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第8話 舞踏会前哨戦、開幕
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「ああっ、やめてっやめてくださいお姉さま!」
「あんたみたいな卑しい生まれの分際で、舞踏会なんて行けると思ってるの!? 身の程知らずにもほどがあるわ!」
暖炉の中へ放り込まれる招待状、裁ちばさみで刻まれる水色のドレス、引きちぎられるネックレス。悲痛な叫びと冷笑交じりの金切り声。まるで地獄絵図だ。私は遠巻きに見ながら眉をひそめた
身の程知らずの売女の娘を、マナーもなければ教養もない娘を、どうして舞踏会などに連れて行けようか。どうしてデルフィニウム家に連なる者として衆目に晒せようか。
人に家に入り込んだ寄生虫は、どうして権利を行使できると思っているのだろうか。
「カトレアお姉さま……」
どうして我が家の幸福をぶち壊しておいて、私に縋ることができるのだろうか。
薄汚く、獣臭い。
教養もなければ品もない。
けれど何よりも嫌なのは、その愛されてしかるべきという面の皮の厚さだった。
「あのっ、お姉さま、私はもう、」
「何言ってるの。もうってなに? そんな適当な気持ちで舞踏会に行くつもり?」
「い、いえとんでもございません!」
「だったら気合を入れなさい気合を! 仮にもデルフィニウム家を名乗るならそれ相応の格好をなさい!」
下着姿で姿見の前に立たされるシンデレラと、その周囲にまき散らされたパトリシアのドレスたち。白、青系統のドレスがほとんどだが、あれでもないこれでもないとシンデレラに着せては脱がすを繰り返していた。
一応服を着ていた前回と比べると今の方が状況はひどいが、理由が理由だ。サポートに奔走する使用人たちもどこか柔らかい表情で二人を見守っている。パトリシアのシンデレラ嫌いは彼女が家に出た時からずっと続いていた。気性が激しいことも相まって、使用人たちも気を揉んでいたのだろう。
「で、でもパトリシアお姉さまの素敵なドレスをお借りするなんて……」
「なに馬鹿なことを言ってるの?」
心底見下した表情で吐き捨てるパトリシアにシンデレラが身体を震わせる。
「も、申し訳ありません……!」
「私が貸すと思って? 髪色も身長も体形も違うのよ? あなたに合ったドレスを作るに決まってるでしょう!」
キレるパトリシア、混乱するシンデレラ、にっこりする使用人。午後のティータイムを楽しむにはちょうどいい肴だ。
「いいこと? あなたが一番輝くドレスを作るのよ! 派手すぎない清楚系。それでいて地味じゃない。そうね、ラメ多め、それか刺繍を細かいのを……銀の刺繍、水色も良いわね」
「あの、えと、お姉様。わたくしはただパーティーに出るだけで、そんな」
「なに? あなたのドレス1枚作れないほどうちの経済状況が困窮していると思ってるの? 馬鹿にするのも大概になさい」
「そ、そんなつもりは……!」
「じゃあ余計な遠慮はしないこと! 公衆の面前に出るときの清貧は恥と知りなさい! きらびやかな場所はいつだって戦場! 謙虚さはフリにとどめておきなさい。とどめを刺すためのフェイントよ! わかった!?」
「わ、わかりましたお姉さま!」
全然わかっていない良い子の返事だ。
パトリシアを見ていると、最初こそはいやいやというという様子だったが、今ではどこか楽しそうだ。
彼女はもともと美しいものが好きだ。
美しいものが、煌びやかなものが、華やかなものが好きだ。キラキラしたドレスを着るのも、輝く宝石を見繕うのも好きだ。
要するに、今までの経緯さえなければ見目麗しいシンデレラのことは大好きなのだ。
しかもパトリシアのドレスを着ることで普段の庶民臭が改善され、顔つきだけで気品を感じさせる。器量というのは全くずるいものだ。美しいシンデレラを見続けていることでパトリシア自身も楽しくなってきてしまっている。
もっとも、それは大変結構なことなのだが。
