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緊急救出イベント・水の祭り事変 2
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花火が上がり、どこからか軽快な音楽が聞こえてくる。空は誂えたように青く高く、水路や橋は花や硝子で飾り付けられている。すべてはこの日のために用意されたものだった。立ち並ぶ露店に誘われあっちへこっちへ走り回る子供たち、この日のために用意してきた作品を並べる芸術家。各々が各々の方法で今日という日を楽しむ。
それがグナエウス王国の夏の祭り「水の祭り」だ。
懐中時計は午前9時を過ぎており、今頃王宮の庭では父上や兄上が式典のあいさつでもしているころだろう。
水の祭りの当日までの数日間、各国の要人が滞在することになっていたが、その間大した問題は起こらなかった。全くなかったというわけではないがほとんどが未然に対処ができ、狙われていた要人たちが気づく間もなく粛々と不届き者たちは処理されている。
無事当日を迎えることができ、祭りとは別の私の仕事が始まる。
・自称ヒロインのヘレン・アドリア男爵令嬢の監視
・アドリア嬢の日記に書かれていた誘拐犯の捕縛もしくは通報
祭り開始の午前9時から祭り終了の午後5時まで。
実際のところ5時以降も街は祭りで盛り上がっているが、想像を超えていくヒロインといえど男爵令嬢。日が落ちかけているのに外を出歩く、というのは少々考えにくい。であれば犯行が行われるのは日中だろう。
もしその間にアドリア嬢を攫う賊が現れたら通報・捕縛。今回に限り彼女の未来予知染みたそれが外れ、何も起きなかったならそれはそれで重畳。
「シャングリア様、顔がひどいですよぉ?」
「私のパーフェクトフェイスの何が気に入らないんだ」
「表情が一般人のそれじゃありません。すくなくとも国一番の祭典に相応しくない顔つきですよぉ」
ここまでの状況は想定内なのだ。
要人を狙う者がいたとしてもこちらは厳重な警備体制を敷いている。王国軍は精鋭の揃った護衛部隊をはじめに粒ぞろい。犯罪の横行など許さないだろう。
私に護衛が付く。それも想定内だ。最初からそれは条件として聞いていたし、賊の人数がわからない以上、私一人というのは現実的ではない。であればだれか一人つけるのは妥当。
結果私の護衛につけられたのが父上子飼の密偵、ブロンクスだ。かつては護衛部隊に所属していたが気が付いたら父上によって引き抜かれていた。
「ほらあスマイルスマイル」
「黙ってくれるか」
正直なところを言おう。
どうせ護衛つけられるならヒューイさんがよかった……!
いや、もちろん?もちろんこの大事な祭典の時に護衛部隊隊長の仕事と来れば王族および各国の要人が集まることになる王宮の庭、祭典の中心の警備だ。当然でありこれ以上ない配備だ。
でもさ、でもさ多少期待してしまうだろ!わんちゃん、ヒューイさんと、デート!だったかもしれないのに、宛がわれたのはこの胡散臭い密偵。多少なりともやさぐれてしまうのも許してほしい。
「シャングリア様、隊長殿じゃなくて申し訳ありませんねえ?」
「さすがに文句など言えるものか。ヒューイさんの仕事は陛下を守ることなのだから」
「だったらその今にも血涙流しそうな恨めしい顔やめましょっかあ」
ヒューイさんが護衛でないのは、一応、一応想定内だ。1%の期待を抱いてしまった自らの浅ましさが恨めしい。起こるかどうかわからない事件に多忙な彼を巻き込むわけにはいかない。今はダンスパーティの夜の思い出を抱いて我慢するときだ。
「可愛い可愛い、お嬢さんが台無しですよお?」
にやにやと笑うブロンクスの足をヒールで踏み抜いてしまいたくなった。
想定外だったのが私の格好、変装だ。
兄上の指示によって義姉であるパトラさんとマートンの婚約者、マーガレットさんに変装をお願いしていた。それ自体は問題なかったのだ。人選としてはおそらく悪くない。
