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第2部 男装王女と転生王子による恋愛大戦争

王子様は幕を引く 2

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 「急な呼び出しだというのに、来ていただきありがとうございます。シャングリア殿下」


 午後四時過ぎ。日が傾き始め、少しだけ冷たい風の吹く鐘撞小屋には、もう既に私を呼び出した第三王子が待っていた。


 「とんでもない。むしろ遅れてしまって申し訳ありませんニコラシカ殿下」
 「……まさか。本来の時間は午後五時です。当初であれば、早すぎるくらい」


 悠然と笑う彼は多少の遅刻など微塵も気にしていないように見えた。そんなことよりも、もっとずっと、悩ませることがあるのだろう。どこか憂いを帯びた表情は、学園の女子生徒たちを騒がせるのも納得できる。
 夕方の礼拝堂には誰もいない。遠くの方で、まだ校舎内に残る生徒の声が聞こえた。


 「それで、今日は一体どんなお話ですか? ボンベイ王国からグナエウス王国に行われた密輸について? ボンベイが手引き、出資をして行われていた闇オークション? それともあなたの名義で送られてきたこの2通の手紙について?」
 「さすが殿下。すべてご存じなんですね」
 「もちろんです。ですが最後の手紙、そして今日私をここへ呼び出した理由については、あなたに聞かなくてはわかりません」
 「……あなたに、相談させていただきたい。今までのことについて、そしてこれからのことについて。もはや僕の手には負えなくなっています。もう操り人形ではいられない。どうか真実を暴くのに協力していただきたいんです」


 その緑の目はいつにもなく真剣で、もはや逃げ出したい、だなんて口走ることなかれ主義の姿はなかった。




 「まず手紙について。僕の名義でシャングリア殿下あてに2通、手紙が送られています。1通は今日の午後4時、この鐘撞小屋に来るように。そしてもう1通が午後5時に鐘撞小屋に来るように」
 「ええ、最初は間違いの訂正かと思ったのですが、そうではなさそうだということで。優先してこの時間に来ました。……正解だったようですね」
 「ありがとうございます。どうしても、あなたにはお話ししたかったのです。午後5時、ここへ来るようにお願いしたのは僕ではありません」
 「筆跡は同じでした。あなたはここに来る内容を書くよう指示され手紙を書いた。それから追加で、時間をずらしたほぼ同じ内容の手紙を書いたんですね」
 「ええ、これ以上言いなりになるべきではないと思って。……ところで、この鐘撞小屋がよく見える場所は近くにありますか?」
 「ここがよく見える場所?」


 突然そう聞かれあたりを見渡す。この礼拝堂は学園の敷地内にある建物だ。特にこの鐘撞小屋は礼拝堂の最上階に位置する。学園内でもっとも高い建物だ。そのため学園のどこからでも、この鐘撞小屋を見ることができる。
 けれど高い位置だからこそ、鐘撞小屋と鐘はは見えても、見上げた角度では小屋にいる人間の様子は見えない。小屋の中を見るには、角度がそう変わらない高い建物である必要がある。


 「ここが見えるのは、向かいにある時計塔くらいだと思いますよ。一度だけ入ったことがありますが、時計塔の文字盤の裏側に窓があるんです。そしてこの礼拝堂は文字盤のちょうど向かいに立っています」
 「そうか、ありがとうございます。……では午後五時、そちらへ移動しましょう」
 複雑そうな表情で時計塔をじっと見つめた。
 「きっと彼は、そこで僕らを見ようとするはずです」




 「いいか? 絶対に気を抜くな」
 「もちろんです兄さん!」
 「声が大きい、落ち着いてる風を装え。あとここでは隊長と呼ぶように」


 学園の制服にフード付きのマント。元気いっぱいの良い子の返事をするのは従弟であるマートン・ヴェーガルである。一般の生徒よりはガタイも良く、それに見合った力量もある。が、正直この落ち着きのない従弟が囮をするのは大いに心もとない。

 もちろん、膂力や技術というのは十分だ。護衛隊のに入ったとしても、ある程度やっていけるくらいには。力は足りている。いかんせん王子のふりをしただまし討ちには適任ではないように思えるのだ。
 これから乗るのは王家の紋章のついた馬車。向かうは王国北方に位置するハボット伯領。連日のボンベイに絡む騒ぎの発端ともいえる伯爵領の聞き取りに向かうのだ。それも、第1王子直々に。護衛の者を何人も引きつれた王家の紋章の馬車。一目見て、中にいるのは王族の者だとわかる。
 しかしながら、実際のところこの仰々しい馬車に乗っているのは騎士見習いの学生だ。

 第1王子、シュトラウスのふりをして伯爵領へ向かう、これが今回与えられた任務だった。肝心のシュトラウスの身代わりのマートンは初めての重大な仕事に落ち着きなくはしゃいでいた。思わずため息をつきたくなる。同年代であるシュトラウスやシャングリアと比べて、この従弟の落ち着きのなさは一体何なのだろうか。彼らが特別落ち着いているということもあるのだろうが、この従弟は落ち着きのおの字もない気がする。

