方がない。私はひとまず物資補給のために仲間たちに声を掛けた。
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