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シャンプー

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なぎ「あの……さくらさんと遥香さんって、同棲とかしてるんですか…?」

さくら「…………え?」

あまりにも予想外の単語が耳に入ってきて、頭がフリーズする。

(ドウセイ…?ドウセイって、あの同棲?付き合ってる人同士がする、アレのこと…?)

どうにも理解が追いつかない。単語の意味は分かったけど、なんで和ちゃんがいきなりそんなことを訊いてきたのか。

(え…もしかして…私とかっきーが付き合ってること、バレた…?)

分からない。
どうしてこんなことに…

~~~3分前~~~

ライブリハーサルの楽屋で、私はいつものように一人で過ごしていた。
今日は大きい部屋に全ての期が一緒の楽屋だけど、なんとなくそれぞれの期でまとまっている。
そんな、いつものグループの風景。

なんとなく4期生のほうへ目を向けると、かっきーが輪を抜けて楽屋を出ていくところだった。
マッサージを受けに行ったか、ケータリングを取ってくるか、それともお手洗いか。リハーサル中は本番中と同じくらいメンバーの出入りが多いので、不思議ではない。

かっきーと入れ替わりに楽屋へ戻ってきたのは、5期生の和ちゃん。
すれ違いながら笑顔で短い会話を交わしているのが見える。

かっきーが楽屋を出ていくのを見送ると、和ちゃんが5期生の輪の中へ戻っていく……と思っていたら。

かっきーの背中を数秒見つめたあとで、和ちゃんは私のほうへ歩いてきた。

和「さくらさん、おつかれさまです」
さくら「和ちゃん、おつかれさま」

毛先だけ少し巻かれた黒髪に、大きな瞳。
いつも通りの和ちゃん。
いつもと違うのは、少し難しい表情をしていること。
何か、言いたいけど言いづらいことがある。そんな顔。

『今年はメンバーと積極的にコミュニケーションを取る』。
密かに掲げていた今年の目標を思い出した私は、和ちゃんを連れて楽屋の隅っこへ移動した。

(先輩方が私に優しくしてくれたように、私も後輩の力になりたいもん…)

さくら「和ちゃん、どうしたの?ライブ、不安?」
和「いえ、ライブは不安もありますけど、どっちかっていうと楽しみなほうが大きくて…あの、ちょっと、ライブとは全然関係ないことで気になっちゃって…」

さくら「うん。私でよかったら、お話、聞こうか?」
和「あの…ちょっと、いや、かなり変なことを訊いてしまうかもしれないんですけど…」
さくら「うん、なんでも訊いて?」

~~~~~~~~~~~~

さくら「いや、同棲なんて、そんな…ないない…でも、どうしてそんなこと…?」
和「あの、ごめんなさいっ!やっぱり、変なこと訊いちゃって…実は、こないだ読んだ漫画で…」

和ちゃんの話によると。
さっきかっきーとすれ違ったときに髪から良い香りがして。
その香りが、私と同じものだと気付いたらしい。

(和ちゃん、鋭いな…そのうち誰かに指摘されるかなとは思っていたけど…)

私とかっきーの髪から同じ香りがするのは、和ちゃんの言う通り。
だって、昨日の夜、同じシャンプーで髪を洗ったから。

かっきーがお泊りに来てくれた翌日は、今日みたいなことになる。

普通ならただの偶然でやり過ごしそうなものだけど、和ちゃんが最近読んだ漫画でそんな展開があったらしい。
一緒に暮らし始めた主人公カップルから毎日同じシャンプーの香りがするようになって、周りの友達に同棲がバレちゃうんだって。

さくら「たしかに、かっきーも同じシャンプーを使ってる、みたいこと言ってたかな~。でも、偶然だよ?」

私たちの場合は、その漫画みたいに周りに同棲がバレると困る。
こんなこともあろうかとあらかじめ想定しておいた答えでとぼけてみた。

和「いや~、そうですよね。すみません、さすがに妄想が行き過ぎました。ところで、お二人ってどこのシャンプー使ってるんですか?私もさくらさんと遥香さんみたいにきれいな髪になりたいです!」
さくら「いやいや、和ちゃんの髪こそきれいだけどね。えっと、私が使ってるのはね…」

こうして、自然な流れで同棲から話題を逸らすことが出来た。

遥香「お、さくなぎだ~。何お話してたの?」
和「あ、遥香さん。いや、実は私がすごい早とちりをしちゃって…」

楽屋へ戻ってきたかっきーに、これまでの話を和ちゃんがかいつまんで説明してくれた。

遥香「ふ~ん。同棲か~。ねぇさくちゃん、どうする?」
さくら「え…?ど、どうって…」
遥香「とりあえずベッドは、大きいの1つあればいいかな?」
さくら&和「………え?」

