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真っ白い黒い箱 (2)
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王国軍本部の会議室は閑散としており、宮に誂えた会議室よりもやはり武骨だった。慣れたようにアルマ・ベルネットは4脚のうちの一つに腰を下ろす。周囲に誰もいないことを確認して扉を閉める。
軍の会議室である以上、軍事機密を取り扱うため防音などについては信用してもいいだろう。しかし微かにに不安も残る。今から私たちが話すことはこの国に対する背信行為なのだから。一人の耳にでも入ったら一貫の終わりだ。
「どうした?」
「……いや、何でもない本題に入ろう。」
そんなことを気にしても始まらない。しても仕方のない心配よりも、限られた時間の中でこの奇妙な青年の本性が探る方がよっぽど大事なのだから。
「貴殿は、いったいどこまで知っている。」
「……漠然としていて答え難い。もう少しあんたたちの知りたいことを具体的に聞いてくれないか。」
「では単刀直入に問おう。先日、貴殿の三番部隊は革命軍と交戦した。その時に妹、ヒルマから手紙を渡されたはずだ。」
「ああ、そうだな。」
「ヒルマは革命軍総長、メンテ・エスペランサから”涙を流す者”の手紙であると渡され、そして君に届けた。」
「ああ、」
「貴殿は”涙を流す者”からどのような指示を受けた?」
詰問するような口調になってしまっている自覚はある。けれどこのいまだ幼さの抜けきらない顔をした青年はまった悠然と構えていて焦りも委縮もまるで感じさせない。感じさせないよう隠しているのか、それとも本当に焦りも動揺もないのか、私からはわからない。
「何も。」
「……何も?」
「ああ、手紙には指示らしいものはなかった。」
「そんなバカな……、」
じ、と見るも嘘をついているようには見えない。気怠そうな赤い目は少なくともわざわざ嘘をついているようには見えなかった。むしろそのこと自体に戸惑っているような。
「あんたたちのところに届く手紙には、指示が書いてあるのか。」
「ああ、誰と接触するように、どういった動きをするかについてもある程度。」
「それを、鵜呑みにするのか?”涙を流す者”の目的もわからないのに。」
馬鹿げている。そう言いたいのは最もだろう。事実、私自身当初はそう思っていた。一度も姿を現さず、ただ文の中に政府関係者であることや、革命軍などにも精通していることをにおわせる。けれど決して特定させはしない、不審な人物。
「確かに不審だ。けれどこれまでの手紙からしても彼は信用に足ると宰相閣下が判断した。」
「……宰相が、か。あんたは。」
「閣下がそうおっしゃるのであれば、そうなのだろう。」
そうとしか言えない。私はあくまでも宰相の手足である。考えるのは手足の役目ではない。疑いもしなかったかと言われれば嘘になるが、ここ数年、”涙を流す者”の指示に従って不利益を被ったことは一度もない。
「何より、”涙を流す者”の目的はわかっている。現在の王政府の打倒だ。宰相閣下、革命軍ともにこの目的は一致している。……自らは隠れ、我々を使うのには不満がないわけではないがお互いに利用しあっている関係だ。」
”涙を流す者”、革命軍、ともに言動行動すべてにおいて、嘘か真か判別付けがたい。しかし腹の内にどんなものを抱えていたとしても、表向きの目的は同じで利害も一致している。ならば利用できるだけ利用しつくす。少なくとも私たちは王政が倒れるまでは一蓮托生だ。
「宰相は、王政が倒れることを望んでいるのか。」
「ええ、閣下はこのままではこの国が終わってしまうと考えておられる。ここ数年でのこの国の荒れようはひどく、また訪れる天災への対処も疎か。一刻も早く政権を奪取ししかるべき政を行うべきだと。」
「……王政府にもまともな感覚の人間がいたんだな。」
「それで、貴殿は何を望んでいる。」
「望み?」
宰相閣下は人を束ねるものとして正しく国民を導き、国民の望む国にすることを望んでいる。
革命軍は民意の代表として国に対し反旗を翻し、国民が幸福であるような国になることを望んでいる。