しかしどうして私が”どこかの子息”ではなく”どこかの令嬢”の格好をしなければならないのか。
「相変わらず厭味ったらしい……!」
「よも! お嬢さんは義姉様のチョイスがご不満とでも? これはお兄様にご報告差し上げねば」
「不満など微塵もありませんとも! ただ聊か解せないだけだ!」
重度のパトラさん中毒者であるシュトラウスに一片でも私の不満がばれでもしたら何らかの冤罪を着せられて磔刑にされかねない。無論、比喩ではない。
控えめのフリルのついたカジュアルな青のドレスは水の祭りに相応しく、浮いてしまうこともない。きっと祭りを楽しむ一市民に見えていることだろう。やや高身長な私が小柄に見えるようなドレスを選ぶ当たりのセンスは流石だ。おそらくこのドレスの型はパトラさんチョイス、可愛めのデザインを入れている辺りはマーガレットさんの趣味だろう。彼女たちが楽し気にドレスを選ぶのが鮮明に目に浮かぶ。
「お兄様の意図をきっちり汲んであげてくださいよお? 周りはあなたが思っているよりずっと過保護だ」
実際のところ、意図は十分わかっている。
変装で有効なものの二つは年齢を大幅に変えること。もう一つが性別を変えることだ。年齢の変更はやや難易度が高く、化粧のほか姿勢や所作の演技まで求められる。一方性別を変更するのは存外簡単だ。特に私くらいの年であればいくらでも誤魔化しがきく。というより私自身の性別が一応女性であるためそこにハードルはない。
性別が変わることで本人とばれる確率はずっと下がる。多少似てたとしても、いったいどこの誰があの第二王子は女装趣味だ、などと思うだろうか。赤の他人だと思うのが普通の反応だ。
そして意図として、恐らく私に無理をさせないことがある。
男物の変装であれば十中八九、動きやすい普段のものに近い格好となる。とすれば私が武力行使に出たり、自分から突っ込んでいきかねない、と兄上は考えたのだろう。おかげでこのドレスは裾があまり広くなく、全力で走ることはできないし、華奢なヒールは勢いよく地面にたたきつけられることを想定されていないものだ。おまけに”ご令嬢”の格好をしているため荷物が持てず、私は武器を持つことすらできない。必要な荷物は付き人風の変装をしているブロンクスが持っている。
「承知している。そのうえで飲み込み切れないだけだ」
「じゃあとっとと飲み込んでくださいねえ。時間は有限ですよ」
「そうか、じゃああなたもこの設定を叩きこんでくれるか」
「……なるほど。ミオス嬢はお嬢さんの設定まで作りこんでくれて来てるんですねえ」
「あなたが若干引いてたのも兄上に報告するからな」
「なに、妹想いなお姉さまだなぁと思っただけですよお」
パトラさんにお任せしたところ出来上がったのがアクティウム学園第2学年のスーラ・ロブ・ロイ男爵令嬢。ミオス家の分家だが身体が弱いため学園にもほとんど通えていない。しかし年に一度の水の祭りということで我慢できず、使用人を一人連れて屋敷を抜け出してきた。……という設定である。
「たった一日のためにここまで設定等を作ってくださるとは……まあつまり今日一日あなたは私の使用人ということだ。私のことはお嬢様と呼べ」
「お嬢様と呼べってパワーワードが過ぎません?まあ使用人ではありませんが、護衛なら似たり寄ったりと言ったところでしょう。よろしくお願いしますよぉお嬢様。あと一つ言うなら世の御令嬢という者は腰に手を当てて仁王立ちとかしないので」
「覚えておこう」
シャングリア・グナエウス改め、今日一日は身体の弱い男爵令嬢スーラ・ロブ・ロイ(笑)である。あいにく私の周りには身体の弱いはかなげ令嬢のモデルになれそうな人間がいない。パトラさんもアドリア嬢もキャラが強すぎる。儚いの対極を行く強かさを見せつけてくれている。ひゅうかっこいい。一番近いならマーガレットさんだがマネできる気がしない。あれ、身体の弱い男爵令嬢スーラ・ロブ・ロイ(笑)無理ではないか?
