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暗くひんやりとした空気が流れる地下室に、円香は囚われていた。
そこは広々とした空間で、簡素なパイプベッドと衝立の中にトイレが一つ設置された、まるで独房のような場所。
円香の右脚には逃げられないよう長めの鎖が付けられ、その鎖の先はベッドに繋がれていた。
(……もう、死にたい……どうして、こんな目に遭うの?)
この地下室に入れられたその日、円香は颯に無理矢理犯されてしまった。
それは彼女にとって、すごく屈辱だった。
伊織以外の男に身体を許してしまった事は勿論だけど、これからもそんな風に扱われるのかと思うと、生きている事が辛くて仕方が無い。
もう涙も枯れ果て、感情すら消えかけていた円香の瞳は虚ろで動く気力も残っていないのか、ベッドの上に横になる事しか出来ないでいた。
(伊織さん……私、もう、辛い……)
こんな何の希望も見いだせない空間の中、思い浮かべるのは伊織の事。
「……会いたい……、伊織さん……助けて……っ」
届かないと分かってはいても、そう願う事しか今の円香には出来なくて、せめて夢の中では彼に会いたいと祈りながら静かに目を閉じた。
円香がそんな酷い目に遭っていると知る由もない伊織は円香たちが式を挙げる予定の式場へ潜入して、ある作戦を実行する準備を行っていた。
そんなある日、式場スタッフの一人が雪城家のお嬢様が数日前から家に帰らず、江南家と協力して水面下で捜索をしているという情報を耳にしたと話しているのを聞いた。
(円香が、家に帰ってない?)
その話を聞いた瞬間、嫌な予感が伊織の頭を過ぎる。
(まさか、江南家の奴が?)
江南家が雪城家の財産目当てで近付き、円香と次男の颯を結婚させようとしているという事まで情報を掴んでいた伊織。
挙式当日に全てを暴露し、混乱に乗じて颯を狙い撃ちする為にスタッフとして潜り込んでいた伊織だったのだが、そんな悠長な事を言っている場合ではないと確信し、
【円香が数日前から姿を消したらしい。作戦は変更、プランBで】
というメッセージを雷斗に送っていた。
プランAは挙式での暴露、プランBは江南家屋敷へ侵入という二つの計画を立てていて、スタッフの話からBが妥当だと判断した伊織は式場を後にして屋敷潜入準備の為、一度事務所へ戻る事にした。
「伊織、江南家には別館もある。円香ちゃんが囚われてるとしたら恐らくそっちだと思う」
「……だろうな。雷、別館の間取り図はあるか?」
「ああ、勿論。本館も別館も入手済みだぜ」
「流石だな」
「……今夜、乗り込む気か?」
「ああ」
「けど、忠臣さんに報告してないだろ? 勝手な行動は良くない」
「もう戻る頃だろ? これから話す」
「……話して、もし、反対されたらどうするつもりなんだ?」
「まあ、俺としては反対されると思う。それでも…………俺はやる。やらなきゃならねぇんだ……俺は円香の幸せを願って突き放した。それなのに、これじゃあ円香から離れた意味がねぇんだよ……。だから、俺が助ける。必ずな」
円香を救い出すという伊織の決意は固かった。
忠臣が戻り、江南家に乗り込むに至った経緯を話た伊織。
榊原の件に関わりがあるといえど、江南家と雪城家のいざこざは榊原と直接的な関係は無い。
忠臣にはそれが分かっているから、伊織の提案に首を縦には振らなかった。
「――悪いが、その提案に許可は出来ない。江南家の動向を探る事までは必要だと判断出来るが、雪城家を乗っ取ろうとしている事は、言っちゃ悪いが俺らにはどうでもいい話だ」
「それは分かってる。だけど、俺どうしても円香を助けてやりたい」
「伊織、俺は前に忠告したよな? 任務を遂行する為には、どんなに大切な者でも見捨てなきゃならない場合もあると。今がその時なんだ。それに、女とはもう別れてるんだろ? 覚悟を持って別れを選んだはずだ。違うのか?」
「それは、そうですけど、俺は……」
「……はあ。俺が何を言っても無駄なようだな。それなら勝手にしろ。但し、乗り込むのも女を救い出すのもお前一人だ。俺も雷斗も一切手伝わない」
「忠臣さん、それは流石に……」
いくら伊織の腕が良いと言えど、屋敷に潜入して人一人を救い出すまで全て一人というのはリスクしかないと分かっている雷斗が難色を示すもそれには答えず言葉を続けていく。
「どんなに危険があると分かっていても、それでも助けたいんだろ?」
「はい。それに俺は初めから一人で行くつもりでしたから問題ないです。組織に迷惑はかけません。必ず、戻ります」
けれど、伊織は覚悟を決めていた。一人でも必ず円香を救い出すと。
そこまでの覚悟があるのならと忠臣はそれ以上何も言わなかった。
「……そこまで言うなら、好きにしろ」
「ありがとうございます」
「伊織、くれぐれも気を付けてな」
「ああ」
こうして忠臣と雷斗に見送られながら、伊織は単身で江南家の屋敷に乗り込む事になった。
(円香、待ってろよ。必ず助け出してやるからな)
江南家別館へと辿り着いた伊織は深夜になり、住人が寝静まるのを待っていた。
そこは広々とした空間で、簡素なパイプベッドと衝立の中にトイレが一つ設置された、まるで独房のような場所。
円香の右脚には逃げられないよう長めの鎖が付けられ、その鎖の先はベッドに繋がれていた。
(……もう、死にたい……どうして、こんな目に遭うの?)
この地下室に入れられたその日、円香は颯に無理矢理犯されてしまった。
それは彼女にとって、すごく屈辱だった。
伊織以外の男に身体を許してしまった事は勿論だけど、これからもそんな風に扱われるのかと思うと、生きている事が辛くて仕方が無い。
もう涙も枯れ果て、感情すら消えかけていた円香の瞳は虚ろで動く気力も残っていないのか、ベッドの上に横になる事しか出来ないでいた。
(伊織さん……私、もう、辛い……)
こんな何の希望も見いだせない空間の中、思い浮かべるのは伊織の事。
「……会いたい……、伊織さん……助けて……っ」
届かないと分かってはいても、そう願う事しか今の円香には出来なくて、せめて夢の中では彼に会いたいと祈りながら静かに目を閉じた。
円香がそんな酷い目に遭っていると知る由もない伊織は円香たちが式を挙げる予定の式場へ潜入して、ある作戦を実行する準備を行っていた。
そんなある日、式場スタッフの一人が雪城家のお嬢様が数日前から家に帰らず、江南家と協力して水面下で捜索をしているという情報を耳にしたと話しているのを聞いた。
(円香が、家に帰ってない?)
その話を聞いた瞬間、嫌な予感が伊織の頭を過ぎる。
(まさか、江南家の奴が?)
江南家が雪城家の財産目当てで近付き、円香と次男の颯を結婚させようとしているという事まで情報を掴んでいた伊織。
挙式当日に全てを暴露し、混乱に乗じて颯を狙い撃ちする為にスタッフとして潜り込んでいた伊織だったのだが、そんな悠長な事を言っている場合ではないと確信し、
【円香が数日前から姿を消したらしい。作戦は変更、プランBで】
というメッセージを雷斗に送っていた。
プランAは挙式での暴露、プランBは江南家屋敷へ侵入という二つの計画を立てていて、スタッフの話からBが妥当だと判断した伊織は式場を後にして屋敷潜入準備の為、一度事務所へ戻る事にした。
「伊織、江南家には別館もある。円香ちゃんが囚われてるとしたら恐らくそっちだと思う」
「……だろうな。雷、別館の間取り図はあるか?」
「ああ、勿論。本館も別館も入手済みだぜ」
「流石だな」
「……今夜、乗り込む気か?」
「ああ」
「けど、忠臣さんに報告してないだろ? 勝手な行動は良くない」
「もう戻る頃だろ? これから話す」
「……話して、もし、反対されたらどうするつもりなんだ?」
「まあ、俺としては反対されると思う。それでも…………俺はやる。やらなきゃならねぇんだ……俺は円香の幸せを願って突き放した。それなのに、これじゃあ円香から離れた意味がねぇんだよ……。だから、俺が助ける。必ずな」
円香を救い出すという伊織の決意は固かった。
忠臣が戻り、江南家に乗り込むに至った経緯を話た伊織。
榊原の件に関わりがあるといえど、江南家と雪城家のいざこざは榊原と直接的な関係は無い。
忠臣にはそれが分かっているから、伊織の提案に首を縦には振らなかった。
「――悪いが、その提案に許可は出来ない。江南家の動向を探る事までは必要だと判断出来るが、雪城家を乗っ取ろうとしている事は、言っちゃ悪いが俺らにはどうでもいい話だ」
「それは分かってる。だけど、俺どうしても円香を助けてやりたい」
「伊織、俺は前に忠告したよな? 任務を遂行する為には、どんなに大切な者でも見捨てなきゃならない場合もあると。今がその時なんだ。それに、女とはもう別れてるんだろ? 覚悟を持って別れを選んだはずだ。違うのか?」
「それは、そうですけど、俺は……」
「……はあ。俺が何を言っても無駄なようだな。それなら勝手にしろ。但し、乗り込むのも女を救い出すのもお前一人だ。俺も雷斗も一切手伝わない」
「忠臣さん、それは流石に……」
いくら伊織の腕が良いと言えど、屋敷に潜入して人一人を救い出すまで全て一人というのはリスクしかないと分かっている雷斗が難色を示すもそれには答えず言葉を続けていく。
「どんなに危険があると分かっていても、それでも助けたいんだろ?」
「はい。それに俺は初めから一人で行くつもりでしたから問題ないです。組織に迷惑はかけません。必ず、戻ります」
けれど、伊織は覚悟を決めていた。一人でも必ず円香を救い出すと。
そこまでの覚悟があるのならと忠臣はそれ以上何も言わなかった。
「……そこまで言うなら、好きにしろ」
「ありがとうございます」
「伊織、くれぐれも気を付けてな」
「ああ」
こうして忠臣と雷斗に見送られながら、伊織は単身で江南家の屋敷に乗り込む事になった。
(円香、待ってろよ。必ず助け出してやるからな)
江南家別館へと辿り着いた伊織は深夜になり、住人が寝静まるのを待っていた。
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