華やぐ部屋の雰囲気につられて屋敷に住むブラウニーがちらほらと顔をのぞかせる。人に見られることを好まない彼らのために、あえては何も言わない。私と目が合ったブラウニーがクスクスと笑って鼻歌を歌いながらドレスの間を飛び回る。
普段、パトリシアは妖精に好かれない。悪戯をされることはないが、これと言った恩恵や祝福は受けられず、いつも遠巻きに見られている。声の大きさと高さの所為だろう。けれど今は興味深そうに、あるいは楽しそうにパトリシアのことを見ていた。
「殿下が一目ぼれするようなドレスを作るわよ! この後ブローチ、ネックレスも見に行きましょう」
「で、でも私ばかりで、お姉さまが」
「馬鹿ね。私のは別日でいいのよ! それになりにより、あなたの幸せが私たちの幸せ。男爵家の幸せなのよ! 気合入れて幸せになりなさい!」
「っはい! お姉さま!」
感激の涙を浮かべながらパトリシアを尊敬のまなざしで見るシンデレラ。
あなたの幸せが私たちの幸せ。確かにパトリシアの言うことは何一つ間違っていないのだが、私たちとシンデレラとの間で明確な誤解が生じている。シンデレラの不幸は私たちの死亡フラグなのだ。勘違いしてもらう分にはなにも問題はないし都合がいいので訂正するようなことはもちろんしない。涙ぐむ使用人たちの誤解も解かない。
シンデレラは何も知らず、ただ幸せになればいいのだから。
************************************
「あれ、舞踏会の当日、デルフィニウム警備で参加するのか?」
そう声を掛けたのは配備計画に関するシフト表を見た先輩だった。
「確か実家爵位あるし、殿下の婚約者の条件は当てはまってるんじゃないのか?」
「ええ、まあ」
疑問に思うのは結構だがそれを魔法棟の待機所で言うのはやめてほしかった。なおかつ大きな会議も行事もない微妙に暇な日、待機所にはいつもより多くの魔法使いが集まっていた。それもどいつもこいつも暇してて話題に飢えてる大人としうえたち。
「え、え、カトレアちゃん舞踏会でないの? 確か男爵家じゃなかった?」
「配布された招待状のサンプル、対象者は16歳から25歳の未婚の令嬢って書いてあるぜ?」
「カトレアちゃん今いくつ? 17だっけ? あんなに小さかったのに大きくなったねぇ」
私と先輩の雑談を皮切りに話題がみるみる伝播していく。暇を持て余しすぎてるだろ。見回り担当が後ろ髪引かれる様子で待機所を出ていく。さっさと行け。後ろ髪引かれるな。小さなどうでも良い話題は一瞬にして宮廷魔法使いたち共通の話題と化した。
「男爵家の次女が王太子妃になる……! 規格外の玉の輿だな」
「その言い方は不敬じゃないか?」
「弱くても宮廷魔法使いだからな。他のご令嬢たちよりアドバンテージはあるし、可能性はあるんじゃないか?」
「っていうかカトレアは殿下捜索係だから結構話す機会あるよね? しかも街に出た時は馬にも乗らずに二人で歩いて帰って来るし……これは? 恋の? 予感?」
段々収拾がつかなくなりつつある。みんな愉快な話題に飢えているのだ。もはや私の手元から離れて行ってしまう。みるみる尾ひれや背びれが付いていく様子を半ばあきらめの境地で眺めていた。もう好きにしてくれ。
「それにしても、平民以外の若い娘ならだれでもOK、みたいな感じだな。見境なしにもほどがある」
「ああまったく、その通りだ」
突然割り込んできた凛とした声に、待機所からすべての音が消える。
声の主は、開け放してあった待機所の扉からいつからか入ってきていた王太子殿下、アドニスその人だ。
「で……!」
「いや、そうかしこまらないで話を続けてくれ。皆が言うようなことは興味深い。きっと国民の一部もそのように考える者もいるだろう」
にこやかにさあ、と言われて今までの話題を継続できる者がいるだろうか。いや次期国王を前にそんなことを言える者がいるはずもない。ここまでは下っ端の私とその場で不在の王太子が話題だったからあんな下世話なことが言えたのだ。王太子に向かってそんな下世話で舐めた話題を触れるはずもなく、アドニスの視野の外にいる者からこそこそと待機所から出ていった。
地獄のようになった待機所。諸悪の根源であるこの話題を終わらせるために仕方がなく口を開いた。