「……いけますか、お嬢様」
「やるしかない。むしろブロンクス、完全無敵の私にできないことがあるとでも?」
「結構あるでしょあんた」
「口が過ぎるぞブロンクス」
間髪入れず真顔で否定する不出来な使用人にローキックをかます。ハイヒールなど履く機会はないが、案外動けそうであることに鼻を鳴らす。さすが私のパーフェクトな体幹。
「ふむ……おい、出すものをだせ」
「急な恐喝ですね」
「あなたのことだ。どうせあれこれ隠し持っているのだろう」
仕方がない、とでも言わんばかりに懐からあれこれと取り出すブロンクスはこうなることをわかっていたのだろう。
父上直属の部下だというのに、絶対的な忠誠や全面肯定をしない。こういうところが信用できず、同時に信用できるところである。もし私が本当に深窓の御令嬢でもあったなら、街に抜け出すときはこういう奴を連れていくことだろう。
「で、今日はお嬢様と街を見回る、としか聞いていないのですが、どちらへ?とりあえず人の多い王宮付近へ行きますか?」
「……いや、この川沿いを行く。しばらくは私の行く方へついて来ればいい。ブロンクス、行きますわよ」
「本当に大丈夫ですかあ……?」
物陰から颯爽と飛び出し、私たちは硝子細工のはめ込まれた川沿いの通りを歩きだした。
それがグナエウス王国の夏の祭り「水の祭り」だ。
懐中時計は午前9時を過ぎており、今頃王宮の庭では父上や兄上が式典のあいさつでもしているころだろう。
水の祭りの当日までの数日間、各国の要人が滞在することになっていたが、その間大した問題は起こらなかった。全くなかったというわけではないがほとんどが未然に対処ができ、狙われていた要人たちが気づく間もなく粛々と不届き者たちは処理されている。
無事当日を迎えることができ、祭りとは別の私の仕事が始まる。
・自称ヒロインのヘレン・アドリア男爵令嬢の監視
・アドリア嬢の日記に書かれていた誘拐犯の捕縛もしくは通報
祭り開始の午前9時から祭り終了の午後5時まで。
実際のところ5時以降も街は祭りで盛り上がっているが、想像を超えていくヒロインといえど男爵令嬢。日が落ちかけているのに外を出歩く、というのは少々考えにくい。であれば犯行が行われるのは日中だろう。
もしその間にアドリア嬢を攫う賊が現れたら通報・捕縛。今回に限り彼女の未来予知染みたそれが外れ、何も起きなかったならそれはそれで重畳。
「シャングリア様、顔がひどいですよぉ?」
「私のパーフェクトフェイスの何が気に入らないんだ」
「表情が一般人のそれじゃありません。すくなくとも国一番の祭典に相応しくない顔つきですよぉ」
ここまでの状況は想定内なのだ。
要人を狙う者がいたとしてもこちらは厳重な警備体制を敷いている。王国軍は精鋭の揃った護衛部隊をはじめに粒ぞろい。犯罪の横行など許さないだろう。
私に護衛が付く。それも想定内だ。最初からそれは条件として聞いていたし、賊の人数がわからない以上、私一人というのは現実的ではない。であればだれか一人つけるのは妥当。
結果私の護衛につけられたのが父上子飼の密偵、ブロンクスだ。かつては護衛部隊に所属していたが気が付いたら父上によって引き抜かれていた。
「ほらあスマイルスマイル」
「黙ってくれるか」
正直なところを言おう。
どうせ護衛つけられるならヒューイさんがよかった……!
