22 / 41
22話 宮廷魔法使い、目覚め
しおりを挟む
「調子はどう? カトレア」
「殿下、」
ベッドの上では失礼だと立ち上がろうとしたところを二人がかりでベッドに押し戻される。すこぶる元気だというのに王太子を立たせ自分はベッドの中から挨拶というのはあまりに座りが悪い。少しでも真面目に見えるように顔だけ神妙な表情を作ってみた。
「ご迷惑をおかけしました。ただ眠っていただけのようで、今は頗る元気です」
「そっか、大事なくてよかったよ。まさか王宮内で誰かに襲われるとは思わなかったから」
食べられそうだったら食べて、とアドニスがサイドテーブルの上に果物の入った籠を置いた。眠っていただけだなんて輪にかけて申し訳ない。だが三日間なにも食べていないだけにとてつもなくお腹が減っている。つい果物に目がいきそうになるのを抑え、視線をアドニスに集中させた。
「それについてはすまんかった。不甲斐ない。舞踏会が終わって気が抜けていたとしかいえない」
「いや、君を責めたつもりはないんだ。相手は魔法使いだったんだろう? 捕捉しきるのもきっと難しい」
笑みを絶やさずフォローするが、シモンは余計悔しそうな顔をした。名実ともに最強の称号をほしいままにしていたのに相手の魔法使いの方が上手だったなど認めたくないのだろう。
だが正直なところ今回のことで言えば宮廷魔法使い全員の責任だ。魔法使いの侵入に気が付けなった。宮廷魔法使いの総責任者はシモンだが、シモン自身は王族の警護にあたっていたし、舞踏会終了後もアドニスの傍にいた。そんな状態で数百人の使用人や騎士、文官たちをすべて把握しその中から不審者を見つけ出すのは、いくらシモンといえど不可能に近い。
何より、王宮の警護というのは一番に王族の身を守るものだ。ゆえに警戒すべきは王族に危害を加えようとする者。だが今回狙われたのは王族ではなかった。
むしろ野良魔法使いはデルフィニウム家の者としか接触していない。
最初から狙いは私たちなのだ。
「私が弱すぎるばかりに各所にご迷惑を……」
「お前が弱いことは今に始まったことじゃないから気にするな」
「あう……」
にべもなくばっさりと切り捨てられる。たぶんシモンはフォローしているつもりなのだろうが。
「言い方はともかく、シモンの言う通り気にしなくていい。君の仕事は力をもって人を守ったり制圧することじゃない。君には君の得意分野があるだろう」
「殿下……!」
「……それで、君に探してほしい人がいるんだ」
どきりとする。
先ほど野良魔法使いの使ったであろう魔法の残滓があったとシモンが話した。
今回の魔法の残滓、パトリシアから引き取ったガラス製の時計、シンデレラから没収したガラスの靴。
おそらく、これだけの物品が揃っていれば、私はランプブラウニーの力を借りて野良魔法使いの居場所を割り出せる。
今までは、シモンが刺激しては危険だということで厳重に保管するにとどまっていた。だが明確な悪意と敵意が確認され、私への直接的魔法の行使があった以上、静観する時期は過ぎていると言わざるを得ない。
この仕事はシモンでもできないわけではない。だが私が眠っている間にそれをしなかったということは私に挽回のチャンスを残していてくれたということだろう。
自身の弱点で窮地に陥ったのだから、自身の強みで信頼を取り戻せ、と。
「……喜んで。必ず早急に見つけ出してみせます」
「ありがとう! 君ならそう言ってくれると思っていたよカトレア」
どこか浮かない表情だったアドニスの顔が輝く。
そうしてアドニスは1足のガラスの靴を取り出した。
「この靴の持ち主を探し出してほしいんだ」
「ええ、すぐに」
透き通る、氷のようなガラスの靴を受け取り、首を傾げた。
この靴は、野良魔法使いがシンデレラに渡したものではない。
「あの日、舞踏会に現れた女性を探してほしいんだ」
「…………なるほど」
アドニスが見つけてほしかったのは野良魔法使いではなくうちの妹でしたか。
通りで見覚えのある靴! だってこれ私が発注したんだもん! 魔法を使うまでもない!