私と和ちゃんが同時に固まったけど、私は一足先にハッと我に返った。

そうか。
これは……そう、多分、あれだ。
楽屋でかっきーが、まゆたんとかを相手に唐突に始めるやつ。
適当に決めた設定で、適当に演じる遊びだ。なんだっけ、たしか、エチュード(即興劇)とかって呼ばれるものらしい。
聖来が卒業する前は、3人でやってたのを何度か見た。

いまは『これから同棲を始めようとしているラブラブなカップル』の設定で、即興芝居が始まったらしい。
この遊びに私が混ざったことはないけど、今の状況だと下手に逆らわずに乗っかったほうが自然なはず。多分。

さくら「えっと…ベッドは、それぞれあったほうが良いかもね…?ほら、お仕事によっては起きる時間が違うかもしれないし…でも、2人でも寝れるようにそれぞれ広めのベッドがあると良い…のかな?」
遥香「そっか、そうだね~。じゃあ、キッチンはどんなのがいいかな?私、料理はあんな感じだから、あんまり立派なキッチンだと持て余しちゃうかもな~」

こんな調子で、『2人が一緒に住むならどんな部屋がいいか』をテーマに妄想のキャッチボールが進んでいく。

(かっきー、すごいな…即興でこんなに話題を思い付くなんて…)

かっきーの軽快なテンポに、私は付いていくだけで必死だった。
和ちゃんはというと、私たちが冗談でやり取りをしていることには気付いているんだろう。それでも、何かとてつもなく尊いものを見つめるようなうっとりした顔でかっきーと私を交互に見ている。

遥香「えっとねー、じゃあ次は……あっ、そうそう、お風呂はどれくらいの広さがいーい?」

突然出てきた『お風呂』というパワーワードに、和ちゃんの顔がぐりんっと勢いよくかっきーを向いた。

(もぅ、かっきー…和ちゃんが興味津々になっちゃってるけど、大丈夫なの…?)

不安はあるけど、私はかっきーと話を合わせるだけで精一杯。流れを変える余裕なんて全くなかった。
やっぱり、ここは本気で同棲をするつもりで素直に答えるしかない。

「お風呂…は……2人で入れるように広め、のほうがいいかな…?基本は別々でいいけど、たまには一緒に…」

私の回答に、和ちゃんの顔が今度はこちらを向いた。普段から大きい和ちゃんの瞳が1.5倍くらいに開かれている。

和「す、すみませんっ!私、これ以上はもう…あの、出直してきます!」

さくら「えっ…?あ、うん…」

慌てて立ち上がると、何かぶつぶつとつぶやきながらふらふらと去っていく和ちゃん。

和「…お風呂……さくらさんと、遥香さんが…一緒に…?はぁぁ、神……神展開すぎて…もう無理」

(なんか、とんでもない妄想をさせてしまったような気がするけど…)

遥香「あちゃ~…ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
さくら「もぅ…かっきー、いきなり始めるんだもん。私はまゆたんみたいに慣れてないよ?」
遥香「いや~、和ちゃんの反応がかわいくって、つい。さくちゃん、ごめんね?」

たしかに、和ちゃんは私のことを推しだと言ってくれているし、私とかっきーのペアも推してくれている節がある。
ちょっと、刺激が強すぎたのかもしれない。

「それよりさくちゃん…さっきの、どこまで本気なの?」
「え?」
「ベッドとか、お風呂とか…私、全部本気にしちゃってもいいの…?」
「えっ、と……それは……」

2人でも寝れるような広めのベッドが良い、とか。
2人でも入れるように広めのお風呂が良い、とか。

ついさっき自分が答えたことだけど、それが急に恥ずかしくなってきた。

「ねぇねぇ、さくちゃ~ん」
「もぅ…知らないっ!」

いたずらっぽい笑みを浮かべて私を指でツンツンしてくるかっきーの悪ふざけに、私はたまらずその場を離れる。

「え~?さくちゃん、待ってよ~」

私が逃げて、かっきーが追いかける。
そんな私たちを、3期生の先輩たちは落ち着いた様子で見守ってくれている。

史緒里「あ~、今日もかきさくがてぇてぇ……なんであんなにてぇてぇのよ」
美波「久保、てぇてぇじゃなくて『尊い』でしょ。ラジオもやらせてもらってるんだから変な日本語使わないの。でも、本気で同棲とかしちゃえばいいのにね。そしたらグループ挙げて全力で祝福するし」
美月「いや、ほんとほんと。お祝いに料理作りに行っちゃうよ」

先輩たちの暖かい視線と、暖かいお言葉。
ありがたい。
ありがたいけど。

私たちには、私たちのペースがあるから。

(おっきいベッドを買うのは……まだちょっと先でいいかな…?)

~おしまい~
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