いや、もちろん?もちろんこの大事な祭典の時に護衛部隊隊長の仕事と来れば王族および各国の要人が集まることになる王宮の庭、祭典の中心の警備だ。当然でありこれ以上ない配備だ。
でもさ、でもさ多少期待してしまうだろ!わんちゃん、ヒューイさんと、デート!だったかもしれないのに、宛がわれたのはこの胡散臭い密偵。多少なりともやさぐれてしまうのも許してほしい。
「シャングリア様、隊長殿じゃなくて申し訳ありませんねえ?」
「さすがに文句など言えるものか。ヒューイさんの仕事は陛下を守ることなのだから」
「だったらその今にも血涙流しそうな恨めしい顔やめましょっかあ」
ヒューイさんが護衛でないのは、一応、一応想定内だ。1%の期待を抱いてしまった自らの浅ましさが恨めしい。起こるかどうかわからない事件に多忙な彼を巻き込むわけにはいかない。今はダンスパーティの夜の思い出を抱いて我慢するときだ。
「可愛い可愛い、お嬢さんが台無しですよお?」
にやにやと笑うブロンクスの足をヒールで踏み抜いてしまいたくなった。
想定外だったのが私の格好、変装だ。
兄上の指示によって義姉であるパトラさんとマートンの婚約者、マーガレットさんに変装をお願いしていた。それ自体は問題なかったのだ。人選としてはおそらく悪くない。
しかしどうして私が”どこかの子息”ではなく”どこかの令嬢”の格好をしなければならないのか。
「相変わらず厭味ったらしい……!」
「よも! お嬢さんは義姉様のチョイスがご不満とでも? これはお兄様にご報告差し上げねば」
「不満など微塵もありませんとも! ただ聊か解せないだけだ!」
重度のパトラさん中毒者であるシュトラウスに一片でも私の不満がばれでもしたら何らかの冤罪を着せられて磔刑にされかねない。無論、比喩ではない。
控えめのフリルのついたカジュアルな青のドレスは水の祭りに相応しく、浮いてしまうこともない。きっと祭りを楽しむ一市民に見えていることだろう。やや高身長な私が小柄に見えるようなドレスを選ぶ当たりのセンスは流石だ。おそらくこのドレスの型はパトラさんチョイス、可愛めのデザインを入れている辺りはマーガレットさんの趣味だろう。彼女たちが楽し気にドレスを選ぶのが鮮明に目に浮かぶ。
「お兄様の意図をきっちり汲んであげてくださいよお? 周りはあなたが思っているよりずっと過保護だ」
実際のところ、意図は十分わかっている。
変装で有効なものの二つは年齢を大幅に変えること。もう一つが性別を変えることだ。年齢の変更はやや難易度が高く、化粧のほか姿勢や所作の演技まで求められる。一方性別を変更するのは存外簡単だ。特に私くらいの年であればいくらでも誤魔化しがきく。というより私自身の性別が一応女性であるためそこにハードルはない。
性別が変わることで本人とばれる確率はずっと下がる。多少似てたとしても、いったいどこの誰があの第二王子は女装趣味だ、などと思うだろうか。赤の他人だと思うのが普通の反応だ。
そして意図として、恐らく私に無理をさせないことがある。
男物の変装であれば十中八九、動きやすい普段のものに近い格好となる。とすれば私が武力行使に出たり、自分から突っ込んでいきかねない、と兄上は考えたのだろう。おかげでこのドレスは裾があまり広くなく、全力で走ることはできないし、華奢なヒールは勢いよく地面にたたきつけられることを想定されていないものだ。おまけに”ご令嬢”の格好をしているため荷物が持てず、私は武器を持つことすらできない。必要な荷物は付き人風の変装をしているブロンクスが持っている。
「承知している。そのうえで飲み込み切れないだけだ」
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「たった一日のためにここまで設定等を作ってくださるとは……まあつまり今日一日あなたは私の使用人ということだ。私のことはお嬢様と呼べ」
「お嬢様と呼べってパワーワードが過ぎません?まあ使用人ではありませんが、護衛なら似たり寄ったりと言ったところでしょう。よろしくお願いしますよぉお嬢様。あと一つ言うなら世の御令嬢という者は腰に手を当てて仁王立ちとかしないので」
「覚えておこう」
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「……いけますか、お嬢様」
「やるしかない。むしろブロンクス、完全無敵の私にできないことがあるとでも?」
「結構あるでしょあんた」
「口が過ぎるぞブロンクス」
間髪入れず真顔で否定する不出来な使用人にローキックをかます。ハイヒールなど履く機会はないが、案外動けそうであることに鼻を鳴らす。さすが私のパーフェクトな体幹。
「ふむ……おい、出すものをだせ」
「急な恐喝ですね」
「あなたのことだ。どうせあれこれ隠し持っているのだろう」
仕方がない、とでも言わんばかりに懐からあれこれと取り出すブロンクスはこうなることをわかっていたのだろう。
父上直属の部下だというのに、絶対的な忠誠や全面肯定をしない。こういうところが信用できず、同時に信用できるところである。もし私が本当に深窓の御令嬢でもあったなら、街に抜け出すときはこういう奴を連れていくことだろう。
「で、今日はお嬢様と街を見回る、としか聞いていないのですが、どちらへ?とりあえず人の多い王宮付近へ行きますか?」
「……いや、この川沿いを行く。しばらくは私の行く方へついて来ればいい。ブロンクス、行きますわよ」
「本当に大丈夫ですかあ……?」
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