ガラスの靴を手にぱっとシモンを見る。シモンはさっと目を逸らした。
「……なるほど。申し訳ありません殿下。少しお時間いただくことになりそうです。探知が完了したらこちらからご連絡させていただく形でもよろしいですか?」
「もちろん! 君は病み上がりだし、無理のない範囲でお願いしたい」
「お気遣い痛み入ります」
晴れやかな表情でアドニスは部屋から去った。魔法のことがわからないからこそ、決して無理強いはせず、こちらの言うことを向け入れてくれるからありがたい。
足音が遠のいてからシモンのローブを引っ張った。
「なんでシンデレラが私の妹だってこと言ってないんです!?」
シモンには遅れて現れアドニスの心をつかんで離さなかった娘がシンデレラであること、私の義妹であることは知っているはずだ。アドニスの反応からしても、彼が気を揉んでいたことは想像に難くない。であれば教えてやればよかったものを。
「俺から言っていいものかわからなかったからな」
「いいですよ!? むしろ私が『あの子? うちの自慢の義妹です』なんて言ったらまるで私がシンデレラを売り込んでいるみたいじゃないですか」
「わめくな」
額をデコピンされ思わず呻く。さっき小突かれた時よりもはるかに威力が強い。私が元気だということがよくわかったらしい。
「12時前に逃げ出しただろう。名前も言わず、家名も告げず。実は何かが気に入らなくて逃げ出したかもしれないだろ」
「それはただの演出ですぅ。よりインパクトを残そうと」
「遅れてくるだけでも十分インパクトあっただろう」
深々とため息をつかれ、私は額を抑え枕に頭を預けた。
ガラスの靴の持ち主はすぐに見つけることができる。おそらく今は屋敷か街にいるだろう。
12時前に帰るように指示を出したのは私だ。
魔法が解けるから必ず帰るようにと。靴を片方だけおいてくるようにと。実際シンデレラは私の指示に従った。
だがそれは本当に私の指示に従っただけだったのだろうか。
実は本当に何かが気に入らなくて逃げたのではないだろうか。
「はあぁ……」
私はまだ、あの子の意志を確認していない。
本当に、あの子を見つけ出してしまっても良いものだろうか。
舞踏会へ行く前の、不安げな顔を思い出した。
「……お師匠、家族へ私のことは連絡しましたか?」
「した。お前の姉や妹に野良魔法使いが接触したこともあったからな。お前の身柄はしばらく俺が預かる。屋敷の方には野良魔法使いがいることを伝えたうえで、屋敷に来ても決して扉を開けないこと、銀髪紫眼の男がいたら近づかないことを徹底させてる。屋敷にも俺の使い魔を数匹置いてるから屋敷にいるところを襲撃されることはないだろう」
「ありがとうございます。あの、みんなの様子は」
「三者三様だな。デルフィニウム夫人は取り乱していたし、妹は泣いていた。姉も随分思いつめた顔をしてたぞ」
つい唇をかみしめた。不甲斐ない、申し訳なさでいっぱいだった。
前回とは違う。強くなったつもりだった。特別になったつもりだった。弱くて底意地の悪いばかりの男爵令嬢から、少しはできる魔法使いになれたつもりだった。
でもまるで駄目だ。私は相変わらず弱いまま。
きっと母とパトリシアは、私が死んだときのことを思い出しただろう。3人の中で、私は一番最初に死んだ。鳥に目を抉られ、感染症に罹りそのまま衰弱死した、哀れで救いのない終わり。今度こそ大丈夫だと、私がそう鼓舞していたはずなのに。
「……本当、情けないなぁ」
肩書を増やしたところで、私はどこまでも無力だ。
「…………」
「……ちょ、何なんですか」
沈み込む私の頭を無理やり撫でまわすシモン。抵抗する気にもなれず頭がぐわんぐわんと揺れる。
「さっきも言ったが、あまり気にするな。野良魔法使いのレベルは高い。お前じゃなく他の魔法使いでも同じ状況で撃退できるか怪しい」
「でも……」
「さあ、弱弱なお前でもできることがあるだろう」
「……シンデレラの居場所を殿下に伝えること?」
確かに私にできることである。とりあえずはそれから片づけるべきかとベッドから身体を起こした。今度はシモンも私を押し戻すことなく、手を取った。
「その前にすることがあるだろ。お前にしかできなくて、お前じゃないとだめなこと」
「私だけですか……?」
疑問符を浮かべる私を抱きかかえるとシモンは笑った。
「家族に元気な顔を見せること、だ」
「え、ちょ、おししょ、うっわぁ!?」
私を抱きかかえたまま危なげなく窓際に歩み寄るとそのまま窓から飛び降りた。一瞬の自由落下の直後、眩い光と風音に視覚と聴覚を奪われる。胃がひっくり返るような感覚は去り、ふわりと慣れた浮遊感に包まれた。
大鷹だ。
以前はよくシモンが移動の際に使っていた使い魔。
私が失明する原因が鳥だと伝えてからは、私の前で機動力の高い使い魔である大鷹を呼び出していなかった。魔法で呼び出された大鷹はぐんぐんスピードを上げていく。
「このまま屋敷まで飛ぶぞ」
「ちょ、ま、」