「殿下、お師匠をお探しですか?」
「ああ、シモンを探しに来たんだけど、不在みたいだね。彼はどこへ?」
「先ほどまでは一緒に居たんですが、今は奥に。あー、舞踏会当日の警備のシステムについて調整されてます」
警備のシステム。舞踏会にはあらゆる人間が集まることになっている。招待されている令嬢たちの管理はできるが、それに随行する家族、使用人、御者、数えればきりがない。そうなれば不特定多数の人間の出入りを許可しつつ、不審者を近づけない、ということが必要になる。
「呼びますか?」
「いや、別にそんなに急ぎでもないし、あとで構わないよ」
後で構わないといわれても、もうこの場の誰もがこのアドニスの対応を何も知らないシモンに投げてしまいたいのだ。しかし先ほどより空気がましになる。この場の誰もがとりあえずシモンにすべて任せてしまおうと、医師がついtされた
「いえ、筆頭も殿下がお越しとあらばすぐに対応したいと思うでしょうし、」
「彼は自分の仕事を邪魔されたら怒るタイプじゃないかな」
逃げ出したいがために口から出まかせを言った先輩がバッサリ切り捨てられる。シモンの性格の話を出されると何も言えない。同僚である私たちよりも、幼いころからかかわりの深いアドニスの方がシモンの為人について把握しているだろう。そしてあの人は王太子殿下にすら怒るのか、と大物っぷりを思い知らされる。
「そうだね、でもせっかく来たんだし……カトレア暇?」
「この流れで私を指名します?」
周囲の視線が突き刺さる。主に3種類。このまま殿下を連れ出していってくれ。殿下は話の最後しか聞いてなかったのでは? やっぱり恋の予感では? 全員覚えてろ。いずれにせよ私を生贄とすることは満場一致らしい。さっきまでシモンに投げるはずだったのに、みんな結局自分で相手するのが嫌なのだ。私を生贄とすることで合意するな。
「うーん、まあ? 相談するならシモンのほかに君しかいないかなって」
「私にお師匠の代わりは務まりませんよ」
「代わりじゃないさ。君は君だ」
さわやかな笑顔、それでいて拒否権を与えない圧迫感に、致し方なく頷いた。
「あんたみたいな卑しい生まれの分際で、舞踏会なんて行けると思ってるの!? 身の程知らずにもほどがあるわ!」
暖炉の中へ放り込まれる招待状、裁ちばさみで刻まれる水色のドレス、引きちぎられるネックレス。悲痛な叫びと冷笑交じりの金切り声。まるで地獄絵図だ。私は遠巻きに見ながら眉をひそめた
身の程知らずの売女の娘を、マナーもなければ教養もない娘を、どうして舞踏会などに連れて行けようか。どうしてデルフィニウム家に連なる者として衆目に晒せようか。
人に家に入り込んだ寄生虫は、どうして権利を行使できると思っているのだろうか。
「カトレアお姉さま……」
どうして我が家の幸福をぶち壊しておいて、私に縋ることができるのだろうか。
薄汚く、獣臭い。
教養もなければ品もない。
けれど何よりも嫌なのは、その愛されてしかるべきという面の皮の厚さだった。
「あのっ、お姉さま、私はもう、」
「何言ってるの。もうってなに? そんな適当な気持ちで舞踏会に行くつもり?」
「い、いえとんでもございません!」
「だったら気合を入れなさい気合を! 仮にもデルフィニウム家を名乗るならそれ相応の格好をなさい!」
下着姿で姿見の前に立たされるシンデレラと、その周囲にまき散らされたパトリシアのドレスたち。白、青系統のドレスがほとんどだが、あれでもないこれでもないとシンデレラに着せては脱がすを繰り返していた。
一応服を着ていた前回と比べると今の方が状況はひどいが、理由が理由だ。サポートに奔走する使用人たちもどこか柔らかい表情で二人を見守っている。パトリシアのシンデレラ嫌いは彼女が家に出た時からずっと続いていた。気性が激しいことも相まって、使用人たちも気を揉んでいたのだろう。
「で、でもパトリシアお姉さまの素敵なドレスをお借りするなんて……」
「なに馬鹿なことを言ってるの?」
心底見下した表情で吐き捨てるパトリシアにシンデレラが身体を震わせる。