元中将は正義に順じ国民を守るものとして、弱きを助けるために武を振るいたいと望んでいる。
”涙を流す者”は真意はどうであれ、現在の苛政を倒したいと望んでいる。
ではこの、”王国の正義”に順じそうな清廉潔白な軍人は、いったい何を望んでいるのだろうか。
「……俺の望みは一つだけだ。」
「それは?」
初めて、アルマ・ベルネットは感情らしい感情を見せた。それは言うべきか、言わぬべきか逡巡するような顔。このあと続くだろう言葉に嘘偽りはないだろうと本能的にそう感じた。
「…………絶対に、死なせたくないやつがいる。そいつを死なせないこと。」
「死なせない……?」
赤い目は私を通り越して、誰かを見ていた。その言葉には確固たる決意を感じさせる。
けれどわからない。
「そいつを死なせないために、俺は強くなった。死なせないためにより高い軍人としての地位を目指した。死なせないために革命軍との接触を望んだ。」
わからない。
なぜ”死なせない”ことを願うのか。守りたい、と言うならわかる。大事な人がいるのだろう。けれどなぜ”死なせない”というあえてネガティブな言葉選びをするのだろうか。まるでその誰かを一度”死なせてしまった”ような言い方を。
「俺の望みはそれだけだ。……これと言って王政府を打倒しなければならないだとか、正義がなんだ大義がなんだという高尚なもんはない。しいて言うなら王政府の打倒は死なせない過程で必要となる要素の一つでしかない。正直あまり興味がない。」
「……それは、」
「必要があれば協力しよう。そちらのすることを邪魔したりはしない。王政府が倒れるのを目的とはしないが好都合ではあるからな。」
おそらく、それは本心からの言葉だろう。きっとここに嘘は何一つとしてない。
「…………貴殿が死なせたくないのは、いったい誰だ。教えてもらえれればこちらからも協力することができるだろう。」
「それを言う必要はあるか?協力も結構だ。気持ちだけ受け取っておく。」
踏み込もうとすればにべもない。その赤い目は誰かから戻ってきて今明確に私を、私たちのことを警戒している。
きっと彼に誰か一人を守りたいという目的に嘘はない。そして本心からそれ以外のことに興味がない。そのためならば努力を惜しまず、守るために軍内で上り詰めた。有事とはいえ異例の出世だ。だからこそ恐ろしいのだ。
おそらくアルマ・ベルネットから見てその誰かを守るために王政府が多少邪魔なのだろう。けれど状況が変わったらどうだ。もしも革命軍や”涙を流す者”が邪魔になったとき、彼は一切の躊躇も逡巡もなく我々にその牙をむくだろう。
根本はきっと元上司であるラパン・バヴァールと同じだ。彼はカルムクール・アムを尊敬していた。いや信奉していた。それゆえ、彼が殺された時さっさと軍を辞めた。そしてコンケットオペラシオンに来ていた貴族や政治家たちを秘密裏に屠っている。理性などないに等しい。アルマ・ベルネットもきっと同じ人種だ。ただ一人を死なせない、と公言する彼の決意は私には計り知れない。そしてそのためならば慈悲もなく情もなくその一人以外の誰もを屠って見せるだろう。狂犬を扱えるのは、猛獣遣いただ一人だ。
「不安か?」
「…………正直言うとな。」
「心配しなくていい。あんたらが敵に回ることは絶対・・にない。あり得ない。」
「根拠は。」
「あんたらに教えられるような根拠はない。が俺は根拠を持っている。」
そう嗤うアルマ・ベルネットは、きっと私たちにすらあまり興味がないのだろう。
「神にでも誓って見せようか?」
「貴殿は星龍会の信者か?」
「カルムさんがそうだったよ。」
親し気に出た名前は既に死んだかつての中将の名前。彼ならわかるのだ。拾ってもらった恩があり、数年間彼に面倒を見てもらっていて、そして彼を守りたいというのであれば。しかしその彼は死んでいる。
家族か?
いや彼に家族はいない。書類には出身はラルムリューで家族はすでに他界している。
友人か?
いや彼はずっと軍に所属している。外出記録を見てもテールプロミーズから出たものは仕事以外でない。基本的には軍本部と自宅を行き来しているだけだ。
仲間や同僚?