巨大な鷹の首元に胡坐をかいたシモンの上に座らされる。強風から免れるようにふわふわとした羽毛に包まれる。掴まる場所もなく、慌ててシモンの腕にしがみついた。
「で、でも今さっき殿下にシンデレラの居場所を調べると、」
「カトレア、お前の上司は心配する家族に顔を見せに行くことすら認めないほど狭量か? 多少遅れたところで気にも留めんさ。何より今からお前は例のガラスの靴の持ち主のところへ行くんだ。何一つとして間違っちゃいない」
「それもそうですが……」
「余計な心配はしなくていい。アドニスが苦言を言うようなら俺が反論しよう。今鳩が襲ってくるならこの大鷹に食い殺させよう。野良魔法使いが姿を現せば必ずお前のことを守ろう。だからカトレア、お前は自分にとって大切なものだけ考えていればいい」
反射的に顔を見ようした私の頭をシモンが抱え込んだ。後頭部を掴む掌がひどく熱い。
私は鳥が嫌いなのに鷹に乗せるなんて、寝間着のまま外へ連れ出すなんて、などという憎まれ口を叩いてやろうという気持ちもあったのに、何も言えなくなってしまった。
そして私自身、今頃赤くなっているだろう顔を胸に押し付けられていることに一人安堵した。
「殿下、」
ベッドの上では失礼だと立ち上がろうとしたところを二人がかりでベッドに押し戻される。すこぶる元気だというのに王太子を立たせ自分はベッドの中から挨拶というのはあまりに座りが悪い。少しでも真面目に見えるように顔だけ神妙な表情を作ってみた。
「ご迷惑をおかけしました。ただ眠っていただけのようで、今は頗る元気です」
「そっか、大事なくてよかったよ。まさか王宮内で誰かに襲われるとは思わなかったから」
食べられそうだったら食べて、とアドニスがサイドテーブルの上に果物の入った籠を置いた。眠っていただけだなんて輪にかけて申し訳ない。だが三日間なにも食べていないだけにとてつもなくお腹が減っている。つい果物に目がいきそうになるのを抑え、視線をアドニスに集中させた。
「それについてはすまんかった。不甲斐ない。舞踏会が終わって気が抜けていたとしかいえない」
「いや、君を責めたつもりはないんだ。相手は魔法使いだったんだろう? 捕捉しきるのもきっと難しい」
笑みを絶やさずフォローするが、シモンは余計悔しそうな顔をした。名実ともに最強の称号をほしいままにしていたのに相手の魔法使いの方が上手だったなど認めたくないのだろう。
だが正直なところ今回のことで言えば宮廷魔法使い全員の責任だ。魔法使いの侵入に気が付けなった。宮廷魔法使いの総責任者はシモンだが、シモン自身は王族の警護にあたっていたし、舞踏会終了後もアドニスの傍にいた。そんな状態で数百人の使用人や騎士、文官たちをすべて把握しその中から不審者を見つけ出すのは、いくらシモンといえど不可能に近い。
何より、王宮の警護というのは一番に王族の身を守るものだ。ゆえに警戒すべきは王族に危害を加えようとする者。だが今回狙われたのは王族ではなかった。
むしろ野良魔法使いはデルフィニウム家の者としか接触していない。
最初から狙いは私たちなのだ。
「私が弱すぎるばかりに各所にご迷惑を……」
「お前が弱いことは今に始まったことじゃないから気にするな」
「あう……」
にべもなくばっさりと切り捨てられる。たぶんシモンはフォローしているつもりなのだろうが。
「言い方はともかく、シモンの言う通り気にしなくていい。君の仕事は力をもって人を守ったり制圧することじゃない。君には君の得意分野があるだろう」
「殿下……!」
「……それで、君に探してほしい人がいるんだ」
どきりとする。
先ほど野良魔法使いの使ったであろう魔法の残滓があったとシモンが話した。
今回の魔法の残滓、パトリシアから引き取ったガラス製の時計、シンデレラから没収したガラスの靴。
おそらく、これだけの物品が揃っていれば、私はランプブラウニーの力を借りて野良魔法使いの居場所を割り出せる。
今までは、シモンが刺激しては危険だということで厳重に保管するにとどまっていた。だが明確な悪意と敵意が確認され、私への直接的魔法の行使があった以上、静観する時期は過ぎていると言わざるを得ない。
この仕事はシモンでもできないわけではない。だが私が眠っている間にそれをしなかったということは私に挽回のチャンスを残していてくれたということだろう。
自身の弱点で窮地に陥ったのだから、自身の強みで信頼を取り戻せ、と。
「……喜んで。必ず早急に見つけ出してみせます」
「ありがとう! 君ならそう言ってくれると思っていたよカトレア」
どこか浮かない表情だったアドニスの顔が輝く。
そうしてアドニスは1足のガラスの靴を取り出した。
「この靴の持ち主を探し出してほしいんだ」
「ええ、すぐに」
透き通る、氷のようなガラスの靴を受け取り、首を傾げた。
この靴は、野良魔法使いがシンデレラに渡したものではない。
「あの日、舞踏会に現れた女性を探してほしいんだ」
「…………なるほど」
アドニスが見つけてほしかったのは野良魔法使いではなくうちの妹でしたか。
通りで見覚えのある靴! だってこれ私が発注したんだもん! 魔法を使うまでもない!