 実際のところ、任務は伯爵領に行くだけではない。先に伝えられているのは伯爵領に向かう途中で何者かに襲撃される可能性がある、ということだ。そのためシュトラウスの身代わりは、遠目ではちゃんと学生に見えて、なおかつある程度応戦ができそうなマートンが抜擢されたのだ。一応また現役の学生。条件としては適任なのだ。


 「隊長、襲ってきそうなのはやっぱボンベイの人ですか?」
 「そうだろう、というのがシュトラウス殿下の見立てだ。我々は連日ボンベイ王国の邪魔をしているからな。この状況でシュトラウス殿下が一人になるなら、ここぞとばかりに襲ってくる可能性もある」
 「でも先にわかってよかったです! シュトラウスが何も知らずに襲われる可能性もあったんだもんな」
 「ああ、ひとえに殿下の情報収集能力おかげだ」


 シュトラウスとシャングリアを見ていると、王族とはいったい何なのかと思えてくる。

 シャングリアはもともと天真爛漫で完璧主義、文武両道、剣の天才と、欠点のない王女だったが、ここ1年ほど、神がかりか予言か何かのような進言をするようになったのだ。その結果いくつもの城や王宮の欠点は改善され、事件も未然に防がれている。水の祭りに至っては八面六臂の大活躍だ。しかも行動の理由は大抵「嫌な予感がする」という非合理的なもの。それでも彼女が言うのであれば、と動かざるを得ないし、実際「嫌な予感」で動いてなにも成果があがらなかったこともない。

 一方のシュトラウスは幼いころから神童と呼ばれてきた。ただただ優秀。幼さなど感じられず、生まれた時から完成された人間、さながら小さな大人だった。何もかもそつなくこなし、できないことはなく、けれど驕ることも胡坐をかくこともない人格者だ。妹のシャングリアと違い、彼の言葉にはすべて理由が、根拠が、筋道がある。完全な理論武装だ。
 今回の作戦もすべてシュトラウスの進言だった。

 王族というのは王族というだけで何か特殊な何かを生まれ持っているのではないだろうか。二人を見ているとそう疑いたくなる。

 「必ず来るよ、彼らは。彼らにとって邪魔でしかないだろうからね」

 そう言ったシュトラウスはどこまでもいつも通りで、穏やかな笑みさえ浮かべていた。すべて彼の手のひらの上のようだ。


 「来るのがボンベイの者ならある程度手加減はした方がいいですか?」
 「……いや、今回はいらない。お前は自分の身を守るのを最優先しろ。捕縛はあくまでもお前以外の者の役目。お前の役目はシュトラウス殿下のふりをして、その時までおとなしくしていること、そしていざというとき自分の身を守ることだ」
 「了解しました!」


 勢いよく敬礼するマートンに不安が止まない。
 彼は猪や熊のようなのだ。一度暴れ出すと手が付けられない。手加減、と口にしたが、彼に手加減などできる気がしなかった。
 実際のところ、手加減はしたほうが良い。ベストなのは全員捕縛することだ。水の祭り然り、いくら相手が犯罪者であろうと他国の者をこちらの判断で殺してしまうのは国際問題に発展する。これからボンベイ相手に優位をとり続けるためにはこちらに落ち度などあってはいけない。だがそんあことを言って、マートンに怪我をさせるのも本意ではない。


 「お前は逃げに徹しろ」
 「……」
 「いつものいい子の返事はどうした!? まったく、」


 その瞬間馬車の外がにわかに騒がしくなった。人の声、馬の蹄の音、固いものがぶつかる音。


 「来た……!」


 王都を出発して1時間ほど、午後5時王家の紋章の入った馬車は何者かにより襲撃を受けることとなった。





 午後5時、時計塔が時間を告げる。
 橙の西日が王都を照らし、白い礼拝堂はその色の染め上げられる。礼拝堂の一番上、鐘撞小屋には誰もいなかった。


 「な、なんで誰もいないんだ? シャングリアが来ないことはあってもニコラシカだけは来るはず……!」


 文字盤の裏、窓から礼拝堂を見つける背中に忍び寄った。混乱しているようで、後ろから近づいた私に気づく様子もない。


 「ニコラシカ殿下なら、礼拝堂には来ませんよ」
 「っ!」


 慌てて振り向いた彼の襟首をつかみ逃げ出さないように押さえつける。


 「おっと、逃げないでください。私はニコラシカ殿下ではなく、あなたとお話がしたかったんです」
 「シャ、シャングリアさま、なぜここに……」


 恐怖、混乱、戸惑い、焦燥を浮かべる彼を、少しでも安心させるために私はにっこりと笑って見せた。
 「これを、あなたに返そうと思って」
 一冊の黒い日記帳。数か月前私は王宮の庭で拾った日記帳を彼の目の前で取り出した。


 「あなたの落とし物ですよね? 転生者ソーヴィシチ・マルロフさん」


 お供Bこと、ソーヴィシチは目を見開いた。
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