あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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再び会う

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正しいのは誰だろうか。
革命軍か、王国軍か。
メンテなのか、カルムクールなのか。
俺にはもうわからなくなりつつあった。
だからおれは今一度、確認する必要がある。


*********



第三中将に就任し、数日。初めての中将としての任務を告げられ、その下準備に情報局を訪れていた。
目撃証言を繋ぎ合わせ足取りとその目標、目的を推測し、次に現れる地点を推測する。今回の任務は初の任務ということもあり、偵察のみ。必要以上に深追いしないことを総統より承った。

ふと前方からガツガツと荒々しいブーツの音が近づいているのに気が付き顔を上げる。


「ベルネットっ!」
「なんだ、急に。」


競歩と言っても良いスピードで歩き、俺の前で急停止したヴェリテはいきなり胸倉をつかみ上げた。こうされる心当たりもなく眉を寄せる。同期とはいえ、配属が異なる以上大して会わない。遠征後は何度かヒルマと共に絡まれ付き合っていたが、ドラコニアの一件以来お互い忙しくなり顔をあわせることも少なくなってきた。それで、久しぶりに会ったと思えばあんまりな狼藉である。


「お前、俺のとこに来るはずの仕事奪っただろうが!何考えてんだ!」
「はあ?……ああ、今回のことか。別に奪ってなどいない。総統から指名が入っただけだ。」

「指名だと……?」
「ああ、大した任務でもない。ただの偵察任務だ。そうか、本来はお前のところの管轄だったか。」
「ただので割り切れんのかよっ革命軍の偵察だぞ!?」


中将としての初めての任務は、革命軍の偵察任務であった。

奇しくも、コンケットオペラシオンでの襲撃以降、おれの知っているように革命軍は進軍していた。おれの記憶にある限り、予定通りにことが進んでいる。コンケットオペラシオン城襲撃の後、革命軍はいったん東へ退いた。それから改めて体勢を整え、再びジリジリと西、王都テール・プロミーズへと近づいてきていた。そしてこれから約2週間ほどで王国軍とぶつかることになる。

思い返せば、革命軍副長であったアルマ・ベルネットが初めてヴェリテ・クロワールと戦ったのはこのときだった。その舞台は6番中将下につく少将の管轄地域であり、本人が言った通り、本来であれば革命軍とぶつかることになるのはヴェリテのはずだった。

だが総統パシフィスト・イネブランラーブルから直接受けた命は討伐ではなくあくまでも偵察だった。困惑を鉄面皮の下に隠し話を聞けば、現在の革命軍の規模、寝返り者の確認、進路より目的を割り出すことだった。ただ総統はこうとも言った。


「必要であると君が判断するのなら、交戦もやむを得ん。思うところもあるだろう。」


何を指しているのかは一目瞭然だった。偵察は表向きの建前だ。実際のところはおそらくあわよくば討ち取ってしまえ、というところだろう。だからこそ、育ての親を、上司を奪われたアルマ・ベルネットを指名した。要するに、存分に私情を挟めということだ。


「なんでそんなもん受けてんだよ……、」
「総統直々の命令だ。断れるわけがないだろう。」

「だがっ、」
「何にせよ、何か考えがあるのだろう。だからこそ、俺を指名した。」


ぐ、と言葉に詰まった後、乱暴に俺から手を離した。乱れた制服を簡単に直す。話は済んだ。お互いそう暇ではない。だがヴェリテは立ち去ることなく俺の前にいた。


「クロワール?」
「……ちょっと来い。」
「あ?っおい、何なんだ、」


半ば引きずられるように連行される。体格のいいヴェリテと俺では単純な力の差があり、振りほどけない。物珍しそうにこちらを見る者達を見世物でないと睨みつけながらも仕方がなくヴェリテの後ろをついていった。

人気のない古い武器庫の前で足が止まる。振り向いたヴェリテは怒りとも焦りとも見えない表現しがたい顔をしていた。短くはない付き合い。どうもこいつには考えすぎるきらいがある。


「……復讐なんて馬鹿なこと考えんじゃねぇぞ。」
「なんでそんなことを、」

「お前も知ってんだろ。政府の上役がかなり殺されてる。」
「…………、」

「もちろん、革命軍じゃねえ。襲撃されたわけでもない。全員暗殺だ。犯人もわかってねえ。」
「そうか、」

「あの日、コンケットオペラシオン城の会議に参加してたやつらが、殺されてる。」


ほう、とため息を吐いた。やはりわかる者にはわかるのだろう。
どんな共通点があるのか、誰が暗殺者なのかも。


「天網恢恢疎にして漏らさず、自業自得だろう。」
「何言って、」
「そいつらが、飼い主を殺したんだから、当然だろう。飼っていた犬は、暴れるさ。」
「……鬼の間違いだろ。」
「違いない。」