ガラスの靴を手にぱっとシモンを見る。シモンはさっと目を逸らした。
「……なるほど。申し訳ありません殿下。少しお時間いただくことになりそうです。探知が完了したらこちらからご連絡させていただく形でもよろしいですか?」
「もちろん! 君は病み上がりだし、無理のない範囲でお願いしたい」
「お気遣い痛み入ります」
晴れやかな表情でアドニスは部屋から去った。魔法のことがわからないからこそ、決して無理強いはせず、こちらの言うことを向け入れてくれるからありがたい。
足音が遠のいてからシモンのローブを引っ張った。
「なんでシンデレラが私の妹だってこと言ってないんです!?」
シモンには遅れて現れアドニスの心をつかんで離さなかった娘がシンデレラであること、私の義妹であることは知っているはずだ。アドニスの反応からしても、彼が気を揉んでいたことは想像に難くない。であれば教えてやればよかったものを。
「俺から言っていいものかわからなかったからな」
「いいですよ!? むしろ私が『あの子? うちの自慢の義妹です』なんて言ったらまるで私がシンデレラを売り込んでいるみたいじゃないですか」
「わめくな」
額をデコピンされ思わず呻く。さっき小突かれた時よりもはるかに威力が強い。私が元気だということがよくわかったらしい。
「12時前に逃げ出しただろう。名前も言わず、家名も告げず。実は何かが気に入らなくて逃げ出したかもしれないだろ」
「それはただの演出ですぅ。よりインパクトを残そうと」
「遅れてくるだけでも十分インパクトあっただろう」
深々とため息をつかれ、私は額を抑え枕に頭を預けた。
ガラスの靴の持ち主はすぐに見つけることができる。おそらく今は屋敷か街にいるだろう。
12時前に帰るように指示を出したのは私だ。
魔法が解けるから必ず帰るようにと。靴を片方だけおいてくるようにと。実際シンデレラは私の指示に従った。
だがそれは本当に私の指示に従っただけだったのだろうか。
実は本当に何かが気に入らなくて逃げたのではないだろうか。
「はあぁ……」
私はまだ、あの子の意志を確認していない。
本当に、あの子を見つけ出してしまっても良いものだろうか。
舞踏会へ行く前の、不安げな顔を思い出した。
「……お師匠、家族へ私のことは連絡しましたか?」
「した。お前の姉や妹に野良魔法使いが接触したこともあったからな。お前の身柄はしばらく俺が預かる。屋敷の方には野良魔法使いがいることを伝えたうえで、屋敷に来ても決して扉を開けないこと、銀髪紫眼の男がいたら近づかないことを徹底させてる。屋敷にも俺の使い魔を数匹置いてるから屋敷にいるところを襲撃されることはないだろう」
「ありがとうございます。あの、みんなの様子は」
「三者三様だな。デルフィニウム夫人は取り乱していたし、妹は泣いていた。姉も随分思いつめた顔をしてたぞ」
つい唇をかみしめた。不甲斐ない、申し訳なさでいっぱいだった。
前回とは違う。強くなったつもりだった。特別になったつもりだった。弱くて底意地の悪いばかりの男爵令嬢から、少しはできる魔法使いになれたつもりだった。
でもまるで駄目だ。私は相変わらず弱いまま。
きっと母とパトリシアは、私が死んだときのことを思い出しただろう。3人の中で、私は一番最初に死んだ。鳥に目を抉られ、感染症に罹りそのまま衰弱死した、哀れで救いのない終わり。今度こそ大丈夫だと、私がそう鼓舞していたはずなのに。
「……本当、情けないなぁ」
肩書を増やしたところで、私はどこまでも無力だ。
「…………」
「……ちょ、何なんですか」
沈み込む私の頭を無理やり撫でまわすシモン。抵抗する気にもなれず頭がぐわんぐわんと揺れる。
「さっきも言ったが、あまり気にするな。野良魔法使いのレベルは高い。お前じゃなく他の魔法使いでも同じ状況で撃退できるか怪しい」
「でも……」
「さあ、弱弱なお前でもできることがあるだろう」
「……シンデレラの居場所を殿下に伝えること?」
確かに私にできることである。とりあえずはそれから片づけるべきかとベッドから身体を起こした。今度はシモンも私を押し戻すことなく、手を取った。
「その前にすることがあるだろ。お前にしかできなくて、お前じゃないとだめなこと」
「私だけですか……?」
疑問符を浮かべる私を抱きかかえるとシモンは笑った。
「家族に元気な顔を見せること、だ」
「え、ちょ、おししょ、うっわぁ!?」
私を抱きかかえたまま危なげなく窓際に歩み寄るとそのまま窓から飛び降りた。一瞬の自由落下の直後、眩い光と風音に視覚と聴覚を奪われる。胃がひっくり返るような感覚は去り、ふわりと慣れた浮遊感に包まれた。
大鷹だ。
以前はよくシモンが移動の際に使っていた使い魔。
私が失明する原因が鳥だと伝えてからは、私の前で機動力の高い使い魔である大鷹を呼び出していなかった。魔法で呼び出された大鷹はぐんぐんスピードを上げていく。
「このまま屋敷まで飛ぶぞ」
「ちょ、ま、」