そうであれば王政府が倒れるのが好都合とは言わない。誰が上でも軍人がすることは変わらないのだから。
まるで見当がつかない。
「……今まで革命軍と接触したことは?」
「この前の偵察と交戦が初めてだ。それくらいなら調べてあるんじゃないのか?」
内心苦虫を噛み潰す。調べて出てこなかったからこそ怪しんでいるんだ。潔白すぎて一周回って怪しく見えてくる。
「考えてもどうせわからないぞ。」
「……端的にいう。我々を裏切ることは?」
「ない。」
「……我々に協力する気は?」
「一応あると言っておこう。そっちについても知りたいことがあるんでな。」
これでもう私からの質問が終わったことを察した。きっともう彼に答える気はない。攻守交替。こんどは私が守らなければならない。決して宰相閣下の不利益になるような情報をしゃべらぬように。
「ヒルマをどうやって革命軍に紛れ込ませた。伝書バトをさせられるくらいには信用されているようだが。」
「あいつは、監視役と人質を兼ねている。”涙を流す者”からの指示で革命軍とコンタクトをとり、その中で革命軍での受け入れが決まった。ちょうどいい大義名分もあったのでね。」
「大義名分?」
早速余計なことを言ったかもしれないと後悔した。不必要なことだっただろう。そして彼にこちらに対する反骨心を抱かせかねない。目が泳ぎかけるのを必死に止めるが、アルマ・ベルネットの赤い相貌はこちらに固定されていてまるで動かず、黙秘することも認めないというようだった。
「……ちょうど、コンケットオペラシオン襲撃直後に革命軍へと送り込んだ。そうすると政府から突然姿を消したヒルマが襲撃にかかわったと思わせられ、処分されそうになったから、とでも理由を付けることができる。……実際、情報をリークしたのは中将のソンジュ・ミゼリコルドだったがね。」
コンケットオペラシオンの件は間違いなく鬼門だ。彼の恩人が革命軍に殺された事件。できればそのことは避けて通りたかったのに、よけいなことを言ってしまったせいで避けて通れなくなってしまった。恐る恐る彼の表情をうかがうも、相も変わらずの鉄面皮でその内情を探ることは不可能に等しい。
「革命軍と宰相は一体どうやって連絡を取っている。」
興味が他にそれたことに安どの息をついた。
「電話だよ。」
「でんわ?」
「異国の技術を駆使したものでね、遠くにいる人間とその機械を使うことで話をすることができる。」
「そんなことができるのか?」
「不思議だがな。原理ついて私はわからん。その電話という機械も革命軍が異国のものを元に作ったものを使っている。」
しばらく訳が分からないと考え込むようにアルマ・ベルネットは黙り込んだ。
電話はもう数年も前になるが”涙を流す者”からの指示で革命軍との通信用に使っている。おそらく革命軍は異国の難破船かなにかから拾ってきたのだろう。私たちも似たようなことをしているが、彼らの方が技術力が上だったらしい。我々では電話の修理、再現はできなかった。
「……そのでんわで話すのは、誰だ?」
「いつも総長、メンテ・エスペランサだけだ。数年間、それ以外の誰かが出たことはない。こちらも対応は必ず宰相閣下だけだ。」
トップ同士の話し合いに私や他の仲間が参加することはない。彼らは私たちには想像もつかないレベルで会話をしているのだ。基本的に相手の動き、言葉の数手先を呼んでいる高度な関係なのだ。数手先を読む、という点にはついては圧倒的に”涙を流す者”が勝っているのだが。
「……実際に、会ったことはあるのか?」
「ない。うちで総長と直接接触しているのはヒルマだけだ。何より私や他の仲間はともかく宰相閣下は王都テールプロミーズを離れることができない。誰かと会おうとした時点で恐らく誰かの知るところとなり一貫の終わりだろう。」
宰相閣下の敵は王だけではない。政敵は余りあるほどいるうえに、下からは虎視眈々と宰相の地位を狙うものもいる。宰相閣下に安寧は存在しない。みすみす弱みとなるような動きは一切しない。何をするにしても宰相閣下は私たちに命令をだすだけで、その身は常に王都にある。決して他の誰にも怪しまれることのない様に。