折角首輪をつけて飼いならしていた優秀な兵士は、飼い主を間接に殺した人間を食い殺しに行った。仔兎の皮を被った悪鬼は、宣言通りゴミの処理に奔走しているらしい。元気なことで、結構だ。


「復讐に狂った奴の末路なんざ、一つだろ。」
「珍しく、生真面目な宗教家のようなことを言うな、クロワール。」


揶揄うように、耳に付けたピアスを触る。復讐の禁止が教典にあるかは、知らない。ただ厳格で情に厚いこの男がこういうのなら、大好きな教典にでも書いてあるのかと思った。

復讐に狂った者の末路。そんなものは簡単に目に浮かぶ。その末には、何もない。狂いながら無差別な殺人者になるか、無気力のままに死んでいくか。未来などはない。だが大事なことが抜け落ちていく。復讐に走る者、それはもう死んでいるのと同じなのだ。復讐だけが生きる糧。復讐が終わったその時が、その人間の寿命なのだ。


「ソンジュ・ミゼリコルドが軍を裏切った。」
「ああ、知っている。」
「……ヒルマも、姿を消した。」


ハッとする。情報局に裏切り者がいるというラパンの言葉を思い出した。


「……情報収集で本部にいないだけじゃ、」
「ねえよ。完全に姿を消した。誰にも何も言わずにな。情報局じゃあ失踪扱い。」


記憶の蔓を手繰り寄せる。この時期、この時期に革命軍に加入した女兵士はいただろうか。思い出せない。一応ヒルマは狙撃手であったが、本職は情報収集及び情報操作だ。完全戦闘員であるおれが気づいていなかった可能性も高い。

だがヒルマが革命軍に寝返った、というのは不自然な気がした。


「お前は、どう考えている。ヒルマは、」


声を低めて問うと険しい顔にさらに深い皺を刻み唇を噛んだ。


「おれは、あいつが裏切ったとは思ってねえ。」
「なぜ。」
「……あいつは星龍会が嫌いだ。星龍会を神輿に担ぐ革命軍なんざ毛嫌いするはずだ。」
「その考え方はやめろ。それだとお前は革命軍についているように聞こえる。」


現に、周りにヴェリテに疑いの目を向ける者もゼロではない。こいつ自身の考えを知っていれば革命軍になどつきそうにもない公僕なのだが星龍会信徒と言うだけで怪しまれるご時世だ。


「……お前が王国軍を裏切るとは思わない。だがお前が熱心な宗教家であることは武器からして周知のこと。疑う奴も、いなくはない。」


実際、フスティシアはヴェリテの名を口にした。ただヴェリテのことを気にかけてる様子ではあったため、まさか本当に疑っているわけではないだろう。少なくとも、客観的に見て、星龍会関係者は疑惑の対象となるだろう。


「それは、お前もだろうが。」
「残念、おれは無神論者だ。」


ヴェリテがおれの耳についた星龍会モチーフのピアスを指して言っているのはわかった。琥珀色のそれはなかなかに目立つ。そのうえデザインも見る者が見れば一目瞭然だ。


「これは、遺品だ。」
「……カルムクール中将か、」

「ああ、信仰心なんてもんは微塵もない。神なんていない。神は何も救わない。」
「ヒルマみてぇなことを言うんだな。」


何となしに指先で触れるとヒタリと硬く冷たい。建前と違って、それはおれを冷静にさせる。


「おれは疑われることはない、決して。むしろこれは怒りの、復讐の象徴に見えるだろう。」


だから総統はおれを指名した。怒りのままに、革命軍を襲えと。

パシフィスト・イネブランラーブルはおれの復讐心に期待している。

それに従ってやる気は、さらさらないけれど。


「……やっぱそういう気があるのか。」
「ない。勝手に周りがそう思うだけだ。それと、」


あまり人のいない古い武器庫だが、こちらへと近づく声と足音に軽く目配せする。銀目はまだ何かもの言いたげだったが話を切り上げる。


「間違っても邪魔はするな。管轄内とはいえ乱入してくれるなよ。」
「さすがにしねえよ。」
「そうか。」


足早に立ち去ろうとするが、なおもヴェリテはおれの横について歩いて来る。ここまで食い下がるのも珍しい。囁くような小声で言う。


「公私混同はよせ。」
「だからそんな気はないと言っているだろう。」
「じゃあなんで、大将が止めたのに止まらなかった……!?」


らしくもなく動揺して足を止めてしまった。
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