あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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やり直し

分かれ道 3

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アルマ・ベルネットにとって、メンテ・エスペランサとは全てだった。
メンテこそ最優先で、何にかえても守りたい存在だった。だがおれは前回、目の前でメンテの首が落ちるのを見た。その時、おれはメンテの側にいなかった。おれの手など届かないほどの距離。断頭台と戦場は、遠すぎた。

何があったのかは分からない。だがおれは今回『戻された』。メンテに会うよりも前、失われた故郷にいた8歳のころに。誰が戻したのか、何故戻したのか。そんなことはとんと見当がつかない。でももし何か意味があるとするなら、それはメンテを助けることだろう。俺の望みは、18年後、テールプロミーズのアサンシオン広場で処刑されるメンテ・エスペランサを助けることだ。

そのために、何が必要だ。
あの日、おれとメンテの間に立ちふさがったのは、王国軍と革命軍の力の差でも、兵の規模でもない。他でもない断頭台までの距離だった。

もしもう少し近ければ。あの大将の凶刃の間に割り込むことができれば。
距離だ。戦場と断頭台までの距離に問題があったのだ。

ではその距離をなくすために、おれは何をしたらいいのか。
メンテが処刑される瞬間、誰が一番あいつの近くにいたか。
それは処刑人であり、敵方の大将たる、リスタード・フスティシアその人だ。
彼の人の命を絶った者が、もっともあいつを助けられる位置にいたのだ。

そうとわかれば簡単な話しだ。
おれがその大将になればいい。

早くに紛れ込み、誰に怪しまれることもなく王国軍に身を置き、待つのだ。その瞬間を。
王国軍の人間が憎かろうが、政府の人間が恨めしかろうが、じっと耐え忍ぼう。来るべき時、必ずメンテ・エスペランサを助けられるように。

燃え盛るフェールポールを見ながら、そう決意した。

処刑されるときまで、未来を変えてはならない。未来が変わればその瞬間が変わってしまうかもしれないのだ。メンツも何もなく、公開処刑ではなくひそやかに、だが確実に処刑するとなると、連れて逃げ出せる確率はぐっと減るだろう。

だからおれは何もしなかった。
赤く燃え上がる街の中に、父が、母が、友人がいただろう。成すすべもなく、焼かれているのだろう。でもおれは、ただそれを港から眺めていた。

すべては18年後、来たるべき未来のため。

その一瞬以外、すべて元通りの道を歩くのだ。何も変えず、生きる者が生き、死ねる者は死ねばいい。

メンテ以外は。

この世界は地獄。わかりきったことを確認するまでもない。
望みすぎては、いけないのだ。

人生二週目。与えられたチャンスを逃す気はさらさらない。そのためなら何を犠牲にすることも厭わない。



*********



「メタンプシコーズ王国軍人になりたい。」


そういうと、目の前の兵士は重いため息を吐いた。
簡単に見て、この男と今まで俺の応対をしていた兵士は違うらしい。

まずこの男はこのラルムリュー支部の兵士ではなく本部勤務なのだと腕に着けられた腕章からわかる。それから胸章も、将官や佐官の付けているものとは違うがおそらく役付。略綬には詳しくないが、先程の支部兵は何も付けていなかったので、上級官であるのは確実だろう。

そして何より、男の纏う雰囲気が支部兵のそれと全く異なる。口元に笑みを浮かべ、砕けた口調で話しかけているが、ここに居る誰よりも抜け目ない。ただの子供であるおれに対し随分と警戒を持っている。流石に爪を剥き身で腰に下げているのはまずかったか、と思うが袋に入れてしまえばいざというときに時間がかかってしまう。それと匂いもか、と男の視線を見て後悔する。へらへらしながらも明らかに警戒している。護身用や飾りでないことはばれているだろう。すでに何度も使用したせいで匂いがとれなくなっていることも。嗅ぎなれている者は、すぐに血の匂いに気づく。


「……そうっすね、坊ちゃんの心意気は買うけど、また10年後に来ると良いっすよ。」


面倒くさそうにひらひらと手を振りながらおれを追い返すように周りの支部兵に指示を出す男。平然と背を向けられたのは少々意外だった。後ろから襲われるとは思わないものなのだろうか。それともそれだけ自信があるのか。一週目のおれよりも若いだろう。なんとなく、粋がった若造に見えてしょうがない。今はおれの方がはるかに年下だと言うのに。

しかしながら、得体の知れない者に対しこうもあっさりと背を向けてしまうのはいただけない。
からかいのつもりで、その背に殺気を向け数歩駆け寄った。


「……っ!」
「た、大尉殿っ!」


駆け寄った先、すぐ鼻先に銃を突き付けられた。警戒心を捨てたわけではなかったらしい。エメラルドグリーンの双眸は明らかな敵意と戸惑い、疑いの色を見せていた。反応は上々。優秀の部類だ。だが冷静さが足りない。それから状況把握も。


「お、お言葉ですがバヴァール大尉。いくら何でもこんな子供に銃を向けるのは……些かやりすぎではないでしょうか。」


ずっと黙って様子を伺っていた兵士たちが騒めきだす。伊達に長年戦っていないのだ。殺気を目の前の、バヴァール大尉、というらしい男にだけ向けたせいで、まわりの兵士たちはただ駆け寄った子供に対し突然銃口を突き付けたように見えただろう。武器を構えていたならまだしもおれはただ近づいただけだ。にもかかわらずこの反応、いささか過敏と言わざるを得ない。兵士たちは大尉に対して非難の色を含んだ視線を送っていた。
正しい反応をしたのは本部の兵士一人だと言うのに。


「……っち、」


その場に自身に賛同する者がおらず、まるで自分が乱心したかのようなこの状況に気づいたらしい大尉は舌打ちを一つしてホルスターに銃を戻した。縦社会とはいえ自身のテリトリー外での勝手な行動は客観的に見てよくはない。本部の信用問題にもかかわるだろう。
少し性質の悪いからかいだったか、とも思うが、この男の反応はなかなか面白い。青すぎる。若すぎる。


「とにかく、坊ちゃんみたいな子供じゃあ兵士には早すぎる。さっさとお家に帰って大きくなってからまた来ると良いっす。」
「家はない。親も子の前死んだ。行くところがない。」


大尉に准じて追い返そうとしていた兵士たちが瞠目して、明らかに憐憫の色をにじませる。対して大尉はただ訝しむだけ。むしろ憎々し気な目をしていた。


「ならラルムリューの孤児院に話を通しておく。王国軍の入隊が認められるのは16歳からだ。訓練学校の入校が認められるのは13歳。どちらにせよ軍の下にお前のようななひ弱な子供を置く余裕はない。」


砕けた敬語もなくなり苛立ちを隠そうともしない大尉に先ほどは諫めるような姿勢だった兵たちがわかりやすく委縮する。あからさまな態度に早く話を済ませたいのか、一人の兵士が目線を合わせるように屈み、いそいそとメモとペンを取り出した。兎にも角にもこのぎすぎすした空間から逃れたいのだろう。


「ええ、とじゃあ名前と歳を教えてくれるかな?」
「……アルマ・ベルネット。歳は八つ。」
「お父さんとお母さん以外に親戚の人とかはいるかい?」
「たぶんいない。いたとしてもみんなこの前殺されたと思う。」
「殺されたって……、君はどこから来たの?」


物騒な言葉に怪訝な目を向けられる。上から威圧的に見下ろす大尉などは眉間に深い皺を刻んでいた。


「出身地はフェールポール。この前隣町と戦って、なくなった。」


特に嘘を吐く必要はなく、ただ事実を言う。すると周りの支部兵たちもフェールポールを知っているのだろう、痛ましげに顔を歪めた。やはり、『戦火に巻き込まれ何もかもを失った孤児』というのは警戒を解かせるには便利な設定なのかもしれない。だが大尉だけは違った。明らかに目の色を変える。無論、それは憐憫や同情ではない。


「おい、どうせ書類を書く必要もある。本館一階に小部屋があるだろう。今の時間なら使われてない。質問は中でやれ。いつまでもここにいては邪魔になる。」
「大尉……?」
「良いから早くしろ。門兵は仕事を続けるように。それからそこの三等兵、資料室にフェールポールの戸籍の写しがあるだろ、それを取ってこい。」
「は、はい!」


今にも立ち去りそうだった大尉が急にきびきびと命令を飛ばしだし俄かにあわただしくなる。忌々しいと言わんばかりに睨まれるが、なぜこのタイミングでこうも睨まれるのかがわからない。フェールポール出身というのがそんなにいけなかっただろうか、と思うが、他の兵士たちの反応を見る限りただ巻き込まれた子供を憐れむだけで、恨みがましい目を向けられることはないため、フェールポールが政府に対し反逆した、という可能性はないだろう。

支部ではなく、本部の人間だからこそ、何かを知っているのかもしれないが。


「フェールポールはアンタに何かしたのか?」
「餓鬼の気にすることじゃない。さっさと行け。」


散れとでも言うように手をひらひらと動かすが、腑に落ちず足を止めた。まるで今すぐおれを処理したいような、態度。支部の本館に俺を連れて行こうとする兵士もさすがに引きずるわけにも行かず困った顔をして大尉とおれを見比べていた。


「……何を焦ってるんだ?」
「あいにく、基地内に子供を入れてあまつさえいつまでも構ってるなんて、一般人に見られては嘗められかねないんでね。」


納得できないわけではないが、どうもおかしい。

納得しかけたがやはりどうにもおかしい。一般人を気にしている風な言だが先ほどからしばしば視線を送っているのはおれの後ろ、本館の方である。本館にいる誰かを気にしているのならば同じ軍人なのだろう。おれがいるのを見られては困るということだろうか。いろいろ考えを巡らすが軍内部の事情などに詳しくはないし、ましてまだ今回はただの子供である自身を知られて大尉が困ることなど皆目見当もつかない。

膠着状態であったこの場を壊すのはこの場に似合わない軽い声だった。


「ラパン、何かあったのか?」


ふらりと現れた長身の男はゆったりと門の中へと入って、おれを睨んでいた大尉に軽く声をかけた。
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