「も、申し訳ありません……!」
「私が貸すと思って? 髪色も身長も体形も違うのよ? あなたに合ったドレスを作るに決まってるでしょう!」
キレるパトリシア、混乱するシンデレラ、にっこりする使用人。午後のティータイムを楽しむにはちょうどいい肴だ。
「いいこと? あなたが一番輝くドレスを作るのよ! 派手すぎない清楚系。それでいて地味じゃない。そうね、ラメ多め、それか刺繍を細かいのを……銀の刺繍、水色も良いわね」
「あの、えと、お姉様。わたくしはただパーティーに出るだけで、そんな」
「なに? あなたのドレス1枚作れないほどうちの経済状況が困窮していると思ってるの? 馬鹿にするのも大概になさい」
「そ、そんなつもりは……!」
「じゃあ余計な遠慮はしないこと! 公衆の面前に出るときの清貧は恥と知りなさい! きらびやかな場所はいつだって戦場! 謙虚さはフリにとどめておきなさい。とどめを刺すためのフェイントよ! わかった!?」
「わ、わかりましたお姉さま!」
全然わかっていない良い子の返事だ。
パトリシアを見ていると、最初こそはいやいやというという様子だったが、今ではどこか楽しそうだ。
彼女はもともと美しいものが好きだ。
美しいものが、煌びやかなものが、華やかなものが好きだ。キラキラしたドレスを着るのも、輝く宝石を見繕うのも好きだ。
要するに、今までの経緯さえなければ見目麗しいシンデレラのことは大好きなのだ。
しかもパトリシアのドレスを着ることで普段の庶民臭が改善され、顔つきだけで気品を感じさせる。器量というのは全くずるいものだ。美しいシンデレラを見続けていることでパトリシア自身も楽しくなってきてしまっている。
もっとも、それは大変結構なことなのだが。
華やぐ部屋の雰囲気につられて屋敷に住むブラウニーがちらほらと顔をのぞかせる。人に見られることを好まない彼らのために、あえては何も言わない。私と目が合ったブラウニーがクスクスと笑って鼻歌を歌いながらドレスの間を飛び回る。
普段、パトリシアは妖精に好かれない。悪戯をされることはないが、これと言った恩恵や祝福は受けられず、いつも遠巻きに見られている。声の大きさと高さの所為だろう。けれど今は興味深そうに、あるいは楽しそうにパトリシアのことを見ていた。
「殿下が一目ぼれするようなドレスを作るわよ! この後ブローチ、ネックレスも見に行きましょう」
「で、でも私ばかりで、お姉さまが」
「馬鹿ね。私のは別日でいいのよ! それになりにより、あなたの幸せが私たちの幸せ。男爵家の幸せなのよ! 気合入れて幸せになりなさい!」
「っはい! お姉さま!」
感激の涙を浮かべながらパトリシアを尊敬のまなざしで見るシンデレラ。
あなたの幸せが私たちの幸せ。確かにパトリシアの言うことは何一つ間違っていないのだが、私たちとシンデレラとの間で明確な誤解が生じている。シンデレラの不幸は私たちの死亡フラグなのだ。勘違いしてもらう分にはなにも問題はないし都合がいいので訂正するようなことはもちろんしない。涙ぐむ使用人たちの誤解も解かない。
シンデレラは何も知らず、ただ幸せになればいいのだから。
************************************
「あれ、舞踏会の当日、デルフィニウム警備で参加するのか?」
そう声を掛けたのは配備計画に関するシフト表を見た先輩だった。
「確か実家爵位あるし、殿下の婚約者の条件は当てはまってるんじゃないのか?」
「ええ、まあ」
疑問に思うのは結構だがそれを魔法棟の待機所で言うのはやめてほしかった。なおかつ大きな会議も行事もない微妙に暇な日、待機所にはいつもより多くの魔法使いが集まっていた。それもどいつもこいつも暇してて話題に飢えてる大人としうえたち。
「え、え、カトレアちゃん舞踏会でないの? 確か男爵家じゃなかった?」
「配布された招待状のサンプル、対象者は16歳から25歳の未婚の令嬢って書いてあるぜ?」
「カトレアちゃん今いくつ? 17だっけ? あんなに小さかったのに大きくなったねぇ」