巨大な鷹の首元に胡坐をかいたシモンの上に座らされる。強風から免れるようにふわふわとした羽毛に包まれる。掴まる場所もなく、慌ててシモンの腕にしがみついた。
「で、でも今さっき殿下にシンデレラの居場所を調べると、」
「カトレア、お前の上司は心配する家族に顔を見せに行くことすら認めないほど狭量か? 多少遅れたところで気にも留めんさ。何より今からお前は例のガラスの靴の持ち主のところへ行くんだ。何一つとして間違っちゃいない」
「それもそうですが……」
「余計な心配はしなくていい。アドニスが苦言を言うようなら俺が反論しよう。今鳩が襲ってくるならこの大鷹に食い殺させよう。野良魔法使いが姿を現せば必ずお前のことを守ろう。だからカトレア、お前は自分にとって大切なものだけ考えていればいい」
反射的に顔を見ようした私の頭をシモンが抱え込んだ。後頭部を掴む掌がひどく熱い。
私は鳥が嫌いなのに鷹に乗せるなんて、寝間着のまま外へ連れ出すなんて、などという憎まれ口を叩いてやろうという気持ちもあったのに、何も言えなくなってしまった。
そして私自身、今頃赤くなっているだろう顔を胸に押し付けられていることに一人安堵した。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?
真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。
【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!
杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」
ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。
シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。
ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。
シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。
ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。
ブランディーヌは敗けを認めるしかない。
だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。
「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」
正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。
これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。
だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。
だから彼女はコリンヌに問うた。
「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね?
では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」
そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺!
◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。
◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結!
アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。
小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。
◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破!
アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妻の死を人伝てに知りました。
あとさん♪
恋愛
妻の死を知り、急いで戻った公爵邸。
サウロ・トライシオンと面会したのは成長し大人になった息子ダミアンだった。
彼は母親の死には触れず、自分の父親は既に死んでいると言った。
※なんちゃって異世界。
※「~はもう遅い」系の「ねぇ、いまどんな気持ち?」みたいな話に挑戦しようとしたら、なぜかこうなった。
※作中、葬儀の描写はちょっとだけありますが、人死の描写はありません。
※人によってはモヤるかも。広いお心でお読みくださいませ<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる