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 伊織に助け出された円香は、久しぶりにゆっくりぐっすりと眠りにつく事が出来た。

 思えば、伊織と別れたあの日からずっと、円香は辛い毎日を送っていたけれど、辛く悲しい日々を過ごす中でも、伊織の事を忘れた日など一日も無かった。

 あんなに酷い事を言われたのに嫌いにもならず忘れる事もしなかったのは、それだけ円香にとって伊織の存在がかけがえのないモノになっていたから。

 そしてそれは伊織も同じだった。

 酷い言葉を浴びせてまで彼女の幸せを願って別れを選んだはずだったのに、日々後悔しか無かった。

 その結果、彼女を危険に晒した上に酷い目に遭わせてしまった事で伊織は誓った。

 もう二度と円香を離さない、何があっても自身の手で守りきると。


「んん……」

 事務所に着き、伊織はリビングで忠臣や雷斗と話をしている中、円香は伊織の部屋のベッドに寝かされていた彼女がふと目を覚ます。

「……ここ、は?  伊織、さん……?」

 まだ寝ぼけているのか、頭がはっきりしない中、辺りを見回しながら伊織の姿を探して名前を口にする。

 薄暗い室内、ここがあの地下室では無い事は分かっているものの、ふとフラッシュバックしてしまい全身が震え出してしまう。

 そんな円香が目を覚ました気配を感じ取った伊織が忠臣たちとの話を中断して自分の部屋に入ると、

「……いおり、さん……」
「どうした!?」

 体を縮こまらせて震える円香の姿があり、何事かと慌てて駆け寄った。

「ご、ごめんなさい……何でも、無いんです……ただ、目を覚まして、部屋が暗くて……伊織さんも、居なくて……あの、地下室での事を、思い出してしまって……」

 伊織が傍に来た事で安堵したからか、円香の身体の震えは止まり、胸の内をぽつりぽつりと語る。

「そうか、一人にして悪かった。もう大丈夫だ。ここは安全だから、怯える事はねぇ。とりあえずシャワーでも浴びて来たらどうだ?  スッキリすれば少しは気分も変わるだろ」
「は、はい……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「ああ。部屋を出て左の突き当たりのドアが浴室だ。タオルと着替えは後で出しておく」
「はい、ありがとうございます」

 円香の心のケアと今後をどうするか考えながら、彼女がシャワーを浴びるのを確認した伊織は浴室にタオルと着替えを用意すると、再び忠臣たちの居るリビングへと戻って行った。


「円香ちゃん、大丈夫そう?」
「いや、まあすぐにって訳にはいかねぇだろ。地下での事を思い出すみたいで怯えてる」
「それはそうだろうな」
「しっかし本当に酷いよな……地下室に閉じ込めるだけじゃなくて鎖で繋ぐとかさ、有り得ねぇよ」
「そうだな。それだけでも辛いのに…………」

 円香が颯にされた事を思うと言葉にするのも躊躇ってしまう伊織は、そのまま黙り込んでしまう。

「ひとまず、彼女は事務所うちで預かろう。その方が伊織も安心だろ?」
「ああ」
「それより、江南家はどうなるんですか?」
「恐らく、榊原に消されるだろう。今回の件で情報が漏れたと考えるだろうからな」
「雪城家はどうなる?」
「そうだな、今はまだ無事だろう。ただ、今後の動き次第で江南家の二の舞になるかもしれん」
「そうか……」
「それなら尚の事、円香ちゃんを家に帰すのは危険だよね。遅かれ早かれ榊原は俺らHUNTERの事も嗅ぎつけてくるだろうし、彼女が伊織と繋がってると分かれば必ず狙われる」
「そうだな。ただその為には彼女に全てを話す必要がある。それに、話してしまえばもう、彼女も抜け出す事は出来なくなる。伊織、それを承知の上でお前は彼女に全てを話すつもりなのか?  果たして彼女はそれを望むのか?  一日猶予をやるから、よく考えて結論を出せ。いいな?」
「はい」
「それじゃあ俺は署に戻る。戻りは明日の夜だ。その時までに答えを出しておけよ」
「じゃあ俺もホテルに戻るよ。円香ちゃんも、今は他に人が居ない方が落ち着くだろうしね」
「悪いな」
「いいって。それじゃあね」

 こうして話を終えた忠臣と雷斗はそれぞれの理由から事務所を後にし、残された伊織は円香が浴室から出て来るのを待つ為、自室へと戻って行く。

「伊織さん、タオルと着替え、ありがとうございました」
「悪いな、服、そんなのしか無くて」
「いえ、そんな……。下着もわざわざ新しい物を用意して下さってありがとうございます」
「そんな事気にする必要ねぇよ。少しは楽になったか?」
「はい、シャワーで色々流せた気はします」
「なら良かった」
「あの……ここ、便利屋さんの事務所ですよね?  他の方は?」
「ああ、それぞれ用事があるから出掛けたよ。戻りは明日になる」
「そう、なんですね」
「そういえば腹減らねぇのか?  何も食べてないだろ?」
「いえ、その……今はまだ食欲がなくてお腹は空かないので大丈夫です。あ、でも伊織さんは空きましたよね?  それなら私に構わないでどうぞ、お食事とってください」
「いや、俺も腹は減ってないから気にするな」
「そう、ですか」

 ベッドの上に並んで座る二人の間には微妙な空気が漂っていく。

 伊織はすぐにでも円香を抱きしめたい衝動に駆られているが、囚われている間の彼女にあった出来事を思うと、自身の欲だけで触れたりする事は出来ず、もどかしさを感じていた。

 けれど、円香の方もそれは同じだった。
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