ふと壁に掛けられた時計を見るとそろそろ休憩の時間が終わるころだった。つられるようにアルマ・ベルネットも時計を見る。少しでも彼が遅れれば私はバンクと呼ばれた軍人に噛みつかれることは必至だろう。
「最後に聞いておきたい。最新の”涙を流す者”からの指示はなんだ。」
軍の会議室である以上、軍事機密を取り扱うため防音などについては信用してもいいだろう。しかし微かにに不安も残る。今から私たちが話すことはこの国に対する背信行為なのだから。一人の耳にでも入ったら一貫の終わりだ。
「どうした?」
「……いや、何でもない本題に入ろう。」
そんなことを気にしても始まらない。しても仕方のない心配よりも、限られた時間の中でこの奇妙な青年の本性が探る方がよっぽど大事なのだから。
「貴殿は、いったいどこまで知っている。」
「……漠然としていて答え難い。もう少しあんたたちの知りたいことを具体的に聞いてくれないか。」
「では単刀直入に問おう。先日、貴殿の三番部隊は革命軍と交戦した。その時に妹、ヒルマから手紙を渡されたはずだ。」
「ああ、そうだな。」
「ヒルマは革命軍総長、メンテ・エスペランサから”涙を流す者”の手紙であると渡され、そして君に届けた。」
「ああ、」
「貴殿は”涙を流す者”からどのような指示を受けた?」
詰問するような口調になってしまっている自覚はある。けれどこのいまだ幼さの抜けきらない顔をした青年はまった悠然と構えていて焦りも委縮もまるで感じさせない。感じさせないよう隠しているのか、それとも本当に焦りも動揺もないのか、私からはわからない。
「何も。」
「……何も?」
「ああ、手紙には指示らしいものはなかった。」
「そんなバカな……、」
じ、と見るも嘘をついているようには見えない。気怠そうな赤い目は少なくともわざわざ嘘をついているようには見えなかった。むしろそのこと自体に戸惑っているような。
「あんたたちのところに届く手紙には、指示が書いてあるのか。」
「ああ、誰と接触するように、どういった動きをするかについてもある程度。」
「それを、鵜呑みにするのか?”涙を流す者”の目的もわからないのに。」
馬鹿げている。そう言いたいのは最もだろう。事実、私自身当初はそう思っていた。一度も姿を現さず、ただ文の中に政府関係者であることや、革命軍などにも精通していることをにおわせる。けれど決して特定させはしない、不審な人物。
「確かに不審だ。けれどこれまでの手紙からしても彼は信用に足ると宰相閣下が判断した。」
「……宰相が、か。あんたは。」
「閣下がそうおっしゃるのであれば、そうなのだろう。」
そうとしか言えない。私はあくまでも宰相の手足である。考えるのは手足の役目ではない。疑いもしなかったかと言われれば嘘になるが、ここ数年、”涙を流す者”の指示に従って不利益を被ったことは一度もない。
「何より、”涙を流す者”の目的はわかっている。現在の王政府の打倒だ。宰相閣下、革命軍ともにこの目的は一致している。……自らは隠れ、我々を使うのには不満がないわけではないがお互いに利用しあっている関係だ。」
”涙を流す者”、革命軍、ともに言動行動すべてにおいて、嘘か真か判別付けがたい。しかし腹の内にどんなものを抱えていたとしても、表向きの目的は同じで利害も一致している。ならば利用できるだけ利用しつくす。少なくとも私たちは王政が倒れるまでは一蓮托生だ。
「宰相は、王政が倒れることを望んでいるのか。」
「ええ、閣下はこのままではこの国が終わってしまうと考えておられる。ここ数年でのこの国の荒れようはひどく、また訪れる天災への対処も疎か。一刻も早く政権を奪取ししかるべき政を行うべきだと。」
「……王政府にもまともな感覚の人間がいたんだな。」
「それで、貴殿は何を望んでいる。」
「望み?」
宰相閣下は人を束ねるものとして正しく国民を導き、国民の望む国にすることを望んでいる。
革命軍は民意の代表として国に対し反旗を翻し、国民が幸福であるような国になることを望んでいる。