私と先輩の雑談を皮切りに話題がみるみる伝播していく。暇を持て余しすぎてるだろ。見回り担当が後ろ髪引かれる様子で待機所を出ていく。さっさと行け。後ろ髪引かれるな。小さなどうでも良い話題は一瞬にして宮廷魔法使いたち共通の話題と化した。
「男爵家の次女が王太子妃になる……! 規格外の玉の輿だな」
「その言い方は不敬じゃないか?」
「弱くても宮廷魔法使いだからな。他のご令嬢たちよりアドバンテージはあるし、可能性はあるんじゃないか?」
「っていうかカトレアは殿下捜索係だから結構話す機会あるよね? しかも街に出た時は馬にも乗らずに二人で歩いて帰って来るし……これは? 恋の? 予感?」
段々収拾がつかなくなりつつある。みんな愉快な話題に飢えているのだ。もはや私の手元から離れて行ってしまう。みるみる尾ひれや背びれが付いていく様子を半ばあきらめの境地で眺めていた。もう好きにしてくれ。
「それにしても、平民以外の若い娘ならだれでもOK、みたいな感じだな。見境なしにもほどがある」
「ああまったく、その通りだ」
突然割り込んできた凛とした声に、待機所からすべての音が消える。
声の主は、開け放してあった待機所の扉からいつからか入ってきていた王太子殿下、アドニスその人だ。
「で……!」
「いや、そうかしこまらないで話を続けてくれ。皆が言うようなことは興味深い。きっと国民の一部もそのように考える者もいるだろう」
にこやかにさあ、と言われて今までの話題を継続できる者がいるだろうか。いや次期国王を前にそんなことを言える者がいるはずもない。ここまでは下っ端の私とその場で不在の王太子が話題だったからあんな下世話なことが言えたのだ。王太子に向かってそんな下世話で舐めた話題を触れるはずもなく、アドニスの視野の外にいる者からこそこそと待機所から出ていった。
地獄のようになった待機所。諸悪の根源であるこの話題を終わらせるために仕方がなく口を開いた。
「殿下、お師匠をお探しですか?」
「ああ、シモンを探しに来たんだけど、不在みたいだね。彼はどこへ?」
「先ほどまでは一緒に居たんですが、今は奥に。あー、舞踏会当日の警備のシステムについて調整されてます」
警備のシステム。舞踏会にはあらゆる人間が集まることになっている。招待されている令嬢たちの管理はできるが、それに随行する家族、使用人、御者、数えればきりがない。そうなれば不特定多数の人間の出入りを許可しつつ、不審者を近づけない、ということが必要になる。
「呼びますか?」
「いや、別にそんなに急ぎでもないし、あとで構わないよ」
後で構わないといわれても、もうこの場の誰もがこのアドニスの対応を何も知らないシモンに投げてしまいたいのだ。しかし先ほどより空気がましになる。この場の誰もがとりあえずシモンにすべて任せてしまおうと、医師がついtされた
「いえ、筆頭も殿下がお越しとあらばすぐに対応したいと思うでしょうし、」
「彼は自分の仕事を邪魔されたら怒るタイプじゃないかな」
逃げ出したいがために口から出まかせを言った先輩がバッサリ切り捨てられる。シモンの性格の話を出されると何も言えない。同僚である私たちよりも、幼いころからかかわりの深いアドニスの方がシモンの為人について把握しているだろう。そしてあの人は王太子殿下にすら怒るのか、と大物っぷりを思い知らされる。
「そうだね、でもせっかく来たんだし……カトレア暇?」
「この流れで私を指名します?」
周囲の視線が突き刺さる。主に3種類。このまま殿下を連れ出していってくれ。殿下は話の最後しか聞いてなかったのでは? やっぱり恋の予感では? 全員覚えてろ。いずれにせよ私を生贄とすることは満場一致らしい。さっきまでシモンに投げるはずだったのに、みんな結局自分で相手するのが嫌なのだ。私を生贄とすることで合意するな。
「うーん、まあ? 相談するならシモンのほかに君しかいないかなって」
「私にお師匠の代わりは務まりませんよ」
「代わりじゃないさ。君は君だ」
さわやかな笑顔、それでいて拒否権を与えない圧迫感に、致し方なく頷いた。
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