元中将は正義に順じ国民を守るものとして、弱きを助けるために武を振るいたいと望んでいる。
”涙を流す者”は真意はどうであれ、現在の苛政を倒したいと望んでいる。
ではこの、”王国の正義”に順じそうな清廉潔白な軍人は、いったい何を望んでいるのだろうか。
「……俺の望みは一つだけだ。」
「それは?」
初めて、アルマ・ベルネットは感情らしい感情を見せた。それは言うべきか、言わぬべきか逡巡するような顔。このあと続くだろう言葉に嘘偽りはないだろうと本能的にそう感じた。
「…………絶対に、死なせたくないやつがいる。そいつを死なせないこと。」
「死なせない……?」
赤い目は私を通り越して、誰かを見ていた。その言葉には確固たる決意を感じさせる。
けれどわからない。
「そいつを死なせないために、俺は強くなった。死なせないためにより高い軍人としての地位を目指した。死なせないために革命軍との接触を望んだ。」
わからない。
なぜ”死なせない”ことを願うのか。守りたい、と言うならわかる。大事な人がいるのだろう。けれどなぜ”死なせない”というあえてネガティブな言葉選びをするのだろうか。まるでその誰かを一度”死なせてしまった”ような言い方を。
「俺の望みはそれだけだ。……これと言って王政府を打倒しなければならないだとか、正義がなんだ大義がなんだという高尚なもんはない。しいて言うなら王政府の打倒は死なせない過程で必要となる要素の一つでしかない。正直あまり興味がない。」
「……それは、」
「必要があれば協力しよう。そちらのすることを邪魔したりはしない。王政府が倒れるのを目的とはしないが好都合ではあるからな。」
おそらく、それは本心からの言葉だろう。きっとここに嘘は何一つとしてない。
「…………貴殿が死なせたくないのは、いったい誰だ。教えてもらえれればこちらからも協力することができるだろう。」
「それを言う必要はあるか?協力も結構だ。気持ちだけ受け取っておく。」
踏み込もうとすればにべもない。その赤い目は誰かから戻ってきて今明確に私を、私たちのことを警戒している。
きっと彼に誰か一人を守りたいという目的に嘘はない。そして本心からそれ以外のことに興味がない。そのためならば努力を惜しまず、守るために軍内で上り詰めた。有事とはいえ異例の出世だ。だからこそ恐ろしいのだ。
おそらくアルマ・ベルネットから見てその誰かを守るために王政府が多少邪魔なのだろう。けれど状況が変わったらどうだ。もしも革命軍や”涙を流す者”が邪魔になったとき、彼は一切の躊躇も逡巡もなく我々にその牙をむくだろう。
根本はきっと元上司であるラパン・バヴァールと同じだ。彼はカルムクール・アムを尊敬していた。いや信奉していた。それゆえ、彼が殺された時さっさと軍を辞めた。そしてコンケットオペラシオンに来ていた貴族や政治家たちを秘密裏に屠っている。理性などないに等しい。アルマ・ベルネットもきっと同じ人種だ。ただ一人を死なせない、と公言する彼の決意は私には計り知れない。そしてそのためならば慈悲もなく情もなくその一人以外の誰もを屠って見せるだろう。狂犬を扱えるのは、猛獣遣いただ一人だ。
「不安か?」
「…………正直言うとな。」
「心配しなくていい。あんたらが敵に回ることは絶対・・にない。あり得ない。」
「根拠は。」
「あんたらに教えられるような根拠はない。が俺は根拠を持っている。」
そう嗤うアルマ・ベルネットは、きっと私たちにすらあまり興味がないのだろう。
「神にでも誓って見せようか?」
「貴殿は星龍会の信者か?」
「カルムさんがそうだったよ。」
親し気に出た名前は既に死んだかつての中将の名前。彼ならわかるのだ。拾ってもらった恩があり、数年間彼に面倒を見てもらっていて、そして彼を守りたいというのであれば。しかしその彼は死んでいる。
家族か?
いや彼に家族はいない。書類には出身はラルムリューで家族はすでに他界している。
友人か?
いや彼はずっと軍に所属している。外出記録を見てもテールプロミーズから出たものは仕事以外でない。基本的には軍本部と自宅を行き来しているだけだ。
仲間や同僚?
そうであれば王政府が倒れるのが好都合とは言わない。誰が上でも軍人がすることは変わらないのだから。
まるで見当がつかない。
「……今まで革命軍と接触したことは?」
「この前の偵察と交戦が初めてだ。それくらいなら調べてあるんじゃないのか?」
内心苦虫を噛み潰す。調べて出てこなかったからこそ怪しんでいるんだ。潔白すぎて一周回って怪しく見えてくる。
「考えてもどうせわからないぞ。」
「……端的にいう。我々を裏切ることは?」
「ない。」
「……我々に協力する気は?」
「一応あると言っておこう。そっちについても知りたいことがあるんでな。」
これでもう私からの質問が終わったことを察した。きっともう彼に答える気はない。攻守交替。こんどは私が守らなければならない。決して宰相閣下の不利益になるような情報をしゃべらぬように。
「ヒルマをどうやって革命軍に紛れ込ませた。伝書バトをさせられるくらいには信用されているようだが。」
「あいつは、監視役と人質を兼ねている。”涙を流す者”からの指示で革命軍とコンタクトをとり、その中で革命軍での受け入れが決まった。ちょうどいい大義名分もあったのでね。」
「大義名分?」
早速余計なことを言ったかもしれないと後悔した。不必要なことだっただろう。そして彼にこちらに対する反骨心を抱かせかねない。目が泳ぎかけるのを必死に止めるが、アルマ・ベルネットの赤い相貌はこちらに固定されていてまるで動かず、黙秘することも認めないというようだった。
「……ちょうど、コンケットオペラシオン襲撃直後に革命軍へと送り込んだ。そうすると政府から突然姿を消したヒルマが襲撃にかかわったと思わせられ、処分されそうになったから、とでも理由を付けることができる。……実際、情報をリークしたのは中将のソンジュ・ミゼリコルドだったがね。」
コンケットオペラシオンの件は間違いなく鬼門だ。彼の恩人が革命軍に殺された事件。できればそのことは避けて通りたかったのに、よけいなことを言ってしまったせいで避けて通れなくなってしまった。恐る恐る彼の表情をうかがうも、相も変わらずの鉄面皮でその内情を探ることは不可能に等しい。
「革命軍と宰相は一体どうやって連絡を取っている。」
興味が他にそれたことに安どの息をついた。
「電話だよ。」
「でんわ?」
「異国の技術を駆使したものでね、遠くにいる人間とその機械を使うことで話をすることができる。」
「そんなことができるのか?」
「不思議だがな。原理ついて私はわからん。その電話という機械も革命軍が異国のものを元に作ったものを使っている。」
しばらく訳が分からないと考え込むようにアルマ・ベルネットは黙り込んだ。
電話はもう数年も前になるが”涙を流す者”からの指示で革命軍との通信用に使っている。おそらく革命軍は異国の難破船かなにかから拾ってきたのだろう。私たちも似たようなことをしているが、彼らの方が技術力が上だったらしい。我々では電話の修理、再現はできなかった。
「……そのでんわで話すのは、誰だ?」
「いつも総長、メンテ・エスペランサだけだ。数年間、それ以外の誰かが出たことはない。こちらも対応は必ず宰相閣下だけだ。」
トップ同士の話し合いに私や他の仲間が参加することはない。彼らは私たちには想像もつかないレベルで会話をしているのだ。基本的に相手の動き、言葉の数手先を呼んでいる高度な関係なのだ。数手先を読む、という点にはついては圧倒的に”涙を流す者”が勝っているのだが。
「……実際に、会ったことはあるのか?」
「ない。うちで総長と直接接触しているのはヒルマだけだ。何より私や他の仲間はともかく宰相閣下は王都テールプロミーズを離れることができない。誰かと会おうとした時点で恐らく誰かの知るところとなり一貫の終わりだろう。」
宰相閣下の敵は王だけではない。政敵は余りあるほどいるうえに、下からは虎視眈々と宰相の地位を狙うものもいる。宰相閣下に安寧は存在しない。みすみす弱みとなるような動きは一切しない。何をするにしても宰相閣下は私たちに命令をだすだけで、その身は常に王都にある。決して他の誰にも怪しまれることのない様に。
ふと壁に掛けられた時計を見るとそろそろ休憩の時間が終わるころだった。つられるようにアルマ・ベルネットも時計を見る。少しでも彼が遅れれば私はバンクと呼ばれた軍人に噛みつかれることは必至だろう。
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